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第30話 紅色はアホ確定

~ラドット渓谷~


 赤茶色の大きな断崖絶壁がひたすら続いているラドット渓谷。道を挟む様に両側に聳える岩によって一帯が独特な雰囲気を醸し出している。無事に関所を抜けた俺達は再び馬車に揺られていた。


「やっぱ凄いですね、王家の力というか存在が」

「フフフ、そうでしょうか。私は上位クラスのノーバディを倒したと言うグリムさん達の方が凄いと思いますけどね。

不謹慎ですが、この渓谷にいる夜叉と是非出会ってグリムさん達の力を見てみたいとも内心思っています」


 冗談っぽく言ったユリマさんだったが、どうもこの人が言うと全然冗談い聞こえないのは俺だけだろうか。


「それにしても、その夜叉は何でこんなところにいるんだろうな? まさかこの渓谷に住み着いているのかな」

「どうかな。そもそもモンスターなのかどうかも定かじゃないし」


 次の瞬間、僅かに聞こえた音に俺は気が付いた。それと同時に何かの“気配”も――。


「ユリマさん! 馬車止めて下さい!」


 俺はユリマさんにそう言い、止まった馬車から降りて音と気配の感じた方向を見た。


 すると、数十メートル上の断崖の岩陰で“誰か”が立ってこちらを向いていた。


「グリム、アレは……!」

「ああ。もしかしてアイツが夜叉か?」


 岩の上に立っていた人らしき人物は、さっきユリマさんに聞いた通り背に荷物の様な物を背負っており、手には長い“槍”を持っていた――。


「あら。まさか本当に夜叉が現れたのですか?」

「分かりません。ですが、あんな岩の上にいるなんて普通ではないですね」


 そう話していた直後、夜叉と思われる人物が岩の上から飛び降りてきた。


「お前達、冒険者か?」

「「……!?」」


 突如飛び降りてきた夜叉は言葉を喋った。どうやら夜叉でも鬼でもない普通の人間の男。紅色の短髪に屈強な筋肉。褐色の肌に鋭い目つきで手には槍を持っている。


「お前が夜叉……?」

「自分がどんな呼ばれ方をしているかなどは知らん。だが俺はただこの渓谷で暮らしている1人の“人間”だ」


 そう言い放ってきた槍を持つ男。確かに人間で間違いなさそうだが、こんな渓谷で槍なんか持って出没していたのなら、夜叉だの鬼だの呼ばれているのも頷ける。普通の人の行動ではないからな。


「お前、こんな所で何をしているッ……『――シュバ!』


 刹那、紅色の髪の男が持っていた槍で俺の顔面を狙ってきた。


「え、ちょっと……!?」

「バウ!」

「あッぶね、 いきなり何するんッ……『――シュン!シュン!シュン!』


 俺の言い分を聞くどころか、奴は一切躊躇する事なく連続で俺に槍を突いてきた。しかも全てが急所を狙った攻撃。顔面、心臓、喉、胴体、頭……奴が放つ鋭い一閃を俺は何とか紙一重で躱しきり、地面を思い切り蹴って1度男と距離を取った。


「おい、いきなり何するんだよお前ッ!」


 距離を取った事により男も一旦攻撃の手を止める。

 いきなり現れたとも思ったら攻撃してきやがって、マジで何だコイツ。しかも全部“殺しにきてた”攻撃だったぞ。


「やはり“強者”か。久々に血が躍る。手合わせ願おう」


 は……?


 訳の分からん状況と奴の言葉に、俺は思わず呆然としてしまった。

 そして、俺が僅か一瞬のポカンとしていた瞬間に、男は再び間合いを詰めて俺に槍撃を繰り出してきた。


 ――シュンシュンシュンシュンシュンッ!

「ちっ、マジで何なんだこのイカレ野郎は!」


 しかもただの雑魚じゃない。騎士魔法団の団長以上の実力はありそうだなこりゃ。それに、こんな荷物背負ったままで何て動きしてやがる。全く理解出来ない状況だが一先ずこの紅色を大人しくさせるしかない。


 俺は双剣を抜き、奴の槍を躱したと同時に槍の柄目掛けて剣を振り下ろした。


 ――ガキンッ!

「……!?」


 俺の攻撃によって槍は真っ二つに割れた。


「槍は壊した。これで武器はないし元からお前と戦うつもりも……ッ!?」


 皆まで言いかけた瞬間、男は背追っていた荷物から再び槍を取り出してきた。男は何十本もの棒を束ねて背負っていたが、まさかソレが全て槍だとは思いもしなかった。まるで弓の矢を入れておく箙のデカい版。そんなのあるとは思わないだろ普通……。


「おい、ちょっと待て。もしかして背負っているその棒の束全部槍なのか?」

「ああ」


 男は当たり前だろと言わんばかりの口調で返してきた。コレは俺の感覚が間違っているのか?


しかも良く見ると、奴が持っている槍は全て“同じ物”じゃ……。


 武器と実力は必ずも比例する訳ではないが、男の持つ槍は明らかにランクの低そうな質素な槍だった。


「へぇ。まぁそれが全部槍だったしても、まさかそれ全部壊されるまで俺に向かってくるなんて馬鹿な事はしないよな」

「無論、そのつもりだ」


 男はそう言いながら、またも俺に槍を突き刺してきた。


「“ディフェンション”!」


 ――ガキィィン!

「……ッ!」

「エミリア?」


 奴の槍を躱そうとした瞬間、俺の目の前にエミリアの防御壁が現れた。その防御壁によって男の槍は大きく弾かれる。


「2人共待って! 何でこんな無駄な争いするのよ!」


 まさかのエミリアの一喝によって、場の空気が変わった。


「いや。俺は元々やる気ないけどアイツが勝手に」

「今の防御壁を出したのは女の方か。まさか俺の槍を受けて防御壁が破壊されないとは、お前も強者だったか。面白い。手合わせ願おう」


 俺は今ハッキリ分かってしまった。


 目の前にいるこの男はアレだ……。多分“アホ”だ。間違いない。根拠はないが絶対そう。急に気付いちゃったかも俺。


「なぁ、お前もしかしてただ強い奴と戦いたいだけの変態ですか?」

「その言い方は失礼にも程がある。俺はただ強者と手合わせしたいだけだ」


 ほらみら。やっぱコイツあれだ。アホだ――。


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