彼女の言葉を聞いた俺とエミリアは自然と目を合わせていた。
突然現れた素性の知れない彼女を当然信用し切れない。余りに怪し過ぎる。でもかと言って、現状関所を無事に通り抜ける手段がない事もまた事実。
「一応聞きますが、その要望とやらの内容は?」
「私共の要望は“ノーバディの討伐”になります。自分で申し上げるのもいやらしいですが私はこれでもフィンスターの王家の者でして、今はその帰路に着いているところなのです」
位の高い家柄だとは思っていたが、まさか王家だったとは驚いた。しかもフィンスターなんて王都のすぐ横にある大都市じゃないか。関所を通れるだけでも幸運だが、フィンスターまで向かうなら願ったり叶ったりだ。ただ……。
「フィンスターの王家なんてかなりの御身分ですよね……。そんな方が何故ノーバディの討伐依頼なんかを? しかも冒険者を募っていると言っていたのは、もしかしてノーバディを討伐する為ですか?」
「ええ、そうです」
「お言葉ですが、王家の方ともなれば直ぐ隣の王都から騎士団が派遣されて来ると思いますけど」
「確かに貴方の言う通りね。でもそれは“現状の事態”を除いた場合。
今は何処もノーバディの討伐に追われ、騎士魔法団共に人手不足と言う話を聞いた事がないでしょうか?
幾ら王都の側とは言え、人手が足りていないのはフィンスターも同じなのです」
「まさかフィンスターまでそんな状態なんて……」
確かにノーバディが蔓延っているのは分かってきたが、まさかそこまで手を焼いているとは少し予想外だった。
「だから私共は自ら冒険者を募っている次第です。何時になるか分からない応援よりも、綺麗な実績や経歴がある者よりも、ただただ直ぐに戦力となる人材を集めていたのです。
今は元から駐在していた騎士魔法団が必死にノーバディを食い止めていますがそれも時間の問題でしょう」
そう言う事か。それでこっちの事情も詮索しないと。怪しかったが少なくとも話の辻褄は合っている。
「王家の貴方がここまで動いているという事は、フィンスターでもそれなりの被害が出ているという事ですか?」
「そうですね。それは1度ご自身の目で確かめたほうが早いかと思いますが、かなりフィンスターも危険な状態とだけ伝えておきましょう。
それと言い忘れていましたが、ノーバディの討伐と言ってもただのノーバディではありません。“ご存じかどうか分かりません”が、こちらの要望は弱いノーバディの討伐ではなく“頭部”のある上位クラスのノーバディを対象とした討伐依頼です――」
「上位クラスのノーバディ……?」
初めて聞いた言葉だったが、俺は彼女の言った上位クラスのノーバディというワードに、洞窟で見た4つ頭や昨日の究極体と呼ばれたノーバディを思い出していた。
「まだご存じありませんでしたか? 王国に蔓延っている蛇の様なノーバディとは違い、頭部を持つノーバディはより凶悪で強い魔力があると確認されております。
その姿形は個体によって異なっているそうですが、大きさに関係なく、その頭部を持つノーバディの見た目が“より人間に近い”程強いノーバディという事も最近分かってきたそうです」
それは知らなかった。
だけど今の話し通りならやっぱり4つ頭や究極体は触手とはまた違う強さという事。人間により近いというのは考えもしなかったが、確かにこれも全て合点がいく。
実際洞窟の4つ頭は人間というより獅子の様な獣の姿だった。それと比べて石碑にいた究極体は人間に近かかった。アレでも次元の違う強さだったが、まだ更に上がいるのか?
「私もそんな事知らなかった……。じゃあグリムが洞窟と石碑で倒したノーバディはその上位クラスって言うノーバディだったんだね。
どうりで強い訳だよ」
「なんと、あの上位のノーバディを倒したのですか! しかも複数。一体どのような個体だったのです?」
エミリアの言葉に、彼女は興奮気味に反応した。
「えっと、洞窟にいたのは頭がッ……「――ハハハ。どうですかね。ノーバディも全部気持ち悪い形してますから定かじゃないですけど、確かに頭部らしきものが付いた奴を討伐しました。
でも化け物みたいな形をしていたので、全然人間みたいな見た目ではなかったですよ」
俺はエミリアが言いかけた事を無意識に止めていた。理由は分からないが、何となく話さない方がいいと思ったんだこの人には。
それに石碑は別として、洞窟には恐らく他の騎士団員達が調査とかに向かっているだろう。4つ頭のノーバディの事を話せば俺達の事がバレてしまう。
エミリアも俺の意図を察してくれたのか目配せをして口を閉じてくれた。
「そうなのですね。上位クラスを倒すなど素晴らしい実力の持ち主です。是非とも私からのこの依頼を受けて頂けないでしょうか。
お互いにメリットがある条件でしょうし、この討伐で成果を上げた者にはフィンスターから多額の報酬が出る事も決まっております。
実力がある様ですから決して損はしない筈ですよ」
自分達が追われている身という事であり、突然現れた彼女の事もまた信じ切る事は出来ないが、俺は一先ずこの交換条件を吞むことにした。
「分かった。そのノーバディの討伐依頼を受ける」
「フフフ。それはとても嬉しいお言葉です。では交渉成立という事で……どうぞ。直ぐにフィンスターに向かいますから馬車にお乗り下さい」
油断している訳ではないが他に関所を通る術がない。
「ねぇグリム、大丈夫かな?」
「安心しろ。俺も信じ切っている訳じゃない。ただ他に関所を通る術がない以上、これは俺達にとっても悪い条件ではないだろう?」
「まぁ確かにね」
「話はまとまったかしら? 長々と話し込んでしまいましたが一応急いでいるので」
「大丈夫です。乗せて下さい。絶対に関所を通れるんですよね?」
「ええ。勿論ですよ」
「ではお願い致します。申し遅れましたが俺の名前はグリム。彼女は仲間のエミリアで、こっちは飼い犬のハクです」
「まぁ。とても美しい毛並みのワンちゃんですね。ああ、私もまだ名前も言っていませんでしたね。私のは“ユリマ”と申します」
こうして俺達は、突如出会ったユリマという王家の人の馬車に乗せてもらった。