視界全てが真っ暗な“夢”の世界。 俺はその中で横たわっている。誰かが自分の頭を優しく撫でている事に気が付いた俺は、ゆっくりと瞼を開いた。すると、そこには白銀の綺麗な髪を靡かせる綺麗な女の子がいた。
何故か俺はその女の子の膝に頭を置き横たわっている。俺の頭を撫でるその女の子と不意に目が合うと、彼女はそっと微笑んだ。神秘的な雰囲気を纏うこの子に、俺は見覚えがあった。
そう。彼女は確か森が火事になった時の夜に、夢の中で必死に俺を呼んでいた子――。
ぼんやりとした夢の中で彼女を見た事も覚えているし、珍しく深い眠りについていた事も覚えている。またこの感覚。とても優しくて、暖かいこの感じ。このままずっとここで眠っていたい、と思った次の瞬間、突如遠くの方から声が聞こえてきた。
そしてそれと同時に、何かに体を揺らされている不思議な感覚に襲われた。
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「……グリム、起きて! もう朝だよ」
――バッ!
「エ、エミリア!?」
ぐっすり眠っていたのか、エミリアに声を掛けられていた俺は、バッと体を起こした。
「おはようグリム。凄い疲れてたんだね。何回呼んでも目を覚まさないんだもん。もう少し休む?」
「もうこんなに明るく……」
有り得ない。“また”だ。
森に飛ばされてからというもの、俺はずっと寝ている時でさえも辺りに注意していた。なのに火事の時といい今といい、人にこんなに呼ばれながら体も揺すられていたのに気付かないなんて有り得ない。一体何なんだ、あの夢は。
「ごめんエミリア。俺なら全然疲れていないから直ぐに出発しよう。あれ、ハクは?」
「フフフ。そこにちゃんといるよ」
俺がきょろきょろとハクを探していると、エミリアが笑いながら俺の後ろを指差した。すると、俺が寝ていた頭の辺りで気持ちよさそうに寝ているハクの姿があった。
「お、こんなところにたのか」
「グリムってば、ずっとハクちゃんを枕にしてたよ」
「俺がハクを枕に?」
何気なくハクに視線を落とすと、俺はハクの白銀の毛並みが夢の中の女の子と一瞬に重なって見えた。
いや、まさかな。ただの夢だし。
「ハクも起こして朝食を済ませよう。そしたら直ぐに出発だ」
「分かった」
「おーい、ハク。朝だぞ」
「ワウ」
俺はハクを起こし、皆で朝食済ませた。
♢♦♢
「そう言えばエミリアって、この辺りに詳しいのか? 街がある事も知っていたし」
「来た事はないんだけど、私世界中を飛び回る事が夢だったからよく色んな場所の地図を見てたの。王国内もね」
「そうだったのか。今から行くこの石碑のある場所も知ってるのか?」
「何となく名前を聞いた事があるぐらいかな……。ここら辺だと“3
「あー、それってドラゴンとかいるやつだよな? 難しい事はさっぱり俺には分からないけど」
「そう。3神柱は精霊、獣人、ドラゴンの3種族の事で、これが世界の始まりとも言われているの。
大昔はこの3神柱が神だと崇められて多くの人達が信仰していたみたいだけど、リューティス王国は今“女神様”を信仰しているわよね。
これは、今では当たり前の“スキルが与えられる”という習慣が何百年も前にこの女神様と共に誕生した事がきっかけになっているみたい。
だからこの3神柱の歴史は今ほとんど知られていないって、前にお父さんから聞いた事があるの」
「へぇ、そんなのが存在していたんだな。元々勉強得意じゃないし、女神が当たり前の存在だと思ってたよ」
「私もお父さんから聞くまで全く知らなかったよ。何百年か前にリューティス王国が一気に大国へと発展した理由がこの女神様の力によるものなんだって。
何でも、当時の国王と側近達が女神様を召喚する儀式とやらに成功したみたいで、現れた女神様と“制約”の契りを結んだとか。そのお陰でスキルが与えられる様になって、優秀な人材が毎年生まれる様になったリューティス王国は瞬く間に一大大国を築いたらしいの――」
スラスラと話すエミリアの知識は凄い。流石世界を飛び回ろうとしているだけはある。俺なんて全くそんな事知らないもんな。
「凄いなエミリアは。それにお父さんも歴史に詳しいんだな」
「そうなの。お父さんはモンスターや王国の歴史をずっと追っていて、それであちこち飛び回っているみたい」
エミリアとそんな話をしながら石碑のある場所へ向かっていると、俺達の目と鼻の先に目的の石碑らしき物が見えてきた。
「あそこだな」
街を出てからずっと森林が続いていたが、大きな石碑とその周辺は木々がなく、石碑以外にも大小様々な大きさの岩があちこちに転がっていた。遺跡の様な雰囲気と言うのが近いだろう。
奥にあるあの一際大きな物が石碑だな。
アレだけ手入れされている様だし、目の前も綺麗に舗装されている。
「これが町長さんの言っていた石碑か。俺達以外誰もいないな」
「そうね。何か逆に静か過ぎて不気味」
「ああ。でもやっぱ“いる”みたいだな。まだ新しそうな足跡が幾つかあるぞ」
町長さんが言っていた通りなら街の人達は暫くここには来れていない。だとすれば、この足跡はその怪しい連中のものと考えるのが自然だ。
「でもどこにもいる気配がないな。音も聞こえない」
俺が辺りの様子を伺っていると、エミリアが何かを見つけた。
「グリム、こっちに来て!」
「どうした?」
「ねぇ、コレちょっと見て。石碑の横にあるこの岩に、何か模様みたいなものが彫られているの」
「ん? どれどれ」
エミリアの言う通り、そこには何かの模様のような絵のようなものが彫られていた。
「何だコレ」
「確かな事は言えないけど、多分3神柱の模様だと思う」
「それって今さっき話していたやつか」
「うん。3神柱はこの世に“生命”を誕生させたとも言われていて、『精霊王イヴ』『獣天シシガミ』『竜神王ドラドムート』と呼ばれる神々達が自然や動物、そして人間や数多の種族のモンスターを生み魔力を与えたと語られているの。
前に読んだ書物でこの模様とよく似た3神柱の模様を見た事がある……。確実ではないけど」
自信がなさそうに語ったエミリア。到底俺なんかの浅はかな知識ではよく分からないが、この模様と似たものを俺も見た覚えがある。それも最近。ハクの事を調べた時に、本にこんな絵が載っていた。
気がする。
「でも3神柱とやらの模様が何でこんな所に」
「そこまではちょっと分からない」
「エミリアが分からないなら仕方ない。コレは一旦置いておくとして、やっぱりどこにも人の気配がしないな」
エミリアの話しで確かに3神柱とやらも気になっているが、今は取り敢えず町長さんに言われた怪しい連中が先。住み着いているみたいな事言っていたけど一体何処にッ……「――バウワウ!」
次の瞬間、突如ハクが吠えながら石碑のとは違う方向に走っていた。