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第15話 木の杖の魔法使い④

 エンビアが一言呟いた直後、洞窟内がまたも激しく揺れだした。団員達はその余りに強い揺れに立っていられず、ほとんどの者が地面にしゃがみ込んでいた。


 岩を砕くような大きな轟音が一気にエンビア達のいる空洞近くまで迫って来ると、まるで今の揺れと音が噓かの如くピタリと止んだ。 


 時間にして僅か2秒程――。


 しかし、その場にいた全員にとってその2秒の静寂は永遠に感じられた。


 そして。


 静まり返った空洞の天井から、これまでとは比にならないデカさのノーバディが姿を現したのだった。


「やばッ……。思っていたよりデカいじゃない」

「出たぞぉぉ!」

「来ましたよエンビア様!」


 天井を突き破り現れたノーバディは、崩れ落ちる瓦礫と共に空洞内に飛び降りてきた。明らかに今までよりも大きいノーバディ。


 更に突如現れたこのノーバディは今までの蛇の様な触手とは形が異なり、大きな口の付いた頭部らしき触手が4つも連なり、体はまるで四足歩行の獣の如き姿形を成している異質な見た目であった。


 普通のモンスターでない事は一目瞭然。

 エンビアを始め、全団員が目の前のノーバディの圧倒的な魔力を感じ、奴が“本体”であると悟っていた。


『ヴッガァボィィッ!』

「ボケっとしてるんじゃないわよ! 全員一斉攻撃ッ!」


 異形は勿論の事、嫌でも伝わってくるその凄まじい魔力の強さに団員達は完全に気圧されていた。しかし、エンビアの指示を合図に全団員がノーバディ目掛けて魔法を放った。


 ――ズババババババババッ!!

 業火の炎、凍てつく氷塊、鳴り響く雷鳴に鋭い風の刃。

 数多の攻撃魔法が何十発と同時に放たれ、その攻撃は全て4つ頭のノーバディに直撃。


 幾重にも重なる攻撃によって空洞内は一瞬で爆煙や砂埃が充満し、視界を完全に奪われた一行は攻撃の手を止めていた。そして、徐々に煙が晴れ視界がクリアになっていくと、エンビアは晴れていく煙の1番奥で、無傷で立っているノーバディの姿を誰よりも早く捉えたのだった。


「そ、そんな……嘘でしょ⁉ 今の攻撃で無傷なんて……ッ!」


 エンビアを含め、第十魔法団は決して弱くない。寧ろオレオールに存在する全10の魔法団の中でエンビア達は1、2を争う実力ある魔法団。エンビア達が弱いのではない。エンビア達第十魔法団の攻撃をあれだけ受けたにも関わらず無傷なノーバディが常軌を逸していた。


『ゥガャヴァァ』


 次の瞬間、4つ頭のノーバディは強大な魔力を練り上げ始めた。


「まずいッ! 後方隊、直ぐに防御壁を展開しなさい!」


 エンビアの焦る怒号が響いたまさにその瞬間、ノーバディの4つの大きな口から強力な魔力の咆哮が放たれた。


「“エアログルシールド”……ッ!」


 ――ズドォォォォン!

 寸での所で強力な防御壁を自らも繰り出したエンビア。彼女の防御壁と後方隊の展開した防御壁によって多くの団員がギリギリでノーバディの咆哮を防いだが、防御壁の範囲内に届かなかった団員や防御壁を破壊された団員達は諸に攻撃を食らっていた。


 衝撃で意識がなくなって倒れる者、体の一部を抉られた者、上半身が完全に吹き飛ばされた者……。他にも多くの団員が犠牲になり、あちこちで助けを求める声や悲鳴が上がり、夥しい量の血が流れている場所もある。


 辺りは瞬く間に惨劇と化した。


「何なのよコイツッ……!」


 エンビアはノーバディを見上げながら声を漏らした。

 彼女が魔法団に入ってからというもの、これまでそれなりに修羅場を潜り抜け幾度となく強いモンスターとも対峙してきたが、今目の前にいるノーバディは次元が違った。


「エ、エンビア様、このままでは全滅してしまいます! 至急撤退しましょう!」

「冗談じゃないわ。コイツを狩ればこれ以上ない手柄よ。もしかしたら白銀のモンスターより上の功績かもしれないわ!

リリアンがくだらない企みを出来なくなるようここでコイツを仕留めて、一気に私の存在を王国中に轟かせてやるわ!」

「で、ですがエンビア様……」

「大丈夫よ。私の“王2級魔法”で倒せない奴なんていないから」

「おお! エンビア様、王2級魔法を発動するのですね! それならアイツにも絶対効きます!」


 激しい攻防により既に洞窟内が崩れ落ち始めている。皆のいる空洞も長くは持たない。一刻を争う事態だ。


「だ、誰か……」


 壁が崩れ天井からも大きな瓦礫が落ちてくる中、辛うじて生き残っていたエミリアが朦朧とした意識の中で声を振り絞った。


「へぇ、今の攻撃でアンタ生きてたの? 悪運だけは強いのね」

「ディ……フェンションが……何とか間に合って……」


 途切れ途切れの言葉を発する彼女は、既にエンビアから受けた傷で弱っていた所に天井からの落石で片足が下敷きになっていた。


「あっそ。でもその状態じゃもう終わりね。私は今から王2級魔法を奴に撃ち込むわ。アンタは最後に見学でもしながら死になさい」


 そう言ってエンビアは杖をノーバディに向け魔力を練り上げた。すると青白い光が少しづつ杖へと集まっていく。


「発動までに時間が掛かるの! だから動ける者は全員私を援護しなさい!」

「「了解!」」


 エンビアによって再び士気を取り戻した団員達は最後の力を振り絞り、一斉にノーバディ目掛け魔法を放った。だが先程同様全くダメージとはならない。それでも今回はノーバディを倒す為ではなく、エンビアの援護であると開き直っている団員達はただ撃ち続けた。



 “王2級魔法”――。


 それは遥か昔、大国の『王』が天災とも恐れられたドラゴンの襲撃から何十万という民の命を守るべく生み出した最強の魔法。当時、この王は最強の魔法使いとも称されており、王が生み出した魔法は現代でも最強の魔法である。


 王2級より更に上の神1級という魔法が存在するが、これは古来より神の所業と言い伝えられており、人間では到底扱えるものではないとされている。よって、実質最強と謳われているのがこの王2級魔法である。


 そして、この王2級魔法は実力ある魔法団の団長ですら会得するのは困難であり、扱える者は僅か一握り。王2級魔法の威力は言わずもがな強大。数多存在するモンスターの中でトップと言われるドラゴンですら一撃で仕留めてしまう程に。


「よし、イケるわ。全員下がっていなさい! コレが私の最強技、王2級魔法……“ウィンド・ジ・アネモス”!!」


 エンビアから放たれた王2級魔法。

 杖に凝縮された眩い輝きが一気に解き放たれ、その神々しい青白い光線が巨体のノーバディを飲み込んだ。


 王2級魔法で倒れないモンスターなど存在しない。

 勝利を確信したエンビアは余裕の笑みを浮かべた。


 だが――。


「嘘でしょ……」


 凄まじい勢いで放たれた神々しい光が消え去ると、そこにはまたも無傷な状態で立っているノーバディがいた。


「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 呆然と立ち尽くすエンビアを他所に、ノーバディは周りにいた団員達に襲い掛かった。団員達は必死に逃げ出すが無残にも食い殺されていく。辛うじて魔法や防御壁で逃げ延びている者もいるが最早そこまで。一斉攻撃で魔力を使い果たした団員達はもう限界であった。


「エンビア様ァァ! 直ぐに撤退命令をッ!」


 その声で我に返ったエンビアは、納得いかない表情を浮かべながらも全員に撤退の命令を出し全員がその場から走り去った。


 ただ1人を除いて。


「あ……お、お願いッ……! 待って……! 助けて!」


 そう。瓦礫により足を潰されたエミリアは動く事が出来なかった。


「待って下さいエンビア様!  た、助けて下さいッ!」


 エミリアの方へと振り返ったエンビアは静かに笑っていた。


「やっと役に立つ時が来たわね。そのまま餌となって、私達が逃げる時間を作ってちょうだい! じゃ、さよなら」


 エンビアはそう言って本当に走り去ってしまった。そして挙句の果てに唯一の通路であった穴を防御壁で塞いだのだ。理由は勿論ノーバディを食止める為……ではなく、エミリアが間違っても逃げられない様にする為のもの。


 エミリアに注意を引きつけさせ、自分達が逃げる時間を稼いだ。


「う、嘘……」


 エミリアは最早開いた口が塞がらない状態。

 笑いながら走り去って行くエンビアの背中をただただ眺める事しか出来なかった。


『ギォジガァァ!』


 絶望するエミリアをノーバディが見つける。


 言葉が出ない。上手く呼吸が出来ない。震えが止まらない。


 エミリアは満身創痍の状態ながらも必死に杖を振った。震える手で何度も何度も何度も……。まともに扱えない3級魔法を何度も放ったが、ノーバディを倒すどころか全てが相手に届く前に力なく消え去っていた。


 エンビアの王2級魔法で倒せなかったノーバディを彼女が倒せる訳がない。自身でもそれをはっきりと理解していたエミリアは、大粒の涙を流しながら杖を振るのを止めた。


「もう本当に嫌……」


 泣き伏せる彼女の頭上で、ノーバディは無情にもその大きな口を開くと、そのまま彼女を食らった。


――ドォォォォンッ!

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