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「では30分、いや20分で支度してこよう!」
シュバルツは朝風呂と朝食を済ませに、スイートルームから外へと出ていく。残されたクォーツとロビンはリビングスペースへと移動し、そこにあるソファーに横に並んで座る。
ロビンは虚空の先へと手を突っ込み、そこからボルドーの街の地図を取り出す。テーブルにそれを広げてくれた。
「んっと、私たちにあてがわれたのは3つの情報屋ね」
「はい。メアリー様が気を利かせて、それぞれに離れている情報屋を巡ることになります」
「ありがたい話だわ。この3カ所をクリアしつつ、デートもこなす。シュバルツが戻ってくるまでに決めちゃいましょ」
地図を指さしながら、ボルドーの街を散策するルートを決めていく。
出発地点はこの宿屋だ。屋台通りでの買い食いは絶対に外せない。噴水広場に立ち寄り、そこで立ち止まって、おしゃべりに華を咲かせる。
「んで、情報屋を2件回って、ちょっと疲れちゃった、休憩しよ? ってことで、ラブホテルに誘うのですね?」
「ちがうわよ! 喫茶店で休憩よ!」
「でも、このルートだと、必然的に、ラブホテルの前を通ることになりますが?」
「ぐっ……」
たまたま、寄ってみたいと思っている喫茶店がその通りにあるだけだ。決して、ラブホテルに寄るのが目的で、このルートを選んだわけではない。
(そりゃ、まったく期待してないってわけじゃないけど……)
ちょっと疲れちゃったかもと試しに言ってみて、シュバルツが辺りを見回し、そのラブホテルを目にするとしよう。その時に、彼がどう反応するのか見てみたいという欲求がある。
「んもう! メアリーはわざと、このルートを選ばざるをえない情報屋を指定したでしょ? ロビン、違う?」
「気づかれてしまうとは……。そのご慧眼に感服いたします」
やっぱり、そうだった。最後に寄る情報屋をここに設定すると、どうあがいても、ラブホテルの前を横切ることになる。
期待と不安が交差する。紳士なシュバルツなのか、それともスケベなシュバルツなのか。悩ましい。
「クォーツさん。ひとつ、よろしいでしょうか?」
「何? あらたまって、どうしたの?」
「シュバルツさんに抱かれても良いっていう気持ちは揺らいでないのですか?」
鋭い刃を喉元に就きたてられた気分になる。声が出なくなってしまった。眉にしわが寄ってくる。なんと表現すべきか思い悩む。これは乙女心の問題なのだ。
「んっと……。宿屋のスイートルームで、2人で盛り上がって、その流れなら……いいかなって」
「ああ、なるほど。ラブホテルは違いますものね。それ目的に入りますから」
「うん……。私はシュバルツとの仲を深めたいとは思っているけど、エッチが主目的じゃないから。どっちも大切なの」
ロビンとしゃべることで、自分の考えがまとまっていく。シュバルツが自分を抱きたいと思っていてくれているのかを知りたい。
それとは別で、シュバルツが自分の身体だけを求めてくるのは嫌なのだ。
「ありがとう。私、シュバルツとどうしたいのか、わかってきた」
「お役に立てて光栄です。では、ラブホテルの前を通る時に、自分が要らぬことを言わないように口を慎んでおきます」
数日前の自分のことを思い出す。自分はただシュバルツに抱かれてでも、彼との関係を深めたいと思った。
今は違う。メアリーと会話を重ねたことで、シュバルツと本当になりたい関係は何なのかという気づきを得た。
今ならわかる。自分はシュバルツと身体だけでなく、心も繋がりたいのだと。そのためのデートなのだ。ラブホテルに入るのが目的ではない。
ロビンと共にルートの最終確認を
◆ ◆ ◆
「待たせて悪かった! さあ、情報屋に行こうか!」
「うん! ルートはロビンと一緒に考えておいたよ」
「ありがたし……。では、さっそく出発しようではないかっ!」
3人でスイートルームの外に出る。階段を降り、カウンターに寄って、禿げ親父に鍵を返す。
宿屋の外に出て、シュバルツの隣に並ぶ。後ろには撮影係のロビンがついてくる。
まずは1つ目の情報屋に向かう。目的の情報屋は宿屋からまっすぐ南にある。
しかし、あえて少しだけ寄り道をしながら向かうルートを取る。その道にはアクセサリーを取り扱う店が並んでいた。
「ねえ、シュバルツ。お店に寄っていい?」
「うむ。何かほしいものでもあるのか?」
「特には……ないんだけど。カイルからは情報を集めるのに半日かけて良いって言われてるから、散策もしようかなって……」
「なるほど……。カイルのやつ、気を利かせてくれる……。よし、それならば」
「それならば?」
シュバルツの返事に期待した。自分から言うのは、はしたない女だと思ってしまった。卑怯だが、彼の口から言ってほしい。
「デートだな!」
「うん!」
自分の気持ちが伝わったのが、すごく嬉しい。シュバルツの腕に自分の腕を絡めた。その体勢のままで、二人でアクセサリー店の中に入る。
色とりどりのアクセサリーに目が奪われた。ネックレスが釣り下がっているコーナーに寄り、そのひとつを手に取る。
「シュバルツがつけると格好いいかも」
それは金のネックレスであった。シュバルツの首元にそのネックレスを押し当てる。これを身につけて、魔物と戦うシュバルツを想像した。
ニンジャ・マスクで顔を隠し、股間には
「悪くは……ないな?」
「良くも……ないかな?」
格好いいと思えるのだが、如何せん、シュバルツの変態度も同時に上がってしまう。悩ましい。実に悩ましい。
「とりあえず、保留かな」
「うむ。皆の意見も聞いてみたいな」
次はベルトのバックルが並んでいるコーナーへと行く。今つけているベルトは自分で選んだが、カイルがお金を出してくれたものだ。
シュバルツを介在させることで、カイルを上書きで消してしまいたかった。
「これなんかどうだ?」
シュバルツがベルトのバックルを手に取り、こちらに差し出してきた。琥珀色をしている。今つけているベルトは黒色で、バックルは茶色だ。
色が合っているか確認するため、シュバルツからバックルを受け取り、それを茶色のバックルの上に合わせる。
「どう……?」
「ふむ。琥珀色も良いが、ルビー色も良い気がしてきたな」
「シュバルツ、選んで?」
「拙者でいいのか?」
「シュバルツが選んでほしいの」
「では、これにしよう」
シュバルツが最終的に選んだのはルビー色のバックルであった。店員を呼び、これを紙袋に包んでもらう。シュバルツが会計を済ませてくれた。
これで、アクセサリー屋でのミッションは終わりだ。しかしながら、ふと、視界の隅で何かがキラリと光る。なんだろうと思いながら、そちらに視線を向ける。
そこには指輪が並んでいた。
「キレイ……」
思わず、そのまま声に出してしまった。めざとい店員が自分に近づいてきた。
「こちら、ペアの指輪もございますよ」
自分が見ている指輪と同じ指輪を店員が手に持ち、こちらに差し出してきた。恋人同士でつけるペアリングだ。
「ん……。悩む」
「あら、まだそういう関係には至っていないわけですね? でしたら……こちらのおとなしめのほうはいかがかしら?」
店員が気を利かして、別のペアリングを見せてくれる。だが、こちらのほうには興味が湧いてこない。やはり、先ほどの指輪のほうが良いと思える。
「どうしよう。さっき見てたのが良かったんだけど。あっちは婚約指輪って感じですよね?」
「そう……ですね。将来を誓い合ってからのカップルが好んでつけますね」
店員は歯切れが悪くなっている。彼女はカップルを見ただけで、どれほどの仲なのかわかるほどの熟練店員なのだろう。一緒に困ってくれていることに安心感と信頼感を覚えてしまう。
「うん。今回は見送りさせてもらうね」
「はい。じっくりと2人の愛を育んでください。もし、よろしければお取り置きしておきますが」
「ううん。そこまでしてくれなくて良いかも。新しい関係になったら、その時はまた、違うものがふさわしいって思えるかもだし」
「素晴らしい……。こちらもあなたたちの恋を応援しておきます。指輪が必要になりましたら、是非、当店でお願いします」
「うん! その時はよろしくね!」
店員に挨拶をして、その場を離れる。紙袋を手にしているシュバルツへと近寄って、彼の腕に自分の腕を絡ませる。
「ん? 良いことあったのか?」
「うん。また機会を見つけて、このお店に来ようね」
「よくわからんが……欲しいものがあれば、今、買えばいいんじゃないのか?」
「今はまだなの! 慌てちゃダメなの。次でも大丈夫だから」
シュバルツは首を傾げている。そんな彼に微笑みかける。ペアリングを買うのはまだ早い。もっとじっくり彼との関係を深めてからだ。
慌てなくてもいい。シュバルツは自分から逃げないはずだから。