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第54話:カイルの逆襲

◆ ◆ ◆


 朝風呂を十分に堪能した後、脱衣所にて替えの下着を身に着ける。心も改まる気分になる。白衣で身を包む。


 メアリーたちと共に風呂場から出た。その時、ちょうど、男湯からカイルが出てきた。


「あれ? カイルも朝風呂だったの?」


「ああ。昨日は食べ過ぎて、ベッドにもたれかかった瞬間、記憶が無くなったんだ。そのまま朝まで寝ちまったからな」


 クスクスと声を出してしまった。シュバルツと同様、カイルも同じだったことに笑ってしまう。


「んもう。次からは気をつけるのよ」


「ああ、そうするよ。で、女性陣はこれから朝食か?」


「うん。このまま朝食に向かう予定。シュバルツは起きてこないと思うから」


「それなら……。同席してもいいか?」


 カイルはシュバルツがいない間にアピールしておきたいという雰囲気を醸し出していた。その様子を彼の仕草から見てとれる。


「うん。私はいいよ」


 そう言った瞬間、カイルの顔がほころんだ。本当に自分は悪い女だ。でも、風呂場でメアリーとのことを思い出す。もっと、カイルを振り回していい。それが自分のためにもなる。


「んじゃ、俺がエスコートするよ」


「って、宿屋の食堂でしょ? すぐそこよ?」


「む……。そう言えばそうだった」


 カイルがいちいち面白い。ここ数日でカイルはかなり変わってきた。


 そのきっかけとなったのは、シュバルツとの殴り合いだ。あれがカイルの転機だったのかもしれない。でも、それは彼には言わないでおく。


 カイルが先頭となり、その後を女性陣が続く。白を基調とした食堂だ。清潔感が漂っている。


 中庭が見える大きな窓からは秋らしい柔らかな朝日が差し込んでいる。そことは別の壁にある開いた小窓から優しい風が入り込んでいた。


 この食堂はビュッフェ形式だ。カイルがわざとらしく自分と距離を近づけてくる。


「俺は出身がここから遠くの南東の方だから朝は米が良いんだけど……。このボルドーの街に来てからはパンも美味いと思えるようになった」


 聞いてもいないのにカイルがそう言ってくる。今朝はカウンターには米のごはんは無かった。


(カイルは米のごはんを肴にして、私との話を含まらせようとしてたのかな?)


 女性と会話を楽しむなら、故郷のことについて話すのは鉄板とも言える。だが、のっけから、カイルの思惑は外れてしまったようだ。


 ボルドーの街は大陸の中央に位置するミッドランドにある。ミッドランドは小麦がメインなため、どうしても主食はパンとなる。


 それでも交通のかなめの街ということもあり、ここから南東地方で栽培されている米も少量ながら入荷される。


 クォーツは米も小麦もどちらも好きだ。その日の気分で、どちらかを選んで食べている。


「どれくらい食べる?」


「ん。2個かな」


 カイルはパンが山盛りにされているかごの前で立ち止まる。トングを手に取り、こちらの御膳の空いた皿に2個乗せてくれた。


「うっ、肉か……」


 カイルが困り顔になったのが見えた。それだけで噴き出してしまう。昨夜はもう嫌だ! と叫んでしまいたくなるほど、子鹿の丸焼きを食べた彼だ。


 そうだというのに、カウンターには肉をベースに調理された料理が並んでいる。足だけじゃなく、手も止まっている。


 彼の横をすり抜け、自分はスクランブルエッグが乗っている皿を取り、その皿の上にソーセージを3本乗せる。


 カイルが自分の真似をした。それを横目にフルーツの盛り合わせの皿をお膳に乗せる。最後にカボチャスープのお椀をお膳に乗せた。


 きょろきょろと辺りを見回す。メアリーとロビンはすでにテーブル席に着席している。そこに向かって、歩き出す。後ろにはカイルが犬のようについてくる。


「お待たせ。って、カイル。なんで、そこまで私と同じ物を選んでるの?」


「いや、まあ……その……」


 しどろもどろになっている。シュバルツは自分の食べたい物をしっかりと選ぶ。カイルはその逆だ。こちらと同じ物を狙って、お膳に乗せていた。


(同じ男でも、ひとによって、ここまで違うのね)


◆ ◆ ◆


 朝食を食べながら、4人で会話を楽しんだ。その中で、今日は1日、どうするかという話になる。


「今日は天空の城への行き方を各々で調べるってことでいいかな?」


カイルがパーティのリーダーらしく、そう提案してきた。女性陣はカイルの提案に同意する。


「グループ分けはどうしますか?」


 ロビンがそう質問してきた。各々と言っても、ひとりで行動するのは逆に効率が悪い。どこに行って調べるのが妥当か、わからなくなってしまうからだ。


「ロビンはシュバルツとクォーツのデートを撮影してきてね」


「えっ? それじゃ、俺はメアリーと2人なのか? しかもクォーツはシュバルツとデート!?」


「あら? 貴方、昨夜の食べ比べでシュバルツに負けたわよね? それなのに、シュバルツがいない今がチャンスだ! とか思ってましたの?」


 メアリーがずばずばとカイルに指摘している。カイルが「くっ!」と唸っている。どうやら、彼の野望はメアリーによって、粉々に打ち砕かれたようだ。


 メアリーがこちらにウインクしてきた。メアリーは進んで、カイルと自分の間の防壁となってくれた。感謝を伝えたくなってしまう。


「デート気分でクォーツはシュバルツと調査をお願いしますわ。ロビン、2人がさぼり過ぎないように適度にツッコミを入れておきなさい?」


「はい、わかりました。2人がラブホテルに消えていかないように監視しておきます」


「そんなところに行かないわよっ! 失礼ね! そこはちゃんとわきまえてるわよ!?」


 メアリーがニヤリと口角を上げているのを見た。彼女は軽くからかうつもりだっただけだったようだ。それなのに、うっかり過剰反応してしまった。耳に熱が帯びていくのを感じる。


「うう……」


「メアリー様。クォーツさんは本当に反応が面白いです」


「そうね。しっかりと撮影しておきなさい。観客を楽しませるのも冒険者の務めですわ」


◆ ◆ ◆


 何はともあれ、グループ分けはきっちりとおこなわれた。カイルには悪いが、食堂からスイートルームへ向かう足取りは軽い。


(デート、デート♪ いやいや……。ちゃんと調査もしつつ、デートだから! 目的を忘れちゃダメよ、私!)


 浮かれそうになる心をしっかりと律しようとする。でも、頬が緩んでいるのが自分でもわかる。スイートルームのドアを開く。


 スイートルームの中で、シュバルツが姿見の鏡の前でポーズを取っていた。


 股間にかえでの葉をつけずにだ……。さらには腰をくねくねと気持ち悪く動かしていた……。これはさすがに気まずい……。


 開いたばかりのドアを閉じる。


「えっと……。見ちゃいけないもの見ちゃった」


「はい。ノックしてからでしたね」


◆ ◆ ◆


 3分ほど、ドアの前で待った。その後、今度はしっかりノックした。扉の向こうから、シュバルツの「入っても大丈夫だ!」という声が聞こえてきた。


 ドアを開くと、そこには汗だくになったシュバルツが仁王立ちしていた。彼は息が荒かった。急いで、かえでの葉を探していたのだろう。


「おはよう! クォーツ! とんでもないところを見せてしまったようだ! あはは……」


「おはよう、シュバルツ……。大丈夫、もう、記憶からは消したから!」


「う、うむ! ニンジャだというのに、すっかり油断していた。これもキミと一緒に過ごせたという安心感からなのだろう」


 嬉しいことを言ってくれるシュバルツだ。彼の痴態を見てしまったが、その言葉ひとつで帳消しにできる。


「あれはニンジャ流の体操だったの?」


 念のために聞いてみた。シュバルツがこちらから顔を背けた。やらかしてしまった。


 何故にすっきりキレイに忘れておいてあげなかったのだろうか。自分の発した言葉を時間を巻き戻してでも、今すぐに取り戻したい。


「あれは……開放感からだ……」


「十分、開放感を味わってる気がするけど……」


「そこは男にしかわからぬよ……」


「そ、そうなのね」


 男には女が持っていない器官がある。かえで1枚と言えども、きっと邪魔に感じてしまうのであろう。あくまでも自分の予想なのだが……。


 シュバルツは安心感と共に安全な空間であったことで、開放感を堪能していたのだろう。そこに土足で入り込んでしまったのは、こちらのほうだ。


「シュバルツ。遠慮なく言ってね。私相手でも」


「ぐっ……。なかなかに魅惑的な提案だ。ありがとう、クォーツ」


「そこまでのものなの? 女の私だと理解できないけど……」


「言われてみれば、そう……だな? そこはお互い、もっと共有していかねばならぬ感覚なのやもしれぬ」


 2人の仲はぐっと縮まっているという自信はある。それでも、お互いにわからないことだらけだ。この事件を良い教訓にしなければならない。


 わからないことをわからないままにしておくのは、何事においても非常に危険だ。些細なことでも、放っておけば、それが大事故に繋がる恐れがある。


 それは冒険でも恋愛でも違いはないのだろう。


(私、もっとシュバルツのことを知ろうとしないとな……。そして、同時に私のことも彼に知ってもらおう……)


 ちょうど、今日はシュバルツと同じグループで、天空の城への行き方を調べるのだ。話をする機会を逃さないようにと、今から心を引き締めておく。

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