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第52話:大食い大会・決着

 シュバルツとカイルの大食い大会はいよいよ大詰めへと入っていた。残りの肉量は1キュログラハム。ここまでに消費した肉は男2人、女性3人で6キュログラハム。


 女性陣はもうこれ以上、食べる手伝いはできない。しかし、彼らが食べやすいように一口サイズに切り分けることはできた。


「はい。慌てずしっかり噛んで食べるのよ」


「ぐふぅ! 一口、食べるごとに涙が溢れてくる!」


 シュバルツはかえでの葉1枚の姿のため、お腹がぽっこり膨らんでいるのが目に見えてわかる。


「なんか、シュバルツのお腹、かわいい……。撫でていい?」


「やめろ! そんなことされたら、全部、出る、出ちゃうから!」


 残念ながら、シュバルツに止められた。次いで、カイルの方を見る。カイルは締め付けがきついのか、上着を脱いでいた。上はシャツ1枚だ。


 それだけでは足りぬとばかりにズボンのベルトも外している。そのせいで、ズボンがずり落ちて、パンツが見え隠れしていた。


 シュバルツは可愛く見えるのに、カイルはルーズに見える。


「カイル。だらしないわよ。服をきちんと着たら?」


「やめろ! そんなことしたら、全部、出る、出ちまうから!」


 どちらも満身創痍であった。服による締め付けがまったく無い分、シュバルツの方が有利に思えた。


 ゆっくりとではあるが、皿の上に残った肉は減ってきていた。ここにきて、シュバルツが生チュウのお代わりを頼んだ。店員が「お待ちどうさまー!」と言って、木製のジョッキを置いていった。


 そのジョッキに口をつけて、口の中に留まっている肉を黄金こがね色の液体で流し込んでいるようだ。


「ふっ。それは自爆だろうがっ! おねーさん、俺にはウーロン・ハイを!」


 麦酒ビールはそれだけでお腹が膨れる。カイルは正しい選択をしたように感じた。何故にシュバルツが余計に苦しむ選択を取ったのかがわからない。


「くはは……」


 シュバルツが不気味に笑い出した。気味が悪くて、思わず、引いてしまった。だが、シュバルツの食べるスピードがここにきて上がったのだ。目を丸くするしかなかった。


 シュバルツが勢いづいたのとは逆に、カイルの動きが突然、止まった。


「うぐぁ! 口の中がウーロン・ハイで浄化されたのはいいが、食欲までもが流された! 手が動かない! 口が脂を拒否しやがる! 俺の方がやらかしたのか!?」


「ふん、甘いな、小僧! お腹が膨れるリスクを犯してでも、拙者は麦酒ビールを選んだ。それは食欲を増幅させるためだ!」


 シュバルツの言う通りだった。焼肉と言えば麦酒ビールだ。どちらも欠かせない。どちらもお互いを助け合う存在なのだ。それをシュバルツが証明してみせた。


 シュバルツの勢いは止まらない。残り1キュログラハムの肉のうち、600グラハムを食べた。この時点で勝負はシュバルツに軍配が上がった。


「勝者、シュバルツさんです。カイルさんの負けです」


 ロビンが勝者の名前を告げる。シュバルツが椅子から立ち上がり、ガッツポーズを決めた。


「このすっとこどっこいが! 何がクォーツをいただくだ!」


「くそぉぉぉ!!」


 だが、シュバルツの誤算はここから始まる……。


「二人とも、忘れてるかもだけど……。残した時点で勝負は無かったことになるわよ? 私、頼んだ分の料理を残す人は大嫌いだからね?」


 シュバルツの手からフォークが滑り落ちた。カラン……という音が鳴る。そんなシュバルツがこちらに顔を向けてきた。


彼の目が訴えかけてくる。自分は十分に食べた。残りはカイルの責任だと。


(その気持ちはわかるんだけどね……。でも、こればかりは譲れない一線よ。シュバルツ、わかってほしいの……)


 こちらも目で訴えた。シュバルツならわかってくれるはずだ。このゆずれない一線は大事なのだ……。


「ぐぬぬ……。カイル。ここは協力し合おう!」


「俺が!? 何故、そう言い切れる!? 俺はクォーツとデートしたいのに、それはもう叶わない。ならば、勝負自体をご破算にするほうを選んでもおかしくないんだぞ!?」


「いいや。カイル。ここからは勝負は関係ない。わかるだろ?」


 シュバルツがカイルの視線をこちらへと誘導してくれた。


 食べ物を粗末にしてはいけない。これはシュバルツだけの問題ではない。パーティだからこそ、パーティ全員で解決しなくてはならないのだ。


「わかった、シュバルツ。俺が悪かった。そもそも、食べ物で勝負事をした俺がバカだった」


 ようやくわかってもらえたようだ。えらいぞ、カイル。大幅減点はやめてあげる。


 残りの肉は300グラハムだ。自分も、もう少しだけ食べれるかもしれない。一口サイズに切った肉をナイフとフォークでさらに細かく刻む。


 それを男子2人と女子3人でゆっくりと食べ終えた……。


◆ ◆ ◆


「もう食えねえ! しばらく肉は勘弁してくれえ!」


「ふっ。そうは言っても、明日には忘れてるだろうな」


 シュバルツの言う通りなのかもしれない。自分たちはまだ20代前半だ。肉の脂が重くなってしまうような30代とは違う。


 明日の夕飯の頃には今夜の出来事を忘れて、この馬鹿貴族の酒場で肉料理を注文しているだろう。これぞ、若さゆえの特権だ。


 お会計を済ます。子鹿の丸焼き3つと飲み物を合わせて5万ゴリアテだった。男性陣が3万2千ゴリアテ出し、残りの1万8千ゴリアテを女性陣で出す。


(女子ってだけでお得よね)


 ちらりとシュバルツを見た。シュバルツがこちらにサムズアップしてきた。思わず、微笑んでしまった。


 彼の身体は汗でびっしょりだ。食べ過ぎて、今すぐにでも倒れるかもしれないと心配になったが、気にするなと態度で示してくれる。


 カイルはテーブルにつっぷして、動けなくなっていた。そんなカイルの頭をミサが優しく撫でている。彼の介抱はミサに任せて良さそうだ。


「んじゃ、カイルの面倒はこっちで見ておくよ。あと、天空の城への行き方について、別の方法が無いか、こちらでも探ってみるわ」


「うん、ありがとう! こっちはこっちで情報屋に当たってみるね」


「良い情報が買えることを祈っておくよ」


 カイルとミサを残して、馬鹿貴族の酒場を後にする。魔術灯マジック・ライトで照らされた街路を4人で進む。目指すは宿屋だ。


 足取りが軽くなっているのがわかる。ロビンがこちらに撮影用の魔導器を向けているが、この際、気にしないことにした。


 馬鹿貴族の酒場から10分ほど歩く。道すがら、今日の出来事を思い出した。


 今日はたくさん冒険した。


 数えきれないほどの魔物を倒した。


 その中には昔の仲間をロストに追いやった4本腕の悪魔もいた。


 そいつすらも皆の力を結集して倒した。


(シュバルツとたくさんしゃべって……。シュバルツに良い子良い子してもらって……。それから……)


 やましい気持ちを抱きつつ、いつも利用しているローレンスの宿屋へと到着した。カウンターには宿屋の支配人である禿げ親父が立っている。


「では、わらわは先にロイヤルスイートルームに向かっていますわよ。ロビン。ぎりぎりまで2人のことを頼みますわ」


「はい、メアリー様。挿入のぎりぎりまで、付き添う予定です」


 メアリーが手をひらひらと振りながら、この場から消えていく。2人にツッコミを入れたい気持ちは山ほどあった。


 だが、肝心のシュバルツが立ったままで、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。時間はあまり残されていない気がする。


「んで、今日は3人でお楽しみになるのかい?」


「ちがいます! こちらは付き添いのひとです!」


「ああん? 事情はよくわからんが……、スイートルームに案内を頼む!」


 従業員がやってきて、スイートルームの前まで案内してくれる。ルームサービスは必要かと聞いてきたが、丁重にお断りした。


 どきどきを抑えながら、スイートルームへと入出する。テーブルとソファーがあるリビングにしようか、それともこのまま、2人でベッドに倒れ込むか悩んだ。


 だが、その悩む時間が惜しいとばかりにシュバルツが身体を寄せてきた。彼に押されるままにベッドの上に倒れ込んでしまった。


「ちょっと……。まだ、ロビンが見てるよ……」


 シュバルツが掛け布団のように覆いかぶさってきていた。その体勢のまま、彼の背中に両手を回した。


 温かい。10月半ばの冷えた空気の中を10分も歩いてきたというのにだ。シュバルツの身体は湯たんぽのようだ。彼の温もりを十分に味わう。


「こうしてるだけで幸せ……」


 今日の出来事を言葉で共有しようと思っていたが、それすらも無粋だと、シュバルツが教えてくれたような気がする。


 彼の体重がそのまま幸せの量になっている感じがする。彼の背中に回した手の位置を色々と変えてみた。


 筋肉に包まれた身体だというのに、その上から肋骨や背骨の固さがわかる。


「私もさわってほしい……な?」


 返事はない。その代わりにシュバルツの寝息が聞こえてきた。


「そう言えば、昨夜は徹夜したと言ってましたね」


 撮影係のロビンはまだスイートルームにいた。彼女の存在など、すっかり忘れていた。今までずっと見られていたというのに、不思議と恥ずかしさはなかった。


 それよりも、シュバルツへの愛おしさが勝っていた。


「そう……だったね。でも、そんな素振り、一切、見せなかったね」


「はい。さすがはニンジャ・マスターです」


「ありがとう、シュバルツ」


 シュバルツの唇に自分の唇を軽く合わせてみた。残念なことに反応は見せてくれなかった。


 ロビンが気を利かせてくれた。シュバルツの背中に毛布を掛けてくれる。自分はこのまま、シュバルツに押しつぶされておく。


「では、おやすみなさいませ」


「うん。ロビン、おやすみなさい」


 ロビンがスイートルームの照明を落としてから、退出していく。


 真っ暗闇だ。スイートルームの中にはシュバルツの寝息のみが聞こえてくる。彼の寝息に安心感を覚えてしまう。ここはダンジョンではなく、安全な場所だ。


 その安全な場所で、シュバルツと二人きりの夜を過ごしている。


「おやすみ、シュバルツ」


 もう1度、シュバルツの唇に自分の唇を軽く合わせた。やはり、今度も何も反応が無かった。だが、それでも良かった。


 静かに目を閉じる。


 シュバルツの重さを感じたまま、自分も眠りにつく……。

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