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第51話:怪鳥ガルーダ

 しょうもない男の意地から始まった大食い大会を余所に、クォーツは女司祭のミサ・キックスに鑑定を頼む。


 虚空の先から短剣を取り出し、それをミサに渡す。


「ほほーん。こりゃ鑑定する前から値打ちものだって、わかるねえ」


「鑑定代に色をつけとこうか?」


「んや。いつも通り1000ゴリアテでいいよん」


 ミサはこちらに手を差し出してくる。その上に銀貨を1枚置く。ミサが銀貨を親指で弾き、その手でキャッチする。


「毎度ありっ! おねーさん! 生チュウおかわり!」


 ミサは渡した銀貨でさっそく生チュウを注文している。まるであぶく銭を嫌っているかのように見えた。


「ねえ、貯蓄とかしないの?」


「うん? うちの将来の心配でもしてくれてんのかい? 心配なさんな。鑑定スキル持ちってだけで、食いぱぐれしない職だからなっ、司祭ってのは」


 ミサの言う通りだった。この世界からダンジョンと冒険者が消えてなくならない限り、ミサは鑑定だけで食っていける。


(余計な心配しちゃった)


 テーブルへと店員が生チュウが注がれた木製のジョッキを運んでくる。それにさっそく口をつけるミサだ。美味そうに、ごくごくと喉を鳴らしている。


「ぷはぁ! 救世主様は良いことをおっしゃった。酒は我が血。パンは我が肉。生チュウは我が魂……ってな!」


「最後の部分は違うとおもうけど?」


「そうだったっけ? まあ、気になさんな。さてと……、喉も潤ったし、さっそく鑑定を始めまようか」


 ミサはジョッキをテーブルに置く。代わりに渡した短剣を手に取る。右手の指で柔らかく鞘の表面をなぞる。


 古びた革製の鞘に命が吹き込まれていくようであった。革が艶を取り戻す。その革に太い金糸で名が刻まれている。


「ほほう……。こいつはかの高名な錬金術師様が使っていた短剣だな」


 ミサはまじまじと浮き上がってきた名前を読んでいる。クォーツはその名前に聞き覚えがあった。


「アゾットの短剣……か。私がこの短剣から運命を感じたのは間違いじゃなかったのね」


「運命ってのは言い過ぎな気もするけどねっ。さて、刃のほうも本物か調べてみよう」


 ミサは鞘から刃を引き抜く。刃は両刃で細長く、刺突剣にも見える。ミサはその刃の腹に指を当てる。彼女の光る指は刃の錆を削ぎ落としていく。刃の表面に文字が彫り込まれていた。


「こりゃ魔法が込められているね」


「何の魔法?」


「錬金術師のクォーツのほうが詳しいんじゃないの?」


 それもそうかと思ってしまう。高名な錬金術師が使っていたと言われている短剣だ。そこに魔法が込められているのならば、錬金術魔法であるに違いない。


 ミサが短剣を返してくれた。改めて、じっくりと刃に彫られている文字を読む。


「これって……。スピード・ダウンの魔法だ」


「ん? 突き刺した相手をスピード・ダウン状態になるってことかい?」


「そういう使い方も出来るけど、本当の使い方は、自分の周りにスピード・ダウンのフィールドを展開させるんだと思う」


 ミサが首を傾げている。それもそうだ。自分がこの考えに至ったのは、ジャンゴーの森にあった神殿で、スピード・ダウンの魔法をそのように使っている奴らがいたからだ。


 謎がひとつ解けた。奴らは魔法が込められた呪物を用いて、スピード・ダウンのフィールドを展開させている。


「なんで気付かなかったんだろう。直接、魔法を武器に刻めば良いって……」


 自分は錬金術師だ。武器や防具を今まで何度も錬金強化してきた。世の中には炎の剣などといった、アイテムとして使えば、魔法を発動する武器も存在する。


 かの高名な錬金術師が使っていたということは、この短剣にスピード・ダウンの魔法を刻んだのは、その錬金術師だということになる。


 魔法を発動する武器は、今の時代では失われた古代の技術で作られたと言われてきた。


 だが、錬金術師ならば、失われた古代の技術のことを考慮しなくても良い。そうできることを、ミサに鑑定してもらったアゾットの短剣が教えてくれた。


「天啓を得た気がする……。私はもっと錬金術師として、いろんなことができる!」


「そりゃめでたい話だ。どんどん腕を磨いて、がんがんダンジョンに潜ってくれ。それでわんさか未鑑定のアイテムを拾ってくるんだぞ? そしたら、あたしはじゃんじゃん、生チュウが飲める!」


 思わず苦笑してしまった。ミサは美味い酒が飲めれば、それで良いのだろう。


 彼女は冒険は他者に任せ、彼女自身は酒場で冒険者の帰りを待ち、そこで彼らが持ち込んできた未鑑定の品々を鑑定して日銭を稼いでいる。


 司祭としての確かな腕が無ければ、鑑定スキル持ちといえども、そのスキルを上手く発動できない。


 ミサも昔はダンジョンに潜っていたとミサ本人から聞いたことがある。かなりの実力者だったと自称していたことを思い出す。


(もしかして、私と同じなのかも。ダンジョンに対して、トラウマがあって、今はただこうして、酒場で鑑定するだけの生活に落ちた……)


 ミサの飲み姿を見ながら、色々なことを考えてしまう。だが、ミサがダンジョンに潜らなくなったのは、彼女なりの理由があるはずだ。そこに土足で踏み込めば、ミサとの関係が損なわれるであろう。


 聞いてみたい気はしたが、今のこの距離間が心地よい。関係を壊すような発言はできなかった……。


◆ ◆ ◆


 ロビンはミサに他のアイテムも鑑定してもらうために、ミサにどんどん未鑑定のアイテムを渡していた。


 カイルはシュバルツと共に大食い大会の真っ最中であったため、鑑定料はロビンが立て替えてくれた。


 品々を受け取りながら、ミサがこちらに質問を投げかけてきた。


「んで? 次はどこのダンジョンに潜るんだい?」


 すっかり忘れていた。ミサには鑑定以外のことで頼みたいことがあったことを。


「んっと。天空の城に行きたいんだけど……。行き方を知ってる?」


「ああん? 天空の城だと? たまに晴れた日に空に浮かんでいるのが見えるあの城だろ?」


「うん。あの天空の城。あそこにアビス・ゲートに行くための最後のアイテムがありそうなの」


「まーーーた、大変なところに行く気なんだな……。ちょっと待てよ。今、方法を思い出すから。おねーさん! 生チュウお代わり!」


 呑兵衛らしい発言だ。記憶を掘り返すには酔いが足りないらしい。ロビンから受け取った鑑定料で、さっそく新しい生チュウを頼んでいる。


 運ばれてきたジョッキに急いで口をつけている。「ぷはぁ!」と気持ち良い声を出している。


「思い出したぁ! 怪鳥ガルーダに運んでもらうといいらしいぞ?」


「へっ? 何を言ってるの? 飲み過ぎて、脳みそが壊れた?」


「何言ってやがる! アルコールが補充されたおかげで、頭が冴えわたってんだ! 嘘じゃねえよっ! 確かな筋から聞いた話なんだよ」


 酒場に入り浸っているだけあり、ミサは情報通だ。ミサは鑑定スキル持ちであるため、色んな冒険者と繋がっている。


 そんな彼女が確かな筋から得た情報となれば、眉唾ものだと拒否してはいけない。聞くだけの価値はある。


「実際に怪鳥ガルーダに運ばれて天空の城へ行ったって言ってたんだ、そいつは。そこにはガルーダの巣があって、そこに運ばれるついでに天空の城にたどり着いたらしい」


「なるほど……ね。確かに話としてはつじつまが合うわ。でも、どうやって、怪鳥ガルーダを手なずけて、巣に運んでもらうの?」


 怪鳥ガルーダは魔物だ。魔物を手なずける方法など聞いたことがない。見世物小屋で人魚を捕まえたとか世間では言われているが、偽物ばかりだ。


 比較的温厚と言われている人魚ですら、ヒトは手なずけることなどできはしない。ならば、怪鳥ガルーダは無理だと断言できる。


「手なずける必要なんてないさ。言っただろ? 巣ってことは、そういことじゃないか」


「え? それってまさか……」


「そう、クォーツが考えている通りさ。怪鳥ガルーダに餌として運ばれれば良い」


「あのね……」


 叱り飛ばすべきか悩んだ。怪鳥ガルーダはするどい爪とクチバシを持っている。全長10ミャートルもあり、クォーツなど、丸飲みされてしまうであろう。


「もしもよ? 足で鷲掴みされるんじゃなくて……。その場で丸飲みされちゃった場合は、どうすればいいわけ?」


「そりゃ……。肛門から脱出……する?」


 目の前のミサがしどろもどろになっている。せっかく情報を教えてもらったが、彼女を前にして、大きくため息をついてしまった。


「ま、まあさ!? 怪鳥ガルーダに運んでもらうのは最終手段として取っておいてさ! ボルドーの街には情報屋もあるんだ。そっちにも足を運んでみたらいいんじゃないかな?」


「そう……ね。でも、情報屋って、高くつく割りにはハズレを引いた時の無駄遣い感が半端無いのよね……」


 ボルドーの街にはいくつかの情報屋が存在する。ミサが持っている情報でも解決できないのなら、次に頼るとしたら、その情報屋となる。


 だが、ミサの言う怪鳥ガルーダに運んでもらう計画はなるべく実行したくない。他の方法で、天空の城にたどり着けるのなら、それに越したことはない……。

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