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第50話:大食い大会・開始

§


 クォーツたちは誰ひとり欠けることなく、ジャンゴーの森の探索を終えた。


(皆の仇は取ったよ……)


 クォーツたちが倒した魔物の中には仇敵の4本腕の悪魔もいた。またひとつ、迷宮でロストしたものを取り戻したと思えた。


 隣を歩くシュバルツをちらりと見た。シュバルツがこちらの視線に気づいて、サムズアップで答えてくれる。気持ちを共有できていることに嬉しさが込み上がってくる。


「腹が減ってたまらん! クォーツも同じ気持ちであることが嬉しいぞ!」


「ちがうわよ! かつての仲間の仇討ちができたね、やったよ、シュバルツって、私は思ってたの!」


「な、なんだと!? 拙者がクォーツの心を読み間違えただと!?」


「じゃあ、もう1回、私の気持ちを読んでみて?」


 クォーツはその場で立ち止まり、静かに眼を閉じた。シュバルツにわかりやすいようにと、ゆっくりと腕を広げてみた。その途端、がっしりと力強く抱きしめられた。


「んもう! 気持ちを察してって、話でしょ!?」


「なん……だと!? 抱きしめてほしいという合図だったのではないのか!?」


「そ、それはそうなんだけど……」


 皆の視線が痛い。特にカイルはシュバルツを呪い殺さんとばかりに睨んでいる。


 それだけではなかった。往来を行く人々がヒューヒューと囃し立ててくる。耳まで真っ赤になってしまった。惜しむ気持ちはあるが、シュバルツに離れてもらう。


「ロビン、しっかり記録しておいてね。カイルも含めてよ」


「はい、メアリーさま。これはさらに面白いことになってきましたね。宿屋で起きることも、しっかりとメモしておきます」


 後ろを歩く二人は不穏なことを言っている。今夜はシュバルツを逃がさないつもりだ。だが、呼んでもないロビンが同席するのは困る。


 そんなことをしているうちに、馬鹿貴族の酒場に到着した。酒場の扉を開けると、いつものようにカランコロンと気持ちの良い鈴の音がする。


 店員が急いで入り口にやってきた。


「何名様ですかー!」


「5名です。あと、昼間から飲んだくれていたであろう女司祭と相席しようかと」


「はーい! ミサ・キックスさんは今日もお昼からずっと飲んだくれてますよー! 少々、お待ちくださいねー!」


 店員がこちらにそう告げると、席の準備をしてくれる。テキパキと動き、3分後にはこちらへ戻ってきて、店内へと案内された。


 馬鹿貴族の酒場のテーブル席は8割方が埋まっていた。冒険者たちはジョッキを片手に本日の武勇伝を語っている。


 盛り上がっているテーブルの間を抜けて、目当ての人物がいるテーブルへと向かう。


「おいっすーーー。今日は儲けさせてもらったよーーー」


「ミサ、相変わらずね。今日は予想が大当たりしたの?」


 女司祭のミサ・キックスがジョッキをこちらに向かって、高々と振り上げている。クォーツたちはそのテーブル席に座る。


 テーブル席の横で店員が注文を取るために待機している。ミサとの挨拶を早々に切り上げる。


「とりあえず生チュウ5つ」


 カイルが店員にそう頼んでくれた。店員がカウンターへと向かっている間にメニュー表を開く。そのついでとばかりにミサにいくつか質問してみた。


「ちなみに聞きたいんだけど、私たちのパーティって、けっこう注目を集めてたりするの?」


「そりゃ、カイルとシュバルツの間で揺れ動く乙女の動向には、皆、注目して当たり前だろ?」


 そんなに揺れ動いてるつもりはない。だが、自分の左隣にカイルが座っている。ここに来る途中、シュバルツは自分を抱きしめた。それを皮きりにカイルが酒場に着くまで何も言ってこなかった。


 今のカイルは少し不機嫌に見える。


「どっちも男前だからね。私、困っちゃう」


「へえ……。なかなかの悪女だね、クォーツは。もっと盛り上げてくれよ?」


 ミサがニヤニヤとしている。悪い女だという自覚はある。だからこそ、こちらもわざとらしく口角をあげてみた。


「その調子で頼むよ」


「うん、期待しててね?」


 配信がおこなわれるようになった時代に冒険者をやっている以上、観客たちを楽しませるのも悪くないと思えるようになった。


(心の余裕ができた証拠なのかも……ね)


 ダンジョンでの冒険が円形闘技場で配信開始された1年半前のことを思い出す。ちょうど、昔に組んでいたパーティが上手く回っている時期であった。


 最初は撮影されることに慣れなかったが、すぐに気にしなくなっていた。


 それからさらに半年が経った。ある日、自分たちは4本腕の悪魔に急襲された。それによって、パーティは壊滅した。


(あれから1年か……。やっと仲間の仇討ちが叶った)


 あの時もパーティの様子は魔導器によって撮影されていた。だが、オッズは展開されていなかったと聞いている。それほどに鮮やかな不意打ちを喰らってしまった、4本腕の悪魔にだ。


「ねえ、つかぬことを聞くけど、今日の4本腕の悪魔との戦いではオッズはどんな感じだったの?」


「ん? あんまり冒険者にその辺、しゃべっちゃダメなんだが……」


 言いにくそうな雰囲気を感じる。ミサから受ける感じからして、負けると予想した観客が多かったのだろうと予想できた。


 4本腕の悪魔は強敵だった。今日勝てたのは前回に戦った時の教訓が生かせたからこそ、勝てた。


 4本腕がもっとも得意とする4連魔法を真っ先に封じた。前回は向こうが奇襲してきたが、今回はこちらが不意打ちしてやった。


「なんとなく察した。変なこと聞いて、ごめんね?」


「うん、気にしすぎるなよ。ほら、店員さんが料理を決めてほしそうな顔をしてるぞ?」


 視線をミサからメニュー表へと向けた。今日のお勧めは子鹿の丸焼きだった。子鹿と言っても2キュログラムはあるだろう。女3人、男2人だ。食べきれるか悩ましい。


「シュバルツ。子鹿の丸焼きを頼みたいんだけど……食べきれそう?」


「うーーーむ。判断しかねるな。カイルの頑張りしだいと言ったところだろう」


 シュバルツと一緒にカイルへと視線を向ける。カイルが眉間にしわを寄せた。


「無理しなくていいよ?」


「そう言われたら、余計に断れなくなる。そうだ、シュバルツ、どっちがよりたくさん食べれるか、勝負しないか?」


 何か不穏な空気が漂い始めたのを敏感に感じ取ってしまった。カイルに向けていた視線をシュバルツへと戻す。シュバルツは踏ん反り返っている。


 この時点で止めに入るべきであった。


「ほう……? それは何かを賭けての勝負ということだな?」


「そういうことだ。クォーツと1日デート権ってのはどうだ?」


「ふふふ……あはは……面白いことを言ってくれる」


 シュバルツの目は笑っていなかった。正直、怖い。


「では、受けるってことで良いんだな?」


「おう! 売られた喧嘩、買わずにおられるか! 店員さん、子鹿の丸焼き3つだ!」


 シュバルツが間違いがないように右手の指で3つだと主張している。好きにしたら良いと諦めた。


「ありがとうございまーす! 残したら罰金をいただきますからねー!」


 メニュー表を改めて確認した。残したら罰金10万ゴリアテと書いてある。


「ねえ。この罰金って、連帯責任?」


「ふふふ……。安心しろ、クォーツ。喰い負けたほうが払うに決まっているだろ!」


 黙って虚空の先からピンク色のスリッパを取り出す。それで、思い切り、シュバルツの頭を叩く。


「食べ物を粗末にしちゃダメよ。注文した以上、ちゃんと全部、食べなさい。カイルもわかっているわよね?」


「それってどういう意味……だ?」


「言わなきゃわかんない? 残した時点で勝負は無かったことにする。私、食べ物を粗末にする人、大嫌いなの」


「ぐっ! 進退窮まるとはまさにこのことかっ! シュバルツ、恨むからなっ!」


◆ ◆ ◆


 かくして、しょうもない男の意地を賭けた勝負が始まった。


 運ばれてきた子鹿の丸焼きをがつがつと食べる男二人。彼らを気にせずに自分の食べたい分だけ食べる女性三人に分かれることになった。


「子鹿の肉って、なんでこんなにやわらかいのかしら……」


 お肉をナイフとフォークで一口サイズに切り分けた。それを口の中に運ぶ。歯で噛むとまるで焼き魚の身を食べているくらいに柔らかい。子鹿ならではの食感だ。


 肉汁からはハーブの香りを感じる。そのおかげで肉の脂がさっぱりしている。


 ジャンゴーの森の探索で蓄積した疲労が、この一口だけで洗い流されていく感覚に襲われる。


「思っていた以上に食べれそう。よかったね、二人とも。少しは手伝ってあげれそう」


「それはありがたし! 勝負はこれからぞ! 肉の山! 全て平らげてくれようぞ!」


 シュバルツの皿の上にはステーキ状の肉が三枚乗っていた。カイルはそれに対抗して、四枚重ねだ。


 二人ともとも見事な食いっぷりである。さすがは20代前半なだけはある。気付けばあっという間に1つ目を平らげてみせた。


 しかし、休息する間もなく、店員が次の子鹿の丸焼きを持ってきた。


 見てしまった……。シュバルツの身体がピクピクと震えているのを。


「ぬおお! 拙者は負けぬっ! クォーツのためなのだ、これは!」


 シュバルツが自分のために頑張ってくれるのは嬉しいが、こういう意地の張り合いで頑張ってほしいわけではない。


「くそっ! 負けてたまるか! クォーツの心は俺がこの肉ごといただく!」


 カイルには悪いが、食べ物で勝負を仕掛けるのは大幅な減点だ。そういうところがダメなのだと、はっきり言ってしまいたかった。


 だが、乙女心は複雑だ。二人の男が自分を取り合ってくれるこのシチュエーションに、そこまで忌避感を感じない。


(悪い女だな、私って)

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