「しゃべらなければ斬る」
カイルは居合の構えを取る。それと同時にこの部屋に静寂が訪れる。カイルがクォーツの方へと顔を向けてきた。
「いいよ。斬っても」
許可を与えた。カイルは大きく踏み込んだ。カイルの手に持つ鞘から白い閃光が飛び出した。
狙いは彼の一番近くに立つ赤い神官服を着たゾンビだった。目にも止まらぬ早業がゾンビの首を捉えた。
「ぐっ!?」
信じられない光景を見た。刃の切っ先をゾンビの神官は指で摘んで止めたのだ。カイルは金縛りにあったかのように動けない。抜刀したその体勢で動きを止めてしまった。
「スピード・ダウンの魔法をその身に纏っている!?」
「ご名答でございますじゃ。生半可な攻撃が通らぬことは、これで証明できたかと」
4人の神官たちは4本腕の悪魔と同様に、スピード・ダウンの魔法の効果範囲に入った者の動きを鈍らせるフィールドを展開していた。
「そこそこの熟練者ならば、これくらいの芸当、当然のようにできますのじゃ」
「錬金術師の私がそれをできないのは修練不足ってこと?」
「100年ほど生きれば、できるようになるでしょうな」
「ふん。じゃあ3日で使えるようになってみせるわ。今から100年も待っていられないもの」
挑発には挑発で返す。ゾンビの神官たちはクォーツをあざけ笑ってみせた。それに
無い胸を張って、右腕を真っ直ぐに伸ばす。緑色の神官服を着たゾンビを指さした。そのゾンビの名前はフィーマーだ。
「フィーマー、刮目してなさい。私はあんたたちの都合の良い駒じゃないってことを見せてあげる」
「それは楽しみですな。次に会う時、巫女である貴女がどれほどに成長しているか、じっくりと拝見させていただきましょう」
「逃げる気? 怖気づいたの?」
神官たちの顔がいきなり引き締まった。こちらの言葉に異様な反応を見せた。
「逃げる? はっ! 舐められたものですな」
「クォーツ、避けろ!」
カイルが動けぬままにこちらに声を掛けてきた。カイルの前にはすでに赤い神官服を着たゾンビはいなかった。
どこに行ったかと思えば、自分のすぐ前に現れた。顔面を鷲掴みにされた。そのままの勢いで部屋の壁にまで持っていかれそうになる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 金縛りの術!」
シュバルツが忍術を発動してくれた。金縛りの術をまともに喰らったゾンビの神官とクォーツは壁際で止まった。壁まであと10センチュミャートルだ。
シュバルツの忍術がもう少し遅れていたら、自分は後頭部を思い切り、壁に叩きつけられていただろう。
ぞわっと全身から熱い汗が噴き出した。こちらに危害を加える気がないだろうとタカをくくっていたが、それは間違いだと思い知らされた。
「申し訳ございません……。もしかすると、すでにスピード・ダウンをその身に纏わせていると思ってましてねぇ……」
「ふん。女子の扱いがなっていない奴らだ。クォーツは言ったはずだぞ。3日で出来るようになると。その3日も待てぬとは、何か焦っているのか? おーん?」
「ちっ。さすがに言い訳できませんなあ。無礼を働いたこと、謝罪させてもらいましょう」
シュバルツが自分に代わって、神官たちを挑発してくれた。緑色の神官服を着たフィーマーが代表して謝罪をする。
それを受けて、シュバルツが金縛りの術を解いた。赤色の神官服を着たゾンビはこちらに身体の正面を向けたまま、元の位置へとゆっくり下がっていく。
だが、クォーツは見た。神官が戻るついでにカイルのこめかみを指でコツンと小突いたことを。
「カイル!」
「ああ、気にするな。俺に掛けていた麻痺の魔法を解除してくれただけみたいだ」
カイルが動けなくなっていた理由がそれで判明した。あの一瞬の攻防で、カイルの攻撃を止めただけでなく、カイル本人に麻痺の魔法を掛けていたなど、にわかには信じられない。
何か別の方法でカイルの動きを封じたはずだ。そうでなければ、わざわざ、カイルのこめかみを指で小突く必要などない。
(私の予想だと、カイルの動きを止めたのは別の神官ね。あの位置からカイルを横から攻撃できるのは黄色の神官だわ)
クォーツは向かって一番右側にいる黄色の神官服を着たゾンビに顔を向けた。見られていることに気づいたその神官は「ククク……」と声を漏らしている。
(やっぱりそうだわ。攻撃方法は針に違いない。中身は神官じゃなくてニンジャっぽい)
魔法陣の4隅を陣取る神官たちはその見た目とは違い、中身は別の職だと感じた。赤い神官服を着たゾンビはあの動きから拳闘士か戦士のどちらかと思える。
黄色の神官服を着たゾンビはきっとニンジャであろう。金縛りの術を使ったに違いない。
これまでの神官たちとのやり取りをもう1度、思い出す。彼らは魔法陣を使って、リザードマンと4本腕の悪魔を召喚し、そいつらを魔法陣を使って、シュバルツの目の前へと転送した。
そもそもとして、召喚したのは魔法陣の力ではなく、召喚士が使う召喚術そのものではないのかと思えた。
「拳闘士、戦士、そして召喚士。ならばフィーマー、あなたは司祭ね?。あなたたちは私たちと同じようにパーティを組んでいる。違う?」
「おおお……! この短時間でそこまでわかるのですか!? これは驚きです! そう、あなたの言う通り、わたくしたちはパーティを組んでいます」
高揚感を露わにして、大げさに褒めたたえてくる。こちらは苦々しい顔をして対応してみた。そうすると、彼らは首を傾げてきた。
「何やら、こちらが気に喰わないという顔をしてますね」
「そりゃそうでしょ。うさんくさいのよ、一挙一動が!」
フィーマーは黙ってしまった。神官たちが互いの顔を見合っている。そうした後、お互いに笑い出したのだ。
「何なのよっ!」
「こちらを信じてもらえるように努めているのですがね?」
「まったくもって、逆効果ね。もう少し、まともなことを言ってみたら?」
「そうですな。では、ひとつだけ……。巫女様の予想通り、この魔法陣で天空の城へ転送できますのじゃ。さあ、追いかけてきてくだされ」
フィーマーはそう言うと魔力を床に描かれている魔法陣へと注ぐ。それと同時に他の3人の神官たちも同じように魔力を注ぎ始めた。
魔法陣が
「では、お待ちしております、巫女様。天空の城で……お会いしましょう」
フィーマーはそう言うとニッコリと微笑んだ。思わず、後ずさりしてしまった。疑わしさ満点であるのに、それを完全に否定できない。それが身体の動きとして出てしまった。
こちらの反応に満足したのか、にんまりとご満悦な表情を見せてきた。何か言ってやろうかと思う前に、神官たちは次々と魔法陣の中央へと進む。
次の瞬間にはその場から消えてしまった。二の足を踏んでしまい、彼らを追うことはできなかった……。
◆ ◆ ◆
神官たちが魔法陣に入って消えてから3分が経った。後を追うべきかクォーツたちは悩んでしまっている。
「カイル、どうする? リーダーの出番だぞ」
「シュバルツ……。こういう時だけ、俺に最終決定権を委ねるんだな? 宝箱の罠を解除する時も聞いてくれないか?」
「それは御免こうむる!」
「この野郎!」
「んもう! こんな時に喧嘩しない!」
虚空の先からピンク色のスリッパを取り出し、リズム良くシュバルツとカイルの頭をそれで叩いた。気を取り直したカイルは「進むしかないだろう」と言ってくれた。
「私は騙されるほうに10万ゴリアテ」
「では、
「むむ……難しいな。拙者は……クォーツと同じく騙されるほうで」
「そんな、信用しなさすぎだろ。俺はメアリーと同じく天空の城へ行けるで」
ロビンがこちらを魔導器で撮影してくれている。今頃、円形闘技場の観客たちも、どっちになるかの賭けに興じているであろう。
さらに1分待ってみた。観客たちのためにだ。
「じゃあ。行こうか」
カイルはパーティのリーダーらしく1番先に魔法陣の中へと入る。その途端、彼の姿がその場から消えた。魔法陣の力は今でも作動していることがわかった。
続いて、メアリー、シュバルツが続く。最後にロビンと並んで、魔法陣へと入る。
視界が一瞬だけ暗転した。
◆ ◆ ◆
視界がクリアになる。人々の往来が見える。喧噪が聞こえてきた。辺りはすっかり暗いというのに街は活気づいていた。そう、ここはボルドーの街の入り口であった。
「くそっ! 騙された! 天空の城になんて繋がってなかった! 10万ゴリアテ、損しただけじゃないか!」
「やっぱりね……」
クォーツたちは魔法陣によって、神殿以外の場所へと飛ばされた。彼女たちがたどり着いた先は、なじみ深いボルドーの街だ。
騙されるだろうと予想はしていた。それでも脱力感が身体を襲う。ため息を止めようもなく漏らしてしまった。
転送されたこの場所の地面の上に、ご丁寧にも手紙が残されていた。手紙に書かれている文字は古代文字だろう。いつも通り、何が書かれているか、さっぱりわからない。
だが、読めなくてもわかる。こちらを愚弄する内容だろう。
解読できない手紙を読もうと努力する気になれない。怒りがふつふつと湧いてきたので、その怒りを手紙にぶつけた。くしゃくしゃに丸めて、ポイッと捨てた。
あの神官たちも、ボルドーの街の入り口へとやってきたのだろう。どこかで見かけたら、1発、ぶん殴ってやろうとさえ思う。
自分たちのジャンゴーの森での探索は終えたが、眠らないボルドーの街は今からが始まりとばかりに騒がしかった……。