「はあはあ……。あと何体だ!」
「カイル、拙者と交代したまえ!」
クォーツとメアリーで後方からくるゴーストを追い払った。しかし、肝心の前方で戦っているカイルとシュバルツからは疲労の色が濃く見える。
少しづつ、前進できてはいるが、それでも見えるだけでゴーストはまだ30体はいる。奴らは手に持つ燭台をでたらめに振り回していた。
狭い通路で
「ぐぉ! しつこい!
ゴーストたちの攻撃を喰らっても
「休憩は終わりだ! 今度は俺が前に出る!」
シュバルツの前へとカイルが進み出る。シュバルツがその間に息を整える。それを何度も繰り返した……。
◆ ◆ ◆
「はあはあ……。どうだ、やりきったぞ!」
「よく持ちこたえた、カイル!」
カイルとシュバルツが仲良く肩を抱き合っている。今更ながらにとんでもない数のゴーストが囲んでくれたものだ。
クォーツは戦闘中、50体あたりまでは数えてはいたが、それ以上はカウントする気すら起きなかった……。
ゴーストとの戦闘が終わったのを知らせるように宝箱が通路のあちこちに出現した。それを今、シュバルツに告げる気すら、起きなかった。
だが、良い画を撮らなければならないロビンが無情にもシュバルツに声を掛ける。
「宝箱が4つ出現しました。ささ。円形闘技場にいる観衆たちをさらに喜ばせなければいけません」
「くっ……。カイル、済まない。せっかく友情を温めあったばかりだと言うのに……」
「待ちやがれ! 俺は観衆たちの
「どりゃあああ!」
シュバルツは宝箱の罠が何かも確かめずに、次々と宝箱を開けていく。それは一陣の疾風だった。通路を戻る方向でシュバルツが駆け抜けた。
シュバルツが通路の向こう側でサムズアップしてくる。
(心配するな。カイルだけが被害を喰らうっていう合図?)
どう反応すべきなのかと迷ってしまう。恐る恐る、こちらもサムズアップして返してみた。
次の瞬間、開いた宝箱の中から一斉に紫色の煙が噴き出す。思わず「ひぃっ!」と悲鳴をあげてしまった。それと同時に身体が跳ね上がった。
4つの紫色の煙が一点に集中していく。おそらくはメイジ・スマッシャーだ。しかも宝箱4つ分のパワーが集中していくのがわかる。
カイルがゆっくりと後ずさりしていく。さすがにカイルが気の毒だ。何かできることはないかと考えた。だが、良い案が思い浮かばない。
「再度のお呼び出し、ありがとうございまーーーす!」
紫色の巨漢が元気よく、こちらに挨拶してきた。いつもの倍のサイズだ。狭い通路に明らかに身体がつっかえている。紫色の巨漢が身体を低くしながら、カイルへとゆっくり近づいていく……。
「やめろぉぉぉ!」
狭い通路であることが
代わりにがっしりと大きな手で掴まれて、濃厚なキスで済まされることになった。
「ぶちゅぅぅぅ!」
「ふごぉぉぉぉ!」
メイジ・スマッシャー4回分ということもあり、カイルはけっこうな時間、紫色の巨漢とのキスを無理矢理、楽しむことになる。
「またのご利用、お待ちしておりますなのだ!」
紫色の巨漢がただの煙となり、その場から霧散して消えて行った。残されたカイルはげっそりと頬がこけていた。その場で両膝をついて、放心していた……。
「あ、あの……。元気出して?」
「クォーツ……。俺は大事なものを奪われた。それは俺の唇です」
「うん。唇だけで済んで良かったね?」
とりあえず、命までは奪われていないようで、ホッとした。スマッシャー系は運が悪いと死ぬ。
通常の4倍のメイジ・スマッシャーが発動したのだ。そうであるのに濃厚なキスで済んだのは、カイルの日頃の
「カイル、命が助かっただけでも、儲けものだぞ?」
カイルの肩にシュバルツが手を乗せている。彼なりの優しさなのであろう。だが、カイルの目はまったくもって、シュバルツを許してないように見えた。
「シュバルツ。ニンジャ・スマッシャーの時は覚悟しとけよ?」
「お、おう……」
関わらないでおこうと心底、そう思った。
◆ ◆ ◆
ロビンがてきぱきと宝箱の中身を回収し終えた。それとともに短いながらも休憩時間が終わる。その頃にはカイルはすっかり気を取り直していた。
通路を抜けると行き止まりの10畳間ほどの広間にたどり着いた。さらに既視感が強くなった。
「この近くにスライド式の扉があるはずなの。シュバルツ、一緒に探してくれない?」
「うむ。任された」
広間の壁を手でペタペタと触ってみる。しかし、いくら触ろうが壁に変化は無い。シュバルツの方へと顔を向けてみた。彼は顔を左右に振っている。
ロビンを中心に皆が集まる。ロビンが地図を広げてくれた。当たりをつけた場所のすぐ真横だ、今、自分たちがいる場所は。ここから西側にある壁に仕掛けがあるはずに違いなかった。
(何かが足りないのかしら?)
神官たちとのやりとりを思い返した。フィーマーと名乗るゾンビの神官。彼はクォーツの血に異常な反応を示した。手のひらをじっと見た。血というワードで閃く。
虚空の向こう側へと手を突っ込む。そこから、先ほど宝箱から入手した短剣を取り出した。それを鞘から抜き出し、その刃で軽く左の手のひらを切る。痛みによって、顔が歪む。
「おい、クォーツ、何をしている?」
シュバルツたちが心配そうな表情で自分を見てくれる。彼らを安心させようと、少しだけ表情を柔らかくした。
「神官たちは私の血に過剰に反応してたことを思い出したの。だから、自分で自分の手を傷つけたの」
「そうか……。一言、相談してくれ」
「ごめんね。説明する前に、行動しちゃってた」
手のひらが赤く染まりつつあった。短剣の刃を鞘に納めて、それを虚空の向こう側へと仕舞う。そうした後、左手で西側の壁を触ってみた。
その途端、この10畳間の広間にゴゴゴ……と音が鳴り響く。音が響いてくる方向へと顔を向けた。天井に穴が開き、ハシゴが降りてくる。上の階へと登るためのものだ。
そのハシゴを登り、2階部分へと登った。その途端、フィーマーと名乗った神官とのやり取りがフラッシュバックした。
「うん、ここだ。間違いない。魔法陣が描かれた部屋は、この壁の向こう側にある」
「ならば、不意打ちを喰らわないように準備せねばならぬなっ」
「そんなことしてこないと思う。彼らは私を迎え入れてくれる……きっとそう」
確信があった。彼らは自分のことを巫女と呼んでいる。いたずらに傷つける気は無いだろう。
(フィーマーが触れた場所は確か、ここだったはず)
その場所に左手を当てる。その場所からすぐ右側の壁が上方向へと動いていく。部屋の入り口が開いた。
シュバルツたちに向かって、コクリと首を縦に振った。彼らも同じ所作を返してくれる。
黙って入り口から向こう側へと皆で入った。そこには当然のように4人の神官たちが魔法陣の周りを陣取っていた。
「お帰りなさいませ、巫女よ。そして初めまして、巫女を守る
緑色の神官服を着たゾンビが声を掛けてくれた。そいつに向かって、無言で睨んでみた。彼は前の時と変わらない余裕しゃくしゃくな態度だ。逆に安心感すら覚えてしまう。
「ただいま……って言いたいところだけど」
「ほほう。では、どう言って、迎えれば良かったのかな?」
「私たちはあなたたちに聞きたいことがあって、戻ってきたの。天空の城への行き方を教えなさい」
フィーマーの顔が愉悦で歪んだのが見えた。彼の顔が気に入らない。ギリッと奥歯を噛みしめてしまう。
「知っているの?」
「知っていますとも」
「ここにある魔法陣で飛べるのよね?」
「さあ、それはどうでしょうか?」
無駄な問答だと思えた。しかし、それでも聞き出さなければならない。耳にカチャッという刃と鞘が擦れる音が届く。カイルが臨戦態勢に入ったのであろう。
言いたくないのであれば、無理矢理にでも吐いてもらうしかない。魔法陣が描かれた部屋の空気の密度が上がっていくのを肌で感じる……。