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シュバルツが宝箱3つを前にして、ああでもない、こうでもないと唸っている。彼の邪魔にならないようにと、離れた場所に他のメンバーが待機する。
手持ちぶたさなこともあり、自分がここにどうやって現れたのかをカイル、ロビン、メアリーに話す。
「へえ……。そんなことがあったのか」
「破廉恥なことはされてなかったので一安心です」
「貴女を歓待しつつ、その神官たちが
「うん。私のせいで皆に迷惑かけちゃった」
自然と顔がうつむいてくる。そこにカイルが頭を撫でてくれる。くすぐったさが余計に罪悪感を刺激する。
「無事に合流できてよかったよ」
「ありがとう、カイル。私はカイルたちをひどい目に合わせた神官たちをとっちめたい」
魔法陣の描かれた部屋に行く。そこにいるであろう神官たちを問い詰める。天空の城へ送ってもらう。色々な考えが頭の中を駆け巡った。
「ほらまた、張りつめた顔になってるぞ」
「んもう。そんなに頭を撫でないで」
「悪い。いつも妹にはこうやって慰めてるから、つい癖で」
やはりそうだ。カイルは自分を通して、妹のミゲルを見ている。自分はカイルの妹の代わりではない。そこがカイルのダメなところなのだ。
シュバルツとは決定的に違う。今となっては、カイルが自分を振ってくれたことに感謝すら覚える。彼に依存していたことを自覚できる。ロスト事件を経て、自分の心は弱っていた。
(複雑な気持ち……。カイルの優しさはありがたく思えるけど)
20歳を過ぎた立派な女であるのに酒場でひとり飲みしていた。捨て鉢になっていた自分をカイルがパーティへと誘ってくれた。
彼のおかげで、今でも冒険者を続けられている。このこと自体には感謝している。
(カイル。あなたの悪いところが出てるよ。私も悪い女だけど、貴方も十分に悪い男なの)
カイルは自覚が足りなかった。カイルは妹のミゲルのことを1番大切だというのは理解している。でも、そこを乗り越えられない限り、クォーツはカイルになびくことは無い。
今なら、そうはっきりと言える。いくら、優しさを見せてくれたところで、あくまでも妹の代わりなのだ。
(カイルはそんな自分を変えたいの? それとも、振った女に未練が芽生えただけ?)
疑念が心に芽生える。だが、それは同時に自分の心にも棘となって刺さった。カイルから視線を外し、宝箱と格闘中のシュバルツを見た。彼の大きな背中が見える。チクリと胸が痛む。
スイートルームのことで起きた、シュバルツとのことを思い出した。自分はシュバルツに身を委ねて、さらに一緒に底なし沼に沈んでほしいと願った。
(カイルにでかい口を叩く資格なんて、今の私には無い。カイル、ごめんね。妹は妹だと割り切ってほしいと言えないの)
自分はカイルが変わるための鍵を握っている。だが、その役目を担うことはできない。自分以外にそれが出来るとしたら、カイルの妹だと思えた。
(うーーーん。ダメ……かな? ミゲルはミゲルでお兄ちゃん大好き! だもんな……。やっぱり、私がいつかどこかではっきりと言わないとダメなのかも)
ヒトは変わる。何かをきっかけにして。仲間のロストを体験した自分は変わりたいという思いよりも、取り戻したいという願いのほうが強い。
シュバルツは変わりたがっている。昔の弱い自分を捨てて。そして、彼は変わった。
一方、カイルは取り戻したいのだ。自分と同じだ。カイルの妹はまだ完全にはロストしていない。だからこそ、カイルが取り戻すための戦いを手助けしたい。
(ずるい女よね、私。シュバルツへと心はもうほとんど傾いてるのに。それでもカイルに同情してる)
◆ ◆ ◆
「ぬおおおお! ダメだ! どうしても、あと1個の罠が解除できぬ!」
シュバルツは3つの宝箱の解除を始めてから、早10分が経とうとしていた。銅の宝箱と銀の宝箱の罠は解除された。
だが、最後に残された金の宝箱の罠がどうしても解除できないようでいた。
シュバルツは元盗賊上がりのニンジャだ。宝箱の罠など、それこそ1000個ほど解除してきた。そんな彼が苦戦している。
「どうしたの? そんなに難解な罠なの?」
「おう、聞いてくれ、クォーツ! 二重罠なのだよ、こいつは! ひとつを解除しようとした瞬間、もうひとつの罠が発動するという困った宝箱ちゃんなのだ!」
「あーーー。それは……」
シュバルツと付き合ってた頃のことを思い出す。彼は罠の解除のことで熱弁することがあった。罠の解除の仕方がわからない自分にとって、彼が言っていたことはちんぷんかんぷんであった。
だが、彼の身振り手振りを交えて伝えてくるその仕草が面白くて、聞き入った。そんな彼でも1番に難儀したのが二重罠である。
「1番、解除が難しい類のやつよね?」
「ああ、そうだ! パンツを脱がすことに成功したと思ったら、貞操帯をつけていやがったってくらいだ!」
「ん? ちょっと詳しく教えてもらえないかしら?」
青筋がこめかみに浮き立つのが自分でもわかる。シュバルツの言い方だと、実際にそういうことがあったというのが伺い知れる台詞だ。
「ちょっと、クォーツ先生に教えてもらえないかしら?」
努めて冷静な声で言ったつもりであるが、シュバルツがおどおどしている。さらには視線をこちらから外した。ニンジャ・マスクの隙間から見える目が泳いでいる。
「何か言えないことでもしてたわけ?」
段々と怒気が声に乗ってきている。気持ちを抑えたいのだが、そうすればそうするほど、腹の奥底から熱が湧き上がってくる。
顔をメアリーに向けた。メアリーが後ずさりした。今の自分は般若の顔になっているに違いない。
「ねえ、メアリー。罠の種類は何?」
恐ろしく怖い声で言ってしまった。メアリーまでもが視線を外し、目を泳がせている。
「メアリー様。自分がついています」
ロビンがメアリーの身体を後ろから支えている。メアリーが姿勢を正した。
「あ、ありがとう、ロビン。えっとですね……。メイジ・ブラスターとメイジ・スマッシャーですわね」
皆の視線が一斉にカイルへと向いた。カイルだけが被害を喰らうのだから、何も問題ないと思ってしまう悪い自分がいた。
「シュバルツ。無理矢理、開けちゃいなさいよ」
「い、いや!? 連戦続きでカイルもお疲れなのだぞ!?」
「私の責任じゃないしー。そもそも、シュバルツが私に黙って、いかがわしいことをしてたのが悪いしー」
怒りがどうしても収まらない。カイルには悪いが、メイジ・ブラスターをさらに凶悪にしたメイジ・スマッシャーの罠を喰らってもらわなければ、この怒りはどうにもできない。
「カイルに聞きましょ? ねえ、カイル。私のためなら、罠を喰らってくれるよね?」
とんでもない提案であることは、自分でも承知している。中途半端な気持ちで、自分に気をかけてくれるカイルにも腹が立っていた。
シュバルツとカイルへの罰なのだ、これは。
「カイル、すまぬ! どりゃああああ!」
「てめえええ! 自分だけ責め苦から逃げたな!?」
シュバルツがカイルの答えを聞く前に両手で金の宝箱の蓋を下から上へとすくい上げて開けた。まずは電流がカイルへと飛んでいき、カイルの身体を麻痺させた。
さらに紫色の煙がもくもくと宝箱の中から立ち上る。それがだんだんと太った男に変わっていく。身長2ミャートルある太った大男は「ふははっ!」と重低音が響く声で笑った。
紫色の巨体を揺らす。のっしのっしと歩き、麻痺して動けないカイルへと近づいていく。カイルの目の前で立ち止まり、ニタリと不気味に笑う。
カイルは身長180センチュミャートルあるというのに、大男はそのカイルよりもあたまひとつ分、背が高い。ゆっくりと右腕を振りかぶる。あらん限りの力で握りこぶしを作った。
「メイジ・スマッシャーなのだー!」
握りしめた
「ふぅ……。いい仕事をしました。またのご利用、お待ちしておりますのだ!」
メイジ・スマッシャーの罠によって、生み出された巨漢は元の紫色の煙へと戻る。そして、空気に溶けていき、霧散してしまう。
「カイル……。生きているか?」
「シュバルツ……。このことは絶対に忘れないからな……」
カイルのひどい顔を見て、怒りがどこかへすっ飛んでしまった。カイルには悪いが気持ちは晴れやかだ。
カイルはいつも通り紳士だ。こうなってしまったことの責任を自分へとぶつけてこない。
きっと、カイルは妹に対して、いつも自責の念に捕らわれているのであろう。サムライらしいと言えばサムライらしい。
(ほんと、カイルって、見た目はいいのに残念よね)
相手が悪い、間違っていると思えば、それをはっきりと言わねばならない。カイルは結局、カイルのままなんだと思えてしまう。
(ごめんね。本当に甘えたい相手はシュバルツだけど。カイルの優しさに甘えちゃった)
自分は悪い女だ。自覚している分、カイルよりも断然、マシだと思えた。
メイジ・スマッシャーの一撃を喰らったカイルが責める相手はシュバルツではなくて、こちらだ。もっと自分にダメなところはダメだと指摘できる男になってほしいと思えた。
(カイルがそう変われたら、私、少しはカイルになびくかもね?)