4本腕の悪魔を倒したことで、宝箱が3つ現れた。これで長く続いた戦闘に終わりが訪れたことを知る。
クォーツは魔力切れを起こし、その場でへたり込んでしまった。シュバルツたちの下へと駆け寄りたかったが、それが出来ない。
眩暈がひどい。呼吸が浅い。全身から鈍い汗が浮かび上がる。意識が飛ぶのをなんとか堪える。
自分の状態を見かねて、ロビンが駆け寄ってくる。彼女は自分の背中をさすってくれる。
「あり……がとう、ロビン」
「安静にしてください。ハーブティをすぐに準備しますので」
ロビンは床にテーブルクロスを広げ、そこに紅茶セットを置く。テキパキと動く。彼女はティーカップを手に持ち、こちらにそれを差し出してくれる。
ロビンの手で薄い黄緑色の液体を口の中へとゆっくり流し込まれた。ハーブの香りが鼻腔を心地よく刺激してくれる。それだけで鼻の通りが良くなり、次に眩暈が収まっていく。
「天国にいる気分……」
ロビンがこちらに気をかけながら、何度かにわけて、ティーカップの中身を口の中へ送り届けてくれる。そのおかげで魔力が少しだけ回復した。体調が改善していくのがわかる。
数分後には眩暈が収まった。気付けば、皆が自分の周りに集まってくれている。
「横になっていたほうが良いのではないか?」
シュバルツが声をかけてくれた。彼の声が耳に入るだけで、頑張って良かったと思える。心配してくれているのがわかる口調だ。
「どこかゆっくり身体を休める場所を探そう」
「ううん。大丈夫。そんなに心配しないで」
続けてカイルも声をかけてくれた。真っ青な顔だ。彼の表情がありありと見えて、逆に申し訳なくなってしまう。
迷惑をかけてしまうと思って、ロビンの肩を借りて、その場から立ち上がってしまった。まだ足がふらつく。カイルが身体を寄せてきて、背中に腕を回してきた。
「無理しちゃダメだろ」
「でも、ここにずっといたら、皆がまた危険な目にあわされそうだから」
自分の身を支えてくれるカイルには申し訳ないが、こうしてくれるのがシュバルツでは無かったことが残念でしょうがない。
でも、その感情を読み取られないように無理矢理に笑顔を作った。カイルが「まったく……」と零している。
不誠実な自分に罪悪感を感じつつも、今はカイルたちに身体を支えてもらうことにした。視線をシュバルツに向けた。彼はメアリーに治療を受けている。
(私、僧侶に転職しようかな? そしたら変に言い訳を作らないでシュバルツとくっつくことが出来るし……)
出来ることならメアリーと自分の立ち位置を変えたいと思ってしまう。本当に自分は不誠実だ。敬虔な僧侶とはあまりにもかけ離れている。
自分の身を支えてくれる男よりも、他の女に治療を受けている男に気を持っていかれている。この感情はやきもちそのものだ。
「はい。治療はおしまいよ。シュバルツ、カイルと交代してちょうだい」
「うむ。カイル。今度はキミが治療を受けたまえ」
ちらりとカイルの横顔を見た。カイルがこちらの視線を感じたのか、こちらに顔を向けてきた。寂しそうな顔をしているのが見えた。
彼の表情が余計に罪悪感を刺激する。そんな顔をしないでほしいと言ってしまいそうになる。それがどんなに彼を苦しめる一言になってしまうかは容易に想像できた。
だからこそ、黙ってしまった。カイルとシュバルツが位置交換する。シュバルツの腕が背中に回ってきた。彼の優しさが背中を刺激してくれる。嬉しさが溢れてきて、作り笑顔をする必要がなくなった。
「メアリーの回復魔法はすごく効く。魔力切れにも効果があるかもしれないぞ?」
(んもう! なんでここで出てくる名前がメアリーなのよ! 私の名前を出しなさいよ!)
シュバルツを思いっ切り睨んだ。彼の腕に力が入ったのが背中から伝わってきた。失言したことに気づいてくれたのだろう。
「う、うむ。思っていたより元気そうだなっ」
彼の手の動きがぎこちない。こちらの身体にどう触れればいいか悩んでくれているのが伝わってくる。
クォーツはシュバルツの女ですと彼に強く主張してもらいたい。そうしてもらえるように体重をシュバルツのほうに預けてみた。
ますます彼の腕に力が入ったのがわかる。「くすっ」と軽く声が出てしまった。
「ロビンのおかげ。だいぶ、体調が戻ってきてる」
カイルの名前は出さなかった。悪い女だ。さっきまでカイルに身体を支えてもらっていたというのに……。
◆ ◆ ◆
さらに数分経っても、新たな魔物がこの場所に現れることは無かった。警戒心を解いた皆は3つの宝箱と、骨だけになった4本腕に注目した。
メアリーとシュバルツはいつも通り、宝箱の前を陣取る。ロビンとカイルは4本腕の遺骸を調査していた。
4本腕のあばら骨の1本に金属製の輪が取り付けられていた。それをどうにか取り外せないかと、ロビンたちは四苦八苦していた。
カイルが小太刀の鞘で下側からガツンと突き上げる。少しずつだが、輪が上側へとずれていく。
なんとかあばら骨からその輪を取り外し、ロビンがそれを手にとって、カイルと共にまじまじと見ている。
「これはブレスレットですね」
「宝箱からじゃなくて、直接的なドロップアイテムか……」
彼らは作業を終えて、こちらに近づいてきた。そして、ブレスレットをこちらに手渡してくれた。
「古代文字と思われるものが内側に彫られています」
それで察した。シスター・フッドの修道院で手に入れた指輪と似ているために、クォーツが手にすれば、何か起きることを期待できると、彼女らは判断したのだ。
「わかった。私の出番なわけね」
指輪の時と同様にブレスレットを左の手首へと装着した。右手でブレスレットをいじってみた。だが、ブレスレットは何も変化を見せてくれない。
「何かが足りない? 指輪もセットにしないとダメなのかしら」
何もない空間の向こう側へ右手を突っ込み、向こう側から指輪を取り出した。それを右手の薬指に嵌めた。そうした後、ブレスレットに指輪を当ててみた。
「当たりですね」
ブレスレットと指輪の接点部分から光があふれ出す。それは何もない空中に映像を投影した。丸いスクリーンの向こう側には城が見える。
シュバルツとメアリーが宝箱の前から、こちらへと寄ってきてくれる。彼らは首を傾げている。
「どこの城だ?」
「さあ……。もっと映像を大きくできませんこと?」
今、スクリーンに映し出されているのは城の上半分であった。それだけではどこの城かは判別できない。ブレスレットに指輪を押し付けたまま、指輪の位置をずらしてみた。
スクリーンの大きさが2倍に広がって、城の全容が見えた。城の土台となる地面が剥き出しになっている。
城自体が宙に浮いているのがわかる。この場にいる全員が息を飲んだ。
「これは……天空の城? いえ、そんなまさか……」
「本当にあの天空の城なのか? メアリー、間違いは無いのか?」
シュバルツに問われ、メアリーは困った表情になっている。口を動かそうとしているが、なかなかに声が出ない様子だ。
皆は待った。メアリーの次の言葉を。メアリーが一度、目を閉じた。そして、彼女の目が見開かれた。
「天使たちが住まうと言われる天空の城で間違いないと思いますわ。ただし、問題がひとつありますの」
「それは何だ!?」
「今のニンゲンの技術力では天空の城にたどり着く方法がありませんわ。
「ならば、探すしかあるまい。アビス・ゲートへたどり着くためのアイテムが天空の城にあるはずだ。拙者たちは天空の城に行かなければならぬ」
皆の視線がもう一度、スクリーンの向こう側にある天空の城へと集まった。
「探しましょう。絶対にあそこへ行く方法があるはずよ。そして、その心当たりが私にはある」
「クォーツ。それはどういうことだ?」
シュバルツを筆頭に皆の視線が今度は自分に集中した。だが、クォーツはその視線に
「この場所に魔物が現れたでしょ? 実は転送門で送られてきたの。私もその転送門でここに飛んできたわ」
「なん……だと!? それは本当なのか!?」
「うん。その辺りの事情は後でするね。私の予想が正しければ、この神殿にある転送門は行き先をもっと細かく設定できるんだと思う」
皆には予想とは言ったが、確信めいたものがあった。この場所に4本腕を送り込んだ神官たちのことを思い出す。
彼らの言葉は謎めいたものばかりであった。決して、真実を教える風ではなかった。だが、彼らが天空の城へ到達するためのキーマンだと思えた。
次の行き先を提示してくれるブレスレットは手にいれたが、この神殿の調査はまだ終わらない……。
「よし! ならばまず、宝箱を開けてしまおう!」
「そうね……シュバルツ。焦らず、一歩ずつ、目の前のことをひとつずつ、処理していきましょ!」
先を急ぎ過ぎた。シュバルツの言葉が現実へと引き戻してくれた。一歩一歩、確実にだ。神官たちは今も自分の一挙一動に注目していることだろう。
彼らに踊らされるつもりはない。