現在、カイルとシュバルツ、メアリー、さらにロビンと4人が4本腕の悪魔と戦っている。この世界のルールに縛られて、クォーツは参戦できない。
それゆえにクォーツは冷静に4本腕の動きを目で追った。シュバルツとカイルが攻撃を繰り出すたびに、直前でスピード・ダウンを喰らってしまっていた。
どうやっても、4本腕に攻撃が届かない。
メアリーとロビンがシュバルツたちの回復を
(このままじゃ、じり貧よ。ロビンと交代しなきゃ!)
戦闘中に戦闘メンバーと待機組が交代する方法はひとつだけある。それ用のアイテムを使用すればいい。
待機組は戦闘に介入できない。だからこそ、戦闘メンバーがそのアイテムを使用しなくてはならない。
(メイドのロビンなら持っているはずよ)
それは祈りに近い願いであった。しかし、彼女を信じた。
それとは別にクォーツは戦闘中のシュバルツたちに認識されていない。戦闘中の彼らにこちらの存在に気づいてもらう必要があった。
世界のルールに抵触しない方法を模索した。
(光で伝えよう!)
何もない空間に手を突っ込み、そこから携行用の
その上蓋をグリっと右に回し、ライトを照らす。そうしたかと思えば、すぐに左に回し、ライトを消す。それを数度、繰り返した。ライトの光で信号を送った。
「メアリー様。クォーツさんがいつの間にか、ここにいます」
「え!? 本当だわ」
ロビンがこちらに気づいてくれた。あとは彼女が機転を利かしてくれるだけだ。
「あれは交代してほしいという信号を発信しているようです。メアリー様、この場は預けます」
「任されましたわ。さっさと交代してきなさい」
ロビンがこちらに向かって、パタパタと足音を立てて、近づいてきてくれる。自分の目の前に立つと、何もない空間の向こう側に手を突っ込み、天使の彫像を引っ張り出してきた。
「さすが、ロビン! やっぱり持ってたのね!」
「はい。こういう不測の事態に備えるのがメイドの役割ですので」
ロビンの手の上で天使の彫像がほのかに光る。彫像の両目から光が放射された。その光がクォーツを包み込む。
30秒ほど光に照らされ続けた。ようやくロビンと自分の位置が入れ替わる。
クォーツの手の上に天使の彫像が乗っていた。それがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「彫像1体、10万ゴリアテです」
「あの4本腕に勝った後で払うわ! 行ってくるね!」
「はい。クォーツさんの勝利を信じています」
ロビンに見送られ、クォーツは戦線に復帰した。鋭く4本腕の悪魔を睨む。因縁の相手だ。冷静さを欠けば負ける。それほどの強敵であった。
ゆっくりと歩く。呼吸を整える。かつての仲間の仇討という意識を捨てる。そうすることで、頭の中をクリアにした。
魔法の詠唱を開始する。いつもなら早口で済ませてしまうが、今回は違う。心を落ち着かせる意味も含めて、わざと詠唱の文言を一句一句、丁寧に発音した。
「来たれ、黄昏の王」
右手が赤く発光する。
「迎えよ、朝焼けの王」
左手が白く発光する。
「合わさりて、
両手を合わせた。赤と白が螺旋を描きながら混ざっていく。
「スカーレッド・スピア!」
赤と白が混合する光体から朱色の槍が飛び出す。白い光を纏いながらだ。それは彗星のように白い尾を持って、4本腕へと真っ直ぐに飛んでいく。
「グギャァ!」
4本腕は知覚できなかったようだ。それもそうだろう。魔法を重ね合わせたのだ。スカーレッド・スピアの魔法は朱槍を作り出して、それを敵に向かって飛ばすものだ。
その朱槍にスピード・アップの魔法を4重に掛けた。だからこそ、4本腕のスピード・ダウンの魔法を突き破れたのだ。
4本腕が左手を用いて、朱槍を引っこ抜こうとしている。だが、こちらの攻撃はまだ終わっていない。両手を合わせたまま、次の朱槍を発射した。
「スカーレッド・スピア!」
不意打ちではない2本目の朱槍は奴の右手で防がれた。だが、それでいい。好機と見た、シュバルツとカイルが4本腕に飛び掛かってくれている。
左右からの同時攻撃だ。4本腕はこれで選択を迫られるはずだ。シュバルツとカイルの両方を同時に相手することはできないはずだ。
「そんな……!?」
今までは4本腕の2ミャートル以内に入らなければ、スピード・ダウンの影響を受けなかった。
だが、奴は今、その効果範囲を倍の4ミャートルに広げた。これでは同時攻撃が届くはずがない。
「グフフ!」
4本腕は不気味に笑っている。まずシュバルツに2つの右の
そうしておきながら、奴にとっての反撃時間はたっぷりとある。左の
「スカーレッド・スピア!」
シュバルツたちの攻撃が無駄にならないように3本目の朱槍を発射した。だが、攻撃は通らない。
いくら通常の4倍のスピードになっていると言えども、4本腕にこちらの動きをしっかりと見られている。
まったくもって不意打ちになっていない。奥歯をギリッと噛んだ。
「一筋縄じゃ、いかないわよねっ!」
「グフフ!」
かつての仲間がロストした時のことを思い出す。こいつに急襲されて、なす
あの時は、この4本腕がスピード・ダウンの魔法を纏っていることに気づけもしなかった。
初動で4本腕から繰り出される魔法と武器によって、一方的に蹂躙されたがゆえだ。こちらが攻撃に転じたこと自体、回数が少なかった。
それゆえに、奴に反撃の一太刀も入れられなかった理由を解明できなかった。
だが、今は違う。種も仕掛けもわかっている。しかも、相手は舐めてくれているのか、シュバルツたちを徒手空拳で
だからこそ、チャンスが生まれた。魔法で作った朱槍は未だに深々と4本腕の右胸に刺さっている。
「シュバルツ! あの朱槍が刺さっているうちがチャンスだからね!」
「おう! 意味がわからぬが、あれを引っこ抜かさなければいいのだな!?」
「そういうこと! カイルと協力しあってね!」
シュバルツがこちらの意図をなんとなくだが把握してくれている。そのシュバルツがカイルに目配せをした。カイルが首肯している。
それを合図に4本腕の左右から攻撃を仕掛けてくれた。彼らの動きに合わせて、合わせた手から朱槍を発射した。
何度もこの連携を繰り返す。シュバルツたちが殴られるたびにメアリーが回復魔法を飛ばして、遠距離から回復を
(持久戦だとみせかけないとっ!)
4本腕の4つの手が魔力によって光を発した。だが、それは急速に萎んでいく。魔力が魔法という形になっていないようだ。
代わりに奴の右胸に刺さっている朱槍に変化が訪れた。槍の柄は薔薇の茎になった。太くて鋭い棘がその柄に生える。真っ赤な棘だ。
(私の魔法は上手く行ってる! 4本腕の魔力を吸い込んでくれている!)
4本腕の真に恐ろしいのは、あの4つの手で別々に攻撃魔法を発射できることだ。
やろうと思えば、単一の攻撃魔法の威力と範囲を4倍に増幅できる。それにより、クォーツが前に組んでいたパーティは壊滅させられた。
今のところ、4本腕がもっとも得意とする4連合成魔法を封じることに成功している。あとは、その拘束が解かれる前に、こちらが致命の一撃を与えることだ。
その致命の一撃を与えるための準備を着々と進める。奴に攻撃を仕掛けたシュバルツとカイルがまたもや、4本腕にぶん殴られた。
メアリーが彼らを回復する。回復時間を稼ぐために朱槍を4本腕に向かって飛ばした。
「いい加減、シツコイ!」
4本腕が焦れた。4つの手に武器を持った。身体に突き刺さっている朱槍を抜くことを諦めてくれた。
(チャンスが来た!)
クォーツは合わせていた両手を離し、両腕を大きく身体の外側へと振った。それぞれの手から白い光を放つ。シュバルツとカイルの速さが4倍になった。
これで一方的に4本腕から攻撃を喰らうことがなくなるはずだ。
「カイル、ここが決め所のようだぞ!」
「わかってる! クォーツに格好いいところを見せる場面だってのはなっ!」
シュバルツとカイルが合体攻撃を仕掛けた。4本腕の正面へと2人が躍り出る。シュバルツがカイルの両足を両腕で抱え込み、ジャイアント・スイングする。
通常の4倍の速度で、カイルの身体が回る。シュバルツが4本腕に向かって、カイルをぶん投げた。カイルは自身のスピードと合わせて8倍速となっている。
「示現流……一の太刀!」
カイルが刀を真っ直ぐに突き出したまま、4本腕へと突っ込んでいく。4本腕が4つの武器を交差させた。
その中心部に刀の切っ先が触れる。その途端、大音量が鳴り響く。さらには衝撃波が放たれる。広間にある石柱のいくつかが半ばから折れた。
「うおおお!」
カイルと4本腕の力が拮抗していた。その均衡を破るべく、シュバルツが動いた。
「どりゃあああ! ニンジャ・キックーーー!」
シュバルツがその場で跳躍する。広間の石柱を蹴り、斜め上からニンジャ・キックを繰り出す。カイルの攻撃にシュバルツの蹴りの力が上乗せされた。
4本腕の身体が少しづつ、後ろへと移動していく。4本腕を倒すにはあとひとつ、力が必要だ。
「来たれ、黄昏の王」
右手が不気味に赤く発光する。
「迎えよ、朝焼けの王」
左手が神々しく白く発光する。
「合わさりて、
両手を合わせた。不気味な赤と神々しい白が螺旋を描きながら混ざっていく。
先ほどとは違う。両手を前に突き出す。左手をそのまま前に据えておく。右手を弓の弦を引くようにゆっくりと右頬あたりへと引っ張った。
「スカーレッド・アロー!!」
朱色の太矢が白い螺旋を纏う。彗星のように白い尾を持つ。それを4本腕の顔面へと叩きこんだ。
「ナニィィィ!?」
4本腕は驚愕していた。だが、次の瞬間にはその顔が朱色の太矢によってキレイに粉砕されていた。
さらにはカイルとシュバルツの力が4本腕の力を上回る。交差していた4本の武器全てを粉砕し、カイルが手に持つ刀が深々と奴の腹を抉る。
「二の太刀!」
さらに刀をねじる。カイルは奴の腹を横に掻っ捌いた。
「返しの太刀!」
横腹から左胸へと刀を振り上げた。カイルは後ろ向きに倒れていく4本腕に背中を向けた。その立ち姿で残心を
噴水のように4本腕の身体から大量の紫色の血が飛び散る。それがカイルの身体を紫色に染め上げた……。