スクリーンの向こう側でシュバルツたちがリザードマンと戦っている。何もできない自分に腹が立つ。歯で唇を噛みしめた。じんわりと唇に熱が籠り、そこから赤い血が流れる。
「おやおや。リザードマン如きに時間をかけすぎですな」
「やはり、彼らでは巫女様の護衛など、つとまらないということでしょう」
「もう10体、送ってやりましょうぞ。それで押しつぶされるようなら、そこまでだったということで」
神官たちは言いたい放題であった。シュバルツたち4人の中に、明らかに戦闘に貢献できてないメイドのロビンがいるのだ。
彼女はモップを右手に持ち、水が入ったバケツを左手に持っている。それは戦闘用の装備というよりは掃除道具だ。それで戦っている以上、リザードマン相手に手こずって当然だ。
自分がもしあそこにいれば、サポート兼サブ火力として活躍できる。シュバルツたちと一緒ならば、瞬く間にリザードマン10体くらい倒せる。
「では、リザードマンを追加で20体送りましょうか」
「ほっほっほ。さっきは10体と言っていたというのに」
「さっさとケリをつけたほうが、巫女様も諦めてくれるでしょう」
4人の神官たちは魔法陣の4隅に陣取り、魔法陣へと魔力を送る。どこからともなく魔法陣の中にリザードマンが現れる。まず10体を呼び出し、シュバルツたちの下へと送る。
スクリーンの向こう側のシュバルツたちが驚きの表情になる。こちら側にいる神官たちがニヤニヤとしている。
さらにシュバルツたちを追い込むために、もう10体のリザードマンを同じように転送した。
歯がゆさで気が狂いそうだ。
「今すぐ、この拘束を解いて!」
神官たちの視線がこちらに一斉に向いた。彼らは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐに柔和な態度を作る。
「拘束を解きなさいと言っているの! 私は巫女なんでしょ? なら、言うことを聞きなさい!」
「何を勘違いされているかはわかりませんが……」
「どういう意味!? 私はあなたたちにとって、大事な存在なんでしょ?」
「確かに……そうですな。しかし、貴女は我らの
こちらの意見を聞こうとはしてくれない。どうすれば、有利に発言できるかを必死に考えた。
(傷つけたくないと言ってたわね……。なら、舌を噛み切るってのはどう!?)
それが有効打かはわからない。それゆえ試しに唇をもっと強く噛んでみた。下唇から血が1本の筋となり流れる。顎を伝い、ぽとりと血が一滴、落ちた。
するとだ。神官のフィーマーが慌てて、自分の足元へ駆け寄ってきた。いきなり四つん這いになる。床に落ちた血を犬のようにベロベロと舐めている。
さらにはその姿勢のままで顔だけをあげて、血が滴って開けた口の中に落ちてくるのを待っている。
(私の言葉に反応しないくせに、私の血には反応した!? それもせがむような顔で!?)
何かの気づきを得た気がした。自分の言葉に価値はそれほどない。だが、自分の身体には彼らを魅了するだけの力がある。
(なら、もっと血を流してみればいいの?)
自分は今、両腕を拘束されて、さらに床から足が10センチュミャートルほど浮き上がっている。十字架に
この状態で、どうすれば、血をもっと流せるか考えた。
手に力を入れてみる。握りこぶしを作れる。爪を手のひらに食い込ませてみた。しかし、握力がまるで足りない。時間がかかりそうだ。
そうしているうちに、フィーマーを含めた神官たちはスクリーンの方へと視線を向け直した。
「ほほう……。30体のリザードマンを倒してしまいましたか」
「存外、やりおりますな。しかし、如何せん。30体ごときを駆逐するのに7分32秒もかかっておる」
「やはり彼らでは巫女様の
スクリーンの向こう側にいるシュバルツたちは誰しもが傷を負っていた。片膝をつき、肩で息をしている。ロビンが腰袋から傷薬を取り出し、彼らに配っている最中だ。
だが、ここにいる神官たちは彼らに休息を与えるつもりはないように見えた。その証拠に魔法陣の4隅から魔法陣へと魔力を送り続けている。
「さて……。リザードマン如きに手こずる彼らに、こいつが倒せますかな?」
次に魔法陣に召喚された魔物にクォーツは驚愕した。
体中から冷や汗が噴き出る。呼吸が一気に浅くなる。寒さが身体全体を覆い、指先が痺れて痛い。
トラウマが掘り起こされた。クォーツとシュバルツのかつての仲間をロストさせた悪魔が、魔法陣の中央に出現した。
「や……め……て」
「おや? どうなされましたのじゃ?」
「そいつをシュバルツの下へ送り出さないで!」
必死に懇願した。だが、神官たちは喜びを身体から溢れさせている。何を言っても無駄だということはわかっていた。彼らが自分の意見を聞いてくれるわけがない。
出現した悪魔は4本の腕を持っている。上半身は女性型で、下腹部から下は大蛇だ。天使が堕天した姿そのものだ。
身体全体が青銅の彫像のようだ。豊満なおっぱいを持ち、同時に割れた腹筋のたくましい体つきである。ヒトとはまったく違う肌色であった。まさにひと目で悪魔とわかる。
「4本腕の悪魔でトドメを刺すといたしましょう」
「やめて! お願いだから!」
「ほーほほっ! 巫女様にはすぐに代わりの新しい
「ロストしていく彼らに情など不要でございます」
「さあ、行くがよい、4本腕よ! 出来損ないの
神官たちが4本腕と呼ぶ悪魔を魔法陣でシュバルツたちの下へと送り届けようとしていた。
クォーツは身体を揺さぶった。動かぬ両腕を無理矢理に動かす。両足をばたつかせる。それでも拘束は解けない。ならばと両手にあらん限りの力を込める。魔力もセットでだ。
「動いて―――!」
「ほーほほっ! 今の巫女様の力で……なに!?」
鉄が割れる音がした。確かにその音を耳で聞いた。手のひらからいつの間にか血が流れている。
手首の表面に血の温かさが伝わる。白衣の裾を赤く滲ませた。その赤い色が見えない拘束具に浸透していく。
拘束具がクォーツの目にはっきりと見えた。両腕を縛る者の姿がその正体を露わにした。自分の背後に気づかぬまま、巨人の幽霊がこちらの両手首を鷲掴みにしていたのだ。
「うりゃあああ!」
お腹の奥から声を振り絞った。それにより、力が溢れてくる。
自分の中に眠っていた力が目覚める。そんなイメージが脳内を走った。両手に赤い光が纏わりついた。その赤い光が巨人の手を焼いていく。
(右手の拘束が解けた!)
右手が自由になったことで、その右手で後ろにいる巨人の顔面に裏拳を入れた。巨人が苦悶の声を上げた。さらに左手の拘束が解けた。それと同時に地面へと着地できた。
「シュバルツ! 私もそちらに行く!」
走った。魔法陣の中央へと。心臓がドックンドックン! とひと際、跳ね上がる。足がもつれ、倒れてしまった。それでも這いながら、魔法陣の中へと入り込んだ。
「いかん! 巫女様まで転送させてしまう!」
神官たちの慌てる声が聞こえたが、それがどこか遠くから聞こえてくる感じがした。次の瞬間、目の前が真っ白になった。
◆ ◆ ◆
「ここは……?」
クォーツは目を開ける。まばゆい光が消えていき、視界がクリアーになった。急いで辺りを見回した。前方10ミャートルのところでシュバルツたちが見えた。
だが、シュバルツたちは自分に気づいていない。それよりも、自分たちの目の前に現れた4本腕の悪魔に注目していた。
「何故、こいつがここに現れた……。いや、これは仲間の仇打ちをしろという神のご意思だっ!」
シュバルツが素早く動いた。4本腕の悪魔に手刀を叩きこもうとしている。クォーツにはシュバルツの動きがスローモーションに見えた。
いや、実際にはシュバルツの動きが緩慢となっていた。
(スピード・ダウンの魔法を喰らった!?)
速度を半分以下に落とされたシュバルツの攻撃は簡単に4本腕に防がれた。さらには横殴りにシュバルツは吹っ飛ばされた。
つぎにカイルが空中へと飛び上がる。手に持つ三日月宗近を満月を描くように回す。最後に上段構えにして、それを振り下ろそうとした。
しかし、またしてもカイルの動きがスローモーションに見えた。
(これは魔法をいちいち発動させてるんじゃない!)
カイルが2本の腕でアッパーカットを喰らった。彼はゆっくりと上空を舞う。しかし、4本腕から2ミャートルほど離れると、彼が宙を飛んでいくスピードが目に見えて速まった。
(あいつに攻撃しようとしたら、自動でスピード・ダウンの魔法を喰らうってことなのね!)
クォーツは自分の推測が正しいと結論付けた。ならば、自分がやることはただ一つ。4本腕の悪魔にシュバルツたちの攻撃が通るようにするだけであった……。