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第42話:神官たちの歓待

 暖炉に火がともされたことで、室温がじんわりと高まってくる。


 クォーツはフィーマーと名乗ったゾンビの神官に言われるまま、テーブル席につく。


 銅製のピッチャーに入っていたのはやや白く濁ったジュースであった。銅製のコップに注いでもらい、それを飲んでみる。


「意外。腐ってない……。それどころか美味しい」


「今朝、採れたてのジャンゴー・アップルを擦りおろしたものですじゃ」


 喉の渇きを癒した。その後、パンを手に取った。残念ながらパンは固い。それを一口サイズに千切り、出された黄色いスープにひたして、柔らかくした。


 口に含むと、カボチャの濃厚な味が口の中に広がった。こちらが笑顔になっているのを見て、神官はご満悦である。


「ささ……。こちらのザクロもどうぞ」


 赤い粒が存在感を主張していた。まるで宝石の山のように輝いている。

 ザクロを手にとり、恐る恐る口の中へ運ぶ。独特な酸味が鼻腔を刺激する。それとともに甘さが口の中を洗い流す。


「こんなに美味しいザクロを食べたの、生まれて初めてかも……」


「そうでしょう。ジャンゴーの森の聖域でしか取れぬクイーン・ザクロですからな」


「ほんと!? 市井しせいだと、一房5万ゴリアテもするって言われてるあのクイーン・ザクロなの!?」


 クイーン・ザクロ――この国を治める光帝ですら、めったに口にすることができないと言われているフルーツの女王様だ。


 そう言われるのも納得の甘さと酸味が調和しているフルーツだ。自分ひとりだけで食べているのはもったいない。シュバルツたちにも味わってほしいと思ってしまう。


「おやおや。顔に書いてありますぞ。仲間たちの分も欲しいと」


「い、いえ。そんなことは……」


 心の中を言い当てられてしまった。ごまかそうと顔を下に向けた。しかしながら、彼からは追及してくることはなかった。


 顔を上げて、再び、テーブルに置かれている食べ物に手をつけていく。


「さあ、たっぷりと栄養を取ってくだされ。巫女様には健康でいてもらわなくてはなりませんのでな」


 含みがある台詞であったが、今はお腹を膨らませることが先決であった。


 ここがどこかはわからない。シュバルツたちと、はぐれたままだ。体力を少しでも回復させておく必要があった。


◆ ◆ ◆


「お腹いっぱい……」


 出された食事の全てを平らげた。パンにカボチャのスープ、そしてクイーン・ザクロにアップル・ジュース。


 食事の締めに銅製のカップに入ったアイス・クリームもご馳走になった。


 残念なことと言えば、ひとりで食事したことだ。シュバルツたちがいてくれたなら、もっと楽しい食事になったことであろう。


 神官のフィーマーが皿を片付けてくれる。数分ほど、手持ちぶたさになる。今、自分がいる部屋をじっくりと観察してみる。


 火が灯った暖炉。天蓋付きのベッド。部屋の壁には本棚がある。


 何の本だろうとテーブル席から立ち上がり、本棚へと向かう。茶色の背表紙の本を手に取り、ページをぱらぱらとめくってみた。


「うーーーん。読めない。これも指輪に彫られたものと同じ古代文字?」


 他の本も手に取ってみる。やはりこちらも読めない文字で書かれている。重要文献なような気がして、2冊ほど、こっそり何も無い空間の奥へと入れてしまった。


 そして、神官が戻ってくる前にテーブル席へと戻る。すると、タイミングを見計らったように、神官が戻ってきた。


「巫女様。退屈でしょう。どうぞ、余興をお見せしますので、わたくしについてきてくだされ」


「ん? 余興?」


「はい。きっと、楽しんでもらえるかと……」


 なんだろうと思いながらも、興味が湧いた。神官が部屋の外へと促してくれる。


 扉から外へ出ると、石造りの廊下に出た。幅2メートルほどである。左を見ると、吹き抜けになっており、下の階が見えた。だが、そこは神殿と呼ばれるこの遺跡の入り口では無かった。


(別棟に連れてこられたのかしら?)


 入り口から見えた光景はここと雰囲気が似ていたが、広さが圧倒的に違う。こちらはこじんまりとしており、宿舎のように感じられた。


 神官の案内に従い、吹き抜けの渡り廊下を歩き、さらに別棟へと移動した。


「さあ、この部屋です」


 神官が足を止めて、ボタンを押した。石造りのドアが上にスライドした。ぼっかりと空いた入り口を潜る。そこでクォーツは既視感を覚えた。


「ここは……転移門ワープ・ゲート?」


「ほっほっほ。転移門であることは間違いありませんな。使い方はあなたたちとまったく違いますがね?」


「それってどういう意味?」


「まあ、見ていてくだされ」


 通された部屋の床には魔法陣が描かれていた。さらには神官らしきゾンビが3体、別でいる。


 セントラル・センターにある転移門の施設と似ていた。しかもご丁寧に神官たちの服も赤・黄・青・緑ときたものだ。狙ってそうしているようにしか見えなかった。


「皆の者、巫女様がおいでになった。粗相のないように」


 フィーマーと名乗った神官が他の神官たちにそう告げる。神官たちはコクリと頷いた。そのうちのひとりが手に何か乗せている。


「えっ? それって撮影用の魔導器?」


「いいえ。これは投影用の魔導器ですな。最近、ニンゲンたちがこれを使って、色々、楽しんでいるようじゃが、元々は我らが作った魔導器ですじゃ」


 頭の中にクエスチョンマークがたくさん浮かんだ。


 撮影用やそれで撮った映像をスクリーンに投影する魔導器を作ったのは錬金術師である。


 クォーツはその魔導器を作るための錬金合成をおこなったことがある。理論さえわかれば、自分でも錬金術で作れた。


 今や社会に普及されつつある撮影用・投影用の魔導器に対して、もったいぶった言い方をするフィーマーに不信感を抱いた。


「ふむ。信じてもらえないようですな。まあ、それはよろしい。それよりもこの映像を見てほしいのじゃ」


「何を見せてくれるの……って、シュバルツたちじゃないの!」


「その通り。巫女様の騎士ナイトたちじゃ」


 投影用の魔導器から光があふれ出す。その光は広がりを見せた。横に4ミャートル、縦に3ミャートルのスクリーンを作り出す。


 そのスクリーンにはシュバルツ、カイル、メアリー、ロビンの姿が見えた。彼らはこの神殿と呼ばれる遺跡のどこかを探索しているようであった。


「シュバルツたちに何をする気?」


 自分の声に怒気が帯びているのを自覚できる。彼らに何かあれば、容赦しないという覚悟が芽生えた。


「そう怖い顔をしないでくださいませ。彼らが巫女様の騎士ナイトとして、ふさわしいかのテストをこれからおこないますのじゃ」


「テスト? 魔物でもけしかけるつもり?」


「さすがは巫女様!」


 正直、イラっときた。シュバルツに危害を加えるつもりであるのに、まるであなたのためにやっているという態度を示してくる。


「私ひとりだからって、舐めないでね!」


 臨戦態勢へと素早く移行する。神官たちから距離を取る。魔法の詠唱時間を稼ぐためだ。しかし、両腕がいきなり身体の外側へと引っ張られた。


「くっ!?」


「巫女様に乱暴したくありません。わかってくださいませんか?」


 十字架に張り付けにされたように両腕が引っ張られ、そこで固定されてしまう。あらん限りの力で拘束を解こうとした。だが、両腕がまったく動いてくれない。


(魔法ならどう!?)


 拘束された状態で詠唱をおこなう。魔力が両手に移動するが、それが魔法の形になる前に霧散していく。


(魔法も消される!? 私が暴れるのも想定済みってことね……?)


 自分が今、出来ることが無いことを強引に悟らされた。神官たちはニヤニヤと笑っている。苦々しい表情になってしまう。身体が動かぬのならばと、せめて目で威嚇してみた。


 しかし、こちらの意に反して、神官のひとりがスクリーンの方へと指差した。


「そんなに楽しいショーを見せてくれるってわけ? でも、シュバルツたちは強いわよ?」


「わたくしどもも、そう願っております。そうでなければ、巫女様の騎士ナイト役から強制的に降りてもらいますのじゃ」


 スクリーンに映るシュバルツたちを見る。彼らは今、辺りをきょろきょろと見渡しながら、神殿の中を歩いている真っ最中であった。そんな彼らが広間へとたどり着いた。


 何もない広間である。しかし、そこで戦闘がおこなわれるであろう予感をひしひしと感じる。


「どんな魔物をあんたたちが出そうが、シュバルツたちは負けないわっ!」


「ほっほっほ! 彼らには頑張ってもらいましょう!」


 フィーマーがそう言うや否や、この部屋にある魔法陣から光があふれ出す。神官たちが魔法陣に魔力を送っている。


 しかし、セントラル・センターのように転移門は現れなかった。代わりに出現したのは二足歩行するワニであった。しかも10体もいる。


「まずは小手調べとして、ワニニンゲンリザードマンと戦ってもらいましょう」


 リザードマンが魔法陣から消えた。次の瞬間にはスクリーンの向こう側に姿を現した。クォーツは驚愕した。


 神官たちが言っていたように、自分たちニンゲンとは違う使い方であった。ここにある転移門の魔法陣は魔物を呼び出すだけでなく、その魔物を任意の場所に移動できる。


 10体のリザードマンたちはシュバルツたちを囲むようにワープさせられた。


 神官たちの魔法技術の高さにただただ圧倒されてしまった……。

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