「これで最後だ!」
最後の1体がカイルの唐竹割りで消滅していく。パーティ全員が肩で息をしている。宝箱が湖のほとりに現れたが、さすがにすぐにその宝箱を開けようという雰囲気は無かった。
述べ100体の幽霊が浮かんでは、クォーツたちの手によって消滅していった。連戦につぐ連戦で、体力をごっそり持っていかれた。
「どうぞ、ハーブティです」
誰しもが尻が汚れるのを気にせず、その場でへたり込む。戦闘に参加できなかったロビンは皆にティーカップを渡していく。
「ぷはぁ……。生き返る」
「うむ。体力は戻らぬが気力は十分に回復する」
手渡されたハーブティをゆっくりと味わう。疲れが徐々に身体から抜けていく。
呼吸が整ったあと、ちらりと隣に座るシュバルツを見る。彼がそれに気づいて、こちらに視線を合わせてきた。
耳がほんのり赤く染まっていくのを感じる。つい、照れ笑いしてしまった。
シュバルツがこちらへと手を伸ばしてくる。だが、手が泥だらけなのに気づいて、その手を引っ込めてしまった。
(残念。汚れても気にしないんだけどな…)
クォーツは頭を撫でてほしかった。しかし、シュバルツはそうしてくれなかった。彼は立ち上がり、泥で汚れたお尻を手でパンパンと払う。プルンとお尻が揺れている。
クォーツは泥を払うのを手伝いたかったが、さすがに剥き出しのお尻を触るわけにはいかなかった。
◆ ◆ ◆
幽霊退治が終わり、宝箱の中身も回収し終えた。クォーツは改めて、指輪を右手に乗せて、湖のへりへと近づく。今度は幽霊が現れることはなかった。
先ほどと同じように空中へと浮き上がった指輪が湖面に向かって光を放つ。
「すごい……。湖が割れていく」
湖面から湖の奥へと幅3ミャートルのトンネルが出来上がった。その道は湖の底まで続いていることがわかる。
「さて、遺跡に呼ばれているようだな。行くか……」
カイルが先頭に立つ。シュバルツ、メアリー、ロビン、そして最後尾にクォーツが続いた。そこは幻想的な場所であった。自分たちの両側の水面には湖に住む魚たちが挨拶しにきた。
「こんにちわ?」
水面に触れてみる。スライムを触っているような弾力があった。こちら側から向こう側に干渉できない。魚たちも向こう側からツンツンと境界を刺激している。
しかし、そこから飛び出してくる様子もなかった。
「クォーツさん。遅れないように」
ロビンがこちらに振り向いてくる。気づけば、皆から3ミャートルほど遅れていた。足を滑らせないように注意しながら坂道を下っていく。
トンネルの中を進めば進むほど、足元に寒気がゆっくりと纏わりついてきた。幻想的な光景に目を奪われていたが、不安感のほうが強まってきていた。
「思ったよりも距離があるね」
「そうですね。遺跡が見えているというの不思議な感覚です」
水の向こう側には遺跡がぼんやりと見えていた。すでに100ミャートルは進んでいるはずだというのに、なかなか遺跡の入り口へとたどり着けない。
ゴゴゴ……と静かな水鳴りが聞こえてくる。強い不安がよぎった。足を止めて、後ろを見る。すると、今まで通ってきたトンネルが水によって塞がれていく。
「ねぇ……。もしかして、水に飲み込まれる?」
「それはどうでしょう。自分たちを溺死させるつもりなら、とうの昔にそうさせてくると思います」
ロビンの返答に納得してしまった。自分たちは遺跡に招かれている。その客人を今すぐどうにかしようという気は、向こうには無さそうであった。
◆ ◆ ◆
湖に出来たトンネルを下りつづけた。5分もするとようやく遺跡の入り口の前までやってくる。
ブーツが泥だらけだ。石で出来た遺跡の入り口に立ち、そこでブーツの汚れを少しでも落とす。
カイルとシュバルツが石で出来た扉の前で「むむむ……」と唸っている。開け方がどうにもわからないように見えた。
向こう側に押して開けるタイプの扉では無いことが自分でもわかる。扉を開けるための鍵穴も無い。
「もしかしたら、指輪が鍵になるのかも」
あてずっぽうであったが、扉の前に指輪を差し出してみる。するとだ。ゴゴゴ……と石と石が擦れ合う音が聞こえる。それと同時に扉が上側にスライドしていく。
「これはすごいぞ……。いったいどんな仕掛けが施されているのだ?」
シュバルツが首を上下左右に向けつつ、入り口から遺跡の中へと入る。それにつられて皆もあちこちを見ながら、彼の後に続いた。
入り口から遺跡の中が見えた。太い石の柱が規則的に縦に2列で並んでいる。神殿のようであった。古びた赤い絨毯が遺跡の奥へと続いている。
シュバルツがさほど警戒心を露わにしていないため、自分も入り口から遺跡の中へと踏み込んだ。
「ん? あれ、あれれ!?」
クォーツは違和感を感じた。遺跡の中に入ろうとした瞬間、身体に気持ち悪さが走った。外と中の空気が違う。濃厚な空気の層がそこにあった。
「ねえ……。何か変じゃない?」
前にいる皆にそう声をかけた。だが、返事は無い。皆が額に手を当てている。さらには頭を左右に振っている。何かに抗っているようだ。
(なに? とてつもない睡魔が襲ってきた……)
意識が朦朧とする。危険な状態が差し迫っているというのに、呑気にも大きなあくびが出てしまう。あくびを無理矢理、腹の奥底に押し込もうとするが、それは叶わなかった。
(この場所にこのままいたら……ダメだ……)
クォーツはこの眠気に抗うためのアイテムが無いかと考えた。
だが、眠気が脳を支配していく。皆がその場で片膝をついている。なんとか身体を覚醒させようと抗っているのがわかる。
だが、空気の密度がさらに上がったのを肌で感じた。遺跡の中の空気を肺に入れれば入れるほど、身体全体が床に向かって、倒れていく。
(抗え……ない……)
クォーツの意識はそこで途絶えてしまった……。
◆ ◆ ◆
クォーツが次に目を覚ました時、見知らぬ場所に移動させられていた。天蓋付きのベッドの上であった。クォーツは眠い目を擦り、ふかふかのベッドの上で上半身だけを起こす。
「ここ、どこなのかしら?」
カーテンを手でどかし、部屋の中を確認する。寒さを感じる石で出来た部屋であった。
その
胸の前で腕を組む。試しに息を吐いてみた。息は少しだけ白い。肌で感じている通り、室温がかなり低いことを察する。
「身体を温めれないかしら……」
部屋の中をさらに目で確認してみる。すると、木製のドアが突然、開いた。びっくりして、身体をのけぞらせた。
「んもう! 心臓に悪いから。やめてほしい!」
「すいません……。巫女様を驚かすつもりはなかったのですが」
「ひぃぃぃ!」
火の玉型の幽霊である鬼火3体と腐り切った身体を持つゾンビは開いたドアからテーブルと椅子を運んできてくれた。
予想もしていなかった光景に身体全体が跳ね上がってしまった。
「あなたたち、いったい、何!?」
「これはこれは……。申し遅れました。この神殿の司祭をやっております、フィーマー・ルールーでごぜえます。フィーマーと気軽に呼んでござせえ」
「フィーマー? マーフィーじゃなくて?」
「それは従弟ですな。わたくしめを倒したところで1戦、経験値200と言ったところ。あと再生能力が低めなので、レベリングには適しておりませぬ」
「あ、そう……」
それ以上、聞いてはいけない気がした。好奇心は猫を殺すという言葉がある。今、自分が置かれている状況がわからない上に、ここにいるのは自分ひとりだ。
(ここは冷静になっておこうかな……部屋から飛び出しても、どこにいけばわからないし)
しばらく黙って、彼らの作業を見守った。薄汚れたテーブルの上に果物が乗った皿が置かれていく。さらには銅製のピッチャーとコップが置かれた。
「昼食の用意をしておりますじゃ。他に何か入用でしたら、お申し出てくだされ」
「んーーー。じゃあ、暖がほしい」
「おお……。体温を感じられない身体のため、それはうかつでした。鬼火たちよ。暖炉に火を入れてくれぬか?」
青白い光を放ちながら浮遊する鬼火のうち、1体が暖炉の中へとふわふわ移動していく。薪に火がついた。その途端、寒さが一気にやわらぐ。
「あったかい……」
自分が置かれている状況を忘れてしまうほどの、柔らかい温かさだった。腐れ切ったゾンビのフィーマーがニコニコと笑顔になっている。
半分崩れた顔であるため、不気味な笑顔であった。しかし、彼が自分に危害を一切加える気がないのは理解できた。
それゆえ、今だけは彼の歓待を素直に受け取ることにした……。