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第40話:ゴースト

「ふむ。指輪とクォーツ。そして、この湖。全てが繋がるわけか」


「へっ!? シュバルツ、起きたの?」


「10分、きっかり休ませてもらった。皆、ありがとう」


 シュバルツがいつの間にか、自分の後ろに立っていた。彼はこちらに顔を近づけてくる。自分の右頬を掠るように顔を突っ込んでくる。


 こちらはドキドキとしているのに、彼はそれに気づかぬまま、手の上に乗せている指輪をじっと見ている。


「んもう! 顔、近すぎ!」


「おっと! 距離感がバグっていたようだ」


 シュバルツに文句を言うと、シュバルツが姿勢を正した上で、指輪に視線を向けた。こちらは不意打ちで耳が真っ赤になってしまった。唇が尖ってしまったのをゆっくりと戻す。


「クォーツ。指輪に反応は無いのか?」


「特には……って、震え出したんだけど!」


 驚いて、指輪を放り投げてしまった。空中を回転しながら、指輪が飛んでいく。皆の視線がその指輪に釘付けになる。


 指輪が飛んでいった先には宝箱があった。しかもだ、宝箱の鍵穴にすっぽりと飛び込んでいってしまった。


「狙ったように飛んでいきましたわね」


「これはカイルさんが罠にやられるパターンでしょうか?」


「私が悪いわけじゃないわよ!? 指輪が震えたのが悪いの!」


 宝箱の存在など、すっかり忘れていた。ゴブリンたちを全滅させたことで出現した宝箱だ。


 メアリーとロビンがシュバルツを見ている。彼はどうしたものかと、ちらりとカイルの顔を見た。


 それにつられて、自分もカイルの方を見てしまう。カイルが諦めたようだ。肩をがっくりと落としている。


「頼むから、ひどい罠じゃないことを願う」


 リーダーからの許可が下りたことで、メアリーとロビン、そして開錠係のシュバルツが宝箱へと向かっていく。


「カイルの側にいたほうが良い? そしたら、私が巻き込まれるからってことで、ちゃんと罠解除してくれるかもだし」


「いや。女性を盾にするのは、俺の信条に合わない。クォーツは安全なところにいてくれ」


 シュバルツたちが外道なら、カイルは本当に紳士だ。自分を巻き込むくらいなら、ひとりで罠の被害を喰らってくれると言ってくれる。


(そうは言われてもなぁ。シュバルツたちの方に行けば、自分も外道の仲間入りだし)


 カイルの気持ちを汲みたいが、外道側につくのも、あまり気乗りしない。折衷案として、カイルから3ミャートルほど離れた位置に移動することで、気持ちにケリをつけた。


「おーい、喜べ。爆弾の罠だ!」


「喜べねえよ!」


「何故だ!? 皆が巻き込まれるのだ! ちゃんと解除してみせると言っているのだ! って、何故、皆、拙者から離れるのだ!?」


「外道にはお似合いの末路だな!」


 カイルとシュバルツがガキの喧嘩のように言い合っている。それをよそに、自分はメアリーとロビンと一緒に爆弾の罠に巻き込まれない位置まで退避した。


 シュバルツは「くぅ!」と唸っている。シュバルツに味方はいなかった。彼の今までのおこないが悪い。天罰を喰らう時がやってきただけである。


「絶対に発動させないからな!」


「フラグかな?」


「やめろ、クォーツ! 集中力が乱れる! うおりゃあああ!」


「爆弾の罠が発動したら、指輪が壊れちゃうかもだから、しっかりとねー」


「拙者の身をまず心配してくれ! どりゃあああ!」


 10分だけの睡眠では足りなかったのであろう。明らかにテンションが高い。いや、高すぎる。罠の解除でここまでさわがしい者など、今のシュバルツだけであろう。


◆ ◆ ◆


 残念なことに、シュバルツはフラグを回収できなかった。シュバルツが片膝をついて、ぜえぜえはあはあ……と肩で息をしている。


 その横でメアリーとロビンが開いた宝箱を漁っている。


(なんて悲惨な光景なのかしら……)


 宝箱の罠を無事に解除した場合、普通はその者にねぎらいの言葉をかける。だが、シュバルツがフラグ回収できなかったがゆえに、たいした感心を得られなかったようだ。


 これもシュバルツの日頃のおこないが悪さしたのであろう……。


 宝箱の中身を回収し終えたメアリーたちがこちらに歩いて向かってくる。そして、指輪を手渡してくれた。


「今度は放り投げないでくださいまし……ね?」


「うん。また、宝箱に入っちゃったら、今度こそ、シュバルツが爆弾の罠で吹っ飛んでいきそうだし」


 指輪を右の手のひらに乗せる。またもや指輪が震え出したが、今度は心の準備が出来ているため、放り投げたりはしない。


 指輪を手のひらに乗せたまま、湖の方へと向けてみた。すると、指輪が自ずと空中へ浮かび上がる。手のひらから30センチュミャートルの地点で、ゆっくりと自転し始めた。


 さらにはその指輪から光が放たれた。湖に向かってだ。濁った湖なのに、光が通り抜けた。さらには光が当たった部分が浄化されていく。


「見て。光の向こう側。遺跡の一部が見える」


「本当だ。クォーツが言ってた通りだな。かなりでかいぞ」


 隣に立つカイルが湖の方へと歩いていく。そして、じっくりと光の向こう側にある遺跡に目をやっている。


 自分も遅れて、湖へと近づいていく。しかし、自分の肩をがっしりと手で掴まれた。振り向くとメアリーが後ろに立っていた。


 どうしたのだろうと、メアリーの方へと顔を向けた。彼女の顔つきは真剣そのものだ。


幽霊ゴーストですわ。カイルの言う通り、クォーツ、貴女が秘密を解く鍵のようですわね」


 メアリーが睨みつけている方向へと顔を向けた。するとだ、湖面からゴーストたちが浮き上がってくる。音も無くだ。カイルがすぐさま、こちらに寄ってきてくれた。


 さらに後ろから足音がする。シュバルツだ。自分を守るように彼らが前へと展開してくれる。だが、不安が胸をよぎった。


「シュバルツ、あなたじゃ、霊種族にダメージを与えれないわよっ!」


「それでもだ……。拙者がクォーツを守る! こい! ゴーストたち! クォーツには指1本も触れさせはせん!」


 彼の言葉が胸を熱くさせた。嬉しさが込み上がってくる。このまま、彼の背中に抱き着きたくなる。だが、今から戦闘が始まる。そんなことを考えている余裕などない。


 湖面から浮かび上がってきた50体近くのゴーストが一斉に、こちらを見てくる。


「ミコォ、ミコォ……」


 彼らの目的が自分であることを察する。先ほど戦ったゴブリン・メイジたちと同じく、自分のことを『巫女』だと言ってくる。


 シュバルツが霊種族にダメージを入れれないのは大幅な戦力ダウンだ。それゆえに、彼が霊種族にダメージを与えられるようにしなくてはいけない。


 それは錬金術師である自分の仕事であった。何も無い空間の向こう側に右手を突っ込み、そこから瓶を取り出した。


 緑色の液体が瓶の中に詰め込まれている。


「シュバルツ! これを塗って!」


 彼がこちらを向いてきた。それに合わせて、下手したてに瓶を放り投げる。彼は両手でそれをキャッチした。


「なんだ、これは!?」


「説明はあとで! 私が錬金合成で作ったものよ! それで霊種族相手にダメージを与えられるわ!」


 これだけ言えば、シュバルツなら理解してくれる。それだけの絆が二人の中にあるからだと信じた。


「わかった。塗れば良いのだな!?」


 シュバルツが次に取った行動で、目を皿のように丸くしてしまった。なんと、彼は股間を隠しているかえでの葉に瓶の中身をぶちまけたのだ。


 さらにはそのかえでの葉をフリスビーのように投げてみせる。しかもだ、そのかえでの葉に撃ち抜かれたゴーストたちが、次々と消滅していったのだ。


「素晴らしい! さすがはクォーツだ!」


「うん……。シュバルツがそう使うのが正解だと思ったなら、それで良い……」


 シュバルツがブーメランのように戻ってきたかえでの葉を右手でキャッチする。さらにもう一度、かえでの葉を投げた。


「ウォォォ!」


 ゴーストたちが断末魔を上げる。クォーツが錬金術で作ったゴースト・バスターの薬が効果てきめんだということがはっきりとわかる。


 火力枠が1枚増えたことで、カイルとメアリーの負担もグッと減った。次々と湖面から新たなゴーストが浮かびあがってきたが、奴らの手は決してクォーツには届かなかった。


 さらにクォーツは追い打ちで魔法を発動させた。ゴースト相手でもダメージを与えられる錬金術魔法である。


 クォーツが振りかざした両手には白いオーラが纏わりついていた。それをミストのように噴射する。


「白竜の息吹よ! ゴーストを結晶化させなさい!」


 肉の身をもたないゴーストであるのに、氷で固められたように白い結晶がゴーストを捕らえた。


 動きが取れなくなったゴーストたちは、さらに細かい結晶体によって、穴だらけにされていく……。

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