「ふむ。指輪とクォーツ。そして、この湖。全てが繋がるわけか」
「へっ!? シュバルツ、起きたの?」
「10分、きっかり休ませてもらった。皆、ありがとう」
シュバルツがいつの間にか、自分の後ろに立っていた。彼はこちらに顔を近づけてくる。自分の右頬を掠るように顔を突っ込んでくる。
こちらはドキドキとしているのに、彼はそれに気づかぬまま、手の上に乗せている指輪をじっと見ている。
「んもう! 顔、近すぎ!」
「おっと! 距離感がバグっていたようだ」
シュバルツに文句を言うと、シュバルツが姿勢を正した上で、指輪に視線を向けた。こちらは不意打ちで耳が真っ赤になってしまった。唇が尖ってしまったのをゆっくりと戻す。
「クォーツ。指輪に反応は無いのか?」
「特には……って、震え出したんだけど!」
驚いて、指輪を放り投げてしまった。空中を回転しながら、指輪が飛んでいく。皆の視線がその指輪に釘付けになる。
指輪が飛んでいった先には宝箱があった。しかもだ、宝箱の鍵穴にすっぽりと飛び込んでいってしまった。
「狙ったように飛んでいきましたわね」
「これはカイルさんが罠にやられるパターンでしょうか?」
「私が悪いわけじゃないわよ!? 指輪が震えたのが悪いの!」
宝箱の存在など、すっかり忘れていた。ゴブリンたちを全滅させたことで出現した宝箱だ。
メアリーとロビンがシュバルツを見ている。彼はどうしたものかと、ちらりとカイルの顔を見た。
それにつられて、自分もカイルの方を見てしまう。カイルが諦めたようだ。肩をがっくりと落としている。
「頼むから、ひどい罠じゃないことを願う」
リーダーからの許可が下りたことで、メアリーとロビン、そして開錠係のシュバルツが宝箱へと向かっていく。
「カイルの側にいたほうが良い? そしたら、私が巻き込まれるからってことで、ちゃんと罠解除してくれるかもだし」
「いや。女性を盾にするのは、俺の信条に合わない。クォーツは安全なところにいてくれ」
シュバルツたちが外道なら、カイルは本当に紳士だ。自分を巻き込むくらいなら、ひとりで罠の被害を喰らってくれると言ってくれる。
(そうは言われてもなぁ。シュバルツたちの方に行けば、自分も外道の仲間入りだし)
カイルの気持ちを汲みたいが、外道側につくのも、あまり気乗りしない。折衷案として、カイルから3ミャートルほど離れた位置に移動することで、気持ちにケリをつけた。
「おーい、喜べ。爆弾の罠だ!」
「喜べねえよ!」
「何故だ!? 皆が巻き込まれるのだ! ちゃんと解除してみせると言っているのだ! って、何故、皆、拙者から離れるのだ!?」
「外道にはお似合いの末路だな!」
カイルとシュバルツがガキの喧嘩のように言い合っている。それをよそに、自分はメアリーとロビンと一緒に爆弾の罠に巻き込まれない位置まで退避した。
シュバルツは「くぅ!」と唸っている。シュバルツに味方はいなかった。彼の今までの
「絶対に発動させないからな!」
「フラグかな?」
「やめろ、クォーツ! 集中力が乱れる! うおりゃあああ!」
「爆弾の罠が発動したら、指輪が壊れちゃうかもだから、しっかりとねー」
「拙者の身をまず心配してくれ! どりゃあああ!」
10分だけの睡眠では足りなかったのであろう。明らかにテンションが高い。いや、高すぎる。罠の解除でここまでさわがしい者など、今のシュバルツだけであろう。
◆ ◆ ◆
残念なことに、シュバルツはフラグを回収できなかった。シュバルツが片膝をついて、ぜえぜえはあはあ……と肩で息をしている。
その横でメアリーとロビンが開いた宝箱を漁っている。
(なんて悲惨な光景なのかしら……)
宝箱の罠を無事に解除した場合、普通はその者にねぎらいの言葉をかける。だが、シュバルツがフラグ回収できなかったがゆえに、たいした感心を得られなかったようだ。
これもシュバルツの日頃の
宝箱の中身を回収し終えたメアリーたちがこちらに歩いて向かってくる。そして、指輪を手渡してくれた。
「今度は放り投げないでくださいまし……ね?」
「うん。また、宝箱に入っちゃったら、今度こそ、シュバルツが爆弾の罠で吹っ飛んでいきそうだし」
指輪を右の手のひらに乗せる。またもや指輪が震え出したが、今度は心の準備が出来ているため、放り投げたりはしない。
指輪を手のひらに乗せたまま、湖の方へと向けてみた。すると、指輪が自ずと空中へ浮かび上がる。手のひらから30センチュミャートルの地点で、ゆっくりと自転し始めた。
さらにはその指輪から光が放たれた。湖に向かってだ。濁った湖なのに、光が通り抜けた。さらには光が当たった部分が浄化されていく。
「見て。光の向こう側。遺跡の一部が見える」
「本当だ。クォーツが言ってた通りだな。かなりでかいぞ」
隣に立つカイルが湖の方へと歩いていく。そして、じっくりと光の向こう側にある遺跡に目をやっている。
自分も遅れて、湖へと近づいていく。しかし、自分の肩をがっしりと手で掴まれた。振り向くとメアリーが後ろに立っていた。
どうしたのだろうと、メアリーの方へと顔を向けた。彼女の顔つきは真剣そのものだ。
「
メアリーが睨みつけている方向へと顔を向けた。するとだ、湖面からゴーストたちが浮き上がってくる。音も無くだ。カイルがすぐさま、こちらに寄ってきてくれた。
さらに後ろから足音がする。シュバルツだ。自分を守るように彼らが前へと展開してくれる。だが、不安が胸をよぎった。
「シュバルツ、あなたじゃ、霊種族にダメージを与えれないわよっ!」
「それでもだ……。拙者がクォーツを守る! こい! ゴーストたち! クォーツには指1本も触れさせはせん!」
彼の言葉が胸を熱くさせた。嬉しさが込み上がってくる。このまま、彼の背中に抱き着きたくなる。だが、今から戦闘が始まる。そんなことを考えている余裕などない。
湖面から浮かび上がってきた50体近くのゴーストが一斉に、こちらを見てくる。
「ミコォ、ミコォ……」
彼らの目的が自分であることを察する。先ほど戦ったゴブリン・メイジたちと同じく、自分のことを『巫女』だと言ってくる。
シュバルツが霊種族にダメージを入れれないのは大幅な戦力ダウンだ。それゆえに、彼が霊種族にダメージを与えられるようにしなくてはいけない。
それは錬金術師である自分の仕事であった。何も無い空間の向こう側に右手を突っ込み、そこから瓶を取り出した。
緑色の液体が瓶の中に詰め込まれている。
「シュバルツ! これを塗って!」
彼がこちらを向いてきた。それに合わせて、
「なんだ、これは!?」
「説明はあとで! 私が錬金合成で作ったものよ! それで霊種族相手にダメージを与えられるわ!」
これだけ言えば、シュバルツなら理解してくれる。それだけの絆が二人の中にあるからだと信じた。
「わかった。塗れば良いのだな!?」
シュバルツが次に取った行動で、目を皿のように丸くしてしまった。なんと、彼は股間を隠している
さらにはその
「素晴らしい! さすがはクォーツだ!」
「うん……。シュバルツがそう使うのが正解だと思ったなら、それで良い……」
シュバルツがブーメランのように戻ってきた
「ウォォォ!」
ゴーストたちが断末魔を上げる。クォーツが錬金術で作ったゴースト・バスターの薬が効果てきめんだということがはっきりとわかる。
火力枠が1枚増えたことで、カイルとメアリーの負担もグッと減った。次々と湖面から新たなゴーストが浮かびあがってきたが、奴らの手は決してクォーツには届かなかった。
さらにクォーツは追い打ちで魔法を発動させた。ゴースト相手でもダメージを与えられる錬金術魔法である。
クォーツが振りかざした両手には白いオーラが纏わりついていた。それをミストのように噴射する。
「白竜の息吹よ! ゴーストを結晶化させなさい!」
肉の身をもたないゴーストであるのに、氷で固められたように白い結晶がゴーストを捕らえた。
動きが取れなくなったゴーストたちは、さらに細かい結晶体によって、穴だらけにされていく……。