クォーツたちは確実に1匹ずつゴブリンを倒す。その数、10匹となっていた。奮戦する中、ようやくメアリーとロビンがかけつけた。
「お待たせしましたわ!」
「微力ながら加勢させていただきます」
メアリーが盾を構え、ロング・ソードでゴブリンを斬り倒す。その隣でロビンがモップを両手で持ち、それをゴブリンの頭に叩きつけた。
次々とゴブリンが倒れていく。形勢逆転に成功した。ゴブリンたちは後ずさりした。その機を逃さず、クォーツが魔法を発動する。
「虹の柱よ! ゴブリンたちを捕らえて!」
何本もの虹色の円柱が空から降り注がれる。逃げようとしていたゴブリンたちを一斉に捉えた。虹色の円柱に取り込まれたゴブリンは地面へと叩きつけられた。
動けぬ身となったゴブリンに多大な重力がのしかかる。ベキボキと骨が折れる音がこの場に響き渡る。
「グゲゲゲ……」
カイルとメアリー、そしてロビンがその手に持つ武器でゴブリンたちにトドメを入れた。ゴブリンたちが全滅したことで、宝箱が出現した。
ようやく、危機から脱したことを知る。クォーツは白衣が汚れるのも気にせず、その場で尻もちをついた。
息が荒い。大量の魔力を消費した。軽く眩暈を感じる。立っていられるほどの体力が無い。
そんな状態の自分を気遣ってか、カイルが手を差し出してきた。
「お疲れさん。よく頑張った」
「うん。でも、もうへとへと……」
足に力が入らない。カイルの手に手を伸ばしたが、どうしても立ち上がれない。それを見ていたロビンが急いで椅子とテーブルを何も無い空間の向こう側から取り出している。
「ティータイムにしましょう。ずいぶん、魔力を消費しているようなので」
「ありがとう……」
カイルに肩を貸してもらって、椅子に座る。もうひとつの椅子にはメアリーが既に座っていた。ロビンが紅茶セットを取り出した。
ポットを傾けて、ティーカップに紅茶を注いでくれる。薔薇のほのかな匂いが漂う。
「ローズヒップです。酸味がしますが、魔力回復においてハーブティよりも効果が高いです」
差し出されたティーカップに口をつける。ロビンの言う通り、爽やかな酸味が鼻孔を刺激する。疲れが洗い流されていく。緊張感も一緒にだ。
「へふぅーーー。癒されるぅーーー」
だらけきった表情になったが、誰もそれを咎める雰囲気は出していない。メアリーとカイルも差し出された紅茶に口をつけている。
難局を乗り越えたことで、誰もが休息を欲しがった。
徐々に身体から熱が取れていく。戦闘で流した汗が身体を冷やし始めていた。
「お風呂に入りたい気分……」
「拙者もだ……」
「えっ!? シュバルツ!」
「今、戻ったぞ……」
シュバルツの身体は傷だらけであった。そんな彼の姿を目にした瞬間、涙が溢れてくる。彼が体勢を崩し、ぬかるみに頭から倒れこむ。
カイルがシュバルツへと1番早く駆けつけてくれた。その後を追うように自分たちが続く。
傷だらけのシュバルツを前にして、おろおろと慌ててしまう。震える手で空間の向こう側にある傷薬を取ろうとしても、上手く掴めない。
自分の状態にやきもきしていると、メアリーがシュバルツに回復魔法をかけてくれている。
「無茶しすぎですわよ」
「徹夜明けで昂りすぎていたようだ……」
「はぁ!?」
シュバルツの言葉に皆が一斉に驚いた。そうだというのに、回復魔法を受けた途端に気持ちよさそうな顔をしだす彼である。
そのままゆっくりと目を閉じていく彼を叩き起こそうとする者はいなかった……。
◆ ◆ ◆
「さて、どうするか……」
パーティのリーダーであるカイルが頭を掻きながら、これからのことを考えているようだ。シュバルツはロビンが取り出してくれた布の上で寝ている。鼻提灯を作っている。
なんだか腹が立つので、指先で鼻提灯を突き刺して割ってみた。するとだ、シュバルツが驚いた顔で飛び起きる。
「あのね……」
「むむ。寝ていたようだ」
「もうちょっと寝てたら?」
「いや、しかし……」
「10分だけね」
自分の声がとてつもなく冷たいのがわかる。シュバルツに言いたいことはやまほどあった。しかし、少しでも休んでほしいという気持ちに嘘は無い。
目立った傷はメアリーの回復魔法でふさがってはいるが、回復魔法は体力を回復させるわけではない。
あくまでも、傷を癒したり、状態異常を治すまでだ。体力は自然回復させるしかない。
「では、10分だけ。これを拙者だと思って、こいつに当たってくれ」
シュバルツはそう言うと、
妙に温かい。シュバルツの体温を感じる……。
「って、どこにしまってるのよ!」
あやうく、シュバルツくん人形をぶん投げそうになってしまった。人形に罪は無い。早速、もうひと眠りとばかりに、すやすやと眠っているシュバルツが悪いのだ。
「んもう!」
「まあまあ……。それよりもシュバルツが目を覚ました後のことを考えようぜ」
カイルが宥めてくれる。彼は自分をテーブル席へとエスコートしてくれる。誘われるままに椅子に座り、これからのことをシュバルツ以外のメンバーで話し合う。
「この湖にたどり着いたのは偶然じゃない気がするんだ」
まず、口を開いたのはカイルであった。カイルの視線に誘われ、皆が湖の方へと顔を向けた。
向こう岸まで300ミャートルはある。
「なんなんだろうね、この湖」
「わからない。でも、きっと意味があるはずなんだ。ジャンゴーの森は冒険者たちにとって、人気スポットのひとつだ。それなのにこの湖の情報は一切聞いたことが無い」
ジャンゴーの森にこんな大きな湖が出現したと、誰かが噂してもおかしくはない。
メアリーは皇女だ。その権力でジャンゴーの森をあらかじめ調査していた。その調査でも、この湖の話は無かった。
まるで自分たちが来るのを待ってから出現したかのようだった。
「ロビン。ジャンゴーの森の地図を出してほしい」
「はい。こちらになります」
ロビンが何も無い空間の向こう側に手を突っ込む。そして、そこから地図を引っ張りだした。それをテーブルの上へと広げてくれる。
目の前に広がる湖がジャンゴーの森のどの位置に当たるのかを皆で検討する。
「ここが入り口で、私たちがゴブリンに襲われたのがここよね」
「ああ。で、たぶんだけど、クォーツがさらわれていった場所がここだ」
「そして、カイルがでたらめに走ってたら、この湖に到着したと」
「いちおう、右、左、右、正面、左って感じで、メアリーたちの方へ向かってたんだぜ?」
クォーツはここで、少し考え込んだ。地図に指を置き、カイルの言った道を指でなぞってみる。
そうすればするほど、頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。どう考えても、地図に記されている道とカイルの言っている道順が合わないのだ。確認のために何度も指でなぞってみた。
「だめ。どこかでワープでもしたのかってくらい、今、自分たちがいる場所がわからない」
「そうだな。改めて、地図と照らし合わせると、予測とはまったく別のところにいる気がする」
ワープゾーンに足を踏み込むと、それ特有の違和感を感じることが出来る。クォーツはこの場所に集まってくれたメアリーとロビンに聞いてみた。
「いえ。
「メアリー様と同意見です。あの光はなんだろう。もしかすると、あそこにクォーツさんがいらっしゃるかも……と、こちらに向かったまでです」
カイルがますます強く頭を掻いている。クォーツは待った。リーダーがこの謎を解明してくれることを。
「うーーーん……。これは見えない力で、この場所に迎えられたと言ったほうが良いんだろうな」
「そうなの……かも? もしかして、私が巫女と呼ばれる理由が関係するのかな?」
「クォーツが秘密を解く鍵かもしれない。クォーツは何か感じないか? この湖を見て」
カイルが湖を指さしている。その湖をじっと見る。何か心の奥から湧いてくるものが無いのかと注意深く内面に集中した。
するとだ……。脳内にゆっくりとイメージが湧いてくる。濁った湖の中に建造物が見える。その建造物に心当たりがあった。
「見えた……。この湖の底に指輪が見せてくれた建造物がある」
クォーツは何も無い空間の奥へと手を突っ込み、そこから指輪を取り出した。手のひらに指輪を乗せて、それを皆に見せた。皆の視線がこの指輪に集中するのがわかる……。