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第38話:連絡手段

「カイル」


「黙ってろ。舌を噛むぞ」


 カイルの声には怒気が帯びていた。カイルに対して、申し訳ない顔になってしまう。どうしても、シュバルツを目で追ってしまう。


 カイルがお姫様抱っこしてくれたまま、森の中にある道を突っ切っていってくれる。しかし、どこに向かっているかはまったくもってわからなかった。


 またもや正方形の広場をいくつか抜ける。カイルは広場で一旦、足を止めた。どうしたのだろうと、カイルの顔を見る。カイルが前後左右に顔を向ける。


「たぶん、こっちだったはずだ」


 カイルが再び走り出す。汗が彼の顔を濡らしていた。走るたびに汗が飛び散っている。


(カイル……。ごめんなさい。こんなに頑張ってくれてるのに。私は今もシュバルツが気になってる……)


 この気持ちを声に出して、カイルに伝えたい。でも、それを許してくれる雰囲気を出していなかった、彼は。


◆ ◆ ◆


 森の中の道をひたすらカイルが走ってくれた。とんでもなく広い空間が目の前に現れた。そこは大きな湖であった。


「はぁはぁ……。ジャンゴーの森にこんなにでかい湖ってあったっけ?」


 カイルもわからないという表情になっていた。湖は濁っており、水面からは深さ2ミャートルほどしか、湖の中の様子を確認できない。


 こちら側から向こう岸まで300ミャートルはある。これほどの湖が存在するなど、冒険者の間で聞いたことは無い。


 どこからか水が流入しているような感じでもない。ただ、突然、ここに現れたとでも言いたげな不自然さがあった。


「水を飲むのは……危険そうだな。立てるか?」


「うん。足がまだ震えてるけど、大丈夫だと思う」


 カイルがゆっくりと姿勢を変える。それに合わせるように地面にブーツの底をつけた。ぬかるんでいる。足場があまりよくない。水はけがかなり悪い土地であることがわかる。


「ほら、水筒」


 カイルが何もない空間に手を突っ込み、そこから革袋を取り出してくれる。その栓を開けて、こちらに手渡してくれる。


「ありがとう。うーーーん、美味しい……」


 水筒に一口つける。安心感が一気に身体の奥からあふれ出す。それと同時に疲労がズンッと足のくるぶしへと流れ込んだ。それにより体勢を崩す。カイルがそれを防いでくれた。


「ホッとしちまったか」


「うん。その通り。もうちょっとでお嫁にいけない身体にされるところだったもん」


「くそっ! ゴブリンの野郎! 俺がシュバルツの代わりに残れば良かった!」


 カイルが怒ってくれている。カイルの方から振ったくせに、そのことを忘れてしまったかのように感じてしまう。


 彼は本当に悔しそうだ。何故にそんな風になっているのか、聞きたくなる。


 だが、カイルが水筒の口に唇を当てて、ごくごくと勢いよく、その中身を飲んでいる姿を見ていると、言い出せなくなってしまった。


 カイルの態度に少し恐怖を感じてしまう。彼の一挙一動を目で追っかけてしまう。カイルの動きには危うさをはらんでいる。


 シュバルツとはまた違った怖さだ。シュバルツが自分のために怒ってくれるのには安堵を感じる。だが、カイルが自分のために怒ってくれるのには不思議さを感じた。


(なんでだろう……。わからない。なんで、違いを感じるの?)


 クォーツは自問自答した。それにより、眉間に皺が寄るのがわかる。そんな自分に対して、カイルが親指で眉間の皺を伸ばしてくれる。


「ほら。可愛い顔が台無しだぞ」


「うん。ごめんね」


「そこは、ありがとう……だろ?」


「そう……かも」


 答えが見つからなかった。カイルが自分を安心させようと努めてくれているのは彼の行動で理解できる。でも、そうしてくれる動機がわからない。


(自分とカイルの関係はパーティ仲間で落ち着いたはずなのに。それを今更、壊そうとしている?)


 クォーツはまたしても自問自答しはじめた。それが答えにたどり着くことはなかった。その前に、カイルがクォーツに話しかけてきたからだ。


「さて、シュバルツは置いてきた。急いで、クォーツを追いかけてきたから、メアリーたちの位置もわからない」


「それなら良いアイテムがあるよ。すっごく危険だけど……」


 彼にそう答え、自分は何も無い空間の向こう側に手を突っ込む。そこから筒状の物をこちら側に引っ張り出す。


 カイルが何だこれ? という顔になっている。彼にこの筒状の物体を説明したほうが良いのか悩んでしまう。


 反対されるのが目に見えたからだ。それでも今、取り出した物の説明をした。


「信号……弾?」


「うん。もっとわかりやすく言うと花火とか、携帯型の狼煙のろしね。これを使えば、こちらのだいたいの位置が、メアリーたちに伝わる……けど」


「ああ、そういうことか……。言いづらそうにしてる理由がわかった」


 カイルは苦笑している。それに合わせて自分も苦笑した。メアリーたちに自分の位置を知らせる方法としては、信号弾を上げるのが1番だ。


 だが、それは同時に魔物を引き寄せることになる。せっかく、ゴブリンたちを巻いたというのに、そのゴブリンたちにまで、自分たちの居場所を知らせることになる。


「しかし、いたずらに動き回るよりかは遥かにマシだな」


「うん。そうなんだよね。そこが悩みどころ」


 シュバルツなら、こういう場合、案ずるな、拙者に全て任せろ! どりゃああああ! と、勢いよく、自分の案を採用してくれるだろう。


 しかし、今、目の前にいるのはカイルだ。カイルはパーティのリーダーである。リーダーとして、仲間の安全を第一に考える立場にある。


 カイルはじっくりと悩んでいる。リーダーとして正しい振舞いだ。どこかのニンジャとはわけが違う。


「賭けにはなるが、信号弾を上げるのが良いだろうな」


 2分ほど、考えた後、カイルが信号弾を上げる案を採用してくれた。クォーツはぬかるんだ地面に竹筒のお尻をぐりぐりと押し込んでいく。


 固定は出来た。角度も間違っていないはずだ。まっすぐに空へ向かって信号弾が上がってくれるだろう。


「んじゃ、信号弾を上げるね」


「ああ、頼む」


 カイルに竹筒の確認をしてもらった後、最終的な許可をもらう。火打ち石をカチカチと鳴らし、火花を竹筒の中へと入れる。


 ジジジ……と小さく焼ける音がする。数秒後、勢いよく、竹筒から光体が発射された。それは赤色の帯を尻尾にして、上空高く舞い上がる。


 地上から20ミャートルの空中で光体は留まった。


「へえ……。花火みたいにパーーーンと弾けるわけじゃないんだな」


「それじゃ、すぐ消えちゃうからね」


 光体は赤い帯の尻尾をつけたまま、ブブブ……、ブブブ……と羽虫が飛んでいるような音を出し続けた。


 その不思議な光景をカイルはずっと見続けていた。


「錬金術って便利なんだな」


「うん。イメージさえしっかり出来てれば、あとは必要な材料を集めるだけ」


「それはクォーツだからこそだろ? 他の錬金術師が知ったら、嫉妬で狂い死ぬかもな?」


「そう……かしら? 私はこれくらいできてこその錬金術師だと思うけど」


 クォーツは自分が錬金術師であることは自覚していても、マスタークラスにまで到達していることを忘れていた。若干20歳で、その域に到達したのだ。彼女は才女である。


 だからこそ、カイルの嫌味にも取れる台詞に気づけなかった。クォーツは首を傾げる。すると、カイルが肩をすくめた。


 彼の示す意味がわからぬまま、クォーツは時間を過ごす。心はこの場所にいないシュバルツやメアリーの方を向いていた。視線を湖でなく、森の方へと向ける。


「皆、気づいてくれるかな?」


「こんなに目立つんだ。しばらくすれば、皆、合流してくれるさ」


 カイルが優しく手を肩に乗せてくれる。それで不安が少しだけ消えた。だが、カイルの手が次の瞬間には肩から離れた。


「その前に……呼んでもない奴らが来たようだな。クォーツ、いけるか?」


「うん。休憩時間はばっちりもらったもの。カイル、私がサポートする」


 カイルが自分の前方へと進み出てくれる。鞘に納まる三日月宗近の柄に手を乗せたままだ。


 草木をかき分けて、棍棒を持ったゴブリンが3匹現れた。


「スピード・アップよ!」


 すでに詠唱を唱え終えていたクォーツはすぐさま、カイルに補助魔法を掛けた。カイルの動きが一気に素早くなる。大きく踏み込み、居合斬りを敢行する。


 鞘からいくつもの三日月が飛んでいく。それがゴブリンたちの胴体に当たる。そこを中心として、炎が発生した。


「次がくるぞ!」


「わかってる!」


 続けざまに追加でゴブリンが3匹現れた。カイルが刀を振り上げたと同時に、クォーツも詠唱を終えていた。


「麻痺の雷竜よ! 目の前の敵を痺れさせて!」


 クォーツが右腕を左から右へと振るった。それに連動して、横薙ぎに雷の鞭がゴブリンに振るわれる。


 ゴブリンたちが一斉に雷の鞭に捕らわれた。そこへとカイルが刀を振り下ろす……。

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