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第37話:ゴブリンの宴

◆ ◆ ◆


 クォーツはゴブリンたちに担がれたまま、森の奥へと連れていかれる。細い道や広い道を潜り抜け、さらに似たような広場を横断させられた。


 ゴブリンたちの爆走がようやく止まった。ここもさっき戦闘をおこなっていた広場と同じ正方形の広場であった。


 広さは10畳間といったところだ。森の広場としてはかなり手狭と言える。


(ここってジャンゴーの森のどの辺りなんだろ?)


 ジャンゴーの森には大小さまざまな正方形の広場がある。そのうちのどれかひとつであることは予想できた。


 このような広場がいくつか点在するため、ジャンゴーの森は迷いやすい。クォーツは方向感覚をすっかり狂わせていた。


「オマエたち! 巫女様を丁重に扱うのだ!」


 ゴブリンの群れのリーダーであるゴブリン・メイジがそう命じた。クォーツはゆっくりと地面の上に置かれようとした。


 そこでちょうど浮遊魔法の効果が切れた。クォーツは地上から高さ1メャートルのところから一気に重力を感じて、尻から落下してしまう


「いったーーーい!」


「アホども! 巫女様に何てことをしておるかっ!」


 クォーツを囲む5匹のゴブリンたちが互いの顔を見つめ合っている。次に奴らが取った行動は、自分たちのリーダーを指さすことであった。


「何をわしゃのせいにしておるんじゃ! お仕置きじゃーーー!」


 ゴブリン・メイジが詠唱を唱える。次の瞬間にはゴブリンたちの頭の上に小さな真っ黒の雲が出現した。


「ヒーヒヒッ! 落雷の雨じゃ!」


 頭上から1ミャートルに浮いた雷雲から次々と落雷が落ちてくる。雲のサイズが小さいため、そこまで大きな音は鳴らなかったが、


それでもお仕置きとしてはちょうど良い感じを受けた。


(私をさらったゴブリンにちょっとだけ同情しそう……)


 10畳間の広場を所狭しと逃げ惑うゴブリンたちであった。しかし、雷雲はしつこく奴らを追いかけまわした。


 それから1分も経過すると、ようやくゴブリンたちを追いかけまわしていた小さくて真っ黒な雷雲が消えた。


 ゴブリンたちは何度も小さな雷に打たれて、パンチパーマになってしまった。


(私、何を見せられてるんだろう……)


 ゴブリンたちの茶番劇を地面に座って、ただずっと見ていた。


 この騒ぎに乗じて、ここから逃げようと一瞬、考えた。しかし、自分もゴブリンたちと同じようなことをされる気がして、その場から動けなかった。


 自分を担いでいたゴブリンたちが座り込んで、ゼエゼエハアハア……と荒い呼吸をしていた。


 ゴブリン・メイジが「ふんっ!」と勢いよく鼻を鳴らす。そうした後、こちら側へとゆっくり歩いて近づいてきた。友好的な雰囲気を醸し出しながらだ。


「何? 私に何か用?」


「巫女様。疑いの目を向けるのはやめてほしいのじゃ」


 あくまでも自分は敵では無いと言いたげである。だが、現にさらってきたのは、こいつらだ。こちらが友好的な態度を示す必要など、どこにもない。キッ! と強く睨みつけてやった。


 それに対して、ゴブリン・メイジが肩をすくめている。腹が立ってくる。


「巫女様って、どういう意味?」


「ほう……。自分では気付いていないと……。よろしい。おい、オマエたち、巫女様の服を脱がせ! ただし、乱暴はするなよ?」


「はあ!? なんでそうなるの!?」


「貴女様の身体には巫女の証が現れているのじゃ。その証からあふれ出すオーラがわしゃには見える。それを見れば、自分が巫女であることに気づく」


「嘘……」


 今朝、着替えた時に自分の身体に巫女の証と呼ばれるようなものがあった記憶など、これっぽちも無い。


 何か勘違いされている。自分は巫女と呼ばれるような存在ではない……はずだ。


 しかし、否定の言葉を口にする前に、5匹のパンチパーマのゴブリンたちが自分をすっかり囲んでいる。


「ひっ!」


 声になったのはそれだけであった。ゴブリンたちがいやらしく手を閉じたり開いたりしている。さらには腰蓑の一部が大きく膨れ上がっている。


 白衣を脱がされるだけで済まないのは容易に予想できた。相手は性欲旺盛と知られるゴブリンなのだ。


 クォーツはお尻を地面につけたまま、後ずさりした。しかし、背中が後ろに立つゴブリンの膝に当たる。


 恐る恐る、後ろに顔を向けた。腰蓑の前がご立派に隆起している。顔にそれを押し当てられそうになる。顔から血の気が引いていくのがわかる。


「助けて、シュバルツ!」


 クォーツは必死に助けを呼んだ。だが、自分をあざけ笑っている、ゴブリンたちは。


 奴らがどんどん、近づいてくる。クォーツは上を向いた。しかし、空がヨダレを垂らした奴らの顔で見えなくなってしまう。


 ぽたりぽたりと汚れたピンク色のヨダレが新調した白衣に落ちてくる。


 地面にうずくまり、背中を丸めた。さらには出来る限り身体を縮こませた。フードを目深にかぶる。ギュッと目を閉じる。せめてもの抵抗だ。


「いやぁ!」


 フードを抑える手を掴まれた。ゴツゴツとした筋肉質な手で、腕先を力強く握られてしまう。必死に振りほどこうとするが、その力に抗うことができなかった。


 腕を引っ張られ、無理矢理に身体を起こされる。さらに腰蓑が隆起している部分を頬に押し当てられた。臭くてたまらない。クォーツは吐き気を催す。


「うぉえぷ! げほっげほっ!」


 あまりの臭さで眩暈がする。生ゴミの山に顔を突っ込んだような匂いが鼻を大いに刺激してくる。


 刺激臭によって、涙が溢れてくる。悔し涙では無い。それほどの激臭が腰蓑の向こう側から濃厚に漂ってくる。


「そこまでだ!」


「クォーツに何してやがる!」


 クォーツは涙と吐き気でくしゃくしゃになった顔で声のする方を見た。


 そこにはかえでの葉一枚のニンジャと、サムライ姿の男が立っていた。彼らはこちらに向かって、走ってきてくれる。


 彼らの身体から怒りの色をしたオーラが大量に溢れていた。


「シュバルツ、カイル!」


 彼らの名前を叫ぶ。腕先を掴んでいたゴブリンが勢いよく腕を振り回した。それにより、自分は広場の隅へと転がされた。


 自分を襲おうとしていたゴブリンたちは徒手空拳であった。それも当たり前だ。自分に破廉恥なことをしようとしていた直前なのだ。


 武器である棍棒なぞ、その手に持っているわけがない。奴らはお楽しみタイムを邪魔されたことで怒り狂っている。


 だが、ゴブリンたちの首級くびが次々に宙を舞う。紫色の血をまき散らしながらだ。そのうちのひとつが炎に包まれた。


 5匹のゴブリンはたった数秒で全滅した。シュバルツがゆっくりとゴブリン・メイジに近づいていく。


「クォーツ、大丈夫か!?」


「うん! カイル、ありがとう」


 刀を鞘に納めたカイルがこちらに駆け寄ってくれた。身体のあちこちをせわしなく見てくる。そして、彼はホッと安堵した。


「怪我は無いようだな。汚れた白衣はまた買い直してやるから」


「うん、うん……」


 カイルが自分を抱きかかえてくれる。彼のたくましい腕に包まれたことで、一気に安心感が心に溢れた。それにより、涙の質が変わった。感謝の涙だ。


「シュバルツ! クォーツは無事だ!」


 カイルがシュバルツに声をかけた。だが、シュバルツはこちらへと顔を向けてこない。鋭い視線でゴブリン・メイジを睨みつけている。


「先に行け! 怒りでわれを忘れた! すっかり囲まれているぞ!」


「なん……だと!?」


 いつものシュバルツなら、ゴブリン・メイジに一瞬で肉薄し、さらには首級くびを刎ねているはずだ。だが、それをしていない。


 ゴブリン・メイジがシュバルツ威嚇するかのようにゆったりと手に持つ魔法の杖マジック・ステッキを揺らしていた。


 面妖な雰囲気を身体から溢れさせていた、ゴブリン・メイジは。奴1匹になったというのに、こちらに向けてくる圧は異常に膨れ上がっていた。


「ヒーヒヒッ! 巫女様を守る二人の騎士ナイトには気をつけておけと言われておったのじゃ!」


「誰にだっ!」


「それは言えぬなぁ? 聞きたければ、力づくで聞くがよいっ! さあ、オマエら、騎士ナイトを排除して、巫女様を奪い返すのじゃ!」


 ゴブリン・メイジがそう叫ぶや否や、広場の周りの草木が一斉に揺れた。大量の足音が聞こえ出した。


「こん……なに!? 今まで潜んでいたの!?」


 30匹のゴブリンが草木をかき分け、10畳間の広場に現れた。それを見越していたかのように、シュバルツが灰色の玉を四方八方へと投げつけた。


 彼が投げたのはニンジャが使える忍術のひとつ、煙玉だ。逃走用に使う。辺りにもくもくと煙が立ち上る。それだけではない。横にも大きく広がった。ゴブリンたちが一気に見えなくなる。


「シュバルツ、手筈通り、俺がクォーツを安全なところへ運ぶぞ!」


「任せた! ここで拙者が時間を稼ぐ!」


 カイルがお姫様抱っこしてくれた。クォーツは彼に全体重を預ける。カイルがこちらに一度、頷いてきた。


 しかし、クォーツは頷き返すことはせず、シュバルツに視線を飛ばしてしまう。


「チッ」


 確かに聞こえた。胸に針を刺された気分になる。


「舌を噛むんじゃないぞ」


 今度こそ、カイルに頷いた。しかし、カイルはすでにこちらに顔を向けていない。まっすぐに逃げる方向に顔を向けていた。自分を抱えたまま、その場から離脱する……。

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