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第36話:襲来者

 コイン虫を退治したクォーツたちは、宝箱の中身を回収した後、先へと進む。


「魔物たちが拙者たちを囲んでいるな。いつでも戦える準備はしておくんだぞ」


 横幅5ミャートルほどの道が続く。大人が3人並んで通れる広さだ。その森の道を警戒しながら進む。


 サムライのカイルとニンジャのシュバルツが先頭で、真ん中がクォーツとロビン、最後尾にロードのメアリーと、どこから襲われても対応できる隊列を組んでいた。


 突然、横の草木がガサガサと鳴る。そして、何かが勢いよく飛び出してきた。


「うひゃあ!」


「どうした!? って、タヌキではないか……しかも親子か?」


「タヌキか……じゃないでしょ! あーーー、びっくりして、心臓が飛び出すかと思った!」


 飛び出してきた二匹のタヌキによって、尻もちをついてしまった。タヌキの親子は愛くるしい瞳でこちらをじっと見てくる。


 昂った気持ちが収まってくるのがわかる。ふぅーーーと息を吐く。


「んもう。あっちに行きなさい。鍋の具材にされちゃうわよ」


 親タヌキがペコペコとこちらに頭を下げてくる。彼らの可愛らしい仕草を見ていると、心が和んでくる。


「脅かしてごめんね。ほら、行きなさい」


 親タヌキは子タヌキを連れて、草木の奥へと隠れてしまった。ロビンがこちらに手を差し出してくる。もう片方の手には撮影用の魔導器でこちらを映したままだ。


「ちょっと、こんなところをばっちり撮らなくていいから!」


「いちいちリアクションが面白いと評判のようです。メアリー様からも、反応が薄い前の2人よりも、クォーツさんを中心に撮りなさいと言われています」


 ロビンの手を取り、起こしてもらう。お尻をパンパンと叩き、土を払う。どうやら白衣に穴は開いてないようだ。


 ロビンもじっくりとこちらのお尻をチェックしてくれている。わざわざしゃがみこんで、下からのぞき込むようにだ。


「あのね……」


「言いたいことはわかります。メアリー様の安産型のお尻は皆が喜ぶことでしょう」


「そうね。その通りだわ」


「ですが、ニッチなへきの殿方の需要があると思います」


「ほんとー?」


「本当です」


 確認のために自分たちの前方にいる2人の男の方へと視線を向けてみた。


 カイルは何か言いづらそうにわざと視線を外している。シュバルツは腕組をして、うんうんと納得面である。


(シュバルツがわかってるじゃないか……よきよきって顔してるのが嬉しいやら腹が立つやら……)


 自分のプロポーションについて、あまり何か言ってほしい気にはなれない。


 自分のすぐ後ろに16歳でありながら、すでに成熟した身体つきののメアリーがいる。年齢にふさわしくない妖艶さすらも漂わせている。


 顔の幼さと身体の妖艶さが見事にマッチングしている。白すぎる肌がゆえに16歳よりも若く見える。


 そこにパイナップルのような胸。安産型のお尻がくびれたウェストでさらに強調されている。


(メアリーが花瓶だとしたら、私は寸動鍋よ……)


 身体のラインが強調されない白衣を好んで着るのには理由があった。自分の貧相なスタイルをごまかしやすいからだ。


 それでも新調した白衣は、前よりもシュッとしたものを選んだ。ほんの少しだけ、オシャレに気を使ってみた。


 そこに気づいてくれているシュバルツにはありがたさを感じる。それでも、メアリーが近くに立つだけで、そのありがたさもどこかにすっ飛んでいきそうになる。


「さて、クォーツの可愛いリアクションも堪能できた。先に進もうか」


「今度は何も飛び出してこないことを祈る……」


 シュバルツが自分を見てくれるのは嬉しいが、驚いて尻もちをつく姿をこれ以上、見られたくない。恐る恐る、彼の後ろをついていく。


◆ ◆ ◆


 両脇の草木からガサッガササ! と鳴るたびに声が口から飛び出そうになる。いっそ、魔物が襲ってきてほしいと思ってしまう。


 魔物は一定の距離を保ったまま、自分たちを見張っていることはクォーツも理解していた。皆の足取りは慎重だ。


 この距離間と緊張感がずっと続いていた。少しずつ、疲労感が溜まっていく。こちらがこの状態なのだから、魔物側もきっとそうに違いない。


 この森のどこかでやり合うことになるのは確かであった。それはまもなく起ころうとしている。その予感をひしひしと感じる。


◆ ◆ ◆


「ここは……広場?」


 視界が一気に広がった。今まで空すらも隠れて見えないほど、背の高い木々が自分たちの周りにあったというのに、この場所は違っていた。


 不自然に広場があった。縦に20ミャートル、横に20ミャートルの正方形だ。そこで魔物と戦ってくださいと言わんばかりの広場だ。


 この開けた空間のど真ん中にはキャンプ跡がある。火を起こす場所、散乱している寝袋、テントの柱に使われたであろう三角錐に組まれた木材がそこにあった。


 カイルとシュバルツが戦いやすい位置へと移動していく。彼らに遅れないようにと早足でついていく。


 カイルは北を警戒する。シュバルツは東を睨みつける。メアリーが南西へと盾を構える。自分とロビンは3人の真ん中へと入る。


 準備は整った。あとは魔物たちが飛び出してくるのを待つのみだ。


 ゴクリと喉を鳴らす。足がわずかに震える。今まで続いてきた緊張感がマックスへと到達しようとしていた。


「来るぞ……用心しろ!」


「ああ。こりゃ相当な数だな!」


 シュバルツが見ている方向から小鬼ゴブリンが現れる。


 垢まみれのために、顔と身体が汚れた茶色であった。額から短い一本角が生えている。


 二本足で立ち、右手には棍棒を持っている。左手は空だ。腰蓑以外の防具を身に着けていない。


 オークのようなだらしない身体では無い。筋肉質である。背丈はクォーツよりも頭2個ほど低いが、筋力はクォーツの倍は軽くあることが、その体つきからわかる。


 小さいからと言って油断できない魔物だ。しかも、カイルとメアリーが見ている方向からもゴブリンが姿を現した。


「とんでもない数だな……」


「そうですわね」


 カイルとメアリーからも緊張感が伝わってくる。ざっと見ただけでも30近くのゴブリンが自分たちを囲んでいる。


 まさにゴブリンを1匹見たら、30匹はいると思えという言葉がそのまま当てはまる状況だ。


 ゴブリンたちがじりじりと距離を詰めてくる。奴らはじっと我慢してきた。この数が一斉に姿を現せるこの広場まで。


(襲ってこない! こいつら、こっちの戦力をしっかり把握しようとしている?)


 数としては圧倒的に優位であるのに、一斉に襲い掛かってこない。かなりの知性を持っている魔物だ。


 30匹のゴブリンが半円を描くように展開した。決して、後ろへ回り込もうとはしてこない。集団戦法に長けていることがわかる。


 先に痺れを切らしたのはクォーツたちのほうであった。クォーツは詠唱を素早く唱える。


「赤錆の王! ゴブリンを包み込みなさい!」


 クォーツの両手に赤錆色のオーラが纏わりつく。その両手を地面に押し当てる。前方、10ミャートル地点の地面から赤錆色の噴水が飛び出す。


 肉を溶かすほどの酸の噴水だ。ゴブリンの群れが一気に二つのグループへと別れる。クォーツの魔法を合図に戦いの火ぶたが切って落とされた。


「炎の柱よ! 敵陣を乱せ!」


 カイルがクォーツに合わせて、火柱を呼び出す。ダメージを与えるのが主目的では無い。ゴブリンの陣形を乱すためだ。


 カイルの思惑通り、ゴブリンの陣形が少しだけ乱れる。そこにシュバルツが横から突っ込んだ。彼は両腕を素早く振り回す。刃物で斬ったような音が広場に聞こえる。


 それと同時にゴブリンたちの首級くびが宙を舞った。紫色の血をまき散らしながら。


 シュバルツを援護するために、クォーツが続けて魔法を唱えた。


「ゴブリンにスピード・ダウン! シュバルツにスピード・アップ!」


「ありがたし!」


 シュバルツの身体の動きが目に見えて速くなる。対して、ゴブリンの動きが鈍くなる。飛ぶ首級くびの数が一気に倍に増えた。


 カイルがこちらに視線を向けてきた。頷いて返す。それと同時に詠唱を素早く唱える。


「カイルにもスピード・アップよ!」


「任された!」


 シュバルツに遅れること十数秒、カイルもゴブリンに斬り込んでいく。ゴブリンの前へと大きく踏み込む。鞘に収まる刀の柄を右手で掴む。鞘からシャリリンと心地よい音を鳴らす。


 カイルは居合斬りを敢行した。鞘から月光があふれ出す。白刃から発生した、いくつもの小さな三日月がゴブリンたちの身体を傷つけた。


「すげえ……! これが三日月宗近……かっ!」


 カイルの顔に喜びの表情が浮かんでいる。錬金強化が上手くいったことが彼の表情から伺える。


「良い仕事したでしょ!」


「ああ、これならどれだけ、ゴブリンが押し寄せようが、なんとかなりそうだ!」


 クォーツはパーティのために役に立てたことが誇らしく思えた。カイルの火力が上がったことで、30匹のゴブリンが相手でも、対等に戦えている。


 シュバルツがさらに暴れる。カイルがシュバルツを援護する。彼らの連携は美しい。思わず見惚れてしまった。


 それゆえに自分が今置かれている状況に気づくのに遅れてしまった。


「へっ!?」


 突然、浮遊感を覚えた。足が地面につかない。文字通りの現象が自分の身に起きた。


「ゴブリン・メイジですわ! いったい、いつの間に!」


 クォーツはメアリーを見た。メアリーの表情が苦々しいものに変わっている。彼女の視線が向いている方向を見る。


 すると、ゴブリンの群れのちょうど反対側に魔法の杖マジック・ステッキを持った紫色の身体をしたゴブリンがいた。


 1匹だけ、毛色が違っていた。腰蓑だけでなく、魔法使いの帽子をかぶっている。そのゴブリンだけは。この群れのリーダーであることは間違いなかった。


「ゲッ、ゲッ、ゲッ!」


「ちょ、ちょっとぉ!?」


 クォーツの身体は地上から1ミャートルほど浮いていた。黒魔法の浮遊魔法をかけてきた、ゴブリン・メイジは。落とし穴の罠を回避するために使う魔法だ。


「何のためにこんな魔法を!?」


「それは巫女様をさらうタメさ! ほら、オマエタチ、本来の目的を忘れるんじゃナイヨ!」


 ゴブリンがカイルとシュバルツに追われながらも、こちらに向かって全力疾走してくる。


「助けて、シュバルツ!」


 そう叫んだ瞬間、少しだけ、カイルが足を止めたような気がした。しかし、それをしっかり確認をしている間も無く、5匹のゴブリンたちに担がれた。


 このままでは自分ひとりだけ、森の奥へと運ばれてしまう。なんとか身体を揺らそうとするが、浮遊魔法がそれを邪魔している。


 メアリーは必死の形相で、ゴブリンを追い回してくれている。さらには奴らの背中を殴ってくれている。だが、ゴブリンたちは速度を落とそうとはしなかった。


 みるみるうちにシュバルツたちから遠ざかってしまう……。

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