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第35話:森の入り口

◆ ◆ ◆


 噴水広場でメンバーが全員揃った。カイルを先頭にして、噴水広場を後にする。新しさと古さが混在する街並みを抜けて、セントラル・センターへと向かった。


 目指す場所は転移門ワープ・ゲートがある施設だ。道中、それといった会話も無く、施設の奥へと進む。


 4人の神官たちが魔法陣が石畳に描かれている空間で待っていた。魔法陣の4隅を固めるように。それぞれが赤・黄・青・緑の神官服を着ていた。


 神官のひとりがおごそかに口を開く。今日は緑の神官が対応してくれた。


「皆様。今日はどこへ向かわれますか?」


 カイルが代表して、緑の神官と会話してくれた。クォーツは黙って、二人のやりとりを見ていた。


「ジャンゴーの森へお願いします」


「ほう……。あそこは普通の魔物だけでなく、霊種族の類もうろついていますよ」


「準備は整えています」


「そうですか。あなたたちの戦いには注目しているのです」


「ご期待に叶うよう、頑張ってきます」


 緑の神官がご丁寧にも霊種族の魔物がいることを教えてくれた。こちらの身を案じてくれているように感じる。


 いつもなら事務的にダンジョンへと送ってくれるだけなのに。今日はよくしゃべると失礼なことを思ってしまう。


「では、ジャンゴーの森へと繋ぎます」


 緑の神官がそう言うと、他の3人がこくりと頷いた。そして、ゆっくりと聖書バイブルを開き、呪文を唱え始めた。


 するとだ。魔法陣に4人の神官たちの魔力が注がれていく。魔法陣を描く線は白一色であったのに、その色が緑と黒に明滅しはじめる。


 数分もしないうちに魔法陣から転移門が生えてくる。


「では、良い旅を」


 緑の神官は丁寧にカイルへとお辞儀をする。カイルは頷きで返している。カイルを先頭にシュバルツ、メアリー、ロビンの順番で転移門を潜り抜けていく。


 クォーツはその転移門を前にして、緑の神官に呼び止められた。


「貴女に創造主:Y.O.N.Nの導きがあらんことを……」


「え? 何故、私に?」


「いえ。貴女が迷っているように見えましたので」


 神官が柔和な声でそう語りかけてきた。失礼だが怪訝な表情になってしまった。


 今まで何度も転移門を利用させてもらっているが、個別に声を掛けられた記憶はほとんど無い。


(今日は本当によくしゃべるわね。何か裏がありそう)


 クォーツは神官の対応にひっかかるものを感じたが、足を動かした。すでに皆が転移門を潜り終えている。


 待たせてはいけないとばかりに急ぎ足で転移門の中へと身体を入れた。その途端、目に映るものが一気に変わった。


 いつもなら数秒程度で、目的地の景色が見えるはずなのだが、今日は違っていた。転移門から目的地にたどり着くまで数十秒ほどかかってしまう。


 緑から赤、そして黒に染まって、また緑に戻ってくる。不可思議な色に染まる空間の中でひとりで待たされることになる。


 異次元にいるような奇妙な感覚が続く。手持ちぶたさを感じてしまう。


 自分はこのまま次元の狭間にひとり、置いてきぼりになるのでは? という危惧さえも生まれてくる。


 しかし、その心配も次の瞬間にはどこかへ飛んでいってしまう。目の前にシュバルツたちの姿が見えた。そして、彼らの向こう側にはうっそうと茂る草木が見える。


 背の高い木々が枝分かれして、屋根代わりのように生えている。それが太陽の光を8割もカットしていた。陽が出ているというのに、薄暗い森であった。


「あれ? 私が到着する前に1戦やってたの!?」


 シュバルツたちの横には宝箱があった。しかし、魔物の死骸はどこにも見当たらない。どうやら、戦闘後に出現した宝箱ではなさそうであった。


「ミミック……だな」


「へ!? 森の入り口になんであるの!?」


「わからぬ。わからぬがゆえにクォーツの到着を待っていたのだ」


――ミミック。宝箱に偽装した魔物だ。


 冒険と言えば、宝箱。宝箱には金銀財宝が入っている。冒険者は宝箱があれば、開けずにはいられない悲しい生き物だ。


 その冒険者の習性を狙った魔物だ。うかつに開ければ、ミミックに食われてしまう。


「蹴り飛ばすが2。無視するのが2。あとはクォーツの投票待ちといったところだ」


 蹴り飛ばすに2票入れたのがシュバルツとメアリーであることは聞かなくてもわかった。意外なことと言えば、ロビンが慎重派に回ったことだ。


(ロビンの勘では、よくないことが起きるってことね?)


 目の前のミミックに対して、どうするかはクォーツに委ねられた。こんなダンジョンの入り口にミミックが居座っていては、他の冒険者たちも困ることになるだろう。


「うん。排除しちゃいましょ」


「わかった。カイル! すまんな! どりゃあああああ!」


 シュバルツがクォーツの判断を受け、すぐさま行動に出た。宝箱が蹴り飛ばされて、宙を舞う。


 宝箱の口から大量の硬貨が撒かれる。金、銀、銅と色鮮やかさに目が奪われそうになる。


 しかし、その硬貨は本物では無かった。宙にばらまかれた硬貨たちの1枚1枚から虫の羽が飛び出した。


「コイン虫!? ミミックに寄生してたってこと!?」


「そのようだ! カイル!」


「ああ、わかってる! 炎の柱よ! 羽虫どもを焼き払え!」


 大量のコイン虫が群れを為して、こちらへと飛んでくる。目を覆いたくなるような光景だ。だが、カイルが素早く詠唱を唱えて、炎の柱を呼び出す。


 まさに火に飛び込む羽虫であった。地面から生えた3本の火柱にコイン虫の群れが3方向に別れて、突っ込んでいく。


「ピギャアアアア!」


 コイン虫たちの断末魔が途切れることなく、森の中へと吸い込まれていく。ジャンゴーの森全体が一気に騒がしくなった。


 まるで呼び鈴の罠を発動させたかのようだ。クォーツたちの周りの草木が揺れた。クォーツたちは他に魔物が来ても対処できるようにと、ロビンを中央にして円陣を組んだ。


 陣形を整えたクォーツたちの周りをまだ大量のコイン虫が飛び交っていた。コイン虫たちが生み出した竜巻の中心部分にクォーツたちは居た。


 カイルが懸命に次の炎の柱を魔法で作り出す。そこにまたもやコイン虫が飛び込んでいく。さらにひと際大きく断末魔をあげた。


 段々とコイン虫の総数が減ってきていた。それでもクォーツたちは一切、油断しなかった。


(私も何かしなきゃ!)


 クォーツが両手をかざす。詠唱を素早くおこなう。彼女の手には赤錆色のオーラが纏わりつく。全てを酸で溶かす赤錆の魔法だ。


 両手から酸のブレスを吹き付けることで、コイン虫の数を減らそうとした。


 するとだ……。ブレスを放射する前にコイン虫が一斉に自分の手の方へと突っこんできた。クォーツは驚きのあまりに目を皿のようにしてしまう。


「ひっ!」


 思わず、両手をブンブンと振り回してしまう。それでもクォーツが発動した魔法に目を奪われたコイン虫が大量に押し寄せてきた。


「ちょっと、こっちにその手を向けないでくださいまし!」


 隣に立つメアリーの方へと、手を向けてしまった。それによりコイン虫が二手に別れた。メアリーの方へも押し寄せていく。


 メアリーは手に持つ盾を構えた。盾それ自体が白く発光した。聖なる光は次々とコイン虫を白い炎で包み込んだ。


◆ ◆ ◆


「ご、ごめんなさい!」


「んもう! 今度から気をつけるのですわよ!」


 カイル、クォーツ、メアリーの魔法によって、コイン虫はようやく駆逐される。ミミックとは別で宝箱が出現した。


 これにより、コイン虫が全滅したことがわかった。カイルが「ふぅ……」と安堵している。額に流れる汗を手で拭っている。


 メアリーも緊張を解くために、手に持っていた盾をロビンに預けて、身体を伸ばしている。


「そんなに気にするな。拙者もクォーツと同じように慌てふためいていたに違いない」


 コイン虫は魔力を原動力にして動く魔法生命体だ。それゆえに魔法に敏感に反応する。


 クォーツとしては、カイルの負担を少しでも和らげようと、コイン虫の一部をこちらに引き寄せようとした。


「あんなにいっぺんに来るって、さすがに思わなくて……」


 皆に申し訳ないと思ってしまう。いまだに恐怖で身体のあちこちが痛いくらいに固まってしまった。きちんとした謝罪を皆にしたいが、身体が動かない。


「まったく……。気負いすぎだ。俺を心配してくれるのはありがたいけどさ」


 一息ついたカイルがこちらに寄ってきてくれる。


「うん。逆に迷惑かけちゃった。カイル、ごめんね」


「俺はいいよ。でも、怪我してないようでよかった」


 カイルの優しさが身に染みる。他の3人はクォーツよりも、新たに現れた宝箱のほうに注目していた。


 クォーツはカイルから視線を外し、シュバルツの背中を睨みつけていた。シュバルツは背中がむずがゆく感じたようだ。


 こちらへとちらりと視線を送ってくれる。それだけで嬉しくなってしまう自分に腹が立ってくる。


(んもう! もっと心配してよっ! カイルになびいても良いっていうの!?)


 カイルは優しく肩に手を置いてくれている。それとは対照的に、シュバルツは声をかけて、視線を合わせてくれた以外は何もしてくれない。


 もっとわかりやすく行動で示してほしかった……。カイルがしてくれること以上のことを、シュバルツに望んでいる自分がいた……。

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