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第31話:やきもちを焼いてほしい

 錬金部屋には錬金釜がグツグツと音を立てるばかりであった。クォーツは眉を下げ、さらにはアヒルのように口を尖らせている。


 シュバルツのことだけでなく、ロビンの言っていることも納得できない。自分の思うことと、周りが期待していることの板挟みになっていた。


「私はどうしたらいいの?」


「思うがままに行動してください。誰かにそう言われたからではなく……」


「それじゃ、結局、どうどう巡りになる。私は私がそうしたいって言ってるじゃない」


「主体性の問題です。例えば……自分がメアリー様に仕えていますが。メアリー様が死ねと言えば、私は考えるでしょう。それが本当にメアリー様のためになるかと」


「そう……よね」


 ロビンは流されるのがダメなのだと伝えてくれている。しかし、自分はシュバルツと一緒に底なし沼にずぶずぶと沈んでしまいたいと願った愚かな女だ。


 その気持ちを変えたいと思わない。そこを変えろと言われると、昨夜のシュバルツとの体温の交換を無かったことにしなければならない。


 彼の手が自分の身体を直にまさぐってくれる。ぎこちなさがこれまた嬉しい。女の幸せがそこにあると思えてしまった。


「今はまだ、はっきりとは答えが出せない……。ひと肌が恋しいの」


「そう……ですね。自分もいっそ、情に流されても良いと思う時があります」


 ロビンはそこで言葉を止めてしまう。クォーツの気持ちもわかってくれている。だからこそ、叱りつけるような口調にはなっていない。


 至って、ロビンは声の音程を調整してくれている。それはわかっている。彼女の慈愛が伝わってくる。だからこそ、胸が締め付けられる。


◆ ◆ ◆


 クォーツは作業に戻る。錬金釜に三日月宗近を投入してから早1時間が経とうとしていた。虹色の液体でぐつぐつと煮られ続けたその刀がゆっくりと浮き上がってくる。


 湯面の上へと柄を覗かせる。そこで止まらず、鞘に納められたまま、その全容を明らかにする。


 宙に浮いたままの三日月宗近がおごそかに光を放つ。それは神々しく、思わず「ほぉ……」とうっとりとした息が漏れてしまう。


「成功したみたいね。あとはカイルに渡すだけ」


 錬金強化が成功したと同時に、錬金部屋のドアがノックされる。思わず「うひゃぁ!」と可愛い声をあげてしまった。ロビンがこちらに撮影用の魔導器をしっかりと向けてきている。


「んもう! シュバルツ! 脅かさないでよ! って、カイル……じゃない」


 錬金部屋のドアの前に立ったクォーツはしょうがないなあ? 許してあげるかー! とばかりに意気揚々とドアを開けた。だが、ドアの向こうに立っていたのはカイルであった。


 明らかに声のトーンが落ちてしまった。カイルはバツが悪そうな顔をしている。


「すまん。期待外れだったかな?」


「ううん!? ちょうど錬金強化が終わったところよ! 私が勝手に盛り上がって、勝手に落ち込んだだけだから!」


「そうか。じゃあ、俺にもチャンスはまだあるんだな?」


 思わず首を傾げてしまった。カイルの言っていることがよくわからない。何がどうチャンスなのだろうと、聞き返したくなる。


「錬金強化のお礼にクォーツをデートに誘おうって思ってさ。ほら、ハロウィンも近づいてるからさ」


「それって、錬金強化の代金を少しでもサービスしてもらうって腹積もり?」


 カイルが苦笑している。違ったのかな? とばかりに余計に首を傾げてしまった。いまいち、カイルの気持ちが伝わってこない。自分は何かを期待されているのはわかる。


 だが、自分に期待をかけてくる人物たちが多すぎる。シュバルツとロビンから色々言われ、それが未だに消化しきれていない。


 そこに畳み掛けるようにカイルが自分にリアクションを求めてきた。


「今日、明日は次のダンジョンに向かうための準備に充てるって話は覚えてるだろ?」


「うん。それはもちろん。だから、今日は朝からカイルの刀を錬金強化してたんだよ?」


「ありがとうな。だから、お礼をしたいと思ったんだ」


 素直にここは受け取っておくべきところなのであるが、クォーツはいまいち乗り気になれなかった。


 カイルと自分の関係性のことも影響しているが、そもそもとして、シュバルツと喧嘩したことが大きく精神状態を揺さぶっていた。


「ほら、またそんな顔して。気分転換しとこうぜ?」


「顔に出てた?」


「ずっと出まくってるよ」


 カイルから見れば、自分は落ち込んでいるように見えるのであろう。自分でも声のトーンが落ちていることが自覚できている。


「カイルは優しいね。どこかのかえでの葉1枚のニンジャと違って」


「変態とは違って、俺は紳士だからな」


 ここに既にいないシュバルツがやきもちを焼いてくれるかもしれないと、わざと意地悪なことを言ってみた。だが、肝心のシュバルツが反応できるわけもない。


「しょうがないなあ。カイル。私をしっかりエスコートしてね?」


「ああ。油断してたら、俺がクォーツをさらっちまうって思わせないとなっ!」


 頬が緩んでくるのがわかる。カイルは真に紳士であった。無理やりに自分の心をこじ開けようとはしてこない。一定の距離を保って、自分に接してくれる。


 それが心地よい。胸の奥がじんわり温かくなった。だからこそ、ひと時で良いから、カイルに身を委ねてしまおうと思えてしまった。


(本当、私って、どこまで行っても面倒くさい女よね)


 シュバルツへの罪悪感で、胸がチクリと痛む。だが、カイルの穏やかな表情が、自分を癒してくれる。


(仲の良い男友達と見れば良いのよ。シュバルツだってわかってくれるわ)


 クォーツは気を取り直す。未だに錬金釜の上でプカプカと浮かんでいる。三日月宗近のことを思い出す。それを手に取り、カイルへと手渡す。


 カイルの表情は一気に明るくなった。鞘から刀を抜いて、刀身をうっとりとした表情で見つめている。なんだか誇らしい気持ちになってしまう。


 錬金術師としての仕事を全うできた。それだけで嬉しさが胸いっぱいに溢れてくる。シュバルツによって空いた心の穴が少しだけ埋まった気がする。


「大事にするよ」


「少しくらい無茶してくれても良いよ? それくらいしっかり錬金強化したんだから」


「出来るなら、私だけの印……ってのもしてほしかったり?」


「欲張りねっ。そんなにシュバルツに嫉妬させたいの?」


「ああ、そうだ。頼む」


 カイルがこちらに刀を差し出してくる。悪だくみをしている顔だ。それについ乗っかってしまう。


 指先に軽く魔力を込める。そうすると、右手の人差し指がほのかに光る。その光る指で鞘にササッとサインした。文字が浮かび上がる。しかし、数秒後には文字が消えてしまった。


「なんて書いてくれたんだ?」


「ん。カイルを守ってくれますようにって」


「そうか。じゃあ、俺もサインを刻んでおこう」


 カイルが自分を真似て、右手の人差し指で鞘に何か書いている。こちらから見える向こう側で文字を書いているため、何が書かれたかわからない。


「なんて書いたの?」


「クォーツを守れますようにって」


「何よそれ。妹を助け出せますように……でしょ、そこは」


「いいじゃないか。今、俺の前にいるのは妹じゃない。ひとりの女性だ。その女性に失礼だろ?」


 思わず「ふふっ」と鼻で笑ってしまった。カイルはどこまで行っても、妹が1番大切なひとなのに。彼なりの冗談だと受け取ることにした。


「何かあったら、カイルに守ってもらうわよ?」


「期待していてくれ。シュバルツよりも目立ってやるさ」


 カイルが三日月宗近を腰に佩く。そうした後、こちらの背中に右腕を回してくる。さらには強引に錬金部屋の外へと誘い出してくれる。


 くすぐったさを覚えてしまう。


(私を盛大に振っておきながら、今更、紳士ぶられてもなぁ~~~)


 顔に出たのか、隣に立つカイルは苦笑している。カイルの雰囲気は穏やかそのものであった。シュバルツとは違い、張り詰めた様子も無い。


 大人の余裕とでも言いたげである。いや、心の中心に妹がしっかりと存在するからこその態度なのだろう。


 芯がしっかりとあるからこその振舞いなのだろう。しっかりとした足取りで、こちらの手を引っ張ってくれる。


「じゃあ、まずはミサ・キックスに会いに行こうか。向こうも頼んだ品々の鑑定を終えているだろうから」

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