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第33話:変わり身

 クォーツはカイルに連れられて、雑貨屋を巡り、さらには喫茶店にたどり着いた。その喫茶店でサンドイッチと飲み物を頼み、それらを食べ終わる。


「今日はもう予定が無いのか?」


「ミサさんの鑑定でめぼしいものがあったら、それを錬金強化しようと思ってた」


 彼女に鑑定はしてもらったものの、ほとんどがそのまま換金されてしまうような物ばかりであった。


 午後からの予定はすっかり空いている。ならばと、ここでカイルが提案してきた。


「服屋にも行かないか? ほら、いつも白衣ばっかりだからさ。普段着も見てみたいっていうか……ダメかな?」


「うーーーん。どうしようかな。普段着かーーー」


 せっかくカイルがデートに誘ってくれたというのに、クォーツはいつも通りの薄汚れた白衣であった。そろそろ新調しても悪くない。


「じゃあ、換金ついでに武具屋に行きたいかな」


 カイルは苦笑している。普段着だと言っているのに、冒険のための衣装を見繕いたいと言ったから、当然の反応だ。だが、クォーツは今の恰好を気に入っている。


 飾らない姿でありたいのが自分だ。カイルの提案はありがたいが、それでもそちらにお金を落としたい。


「わかった。チョーカーを着けてもらっただけで、ご褒美だと思っておこう」


 カイルが席から立ち上がり、お会計を済ませてくれた。しかも撮影係のロビンの分までだ。カイルはあくまでも紳士の姿を通してくる。


(シュバルツなら、どうなんだろ? ロビンに自分の分は自分で払え、この出歯亀がっ! とか? なーんてね……)


 カイルと一緒にいるというのに、どうしてもシュバルツのことを気にしてしまう。うしろめたさが胸に去来した。


 カイルがこちらに振り向いてきた。タイミングが悪い。なんでこうもこっちが困り顔になっている時に振り向いてくるのかと、嫌味を言いたくなる。


「ほら、また顔が曇ってるぞ」


「うん。ごめん。あんまり気にしないようにしてるんだけど」


「いいさ。元カレのことを無理矢理、忘れろとかそんな横暴なことは言わないって」


「ありがとう。今はカイルとデートしてるもんね」


 カイルがまたもや、手を差し出してきた。クォーツはなるべく笑みを作って、カイルの手に自分の手を合わせた。


◆ ◆ ◆


 カイルの案内の下、3人は馴染みの武具屋にやってくる。ボールダックの武具屋という店名だ。


 ボルドーの街にはいくつか武具屋があるのだが、懇意の店に落ち着いてしまう。


 ボールダックの武具屋は朝は8時に開店し、夜は22時まで営業してくれている。冒険者にとって非常に利便性が高い。


 ボールダックの武具屋の入り口の扉を開ける。数ある武具屋の中でも、1番とは言わないが、なかなかの広さを持っている。


 武器を中心に置いているコーナーだけではない。各職対応の防具を飾っているコーナーもあり、さらには試着室もある。


 カウンターにはこの店の女将がいた。恰幅の良い女性だ。歳は40を半ば過ぎた頃である。


「いらっしゃい! なんだい、カイル坊やかい。挨拶しちまって損した気分だよ」


「そんなこと言わないでくれよ、キノレさん。今日は売りに来ただけじゃなくて、買いにも来たんだ」


「そりゃ珍しい。明日は雨でも降るんじゃないの?」


 クォーツはいつものやり取りをカイルの横で聞いていた。


 ロビンがカイルの左隣に進み出る。カウンターに鑑定してもらったばかりの物を置いていく。それをどれどれと女将のキノレが品定めしている。


「私は奥で錬金術師用の白衣を探してくるね」


 カイルに一言、断りを入れて、自分は店内の奥へと進む。戦士などの前衛職用の甲冑が置いてあるコーナーを通り抜ける。


 クォーツの目当ての品は魔法使いや僧侶が好んで着るローブの類が飾られているコーナーにある。


「あった。あれ? これ、何だろう?」


 この前、この店に来た時よりも、ローブ類が豊富であった。特に色が多彩だ。


「なんでだろう。ハロウィンが近いから?」


 クォーツがハンガーラックから白い厚手のローブを手に取る。それはローブというよりかは着ぐるみと言った方が正しい気がする。フードには猫耳が付いていた。


 クォーツはこのローブを着て、さらにフードを被った自分の姿を想像してみた。


「うーーーん。私、21歳なのよね。痛い子に見られちゃう?」


 何かの動物の毛を使っているのか、普通のローブよりも明らかに手触りが良い。そして、フードに付いている猫耳もなかなかにオシャレだ。


 だが、自分の年齢を顧みると、これを着るにはかなりの勇気がいる。


「可愛いことは可愛いけど、シュバルツに笑われそう」


 猫耳付きのローブをハンガーに掛け、さらにハンガーラックへと戻す。その後、お目当ての白衣が並ぶ場所へとやってくる。


「こっちが良いかなあ。でも、こっちも捨てがたいな……」


 白衣と言ってもちゃんと種類がある。


 1番に変わるのはスカート型かズボン型だ。クォーツは長い裾のスカート型の白衣がお気に入りだ。しかし、気分を変えて、ズボン型も捨てがたい。


 ズボン型の一番の問題としては、スタイルがそのまま浮かび上がることだ。お尻から太もものラインがどうしても目立ってしまう。


「こんな時こそ、シュバルツの出番なのに……」


 見せたい相手が誰なのか? 結局のところ、ここに行きついてしまう。クォーツはここ1年以上、誰かに見せるために冒険用の白衣を選んできたわけでは無い。


 それゆえに、今、着ているのが薄汚れてしまうくらいにオシャレに気をかけることはなかった。


 考えれば考えるほど、シュバルツのことが頭の中を支配し始めていた。


「シュバルツはスカートのほうが良く似合うって言ってくれたから、今、スカート型なのよねー」


 なんだか釈然としなくなってきた。口が自然と尖ってしまう。いっそのこと、カイルの趣味に合わせてやろうかとさえ思えてきた。


 姿見の鏡の前で、スカートとズボンを腰に当てて見比べる。スカート型のほうが自分に似合っていると感じてしまう。冒険するにはまだ早いと結論付けた。


 今度の白衣は上半身の方を2連のボタンで止めるタイプだった。腰の辺りでベルトを通して、固定するのは変わらない。


「そうね。ベルトもこの際、新調しようかな」


 ボタンだけでは変化がわかりづらいであろうと、黒革色から赤茶色のオシャレなベルトに変えることにした。


 白衣とベルトを手に持って、カウンターへと戻る。未だにカイルは女将のキノレと談笑していた。


「すいません。白衣とベルトを買いたいんですけど」


「おや。本当に買ってくれるんだね! お代はカイルが払うで良いのかい?」


「えっ?」


 思わず、怪訝な表情になってしまう。これはあくまでも自分の装備品であり、カイルにお金を出してもらう気はこれっぽちもなかった。


 それなのに、自分が何かを言う前にカイルがガマ口財布を手に持っている。決して安い買い物では無い。白衣と言えども、冒険に適した物を選んでいる。


「良いから良いから。今日はデートだって」


「でも、悪いよ? 私、白衣までカイルにお世話になりたいって気持ちじゃないのに」


「代金を支払う。そして、新しい服に着替えたクォーツの姿を1番に見れる。十分に役得だと思うけどな?」


「んもう。変に期待値を上げてもらってもなあ。今着てるのとほとんど変わらないよ?」


 代金だけ支払ってもらうのは悪いなと感じ、試着室で着替えさせてもらうことにした。試着室の外に出ると、カイルが嬉しそうな顔をしてくれた。


「良いね。ボタンの並びがいつもと違う」


「うん。ちょっと違うのにしてみた」


 カイルは細やかに気を遣ってくれるが、残念ながら、1番に気づいてほしいベルトへの言及は無かった。


 色合いが今までとちょっと違うだけなのと、店内の照明の明るさが足らないことが合わさったことで、カイルは見逃したのだろうと結論づける。


(残念が半分、でも、これで良かったかもしれないが半分ね)


 あくまでもカイルに気づいてほしくて選んだわけでは無い。シュバルツにこそ、変化に気づいてほしいのだ。


「またいらっしゃいな。今度はメアリー様や裸のニンジャも連れてきなよ?」


 女将のキノレと別れの挨拶をして、武具屋を出る。


◆ ◆ ◆


 街での用事も終わり、3人で宿屋へと戻る。


「んじゃ、俺はいつものエコノミーに泊まるよ。今日は楽しかった。またデートしよう」


 カイルはそう言って、部屋へと先に戻ってしまう。


(さすが紳士ね。最後まで紳士だった)


 クォーツとしては、色々と買ってもらった分を少しだけでもお返ししたい気分であった。だが、カイルは気遣いは無用とばかりにその場から去っていく。


 その後ろ姿を見送った後、渋い顔をしている宿屋の禿げ親父の方へと顔を向ける。禿げ親父は肩をすくめていた。


「なんだよ。てっきりスイートルームを取ってくれると思ったんだがな」


 こればかりは苦笑してしまう。昨夜はシュバルツがスイートルームを取ってくれた。シュバルツにしては大胆なことをしてくれたものである。


「まあ良い。あの男には黙っておいたが……」


「ん?」


「昨夜の裸のニンジャが先にスイートルームの代金を支払ってくれてるぜ? あの男の手前でそれを言っちゃ野暮だからなっ!」


 禿げ親父が白い歯を見せて、さらにこちらにサムズアップしてくる。クォーツは苦笑するしかなかった。


「あと、手紙も預かっているぜ」


 禿げ親父はそう言うと、こちらに手紙を手渡してくれた。それを開く前に従業員がやってきて、スイートルームへと案内してくれた。


 ドアを開けてもらい、その室内に入る。予想していたとは言え、そこにはシュバルツの姿は無かった。眉が下がってくるのが自分でもわかってしまう。


「夕食はいかがしましょうか?」


「後で決めるね。もしかしたらシュバルツが戻ってくるかもだから」


 その期待は叶わない。従業員が去った後、クォーツは手紙の封を開けて、そこに書かれていた内容を読む。


 手紙を読んでいると、ふつふつと怒りが腹の底から湧いてくる。最後まで読まずに途中で手紙を破りそうになる。


「んもう! 仕事で戻れないって何よ! 避けてるなら避けてるってはっきり言えばいいのにっ!」


 手紙を破るのは止めた、代わりに、ぐしゃっと丸めてしまう。そのまま、ゴミ箱に放り捨ててやろうかとさえ思ってしまう。


 しかし、それはやり過ぎであると自分でもわかっている。


 それゆえに、この怒りをベッドの上でこちらを見ているシュバルツくん人形にぶつけることにした。


「何が夜、寂しくないようにって、人形を置いていくよ! しかも、これ、変わり身の術に使ってるやつでしょ!?」


 シュバルツはニンジャだ。ニンジャは自分のダメージを人形に移し替える『変わり身の術』が使える。


 シュバルツが自分の身代わりとして持ち歩くニンジャ人形だ。他のニンジャは主に丸太を使う。シュバルツは何故かニンジャのぬいぐるみをそれ用に使っている。


 シュバルツとしては抱き枕として使ってほしかったようだ。だが、クォーツはそのシュバルツくん人形の首がもげてしまいそうになるほど、何度もスイートルームの壁にぶん投げた。


 その様子をロビンにばっちり撮影されていようが、止めようがなかった。


 ボロボロになってしまったシュバルツくん人形を抱きかかえ、さらにはベッドの上へとダイブする。


「では、良い画が撮れましたので、ここで退散させてもらいます。本日はお疲れさまでした」


「うん。少しだけ気分転換できた。ロビン、ありがとうね」


「いえ。自分も皆様のお役に立ちたいと思っておりますので。自分は戦闘中、何もできません。せめて、心と身体のケアだけでもさせてほしいとメアリー様に自分から願い出たのです」


 ロビンの気持ちが少しわかる。事情は違えど、クォーツも今のロビンのように撮影係兼荷物持ちであった。


「ありがとう、ロビン。でも、気にしすぎちゃダメよ。私みたいになっちゃう」


「はい。ご忠告ありがとうございます」


 ロビンは丁寧にお辞儀をしてから、スイートルームから退出していく。ひとり残されたクォーツは今日あった出来事を思い浮かべる。


「シュバルツに会いたいな……」


 カイルとデートした。ロビンが自分を気遣ってくれた。それでも、どうしても不安と寂しさが胸に去来してくる。自然とシュバルツくん人形を抱きしめる力が強まってしまう。


「ごめんね、シュバルツくん人形ちゃん。キミに八つ当たりして……」


 クォーツはシュバルツくん人形に軽くキスをした。しかし、人形は何も言ってくれない。


「今度、直接、シュバルツに謝っておこう……かな」


 シュバルツのご要望通り、シュバルツくん人形を抱き枕にして、そのまま深い眠りへと落ちていく……。

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