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第32話:貴女は私のもの

「ほら、クォーツ。街のあちこちを見てごらん? 細工したカボチャが増えてるだろ?」


 ハロウィンに向けて、着々と準備が進められている。ただでさえ華やかなボルドーの街が仮装されていく過程にあった。


「本当だ……。私、気付かなかった」


 現時刻は朝の10時半。この時間にのんびりと街中を散策すること自体が珍しい。それゆえに今は10月半ばということをすっかり忘れていた。


「良いかぼちゃおばけの頭が無いかな?」


「どうして?」


「そりゃもちろん、ニンジャ・マスクのシュバルツにかぶってもらうためだよ」


「やめてよ、戦闘中なのに笑っちゃいそう!」


 カイルの冗談につい破顔してしまう。なかなかに口が回る。こんなにおしゃべりが上手だとは思っていなかった。少しだけカイルの認識を改めた。


 かぼちゃ色に少しずつ変わろうとしている通りを抜けて、お昼前の繁華街へとやってくる。夜とはまた違った雰囲気がある。


 昼と夜では客層が違った。冒険者はこの時間帯に繁華街を歩いていることはほとんどない。客引きたちも少ない。


 町民たちが主役だ。その町民たちが少し休憩だとばかりに喫茶店のテラスで談笑している。


 その中を自分とカイル、そして撮影係のロビンが3人で歩いている。


「酒場でミサに会ったあとで、喫茶店に寄ろうか」


「まるで本当にデートしてるみたいじゃない」


「デートに誘ったんだけどな?」


「じゃあ、喫茶店の前に雑貨屋に寄りたいわ」


 デートコースについて、駄目出しをしてみる。カイルがそれもそうかという顔つきになっている。足を止めたので自分も足を止めた。


 カイルは顎に手を当ててぶつぶつと何か言っている。デートコースの考え直しをしてくているようだ。


「よし、雑貨屋に寄ってからだな」


 カイルはそう言うとこちらに手を差し出してくる。クォーツは差し出された手にそっと手を乗せる。


 するとだ。ぐぃっと手を引っ張られる。カイルのすぐ隣へと引き寄せられた。紳士とはこうするものだと、彼に教えられている気がする。


(強引な面もあるのね)


 一定の距離間を置いてくれてたというのに、今度はその距離間を詰めてくる。背中に回された彼の腕から軽く体温が流れ込んでくる。


 彼の温かさが冷え気味の心を温めてくれた。それがなんだかこそばゆい。


◆ ◆ ◆


 繁華街を進むと目当ての馬鹿貴族の酒場が見えてきた。ここまでの道中、ひとはまばらであった。


 繁華街を仮装しようと作業しているひと。喫茶店で休憩しているひと。繁華街の向こうにある市場に向かって急ぎ足で歩いているひと。


 繁華街自体を目的に歩いているひとは少なかった。その中をゆっくりとカイルとふたりで歩いてきた。


 馬鹿貴族の酒場の扉をくぐる。いつものように入り口のベルがカランコロンと鳴る。店員がやってきて「何名様ですかー?」と聞いてくる。


「3名です。こんな昼間から飲んでいるあそこの女司祭のところでお願いします」


「はーい。少々お待ちくださいー」


 夜は元気はつらつな女性店員が相手してくれる。しかし、今は昼前の時間であり、いつもとは違う店員であった。


 褐色の肌から察するにギャル風のドワーフ娘だった。彼女はけだるそうに席を準備してくれている。


「準備できましたー。お飲み物はー?」


「オレンジ・ジュースで。三人分」


「はーーーい。オレンジ・ジュース三つですねー」


 店員は注文を取ると、さっさとカウンターへと向かってしまう。そして、カウンターからグラスを三つ持ってくる。


 コースターを三つ並べ、その上に氷だけ入ったグラスを置く。そのグラスにピッチャーでオレンジジュースを注いでいく。


 こちらの雰囲気を察したのか、他に注文は無いのかとは聞いてこない。さっさとカウンターへと戻ってしまった。


 そんな彼女に対して、肩をすくめるカイルであった。こちらもカイルに合わせて肩をすくめてみせる。


「ん? 変に仲が良いなぁ。お姉さん、根掘り葉掘り聞きだしたくなっちゃう」


 先にテーブルについていたミサ・キックスがこちらに問いかけてきた。クォーツはどう答えようかと考えたが、先にカイルが口を開く。


「デートのついでに寄っただけさ。鑑定はもう終わってるんだろ?」


「なんだい。二人はデートなのに、こっちへは仕事の話かよー。酒が不味くなる」


 ミサが何も無い空間へと手をつっこみ、ぞんざいにその向こう側から鑑定を終えたものをテーブルに置いていく。


 ロビンがそれらをチェックしながら、何も無い空間の向こう側へと作業的に収納した。事務的なやりとりがしばらく続く。彼女たちの手が止まることは無い。


 それを眺めれば、そこまで重要な物は無いのがわかる。皮鎧、鎖帷子、丈夫な服、斧、槍など、種類と数だけは多い。だが、そのどれも一級品とまではいかなさそうであった。


「炎の護符が中に混ざってたけど、カイル、使うか?」


「既に持ってるから、武具屋にそのまま売るかな」


――炎の護符。火系の魔法の威力を高めてくれる。


 しかし、カイルはすでに所持済みのため、必要では無かった。カイルの言葉を聞いて、ロビンがその炎の護符も何も無い空間の奥へと仕舞ってしまう。


「さて、ミサとおしゃべりするのも悪くはないが、これからデートなんだ」


「へぇ……。デートが終わったあとはしっぽりスイートルームか?」


「そこに至るにはまだ関係が深くなってないかな」


「頑張りたまえ、若人よ。司祭が祝福してやんよ」


 根掘り葉掘り聞いてあげようか? と言っていたわりにはあっさりと解放してくれた。カイルが席を立ったので、それに釣られて、こちらも席を立つ。


 カイルには大切な女性がいる。その女性はカイルの妹だ。ミサもそれを承知である。たいした興味もわかないのであろう。


 空いた手をひらひらとこっちへと振ってくる。カイルと共に手を振り返す。


◆ ◆ ◆


 酒場を出たあと、言っていたように雑貨屋へと向かう。ボルドーの街には主に3種類の雑貨屋がある。冒険者用の雑貨屋。生活用品を取り扱っている雑貨屋。


 そして、カイルと共に向かったのはアクセサリーなどの装飾品を取り扱っている雑貨屋であった。


 カイルはそこでいくつかアクセサリーをチョイスしてくれる。


(本当にデートみたい……)


 失礼なことを思ってしまった。カイルが色々とクォーツに似合うであろうアクセサリーを見繕ってくれている。


 こちらとしては、そこまで感慨深い感情が湧いてこない。


(きっと、シュバルツだともっと感動しているんだろうけど……)


 クォーツは少しばかり、カイルに申し訳ない気持ちが湧いてくる。一生懸命、選んでくれているというのに、クォーツの心があまり動かない。


「これなんてどうだ?」


 カイルが次に示してきたのは黒のチョーカーであった。チョーカーは『貴女は私のものです』という意思表示にも繋がるアイテムだ。


「ちょっと、それを贈ってもらうには……」


「うん。無理だよな。すまんすまん」


 カイルが苦笑している。気もそぞろな自分の気を引こうとして、それをチョイスしたことに気づく。


(私、ダメだな。カイルが気を遣ってくれてるのに)


 どうしてもシュバルツのことが頭をよぎる。せっかく、宿屋の外へ連れ出してくれたというのに、気分転換を上手くできていない。


「うん。ちょっと考えすぎたかも。チョーカーを買うわ」


「いいのか? シュバルツと何かあったのは察してるぞ?」


「いいの。カイルから買ってもらったーって言ってやりたいから!」


「そ、そうか。んじゃ、包んでもらってくる」


 カイルは店員に黒のチョーカーを渡す。それと同時にガマ口財布を取り出して、銀貨を3枚支払っている。


 店員とカイルが笑顔だ。店員が可愛らしい紙袋にチョーカーを入れてくれた。それをカイルが受け取っている。


 カイルがこちらを振り向いてきた時に、自分はどんな顔をすればわからない。きっと、笑顔が正解なのだろう。


 笑顔になれるようにと、表情筋と心の準備を終えておく。


(私って、本当、悪い女だなぁ……。シュバルツが見たらどう思うかな? って考えてる。最低だな……)


◆ ◆ ◆


 雑貨屋で買い物を楽しんだ後はお決まりの喫茶店だ。撮影係のロビンはこちらにかまわずに店員に飲み物と軽食を注文している。


 少しは絡んできてくれてもいいのにと思ってしまうが、彼女は黒子に徹している。主役はあくまでもカイルとクォーツであるとでも言いたげであった。


「あの、そのさ」


「ん? どうしたの?」


「いや。出来るなら、チョーカーを着けてほしいなって。ダメかな?」


「うーーーん。どうしようかな?」


 カイルが困った表情になっている。せっかく買ったものだから、目の前でつけてほしいのはわかる。でも、自分はカイルの特別な存在では無い。


「俺にだけ見せる感じがあって嬉しいって思いたいんだ」


 カイルにそう言われた瞬間、シュバルツの顔が脳裏を掠めた。カイルのためでは無い。シュバルツに見せつけてやろうと思ってしまう。


「ちょっと待ってね。チョーカーってつけたことが無くて」


「それでは自分が手伝います」


 ロビンが今さらになって、手を貸してくれる。今まで、撮影係に徹したというのに。ロビンの手を借りて、チョーカーを首に着けた。


 その途端、カイルの雰囲気が一気に和んだのがわかる。


(そこまで喜ぶ相手じゃないよ? 私は悪い女なだけ)


 口から感情が漏れ出しそうになった。しかし、デートの牽引役となってくれたカイルに無下な言葉を吐くことはできない。気持ちをそっと胸にしまい込む……。

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