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第30話:回帰と創造

 朝食を終えたクォーツは宿屋のカウンターへ移動する。そこではいつものように禿げ親父が待っていた。


「錬金部屋を借りたいんですが」


「毎度のご利用ありがとうございます! 一応、説明は聞きますかい?」


――錬金部屋。錬金術師が錬金をおこなう施設だ。


 セントラル・センターにも錬金施設があるが、宿屋の錬金部屋と比べて、質が格段と落ちる。


 宿屋の錬金部屋は従業員がきちんと清掃してくれる。その分、利用料は5倍に跳ね上がる。それでも値段分の価値がある。


「説明は大丈夫。何度も利用させてもらってるし」


 クォーツがカウンターに銀貨5枚を置く。5000ゴリアテだ。これは酒場で十分に楽しめる料金と同じだ。


 それに見合う価値があるからこそ、クォーツは惜しげもなく、ここにお金を落とす。


「毎度あり! 錬金事故だけは起こすんじゃねえぞ?」


 カウンターの禿げ親父が番号付きの札がついた真鍮製の鍵をこちらに渡してくる。クォーツはそれを手に取る。


 シュバルツとロビンを連れて、宿屋の地下にある錬金部屋へと向かう。その道中、他の冒険者たちとすれ違う。


 時間にしてそろそろ朝の8時を回る。冒険者たちが活動し始める時間だ。意気揚々としつつも冒険者たちはどこかに緊張感を漂わせている。


 しかしながら、クォーツたちは違う。これから一稼ぎだ! と息巻く冒険者とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。


 クォーツはおごそかな雰囲気を醸し出していた。


 錬金部屋のドアの前に立つ。ほどよい緊張感が身体を巡っている。集中力も高まっている。そして、そんな自分を支えてくれるシュバルツが近くにいてくれる。


「よっし。心構えは万端!」


 クォーツが威勢よく錬金部屋のドアを開ける。その瞬間、薬品の匂いがほのかに漂ってくる。この匂いがたまらない。


 使いこまれた木製のテーブルが中央にある。ドアから向かって左側には錬金釜がある。その錬金釜にはすでに火が通り、虹色の液体が軽く煮えている。


 クォーツがさらに部屋の中へと進む。右側には本棚があり、そこには錬金術のレシピ本や研究本が収められている。


 さらに視線をテーブルの上へと変える。テーブルの上はきちんと片付けられている。


 ビーカーや試験管がキレイに並んでいる。ガラス製のそれらに汚れは見当たらない。


「5000ゴリアテ払う価値があるわ……」


 次に、部屋の隅を見た。そこには錬金用の鉱物が入ったかごが5つあった。


 色彩豊かな鉱物が是非、自分を錬金釜に入れてほしいとせがんでいるようにも見えた。


「久しぶりだな、錬金部屋に来るのは」


「そうね。普段なら邪魔しないでほしいって、追い出してたもんね」


 クォーツは昔のことを思い出す。シュバルツと付き合い初めの頃、彼は犬のように自分を追いかけまわしてくれた。


 そして、何かあるごとにちょっかいを出してくる。そこには多分にやきもち焼きな性格が影響していたのだろう。


 だが、今のシュバルツは大人になった。適切な距離感を保ってくれている。


(ちょっとだけ、寂しい気がするなぁ。私が甘えたがりモードになってるせいなのかも)


 錬金術は集中力がいる作業だ。そうだとしても、作業の邪魔をまったくしてきそうにもない今のシュバルツに寂しさを感じるのも事実だ。


「じゃあ、これからカイルに預かった三日月宗近の強化を始めます」


「わかった。ロビン、拙者たちはこちらで待機だ」


 さらにシュバルツの気配が自分から遠のいてしまう。クォーツは眉を下げてしまう。


(んもう! あとでたっぷり甘えればいいじゃない! 今は目の前のことに集中よ!)


◆ ◆ ◆


 クォーツは気を取り直す。何も無い空間の向こう側へと手を突っ込む。その手が刀を掴む。それをこちら側へとひっぱり出す。


 三日月宗近を鞘に納めたまま、テーブルの上に置く。次にメモ帳を開き、カイルからの注文を確かめる。


「えっと。霊種族への特攻はもちろん必要ね。それと……。首切り? あれ? こんな注文、受けたっけ?」


――霊種族。わかりやすく言えば『幽霊』だ。物理攻撃は霊種族に対して、ダメージを与えられない。それがこの世界のルールだ。


 しかしロードや僧侶は違う。彼らは霊種族にダメージを与えらえる『聖属性付与』スキルを持っている。それゆえに錬金術師に特別な強化を頼むことはほぼ無い。


 しかし、他の職業はそれが出来ない。それゆえに錬金術師に頼って、武器それ自体に属性を付与してもらわなければならない。


「どうしようかな。カイルにちゃんと確認したほうがいいのかな……」


 錬金術師のメインとなる仕事は、通常の武器に属性を付与することだ。高名な錬金術師となれば、武器強化の料金だけで喰っていける。


 クォーツも一時期、それで喰っていこうと思った。だが、ロストした仲間の顔がちらつき、冒険者と関わりを持ちたくないと願うようになった。


(カイルが強引にでも誘ってくれなかったら、私は田舎に帰ってた……)


 今、クォーツが冒険者として復帰しようと思えるようになったのはカイルがきっかけを与えてくれたからだ。


「うん。酔った勢いで受けっちゃったってことで」


 カイルには10万ゴリアテで三日月宗近を強化すると約束している。


 メモ帳を確認する限り、カイルから頼まれているのは『霊種族への特攻』、『ダメージ値の底上げ』、さらには『首切り』の3つだ。


 霊種族の特攻には魔蒼石、ダメージ値の底上げはドヴェル軟鋼の錬金素材で事足りる。その材料も十分に在庫がある。


「ふたつは大丈夫だけど……」


 問題は『首切り』だ。これを三日月宗近ほどの業物に付与するには、それ相応の質の良い氷化エルブン鉄が必要になる。


 クォーツはもう一度、何も無い空間の向こう側へと手を突っ込む。手の感触からは氷化エルブン鉄自体は感じ取れるのだが、質の良さとなると十分な物が無い。


「困ったな……。氷化エルブン鉄の質が物足りない」


 クォーツは困り顔となる。そのクォーツの横をシュバルツが陣取る。そして、テーブルの上にとある物を置いた。


 それはこぶし大の氷化エルブン鉄だ。水晶クリスタルのような味わい深い光を放ちつつも、鉄のような柔軟さも兼ね備えている。


 これが、カイルの注文である『首切り』の要件を十分に満たしている物であるとひと目でわかる。


「ちょっと! シュバルツ、これどうしたの!?」


「カイルへの餞別だ。彼が特殊発動の首切りを欲したのは、拙者が彼を焚きつけたからだ」


「んもう! 注文が増えた原因はシュバルツだったのね!?」


 シュバルツがすまんすまんと手で示してくる。ほっぺたを膨らませて抗議してみせる。平謝りしてきたので、ここはいったん、許すことにした。


◆ ◆ ◆


「話は変わるのだが……。カイルのことをどう思っている? やきもちを焼いているとかではないぞ?」


 作業中であるというのに、シュバルツが声をかけてきた。何と答えるのが正解なのだろうとふと考えた。


「今はただ単純にパーティ仲間だって、思ってるわ」


「カイルの妹の件に関しては?」


「うん。助けてあげたいって気持ちは変わらない。カイルへの思いとは別。はっきりと分けてる」


 自分は嘘をついてない。そう考えている。カイルに振られたのだ。それも妹の件が原因で。


(なんで、カイルのことを蒸し返してくるんだろ……。やっぱり、やきもちじゃないの?)


 クォーツは作業を続けた。錬金釜の中でたゆたう虹色の液体の中へと必要な錬金素材をそっと入れる。


 虹色の液体が赤くなる。数秒後、蒼色になる。さらに数秒後、元の虹色へと戻る。その中へとゆっくり鞘に収まったままの三日月宗近を沈ませていく。


「よし。あとは1時間ほど煮込むだけね」


「そうか。ならば、話の続きをさせてくれ。カイルへの思いはそこで終わってしまったのか?」


「んもう。しつこいっ。私はカイルに恩があるから、それを返したい。それ以上の何が必要なの?」


 思わず口調を荒げてしまう。答えたはずなのに、それでも聞いてくる。カイルへの未練は無いのかと?


 機嫌が悪くなってきているのを自分でも自覚できる。何故、そんな風に聞かれるのかがわからないからだ。


「はっきり言ってほしい。私はカイルのことはただのパーティ仲間だって思ってる。だから、仲間が困っているなら助けたい」


 シュバルツは何も答えずに、ただ「ふっ」と零している。それが余計に腹立たしい。腹の奥から怒りがどんどん湧き上がってくる。


 それが喉にまで上ってくる。抑えようとしても溢れだしてくる。


「私が間違ってるの? シュバルツは私にどうしてほしいの?」


 明らかに声に怒りが乗ってしまった。自分の愚かさに眩暈を覚える。でも、もう止められない。


 同じベッドで寝た。そして、朝食も一緒に取った。それで二人の距離はぐっと縮まった。そうであるのに……。


 でも……。それでも不安があった。


「私はロストしたものを取り返したいの! あなたとの関係も! ロストした仲間も! それのどこが間違っているの!?」


「キミは間違っていないさ。むしろ拙者のほうが間違っているのかもしれぬな……。拙者はあのロスト事件を未だに引きずっている愚か者だ」


 シュバルツはそう言うと、ひとり、先に錬金部屋から去っていってしまった。彼の背中には哀愁が漂っていた。


「シュバルツ……。私はただ取り返したいだけなの……。わかってほしい……」


 クォーツの目からは涙があふれてしまう。そんな彼女にロビンが近づいてくる。ロビンはハンカチを差し出してくれた。それがとてつもなくありがたい。


「クォーツさん。今から残酷なことを言います」


「何……?」


「ロストしたものはロストしたままです。それがこの世界のルールです。でも……」


「でも……、何?」


「ひとは新しく築けるのです。シュバルツさんはそう言いたかったんだと思います」


 今のクォーツにはロビンの言葉の意味が理解できなかった。自分はただ取り返したいだけなのだ。ダンジョンに奪われた全てを。


 そうしたいからこそ、冒険者としての自分を取り戻そうと、今、この場にいる。


 それではダメだと言われた。でも、そうじゃないと言いたかった……。


 それを言いたい相手は今、この錬金部屋にはいない……。


「重ねて言わせてください。貴女は錬金術師です」


 ロビンはそこで一度、言葉を止めた。その間が、錬金部屋に流れる空気とロビンの言葉に威厳を足した。


「錬金術の本当の力は、失ったものをそのまま戻すことではありません。新しく価値あるものを創り出すことです」


 ロビンは努めて、柔和な表情を作った。


「あなたにならそれが出来ます。シュバルツさんもそう望んでいるのです」

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