クォーツは目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。照明が落とされた部屋の中、それは新しい道筋のようにも見えた。
「シュバルツ。ずっと隣で寝てくれたんだ」
クォーツの右隣にはシュバルツが軽くいびきをかいている。ひょっとすると、朝になったら、シュバルツが同じベッドで寝ていないのでは? という不安があった。
さらにシュバルツはニンジャ・マスクを外して、素の寝顔を自分に見せてくれる。心の底から安心感が溢れてくる。
(私を支えてくれるひと)
彼の頬に軽くキスをする。シュバルツがむずがゆそうな顔になっている。その姿を見ているだけで心にぽっかり空いた穴に感情が流れ込んでくる。
惜しむ気持ちを抑えながら、クォーツはベッドの上から降りる。
(昨夜はお風呂に入らなかったから、朝風呂に行ってこよう)
シュバルツにキレイだ……と言われたい。気持ちが溢れてしょうがない。
(身体を清めてこよう)
ベッドの上でくしゃくしゃになっている白衣を手に取る。それを着る。彼の匂いが少しする。途端に嬉しさが倍増してしまう。
できることなら、ベッドにダイブして、この幸福感を存分に味わいたくなる。
後ろ髪を引かれながらスイートルームの外へと歩を進める。その時であった。シュバルツが「うーん……」と言いながら、寝返りを打った。
クォーツの身体はビクンと可愛らしく跳ねる。恐る恐る、後ろを振り向く。彼はまだ目を覚ましていない。胸を撫でおろしてしまう。
シュバルツを起こさないように静かにドアを開ける。足音を立てないようにして、スイートルームから出る。ドアをそーーーと閉める。
その時であった。部屋の前でロビンとメアリーが待ち構えていたのだ。
「ひっ!」
「おはようございます。クォーツさん。昨夜はお楽しみでしたね?」
「な、な、なんで!?」
「クォーツさんの恋愛が賭けの対象となっていましたので、その努めを果たそうとしたまでです」
クォーツは目を皿のようにする。次に何を言ってるのかわからないという表情を浮かべる。
ロビンがこちらに撮影用の魔導器を向けている。魔導器についている目とクォーツの目が合う。
「ちょっと待って!? もしかして、昨夜のことも全部、見られてた!?」
「そこはご安心ください。さすがにベッドの上でのプライベートな映像は撮影していません」
クォーツは視線をロビンからメアリーへと移す。メアリーは「安心してくださいまし」と言ってくれる。
メアリーはロビンの
「ちなみにどこまで撮影してたの?」
「お二人がスイートルームの中へ消えるまでです。一応、ルームサービスを部屋へと運んでいた従業員には中の様子をお聞きはしましたが」
クォーツはがっくりと肩を落とす。生きた心地がまったくしない。
「さて、再度、聞きます。昨夜はお楽しみでしたか?」
ロビンがずずいと撮影用の魔導器をこちらに差し出してくる。クォーツは諦観の念に襲われる。逃げ場は無い。どこにもだ。
この魔導器を通した向こう側では、賭けの結果がどうなったのかを待ちわびている観客が大勢いることだろう。
「同衾はしたけど、最後までいかなかった。はぐらかされちゃった」
正直にそう話した瞬間、魔導器を通して、円形闘技場で起きたクソでかため息が聞こえた気がした。
(もう好きにして……)
◆ ◆ ◆
ここ、ローレンスの宿屋の1階には浴場が併設されている。狭い通路を通り、宿屋の奥へと3人が歩いていく。
浴場に女子が3人揃えば、もちろん、女子トークが花咲く。
脱衣所で衣服を脱ぐ。脱いだ衣服と下着を棚にある
クォーツは胸から太ももあたりを長いタオルで隠す。対照的にメアリーは美しいプロポーションを惜しみなく空気に触れさせている。
姿見の鏡に全身を映している。しかも、うっとりとした表情でだ。
「えっと……。どこからつっこめばいいの?」
「うん? どういう意味?」
「いえ……。よく堂々とできるなって……」
「見られていると意識するからこそ、美しさを磨こうと思えるのですわよ」
一理あるなと納得してしまう。クォーツは普段、薄汚れた白衣だ。オシャレにまったく気をつかっていない。
裸体となった3人が脱衣場から浴場へと移動する。クォーツはタオルがはだけないように注意しながら、桶で湯をすくう。それを掛け湯とした。
隣ではメアリーがお先にとばかりに湯船へと身体を沈めていく。浴場の湯船の広さは5人が足を延ばすことができるほどの広さだ。
クォーツは躊躇してしまう。メアリーとは違い、自分の胸は貧相すぎた。
メアリーの隣で湯船に浸かるのには勇気が足りなかった。クォーツの背中を押すように、ロビンの手が添えらえる。右隣りのロビンが湯船の中へと促してくる。
クォーツは覚悟を決める。タオルを後ろに置き、メアリーとロビンに挟まれる形で湯船に浸かる。
「もったいないですわね。素材は十分なのに」
「それってどういう意味です?」
「そのままの意味よ。率直に言って、損してますわ」
メアリーはクォーツに見せびらかすように湯の上へと右腕を上げる。その右腕の上を
なんでもない動きであるのに、クォーツは目を奪われてしまう。エルフは白い肌の者が多い。
しかしながら、メアリーはその中でも彼女そのものが美術品のように見えてしまう。
「自信を持ちなさい。自信が女を美しくさせるのよ」
「そういうものなの?」
「そうよ。あなた、昨日は自分を振った男に後悔させてやる! っていう顔つきになってたじゃない」
「そ、そう言えばそうね」
カイルのことなど、すっかり忘れていた。忘れていたというよりかは、シュバルツで上書きされたというほうが正しい。
カイルの名前が出たことで、クォーツはカイルにどういう態度を取ったかを思い出す。
「確かに、私はカイルを見返してやる! って思った。うん、間違いない」
「それでいいのよ。そういう気持ちも、女を磨くためには必要よ」
「なるほどね。私はもっと自信を持っていいってことね?」
「その通り。さあ、子猫ちゃん。カイルに存分に見せてあげなさい。振った女がどんどんキレイになっていく姿を」
メアリーの言葉がクォーツの心に染み入ってくる。ロストした心の一部を修復してくれているように感じる。
トクン……、トクン……と鼓動が聞こえてくる。このまま湯の温かさに身体を溶け込ませたくなる。緊張が湯に溶けていく。
「ありがとう、メアリー。私、キレイになりたいってちょうど思ってた」
「そうありたいと願うことから始めなさいな。努力よりもまずは気持ちですわ」
メアリーは湯船からあがる。自然と目が彼女を追いかけてしまう。美しい肌だけではない。その身からは絶対的な自信が溢れている。
このまま、全裸で町中を歩いても、恥じることなど一切無い。むしろ、見たいなら見せてあげましょうとでも言いたげなほどだ。
彼女を見た者のほうが恥ずかしさを覚えるであろう。それほどの威厳が彼女の身からオーラとなって出ている。
(私もメアリーのようになりたいな)
◆ ◆ ◆
湯船からあがった3人は洗い場に移動する。身体を石鹸の泡で清める。
クォーツは身体を洗いながらも、どうすればメアリーのようになれるのかと、ちらちらと横目でメアリーを見ていた。
(胸は……この際、あきらめよう。うん、それがいいわ)
クォーツは採用できそうなところを自分に取り入れることに切り替えた。
まずは気持ちからだと言われたので、メアリーのように背筋を伸ばして、身体を洗ってみる。
背筋が伸びれば、気持ちも上を向く。
(うん。これ、いいかも!?)
クォーツはメアリーの動きをなるべくトレースした。彼女が太ももを洗えば、クォーツもそれに従う。
メアリーが大きく伸びをする。彼女のプロポーションの良さがますます際立つ。思わず、「うーーー」と恨めしい声が出てしまう。
彼女がこちらに気づいて、妖艶な笑みを浮かべている。貧相な自分の身体が恨めしい。
そう思うと同時に背中が丸くなっていく。気持ちまでもが縮んでいく。
「ほら、また小さくなっていますわよ」
「うーーー。かなり難しいよ……」
「リャーマの道も一歩から。焦らずにゆっくりと。あまり急ぐと、踏み外しますわよ」