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第27話:刻んでほしい罰

 現時刻は夜20時半。クォーツがシュバルツと共にスイートルームに入ってから早30分が過ぎていた。従業員はとっくの昔に用事を済ませて退出している。


 2人が座るソファーの間にあるテーブルの上のお酒とおつまみが半分ほど消費されていた。今日、攻略したシスター・フッドの修道院でのことを懐かしむように2人は語る。


「シュバルツが宝箱を蹴っ飛ばして開けるたびに、ビクッて身体が震えあがったのよ?」


「すまん。あれはカイルに意地悪をしたくてな?」


「意地悪? じゃなくて、やきもちでしょ?」


「うぐ! それはだな? いや、自分でけしかけておいて、腹が立つというかな?」


「やっぱりー。でも、ちょっと嬉しいかも。私たち、あんな別れ方したから……」


 クォーツがそこで言葉を止めた。それにつられてシュバルツも黙ってしまう。手に持つグラスの氷が溶けて、カラン……と物寂しげな音を鳴らした。


 クォーツは思い出す。昔のパーティのことを。ロストした仲間たちのことを思うと罪悪感が芽生えてくる。


 自分が今こうして、シュバルツとスイートルームで談笑していること自体にだ。


 彼らの怨嗟の声が耳に聞こえてくる。助けてくれ……、ロストしたくない……と訴えかけてくる。


 そう思えば思うほど、クォーツは誰かに罰せられたい気分になる。


「ねえ……。シュバルツ。私は罪を背負った。だから罰を与えてほしい」


「何を言っているんだ?」


 今までの朗らかな雰囲気がガラッと変わる。クォーツは罪の告解をしたくてたまらない。自分の表情が暗くなっているのを、鏡で見なくてもわかる。


「お願い。私を罰してほしい……」


 クォーツは自分の体温が上がるのを感じる。ドックン……ドックン……とゆっくりした鼓動が身体の表面へと浮かび上がってくる。


 仲間たちが悪魔の手にかかったあの情景がクォーツにフラッシュバックする。鋭い頭痛が起きる。呼吸が浅くなる。鼓動はどんどんその音量を上げる。


 クォーツは泣きそうな顔になった。救いと罰を同時に求める。


 忘れてはいけない昔の仲間たちを忘れ去ろうとした。だが、彼らの死に顔がクォーツを縛り付ける。


「お願い……。シュバルツ……。私にひと時の温もりをちょうだい?」


「クォーツ……。それでいいのか?」


「うん……。私に痛みを与えて。決して、気持ちよくさせないでほしい……」


 クォーツは自分の身体を自分の両腕で抱きしめていた。そんな彼女にシュバルツが近づいてくる。シュバルツの視線の高さがクォーツと同じ高さになる。


 シュバルツがニンジャマスクを脱いだ。彼の顔のいたるところに古傷がある。そのひとつひとつに彼の犯した罪が刻まれていると思えてくる。


 彼のおでこが自分のおでこに触れる。目を閉じる。そして顎を恐る恐る上げる。


 おでこから彼の熱が消える。寂しさで涙が流れる。その涙を指ですくってくれる。顎をさらにあげる。涙を拭いてくれたその指にキスをする。


「シュバルツ、お願い……」


「わかった……」


 目をつむっているため、彼が今どんな表情をしているかわからない。だが、きっと、彼も悲しい顔をしてくれていると思える。


 同じ仲間をロストしあった間柄だ。彼なら自分の傷を癒してくれると思えた。


 唇に弾力のある温かみを感じる。


(これでシュバルツとのキスは6度目……)


 懐かしい温もり。その温もりをもっとそばで感じたくなる。


 舌を伸ばした。そしたら彼も舌を伸ばしてくれた。舌と舌が絡み合う。お互いの口の中で。お互いの体液を交換しあった。


 気持ちも共有できたと感じられる熱だ。


「ありがとう。シュバルツ……」


 自然と感謝の言葉が出た。少しだけ、昔の仲間たちの顔が遠ざかった。でも、もっと忘れさせてほしいと願ってしまう。


(私はシュバルツを利用しているだけよね……。シュバルツが優しいから)


 男女が一緒にスイートルームに入れば、そうなっても仕方がないと思えるようになった。ロスト事件は、ロストしてさえなお、振り切れない過去として焼き付いている。


 それは自分にとっての呪縛だと感じた。ひと時の温もりでいいから、その呪縛をロストしたいと願った。


 その気持ちを汲んでくれたのか、シュバルツがクォーツを抱きかかえる。お姫様のように扱ってくれる。


 シュバルツが彼女をベッドの上へと運んでくれる。ひな鳥を保護する親鳥のような優しさだ。クォーツは顔を赤らめる。


 しかし、そこでシュバルツの動きが止まってしまった。自分はベッドの上で横たわっている。


 シュバルツは獲物に襲い掛かる直前の四肢を持つ獣であった。だが、獣のくせに困惑している雰囲気を身体から出している。


(私から脱いだほうがいいのかしら?)


 クォーツはこういう男女の深い関係には発展したことがない。だから、自分から脱ぐのは、はしたない女と見られて当然なのかもしれない。


 でも、今は罰してほしかった。罰を受けることで、昔のロスト事件の全てをひと時でも良いから、忘れさせてほしかった。


 クォーツは白衣のボタンを自分で外す。ベルトに手をかけようとすると、シュバルツの男らしいゴツゴツとした手が自分の手首を捕まえた。


「クォーツ。拙者はキミに恥をかかせたくはない」


「うん。ごめんね」


「拙者に身を委ねるといい」


 シュバルツの優しさに甘えたい。クォーツは身を任せるためにも目を閉じた。


 白衣の上からシュバルツの男らしい手の感触が伝わってくる。シュバルツの両手がシルクでも扱うかのように丁寧だ。


 ベルトの金具がはずされるのがわかる。白衣による締め付けが一気に緩んだ。クォーツはお尻を少し上げる。ベルトが一気に引き抜かれる。


 緊張で心臓がバクバクと跳ね上がる。ロスト事件による恐れが緊張で上書きされていく。シュバルツの手が自分の細い首に当たる。


「んっ!」


「す、すまん!」


 温かい。シュバルツの手が。彼も緊張している。手が震えていた。その手の震えが首筋に多大な衝撃を与えてくる。


「恥ずかしい……」


 クォーツは正直に言った。これ以上、シュバルツに触れられたくない。自分が正気でいられる自信が一気に吹き飛んだ。


(罰を与えられたいの……。決して、シュバルツとの甘いひと時を味わいたいわけじゃない。本当なの……)


 クォーツは神に懺悔した。気持ちを無理矢理に清廉へと持っていこうとする。だが、それはすぐに無駄な抵抗だということを知らされる。


 シュバルツの手が白衣の隙間を縫っていく。その感触を待ちわびている淫乱な自分がいる。


「うくっ!」


 シュバルツの手の温かさが直接、自分のお腹に伝わる。その途端、クォーツは身体全体を震わせた。


 どうあがいても、清廉な自分ではいられない。何故、こんなに愚かなのかと自分を責めてしまう。


 恥ずかしさで、この場から消えてしまいたくなる。だが、自分を逃さぬとばかりにシュバルツの手がお腹から背中へと回っていく。


 ゾクゾクとした感覚がお腹の奥から熱とともに生まれてくる。


「お願い。これ以上は耐えれない……」


 シュバルツからの返事は無い。その代わり、シュバルツの鼻息だけが聞こえてくる。とても荒々しい。


 シュバルツに求められている。それがクォーツにとって、どこまでも嬉しいのだ。


「ぐっ……」


 シュバルツがうめいた。その途端、クォーツの身体をまさぐる手が止まった。どちらも金縛りにあったかのようにそこで固まってしまう。


 ここで次のアクションが起きれば、きっと、ふたりは立ち止まれない。クォーツはいよいよもって、覚悟を決める時がきた。


「シュバルツ……」


 クォーツはシュバルツに動いてほしかった。自分はその流れに任せればいいだけだと。


(シュバルツを頼ろう)


 カイルは自分に振り向いてくれない。彼は妹がこの世で1番大事なのだ。


「シュバルツ……。お願い。私を女にして?」


 シュバルツとの関係は真実の愛とはかけ離れたものになるだろう。それでも、シュバルツが自分を求めてくれるのならば、それで良い。


 自分の覚悟は決まった。そうだというのにシュバルツが動いてくれない。


「どうしたの?」


 シュバルツは金縛りにあったかのように動かない。ならばもっと自分から積極的に頼めばいい。


「私はシュバルツでいいんだよ?」


「ならぬ! 拙者は自分を咎める! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! しずまれ、我が愚息!」


 シュバルツが九字護身法くじごしんほうの印を切る。それだけではない。空いた右手でかえでの葉1枚で隠している股間を思い切りぶん殴ったのだ。


 その勢いが良すぎたせいで、シュバルツがベッドの上から床へと転げ落ちていった。


「だ、だいじょうぶ!?」


「ぐっ! すごく……痛いです」


「本当、馬鹿なんだから」


「拙者は大馬鹿者だっ!」


 シュバルツが左手で股間を抑えている。床の上で転がっている。それでも、気丈にも右手でサムズアップしてくる。


「エリクサーはもう無いんだから、折っても治せないよ?」


「それでいい! 拙者はクォーツを抱きたいが、慰みのためにそうしたいわけではないからなっ!」


 クォーツはシュバルツの恰好がマヌケすぎて、涙が出てくる。零れ落ちてくる涙を指ですくう。


 気持ちを改める。関係を急ぎ過ぎた。ゆっくりと自分の罪をシュバルツと共有し合おうと誓う。


 それがロストした仲間たちへの弔いと信じた。


「シュバルツ。ありがとうね? 私は間違えそうになった」


「うむ! それで良い。拙者も拙者だ! クォーツと同じく底なし沼に沈むのが正解だと思いかけた!」


 シュバルツが勘違いしている。


(私はシュバルツといっしょに底なし沼に沈みたいんだよ?)


 クォーツは急がないと先ほど誓ったばかりだ。ぐっと我慢する。


「じゃあ……。今夜は添い寝だけお願いしていい?」


「おう! できる限り、善処しよう!」


 シュバルツが復活するには時間がかかりそうであった。クォーツは白衣を脱ぐ。下着姿になって、毛布を身体に軽くかける。


 身体を横にする。ベッドにシュバルツが寝れるためのスペースを作った。


(シュバルツ、我慢しなくてもいいんだよ?)


 シュバルツが頭を撫でてくれるように頭は毛布から出しておく。


◆ ◆ ◆


 しばらくすると、シュバルツの気配が動く。ベッドから軋み音がする。背中にシュバルツの熱を感じる。


 シュバルツの手が優しく、浅葱あさぎ色の髪の毛に触れてくる。くすぐったい感触を覚える。


「悪夢を見たなら、拙者がその悪夢の中へ助けにいってやろう」


 クォーツはまだ寝ていなかったが、彼には返事をしなかった。彼の優しさを静かに味わっていたいという欲がある。


(ずるいな、私……)


 昨夜は悪夢を見た。だが、今夜は自分のすぐ近くにシュバルツがいてくれる。悪夢を見る心配をしなくていい。


(甘えさせてもらうね?)


 まぶたが重い。意識がどんどん遠くなる。それでもシュバルツのゴツゴツとした手の感触を知覚できる。


(嬉しい……)


 クォーツは深い眠りに誘われる。シュバルツの温かさと優しさに包まれながら……。


 彼女が求める本当の幸せはすぐそこにあるというのに、その道のりは遥かに遠く険しい……。

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