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クォーツたちはボルドーの街に帰還した。現在の時刻は午後4時を少し回ったところだ。
今日はセントラル・センターに向かう前に、行きつけの酒場で飲んだくれているであろう人物に会いにいく。
馬鹿貴族の酒場の入り口をクォーツがくぐる。カランコロンと気持ちの良い鈴の音が鳴る。「いらっしゃいませ!」と元気よく店員が声をかけてくる。
午後4時を少し過ぎたばかりで、客はまばらであった。客の数よりも空いているテーブル席のほうがよっぽど多かった。
「何名様ですか?」
「5名です。あと、席はあそこで気持ち良さそうに飲んだくれてる女性のところで」
クォーツはテーブル席のひとつを指さす。店員は快諾し「少々お待ちください!」と告げて、クォーツの前から消えていく。
店員は椅子を持つ。指定されたテーブルに椅子を移動させる。それを3度繰り返す。
「お待たせしました! どうぞ、こちらに!」
クォーツたちは店員に案内される。そして、まだ陽が落ち切っていないのにすでに出来上がっている破戒女司祭のミサ・キックスと相席した。
「いよぉ! 配信で見ていたぜ。クォーツも災難だったな?」
「ミサ。この2人、ほんと、どうにかしてほしい」
クォーツが着席すると、その両隣りをカイルとシュバルツが陣取る。ミサは面白そうにこちらをニヤニヤと見ている。
(んもう! ミサに助けてもらおうとするのが間違いなのよね!)
クォーツは心中穏やかでは無い。自分を挟んで男たちが火花をバチバチと散らしている。
そんな状況のテーブルだというのに店員はニコニコと注文を待っている。さすがはプロだと思えてしまう。
「今日はたくさん動いたから、
「それならウーロン・ハイがいいぞ!」
クォーツの右隣りに座るシュバルツがそう助言する。クォーツは数秒ほど悩んだ。
「じゃあ、軽めのウーロン・ハイから行こうかな……」
「よしよし! 拙者もウーロン・ハイをいただこう!」
シュバルツはニンジャ・マスクをしているというのに嬉しさをにじませている。クォーツは失敗したかもと思うが、後の祭りだ。
自分の左隣に座り、シュバルツに対抗心を燃やしているカイルが黙っているわけがない。
「ふんっ! そんなことで気を引こうとは馬鹿なやつだ……。しかし、ここは馬鹿貴族の酒場……。馬鹿になったやつの勝ち……。俺もウーロン・ハイを頼む!」
クォーツはがっくりと肩を落とす。
(もう好きにして……)
◆ ◆ ◆
店員は「ウーロン・ハイ3に生チュウ2でーす!」とカウンターの奥へと注文を届ける。追加の注文は無いのかと店員がテーブルの側で待っている。
クォーツはメニュー表を手に持ち、料理の注文を
「鹿肉とじゃがいものコトコト煮シチューをお願いします」
今日はたくさん動いたので、ずっしりとお腹に溜まるものが良い。
「店員さん。拙者も同じものを」
「こいつ……。俺もシチューで!」
他のメンバーもそれぞれに注文を告げる。店員は注文を取り終えると、その場からいったん、カウンターへと向かう。
カウンターから厨房の奥へと通る声で取ってきた注文を伝えている。
ウーロン・ハイが入ったガラス製のジョッキを両腕で抱えて、テーブルに戻ってくる。それをクォーツ、カイル、シュバルツの前に置く。
もう1度、カウンターへと行き、
「ごゆっくりー!」と告げて、店員がテーブルから離れていく。
「では、シスター・フッドの修道院攻略、大成功を祝いまして……。乾杯!」
パーティのリーダーであるカイルが乾杯の音頭を取った。料理はまだだが、疲れを少しでも取るためにも先に飲み物に口をつける。
「ぷはーーー。生き返る……」
「うむ。ウーロン・ハイが五臓六腑に染みわたる……なっ」
今までいがみあっていたのが嘘かのように、シュバルツとカイルの間にあった緊張感は解きほぐされた。
二人の間に挟まれる形になっていたクォーツもようやく安堵を覚える。
◆ ◆ ◆
「ミサ、さっそくだが、良さげな刀を見つけてきたんだ」
「うん? 今すぐか?」
「ああ。鑑定眼の無い俺でも銘刀だろうという予感がひしひしとするんだ。テーブルが料理で埋まる前に頼めるか?」
ミサ・キックスがジョッキ片手に眉間に皺を寄せている。それを気にする風も無いカイルがミサに鑑定を依頼している。
クォーツはそんなに良い刀なのかと、カイルとミサのやり取りを目で追った。
「へいへい。お代はきっちりいただくよ。1000ゴリアテな」
「これで頼む」
カイルがガマ口財布から銀貨を1枚取り出す。それをミサの前に置く。ミサはその銀貨を手に取り、チュッと軽く接吻する。
「これで
ミサがジョッキに入っている残りの
ミサはあまり冒険に出ない。そんな彼女の主な収入源はアイテムの鑑定料だった。
ダンジョンで手に入れたアイテムの真の力を発揮させるには、鑑定という作業が必須だ。
――鑑定。アイテムの『真名』を知ることがスキルだ。専門職のみが神に許されている行為である。
鑑定スキル持ちはこの世界では『司祭』とよばれる職業と『武具屋の親父』のみである。
「じゃあ、この刀を鑑定してくれ」
「あいよ。おお、これは良さげな刀じゃねえか! お姉さん、濡れてきそうだわ!」
武具屋の親父に頼むと、物によっては高額な鑑定料を請求される。
そのため、鑑定料を浮かすために、それぞれのパーティが司祭と懇意にしている。
司祭側も、冒険者の足元を見て、鑑定料を請求するが、相場として一品一律1000ゴリアテ程度だ。
ゴミアイテムだった場合は司祭のほうが高くつく。冒険者はケースバイケースで武具屋の親父と司祭を上手く利用している。
冒険者、酒場待ちの司祭、武具屋の親父たちは持ちつ持たれつの関係を良好に築いていた。
「ほほう……。こりゃ銘刀だね……」
鑑定を
ミサは手にしている刀の真の姿を徐々に暴いていく。
「さあ、可愛い子ちゃん。そのベールを脱ぐんだよ~~~。お姉さんが裸にひん剥いてあげるわよ~~~」
ミサが真っ黒な鞘から刀を抜く。刀身は汚れで曇っている。
だが、ミサがその刀身を指でそっと触ると、水面に水滴が落ちたかのように破紋が広がる。
広がりを見せる清浄なる波紋が刀身の汚れをどんどん落としていく。
その美しい
「こりゃ銘刀も銘刀だな。真名は『三日月宗近』。くあぁぁぁ! 1000ゴリアテじゃ割りがあわねーよ!」
刀身の優美な太刀姿だけでもほれぼれする。それだけはない。刃の縁に沿っていくつもの三日月形の文様が浮かび上がる。
錬金術師のクォーツの目から見ても、相当の業物だということがわかる。
「キレイ……」
「だろぉ!? 武具屋の親父なら50万ゴリアテは鑑定料でもってくぞ!」
クォーツがうっとりとした表情で三日月宗近を見る。そうだというのに対照的に悔しそうにしているミサだ。
「あーあーあー。司祭やめて、鍛冶屋の親父になろうかなぁ……」
クォーツは苦笑するしかない。ミサが取り損ねたとばかりにテーブルに突っ伏している。さらには悔しそうにバンバンと手でテーブルを叩いている。
「まあいいや! 客の恨みまで買い取る武具屋の親父と比べりゃ、司祭はよっぽど気楽ってもんだ。ほら、大事にするんだぞ!」
さくっと気を取り直したミサは鞘に刀を納める。それを隣に座るカイルに手渡す。カイルは刀をじっくり鑑賞する前に、クォーツへと差し出してくる。
「クォーツ。三日月宗近に強化を頼む」
「いいの? 強化代、しっかりもらうよ? 私でもこれほどの業物だと完全サービスってわけにはいかなくなるわよ」
「ああ、かまわない。今までかなりサービスしてもらってたんだ。この際、今までの分も上乗せしてもらっていい」
「そこまでこの刀に惚れこんだってことね? わかった。責任持って、強化させてもらう」
前のパーティでは言葉通りのお荷物だった。撮影係と荷物持ちしかできない負い目があった。
それゆえに、その負い目を少しでも軽くさせようと、強化代のほとんどはクォーツ持ちだった。
だが、今は違う。クォーツはカイルとようやく対等の立場に立てた。それが嬉しくて堪らない。
「カイル。ありがとう、私を盛大に振ってくれて」
「それを今ここで持ち出さないでくれ……。俺はただ、妹がこの世で1番大切なだけなんだ。かけがえのない家族なんだ」
「うん。それはわかってる。でも、気持ちがかなり軽くなったの」
クォーツは言葉をここで一度止めた。
カイルにたくさん伝えたいことがあった。カイルと共に居れば、いつか自分は立ち直れると信じていた。いや、信じようとしていた。
今は違う。カイルはカイルで、自分は自分なのだと。どこまで行っても、二人は平行線だ。でも、それで良いんだと気づきを得た。
だからこそ、クォーツは遠慮なく言った。
「強化代はだいたい10万ゴリアテくらいかな?」
「うっ。やっぱりサービスしてもらえないか?」
「うーん、どうしようかな? 2割引きはやりすぎな気がするし……。でも、カイルに恩を着せれるしなー? 考えとくね!」