開かれた宝箱から出てきたのは刀1本、用途不明の武器が1つ、さらには防具らしきものが数点だ。
どれも鑑定前のため、正式名称はわからない。ロビンがそれらをポイポイと勢いよく空間の向こう側に投げ込んでいく。
宝箱を漁り終えたクォーツたちはいよいよ、最後の部屋へと進む。デビリッシュがいなくなったことで、視界はクリアになっていた。
クォーツたちは最後の部屋の中に進む。
部屋の中央には石の台座があった。高さにして1ミャートルほどであり、その台座の上に指輪が浮いていた。それはゆっくりと自転していた。
「指輪が浮いてる……」
「ふむ。面妖な……」
「シュバルツ、触ってみてよ」
クォーツが冗談交じりにシュバルツを促した。
「突然、天井から雷が降って来たりしてな? どわあああ!」
シュバルツは指輪へと手を伸ばした。その瞬間、見えない壁とシュバルツの指が交差した。
「びっくりしたぞ! 指が切断されたのかと勘違いするほどの衝撃が走ったぞ!」
シュバルツとしては珍しいほどに動揺していた。クォーツの目から見れば、何の仕掛けもされてない。
そして、こういう仕掛けを見破るために
「コッシローも気付かなかったの?」
「そうでやんす。決してわざと告げなかったとかそういうのじゃないですぜ」
「じゃあ、私も悪くないってことで……」
クォーツは自分のせいじゃないと願っていた。シュバルツやコッシローですら気づかないのだ。自分だって、わざと言ったわけではない。
だが、油断していたのは確かだ。
メアリーが顎に指を当てて、ロビンの方へと顔を向けた。
「どうしたものかしら」
「どうしましょう、メアリー様。自分が強引に指輪を取りましょうか?」
「よしてちょうだい。忠義心を見せる場面ではありませんことよ」
正体不明の見えないバリアが指輪の周りに張りめぐされている。
幸いなことにシュバルツの指は無事だ。ならば、強引に指輪を手に入れようとするのもあながち間違いないのだろう。
だが、メアリーはそれを良しとしなかった。
数分ほど、指輪の前で足踏みをさせられた。シュバルツとコッシローが部屋のどこかに仕掛けが無いのか探してくれている。
クォーツを始め、他の4人は手持ちぶたさであった。
「もしかして、資格が無いと、指輪に触れれない系のやつなのかしら?」
独白のようにクォーツが呟く。それを受けてカイルがそうかもしれないという顔つきになった。
特定の条件を満たした人物が触ることでバリアが解除されるという仕掛けはたまにある。
「私、ちょっと試してみる」
好奇心が猫を殺すという言葉がある。カイルとメアリーが明らかに怪訝な表情となっている。
「ほら。指輪だから、女性だとセーフとかってオチかもしれないし」
「それはそうだけど……。シュバルツ。お前の意見はどうなんだ?」
カイルがシュバルツに声をかける。シュバルツは部屋のどこかに仕掛けがあると考えていたが、それを中断した。
「うーーーむ。こうも仕掛けがわからぬとなれば、クォーツの言うとおりの条件なのだろう」
「でしょ? メアリーとロビンは回復役だから、私がまず試してみるね?」
「何かあったら、一生面倒を見てやるから、安心しろ」
重すぎるから正直やめてほしい。そんなに露骨にアピールしてこなくても良い。これは自分が一歩を踏み出すための試練なのだから。
クォーツは恐る恐る、右手を指輪に近づけていく。見守る皆がゴクリと息を飲んでいる。室内があまりにも静かすぎて、その音がクォーツの耳に届いてしまう。
緊張が緊張を呼ぶ。クォーツの右手がどんどん指輪に近くなる。だが、バリアが発生することは無い。
右手が指輪を覆いかぶさる位置まで持ってこれた。あとはこの手を握りしめるだけだ。
クォーツはここで一度、目を閉じた。深呼吸を三回する。
(大丈夫。ここからよ。かつての私を取り戻すんだ)
目を見開き、ゆっくりと右手を閉じる。指輪の固い感触が手のひらに伝わる。
何も起きないことで一同がホッと安堵した。
「ドキドキが収まらなかった」
カイルは特に安堵の表情を浮かべている。クォーツは申し訳ないという表情で答える。
「無理するんじゃないぞ」
「うん、ごめんね。でも、私はこれで一歩進めたと思える」
引っ込めたクォーツの右手の中には指輪がキラリと光っている。なんの宝石も付いていない。
クォーツは左手の指で指輪をつまむ。角度を変えて、指輪に何か仕掛けが無いかとじっくりと調べた。
「何か文字が彫ってある。私じゃ読めない」
「どれ、貸してみろ。うーーーむ。拙者にもわからぬ」
指輪の内側には文字らしきものが彫り込まれていた。指輪を受け渡しながら、その文字の解読を試みる。だが、この5人の中で誰もその文字を解読できなかった。
最後に念のため、
「わからんでやんす」
「じゃあ、精霊語でも無いわけね」
「古代人の文字じゃないですかねえ?」
結局、何が書かれているかはわからない。だが、この指輪はアビス・ゲートにたどり着くために必要なアイテムのひとつであるはずだ。
だからこそ、バリアが張られていたのだ。クォーツは試しに指輪を右手の薬指へと嵌めてみる。その時であった。指輪が突然、光線を発した。
「何!? 何がどうなったの!?」
一条の光が部屋の壁面を照らす。光はどんどん広がりを見せた。縦横ちょうど1ミャートルの正方形の光となる。
ただの石壁であったのに、光が当たった箇所に変化が起きた。光がここでない場所をクォーツたちに見せる。
「これはスクリーンですわね。ここでは無いどこかの映像を映し出していると思うわ。もっと、光の広がりを調整できませんこと?」
「そんなこと言われても! うーーーん!?」
メアリーに言われるままに、クォーツが左手の指で指輪をさすってみる。不思議なことに、クォーツが指輪を触りながら念じると光の束の収束具合が変化したのだ。
横に4ミャートル、縦に3ミャートルの横長の長方形に形を変えた。さらには画質も向上した。
これにより、スクリーンに映し出されている模様がよりはっきり見えるようになった。
「うっそうとしげる木々。でも、健全じゃない感じがする」
「そうですわね。魔物がうようよしている感じがしますわ」
指輪から発せられた光は、とある場所の映像を映し出していた。
最初は上空から森を映し出していた。次に場面が代わり、その森の中を映し出す。その森の奥には、大木に飲み込まれた建造物が映し出されている。
「これは遺跡? どこの遺跡かしら」
森自体には見覚えがある。しかし、クォーツの記憶には該当しない遺跡であった。
「ジャンゴーの森であることは間違いないのですわ。でも、あのジャンゴーの森にここまで大きな大木がありまして?」
メアリーが自分の記憶が正しいのかを、ロビンへと確認する。ロビンは静かに首を振る。
「自分にもわかりません。ただ、ジャンゴーの森であることは間違いないと思います」
「では、向かうしかありませんわね。きっと、この指輪は次のアイテムを指し示していると思うわ」
アビス・ゲートの中へ入るには3つのアイテムが必要だと言われている。そのひとつは王宮の調査で判明していた。
その情報通りに、このシスター・フッドの修道院の地下ダンジョンで、指輪を手に入れた。
そして、この指輪が次に向かうべき場所を指し示している気がしてならない。
「拙者はメアリーの勘を信じよう。どうだ? クォーツ」
「私も手掛かりを示してくれてるんだと思う。でも、この遺跡がある場所が検討もつかないってところが問題ね」
「では、メアリー。王宮の調査でこの遺跡の所在を調べてくれぬか?」
皆の視線がメアリーに集中した。メアリーは顎に手を当てて、考え込む。
「いたずらに時を費やすくらいなら、
「なるほどな……。全ての始まりはこの指輪だと推測するわけか。ならば、拙者たちが直接、ジャンゴーの森に行ったほうが早そうだ」
シュバルツが意見をまとめる。そして、最後にこのパーティのリーダーであるカイルに総括を頼んだ。クォーツの視線も自然とカイルのほうへと向く。
「俺は直接、乗り込むのが良いと思う」
「決まりだな……。さすがはカイルだ。ここぞというところでバシッと決めてくれる」
「それは嫌味か何かか?」
「いいや。リーダーをキミに任せたのだ。最終判断を下すのがリーダーの役目だ。違うか?」
カイルがくすぐったそうに耳たぶをかく。そして、リーダーならば、ここで何かを言わなければならない。クォーツを始め、皆がリーダーの言葉を待った。
「んじゃ、シスター・フッドの探索はここで終わりだ。皆、お疲れ様。ボルドーの街へ帰還しよう!」
「わかった。じゃあ、転送スリッパを出すわよね。手に入れた宝物の鑑定をしてもらいつつ、お酒を楽しみましょ!」
クォーツが待ってましたとばかりに何もない空間の向こう側に手を突っ込む。そこからピンク色のスリッパを5足取り出した。
それを順番に皆へ手渡していく。皆がスリッパに足を通す。スリッパに取り付けられた宝石をグリッと手で時計方向へと回す。
次の瞬間、クォーツたちの視界が一気に飛ぶ……。
◆ ◆ ◆
落ち着いた視界を取り戻した彼らの目には、ボルドーの街が映っていた。
(無事に帰ってこれた……)
クォーツはただただ安堵した。急に身体から力が抜けてくる。その場で尻もちをつきそうになる。だが、彼女の
クォーツはカイルとシュバルツに身体を支えられた。
「酒場につくまでが冒険だぞ」
カイルがにこやかにそう言ってくれる。
「何を言う。宿屋につくまでが冒険であろうぞ」
シュバルツが対抗心からか、カイルに食いつく。
「うるせえ。その前に娼館に寄るつもりのてめーが言うんじゃねえよ」
「ほほう? 言うではないか? 拙者は知っておるのだぞ? 昨夜はカイルさんが来てくれなかったって、メグちゃんが悲しんでいたぞ? ほっといていいのか? おーん?」
カイルがうぐっ! と言葉を濁らせた。シュバルツがニヤニヤとしているのが覆面越しにも伝わってくる。
カイルは言われっぱなしも癪に障るという雰囲気をあふれ出している。
彼らの間に挟まれる形となっているクォーツが怒声をあげた。
「もう! せっかく無事に帰ってこれたんだから、喧嘩しないでよ!」