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第23話:新たな一歩

◆ ◆ ◆


 クォーツは知らなかった。この様子をしっかりと撮影用の魔導器を通して、円形闘技場のスクリーンへと送られていることを……。


 そして、その円形闘技場では新たなオッズが立てられていることなど。


「次はシュバルツとカイルの両名によるクォーツの取り合いか……」


「二人を見ている感じ、なかなかに予想しづらいな」


「わたくしは元カレのシュバルツがリードするほうに賭けますわよ」


 円形闘技場で賭けに興じている観客にとって、デビリッシュの登場は些末なこととして扱われた。


 それよりもその後に始まった色恋沙汰のごたごたのほうがよっぽど面白い。


 世界の危機という予言者が口酸っぱく言っていることに誰も耳は傾けない。


 来るかもわからない末世に怯えるのは不健康だ。現世に生きるひとは、自分に共感が持てるものに注目する。


 そして、観客たちの注目はクォーツと二人の男に集まった。しかるべき事態に発展したといっても良いだろう……。


 3つの予想が立てられたが、観客たちの賭け金は真っ二つに割れる。


 カイル・ジェミニが妹よりも大切なひとが見つかったと言ってしまう。


 シュバルツ・バルトはやけぼっくいに火がついた状態になってしまう。


 このふたつに賭け金が収束した。


 ちなみに1番人気が無かったのはクォーツ・カプリコーンが新しい恋に踏み出すことであった。


◆ ◆ ◆


 話をクォーツたちに戻そう。


 カイルとシュバルツの喧嘩がようやく終わる。


 シュバルツはカイルにクォーツを渡してたまるかと、クォーツの左隣に立っている。カイルはカイルで意地になって、クォーツの右隣りに立っている。


(この状況、どうなっているの?)


 クォーツは苦笑するしかなかった。左隣は元カレのシュバルツ。彼とは前に組んでいたパーティで起こったロスト事件が元で、別れることになった。


 そして、右隣りにいるのは自分を振ったカイルだ。両手に華と言っていいのか、まったくわからない。


 シュバルツがガルルと犬のように唸っている。対して、カイルがキシャー! と蛇のように威嚇の声をあげている。


(メアリー、助けてほしいな……)


 クォーツがメアリーのほうへと向く。彼女はメイドのロビンと宝箱の前でしゃがみ込んでいた。つんつんと指先で宝箱をつついている。


 鑑定はメアリーの手によってとっくに終えている。しかし、肝心のシュバルツがカイルといがみ合っている。


「あのー、メアリーが宝箱を開けてほしそうよ?」


「おおう! 宝箱! 拙者、しばらく宝箱に集中する。クォーツ、けっして、キミをないがしろにしようというわけではないぞ!? 勘違いするなよ!?」


 クォーツはがっくりと肩を落とす。シュバルツと付き合いたての頃を無理矢理に記憶からほじくり返された。


 シュバルツは今でこそ、ピリピリとした雰囲気でその身を包んでいる。元々は盗賊上がりのニンジャである。盗賊職に就く者は基本的に根が明るい。


 あの明るくて、やきもち焼きのシュバルツが帰ってきて嬉しい反面、若さゆえの過ちも一緒に思い出してしまう。


(なんか、胃が痛くなってきちゃった)


 クォーツが胃のあたりを手でさする。その所作に敏感に反応した者がいた。右隣に立つカイルであった。


「どうした? 胃が痛いのか?」


「う、うん。なんかしくしくと痛い」


「それは大変だ! ロビンさん。胃薬を持ってないか?」


 カイルがクォーツに対して、過剰に反応してくる。それが余計に胃に負担をかけてくる。


 今までの塩対応はどこにいったんだよ! とツッコミを入れたくて仕方がない。


 ロビンがカイルに呼ばれて、こちらへとやってくる。水が入ったコップと紙で包まれた胃薬を渡してきてくれた。


「ありがとう、ロビン」


「いえ。心中お察しします」


 いや、わかってるなら、助けてよ! と叫びそうになる。カイルは先ほどまでと打って変わった態度を示してくる。シュバルツの鉄拳制裁がよっぽど効いたのであろう。


 しかし、それを素直に喜んでいいのか、クォーツにはわかりかねる。


(私を振ったあとで、私に気にかけてくれるようになるのって、そこはどうなの?)


 クォーツは胃薬をコップの水で胃の中に流し込む。いっしょにむしゃくしゃする感情も飲み込んでしまいたかったが、それは叶わなかった。


(なんだかなぁ……)


 クォーツを余所にシュバルツが宝箱の罠を解除し終えていた。


 カッコー! と鳥が気持ちよく鳴くような音が部屋に響く。この音から察するに、プリースト・ブラスターであることがわかる。


(プリースト・ブラスターは被害者がカイルじゃないから、ちゃんと解除したのね)


 罠の種類は罠を解除した時の音でも判別可能だ。罠の種類ごとにその解除方法もだいたい確立されている。


 熟練の冒険者と言えども、罠は解除できないが、この音で当たりかハズレかが判別できるようになってくる。


「プリースト・ブラスターごとき、ちょちょいのちょいで解除してやったわ」


「ちゃんと罠が解除できるなら、蹴っ飛ばして開けるのはやめてくれ」


「ふっ……。被害がカイル以外にも及ぶ時はちゃんとそうするさ」


「てめえ!」


 またもや喧嘩が勃発しそうになる。クォーツはいい加減にしてほしいとばかりに二人の頭をピンク色のスリッパでパンパン! と小気味よく叩く。


 このピンク色のスリッパは何もない空間の向こう側から取り出したものだ。ひとつ1万ゴリアテのアイテムだというのに、もったいない用途だ。


「喧嘩は終わり。さあ、宝箱の中を漁りなさいよ」


 クォーツはピンク色のスリッパを何もない空間の向こう側へと納める。


 まだまだ、わだかまりを残しているカイルとシュバルツであるが、視線を宝箱の中へと向けた。


 するとだ。宝箱の中から刀が1本、見つかった。カイルがほれぼれとした表情でその刀を見ている。


「どうしたの? かなりの銘刀?」


「見た感じの雰囲気ではそうなんだが……。ミサに鑑定してもらわないと、どうにもな」


「ふーーーん。じゃあ、10億ゴリアテの返済に少しは役に立つってことね?」


「え? あれは返さなくても良いって話じゃ」


「そんなこと言ったっけー?」


 意地悪なこと言っていると自覚はあった。でも、自分を振った相手に遠慮する必要はもはやどこにも無い。


 カイルが困ったという表情になる。


(もっと困ってほしいな)


 自分を振った相手に後悔してほしいという気持ちが芽生えてくる。


「ふっ。良い顔をするようになったじゃないか、クォーツ」


「そう? なんだか、ちょっと気持ちが軽くなったのかも」


「それで良い。昔のキミはもっと笑っていた」


 シュバルツが柔和な雰囲気で歓迎してくれている。なんだか照れくささを覚えてしまう。シュバルツの存在が自分を支えてくれていた。


「ありがとうね、シュバルツ」


「うん? どうした?」


「ううん。なんでもない。シュバルツも、もっと笑っていいよ」


「善処しよう」


 シュバルツは再び、宝箱の中を探り始めた。シュバルツが今のかえでの葉1枚の姿になったのは、クォーツにも原因がある。


 シュバルツはそうなってしまったのは、シュバルツ自身の問題だと片付けていた。だが、クォーツにとってはそれが枷となっている。


(シュバルツ。私は変わるね。ううん。変わるんじゃなくて、前の私に少しでも戻れるようにする。変わるのはその後だ)


 シュバルツの背中をじっと見る。今まで、感情に蓋がされていたのがはっきりと自覚できる。カイルの背中ばかり追いかけていた。


 それゆえにシュバルツの背中もカイルに負けず劣らず、たくましく見える。


 あのロスト事件をきっかけに、クォーツはシュバルツの背中に何も感じなくなってしまった。


 でも、今は違う。健気に彼は自分を支えてくれた。そして、カイルと組んだ前のパーティがピンチの時にもすぐに駆け付けてくれた。


「って、あれ? 今思い出したんだけど……。シュバルツって、私とのパーティを解散した後、何してたの?」


「それはとある任務についていた。神の背骨にちょうど用があった。クォーツのストーカーをやっていたわけではないぞ」


 クォーツは疑わしい表情を浮かべる。シュバルツがこちらを向いてこない。それがわざとかどうかは、今のシュバルツからは判別できない。


(んもう。教えてくれてもいいじゃない……)


 しかし、これでまた謎がひとつ増えてしまった。今まで、自分の内面ばかり見ていた。


(今度、じっくり教えてもらうからね?)


 クォーツの世界は広がりを見せ始めていた。

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