メアリーは天井に衝突する。メアリーが「ガハッ!」と吐血した。クォーツはメアリーの下へと駆けつけようとした。だが、デビリッシュが立ちふさがった。
「巫女よ。そなたを守る
デビリッシュは歓喜しながら、右腕を大きく振りかぶる。しかし、ロング・ソードをなかなか振り下ろしてこない。
クォーツは歯噛みする。自分たちが弄ばれていることは十分に理解していた。
(こいつ、遊んでるわね!?)
クォーツとデビリッシュの間にカイルが割り込んできた。クォーツが思っていたことが現実となる。
カイルがその一撃を防いでくれる。カイルが軽く振り向き、こちらに声をかけてくれる。
「俺は妹が1番大切だ。だが、今はクォーツの
「カイル……」
「そんな顔するな。俺も男だ。責任は取る」
「責任って。そんなの私は望んでいないわよ!」
カイルがデビリッシュに蹴っ飛ばされた。その勢いはすさまじく、カイルは壁に背中を打ち付ける。その場で片膝をつく。
「カイル!」
「こっちに来るな! 俺はまだ戦える!」
彼の
クォーツは胸が張り裂けそうになる。未だに自分のカイルへの想いが確かなものではなかった。それなのにカイルは自分の身を案じてくれている。
デビリッシュがクォーツの脇を歩いて抜けていく。クォーツはその場から一歩も動けない。デビリッシュがカイルの髪の毛を掴む。無理矢理に起こす。
「へっ。クォーツの前で散々に痛めつけようって腹積もりか」
「その通りだ。巫女の感情は蜜のように甘い。彼女の迷い、焦り、恐怖が吾輩を満たしてくれる。もう少しつきあってくれたまえ」
デビリッシュはカイルの腹に左の
しかし、デビリッシュは愉快痛快という表情を崩さない。カイルの腹を何度も殴る。その度にデビリッシュの顔に鮮血がかかる。
「やめて! それ以上は傷つけさせない! 虹の柱よ!」
クォーツは見かねて、デビリッシュに攻撃魔法を繰り出す。天井から虹色の円柱が降りてくる。
デビリッシュの足元の石畳に盛大に亀裂が走る。虹色の円柱はデビリッシュにのみ、何倍もの重力を与えた。
「ぐぬぅ! さすがは巫女だ……」
デビリッシュの額から鈍い汗が流れ落ちる。クォーツが魔力を虹色の円柱に送れば送るほど、デビリッシュにかかる重力が増していく。
ついにデビリッシュがその場で片膝をつく。そうなることでようやくカイルから手を離した。
カイルは「ゲホゲホ、ガハッ!」と盛大に血反吐をまき散らす。しかし、刀を手に取り、それを支えに立ち上がる。
身動きが取れぬデビリッシュに対して、刀の切っ先を突きつけた。勝負ありだと言いたげな雰囲気をカイルが放つ。
「くくく。褒美は何が良い?」
「この場から立ち去れ。何か有益な情報をひとつ置いてだ」
「よかろう。最初からそういう約束だったからな。神の背骨を叩き切れ。そこの巫女の力を借りてな。それは我ら悪魔族も望むところだ」
カイルがクォーツのほうへと顔を向けてくる。クォーツは思わず、カイルから視線を外してしまう。
(どんな顔でカイルと向き合えばいいかわからない)
クォーツが悩む。デビリッシュはその感情すらも美味とでも言いたげな表情を浮かべてきた。
「もうひとつだけプレゼントを置いていこう。そこの巫女は賢者の石を作り出せるだけの才能を秘めている。じっくりと育ててやるがよい。決して泣かすなよ?」
虹色の円柱が完全にデビリッシュを捕らえていた。鈍い汗を額に溢れさせながらも、奴は口角を吊り上げている。やがて、彼はその場から存在感を消していく。
◆ ◆ ◆
デビリッシュは完全にこの場から去っていた。しかし、数多くの謎を残していった。クォーツは眉間に皺を寄せていた。
(賢者の石を私が作れる? いや、そんなわけがない。私は私の持てる材料と環境を整えたうえでチャレンジしたのよ。それでも錬金事故を起こしたのに)
かつて、クォーツは賢者の石の作成を試みた。その過程において作れたのが
ひとの身でエリクサーを作り出すだけでも十分な偉業だ。だが、それはクォーツが求めた物では無い。
――賢者の石。創造主がこの世界を創る時に用いた錬金触媒だ。それだけではない。賢者の石があれば、魂の複製すらも可能だと言われている。
(私は自信がない。どこまでも臆病で、どこまでも技術力不足なの。でも、それでもカイルの役に立ちたい。カイルの妹さんを助けてあげたい)
クォーツの表情が曇る。カイルの妹を神の背骨から助け出すためには、ふたつのアイテムがいる。
カイルが求めるムラマサ。そして、そのムラマサを強化するための錬金素材が必要だ。その錬金素材にもっともふさわしいのが賢者の石となる。
(もし、さっきの奴の言葉を信じるのならば、私には賢者の石を作ることができる? いや、そもそも奴の言葉を信じる価値があるの?)
クォーツは悩みに悩んだ。しかし、ふと、自分の頭に何かが乗っている感触を覚える。クォーツはゆっくりと顔をあげる。
視線の先には脂汗で顔を濡らしたカイルの顔があった。
カイルがクォーツの頭を撫でてくれている。先ほどの戦いでクォーツが被っているフードはめくり上がっていた。
それゆえにカイルの大きな手が直接、クォーツの
「そんな暗い顔をするなって。俺だって無茶なことをしようとしてるんだ」
「カイル……。私は賢者の石を作れる自信がないよ……」
「いいじゃないか。希望があるだけマシってもんだ。俺は一縷の可能性を信じたい。いや、信じさせてほしいんだ」
カイルの手が髪の毛から耳へと移動する。その途端、クォーツの耳が一気に熱を帯びる。クォーツはいたたまれない気持ちになった。
「カイルが1番に大切にしてるのは妹さんだよ……」
「わかってる。でも、俺にクォーツを守らせてくれ」
「ひどいよ。私は最初から叶わぬ恋に焦がれ続けなきゃいけない」
「本当に俺はひどい男だ。クォーツの純情を弄んでいるんだろう。だから、せめて、俺にクォーツを守らせてくれ」
クォーツはボロボロと涙を流す。自分のカイルへの想いが果たして、本当に恋からくるものなのかはわかっていない。
この感情が恋だと気づく前なのに、恋愛感情には発展しないときっぱりとカイルが告げてくる。
カイルの手がさらに移動する。今度はクォーツの左目付近にだ。涙を受け止めてくれている。
クォーツは余計に涙が溢れてくる。止めようとしても、どんどんと気持ちが昂ってくる。
気持ちがそのまま瞳から零れていく。自分はこのまま涙と共に悲しみの湖に沈みたくなってしまう。
「この大馬鹿野郎がっ!」
突然、カイルの手がクォーツの顔から離れる。クォーツは「えっ?」と驚きの表情となった。カイルが壁へと叩きつけられた、シュバルツの蹴りで。
「何故にクォーツを泣かした! 拙者がどういう思いでクォーツを預けたと思っているのだ!」
シュバルツがカイルに馬乗りになる。左手でカイルを無理やりに起こす。右手でカイルの顔を殴る。
「仕方ないだろ! 俺はどうやっても妹のことが1番に考えちまうんだ!」
「そこを乗り越えてこそだろうが!」
「じゃあ、元カレのあんたがクォーツを慰めてやれよ!」
「それが出来るのならば、とうにやっておるわ! この馬鹿野郎が!」
カイルは馬乗りにされている状態からシュバルツを殴り返していた。シュバルツはそれにわざわざ付き合って、取っ組み合いに発展していた。
置いてきぼりとなっているクォーツはどうすればいいのかとおろおろと慌てふためく。
そんなクォーツの肩にメアリーが手を置いてくる。落ち着きなさいとその手から伝わってくる。
「うらやましいわ。あなたのために馬鹿が2人、殴り合っていますわよ」
「わ、私は……。そんなの……。望んでない」
「あら?
「それはメアリーだからこそよ」
「もっとわがままになりなさい、クォーツ。
メアリーが柔和な笑みでクォーツを見つめる。クォーツは目尻を指でこする。無理矢理にでも失恋の涙を止めようとした。