3体の凶悪なバニーのお姉さんをなんとか倒したクォーツたちであった。
しかし、魔物を退治したというのに肝心の宝箱が出現していなかった。
「なんで? 敵はまだいるの!?」
「落ち着きなさい、クォーツ。
メアリーはすぐにシュバルツの治療に当たっていた。彼女の両手が白いオーラに包まれる。それをシュバルツの剥き出しの腹に当てている。
戦闘が終わっていない以上、メイドのロビンは治療に参加できない。これがこの世界のルールだ。
「わかったわ。カイル、私の援護に合わせてほしい」
「了解した。クォーツこそ、無理するんじゃないぞ」
カイルがクォーツに目配せしてくる。クォーツが首肯する。ふたりそろって冷気が未だに噴き出している次の部屋へと目を向けた。
白いもやがかかる向こう側には新たなシルエットが浮かび上がる。その黒い影がゆっくりとこちらの部屋へとやってくる。
クォーツは思わず息を飲んだ。そいつの姿はデビリッシュとひと目でわかる顔つきであった。
――デビリッシュ。悪魔と契約したヒューマン。耳は牡羊の角のような形。顔つきは鋭い。さらには額から鬼の角が生えている。
そいつの肌は汚れた紫色であった。鋭い目つきでこちらを睨んでくる。かの瞳はこの世界の全てを憎んでいるかのように怒りで濁っている。
さらには他者を圧倒するかのような黒を基調とした
その鎧にはかの者の位階の高さを象徴するかのように金色の模様が施されていた。
「アビス・ゲートから見物がてらにやってきたのだが……」
かの者の言葉を聞き逃さなかった。ここにいる誰しもが。
「あなたは誰なの? 何の用できたわけ!?」
クォーツは動揺を隠せぬままにかの者を質問責めにした。しかし、クォーツの言葉を介さぬままにデビリッシュが言葉を繋げる。
「期待外れも甚だしい。なんだこれは……つまらぬ!」
デビリッシュが最後の言葉を放った瞬間、その身から多量の冷気を発した。クォーツは思わず、両腕で顔を隠す。両腕の隙間から骨まで凍りそうな冷気が吹き抜けていく。
それだけで根こそぎ体力を持っていかれそうになる。治療を受けているシュバルツが「うぐあぁ!」と叫び声をあげた。
「シュバルツ! ちょっと、シュバルツに何かあったら、許さないんだから!」
デビリッシュの眉がぴくりと反応する。さらには視線をクォーツへと向けてきた。クォーツはいきなり注目を浴びたことで、後ずさりしてしまう。
「ほう? その男が大事なのか?」
クォーツが仲間のことで文句をつけた瞬間、ことさらに彼女を注視してくる。
デビリッシュが目を細めている。そして、クォーツと地に伏しているシュバルツを交互に見てくる。
クォーツは呼吸が浅くなる。胸に圧迫感を感じる。歯がゆさを覚える。何か言いたげな瞳をしている奴にきつい一言を浴びせたい。
「私とシュバルツの仲は今どうでもいいでしょ!」
「もっと吾輩に感情をぶつけるがよい。貴様たちの感情は非常に美味だ」
「何を言いたいわけ!?」
「聞いたことがあるはずだ、くそったれの神の創造物たちよ。悪魔の好物はヒトの感情だと」
クォーツはハッとさせられる。伝承通りであれば、悪魔はヒトの感情を食べる。目の前のデビリッシュがそう言うのであれば、それが正しい気がしてたまらない。
悪魔から見れば、ヒトなぞ、地上を這いまわる虫のようにしか見えないのだろう。だが、それでも、ヒトの感情は別だと、そう感じ取る。
ならばと、クォーツは感情を露わにして、デビリッシュの関心を買うことにした。
「私はそこで治療を受けている裸のニンジャの元カノよ! 元カノだけど、一応は心配してあげてるわけっ!」
「ほほう。やけぼっくりに火がついたというやつか?」
「そ、そうよ! 私をかばって大けがをしたの! いくら、昔のことって言っても邪険に扱うのはしのびないっていうか……」
デビリッシュの口角があがっている。注目を浴びるのには成功した。しかし、カイルを横にしながら、元カレとの関係をこれ以上、口にしたくない。
もうロストした関係なのだ。なのに、シュバルツがそれを忘れたかのようにクォーツの身を案じてくれた。
感情が歪みそうになる。こちらが困り顔になればなるほど、対照的にデビリッシュの顔には愉悦が広がっていく。
「ふむ。ごちそうさまと言わせてもらおうか」
「満足した? じゃあ、帰ってもらっていい?」
「まあ、慌てるな。世界を楽園に変える巫女よ」
「はぁ!? それってどういうこと!?」
デビリッシュが口を滑らせてしまったという顔つきになる。その表情をクォーツは見逃さなかった。
かの者はごまかすように顎を右手でさすっている。奴は今、戦う雰囲気を漂わせてはいない。聞き出せる情報は出来る限り、搾り取ろうとした。
「意味深なワードが出たわね。あなたは私に用があるの?」
「用と言うほどでは無い。面白そうだから、味見をしにきたのだ」
目の前のデビリッシュは値踏みでもするかのようにじっとりとクォーツを見てくる。クォーツは針のむしろに立たされている気分になる。
機嫌を損ねれば、確実に襲ってくる。そんな予感をひしひしと感じる。クォーツは出来るだけ、言葉を選ぶ。
「巫女ってのが気になるわ。聞いてもいい?」
「ふむ。それくらいはしゃべってやってもいいだろう。
「それって……。あなたと戦えと言うこと?」
「理由もなくしゃべるわけにはいかぬのだよ、神の創造物よ。無理に吐かされたという口実が必要だ」
デビリッシュがそう告げるや否や、左手に持っていた鞘からロング・ソードを抜き出す。その刃は悪魔を象徴するように真っ黒であった。
鞘から抜いた途端、刃の先端はVの字に内側へと折れ曲がる。まるで、その部分で魂を刈り取る形だ。かの者の存在をさらに不気味に装飾していた。
「さあ、かかってこい、巫女よ。そして、巫女の
「言われなくてもやってやるわ!」
クォーツは早口で詠唱を終える。彼女の右腕には電流が纏わりつく。
「麻痺の雷竜よ! 目の前の敵を縛りあげなさい!」
クォーツは鞭を振るうように電流を飛ばす。電流の鞭がデビリッシュの右腕を捕らえる。しかし、それをまったく介さず、デビリッシュが大きく右腕を振り上げた。
「効くわけないわよねっ!」
「その通りだっ!」
デビリッシュがわざわざゆっくりと右腕を振り下ろす。それに追従して、禍々しい形のロング・ソードが振り下ろされた。
鋼と鋼がぶつかり合う音がこの部屋に響き渡る。カイルがクォーツとデビリッシュの間に割って入ってきた。刀を斜めに構えて、デビリッシュの一撃を防ぐ。
デビリッシュはその瞳に歓喜の色を宿す。一撃、また一撃とおおざっぱにロング・ソードを振り下ろす。そのたびにカイルが一歩づつ下がっていく。
クォーツはカイルを援護するために、新しい魔法を唱えた。彼女の両手に赤錆色のオーラが纏わりつく。
「アッシド・ブレス!」
酸のブレスがデビリッシュに襲い掛かる。だが、酸のブレスはデビリッシュの身を焼くことは無かった。
デビリッシュの左手が黒い光を放った。次の瞬間にはかの者の左手は黒を基調とした盾を持つ。
その黒い盾から黒いオーラが放たれた。酸のブレスを弾く。さらにその黒い圧をクォーツへと放つ。黒いオーラが塊となって、クォーツに襲い掛かる。
クォーツはその場で固まってしまう。だが、パーティの盾とも言える人物が、その間に割って入る。
メアリーが白い盾を構えていた。白い盾をさらに輝かせるようにまばゆい光が発生する。
「
「ありがとう、メアリー、助かったわ!」
デビリッシュが黒い悪魔なら、メアリーは白の
デビリッシュの口角がさらにあがる。黒い盾を消してしまう。デビリッシュがぶつぶつと何かを呟く。
その呟きが終わった瞬間、空いた左手から黒いオーラが円柱となって放たれる。メアリーは目を皿のようにする。
手に持つ白い盾に体重を乗せた。黒い円柱を防ぎきろうとした。できるなら押し返してやろうという顔つきであった。
だが、メアリーの顔は一瞬で強張る。彼女の抵抗は空しく終わる。力の差は歴然であった。
黒い円柱の勢いそのままにメアリーは部屋の壁へと打ち付けられることになる。
メアリーはロード・マスターだ。神聖特化の彼女は悪魔がもっとも嫌がるはずの存在なのにだ。
しかし、そのメアリーが赤子のように扱われている。黒い円柱の先が大きな手に変わる。メアリーの身体を鷲掴みにする。さらにはメアリーを天井へとぶん投げた……。