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第20話:バニーのお姉さん

――バニーのお姉さん。別名、首狩り族と呼ばれている魔物だ。


 レオタードからこぼれそうなほどの大きなおっぱいで冒険者の油断を誘う。手に生える鋭い刃で呆けた冒険者の首を斬り落とす。


 ニンジャも真っ青な魔物であった。凶悪な魔物がクォーツたちの前に3体も現れた。


 だが、バニーのお姉さんたちが動く前に、クォーツが先に動いた。


「麻痺の雷竜! 魔物を捕らえなさい!」


 詠唱を終えたクォーツの右腕には電流が纏わりつく。その電流を鞭にして、バニーのお姉さんの1体を横殴りに叩きつけた。


 しかし、バニーのお姉さんの体術はクォーツの予想を遥かに越えた。なんと、魔法を蹴り飛ばしたのだ。


 これにはクォーツも驚きを隠せなかった。黒い網タイツに赤いレオタードという薄着であるのに、魔法耐性が驚くほどに高かった。


(麻痺は効かない。ならば、この魔法なら!)


 クォーツはすぐさま切り替える。早口で詠唱をおこない、次の魔法を発動させた。


「スピード・ダウンよ!」


 今度はクォーツの両手に電流が纏わりついた。クォーツは石畳みを両手で叩く。それと同時に電流が石畳に伝播する。クォーツを中心に扇状に電流が走る。


 その電流がバニーのお姉さんの赤いヒールに纏わりつく。さらには網タイツを伝線させながら、バニーのお姉さんの下半身を駆け上る。


 バニーのお姉さんの顔は蕩けていた。気持ちいい刺激をもらえたとでも言いたげであった。


 うっとりとした表情のまま、クォーツの前に展開しているカイルたちへと接近してくる。首くらい簡単に刎ねる爪をカチカチ鳴らしながらだ。


 カイルたちが身構える。じりじりと魔物たちとの距離が縮まっていく。クォーツは有効打になりうる魔法を考えながら、カイルたちを見守った。


 バニーのお姉さんが動いた。それに合わせて、カイルが時計周りに刀を回す。カイルの目の前に満月が浮かび上がる。クォーツの目にはそう映った。


 カイルが刀を上段に構えた。その満月が縦に真っ二つに割れる。刀が石畳に触れるか否やの位置で止まる。


 カイルに斬りつけられたバニーが両腕をクロスさせた。刀と爪がぶつかり合い、火花を散らす。


 金属と金属が鋭い音色を立てた。衝撃でバニーが部屋の石壁へと勢いよく叩きつけられた。


「カイル! 首が!」


「かすり傷だ! クォーツの魔法がしっかりと効いている!」


 カイルの首筋にはうっすらと赤い3本線が出来ていた。皮一枚を鋭い爪で引き裂かれていたのだ。


 クォーツの背中にはゾゾッと怖気が走った。嫌な汗が一気に噴き出る。


 もし、スピード・ダウンが効いていなかったら、カイルはもっと深い傷を負わされていたことは明白であった。


 残り2体のバニーが一斉にカイルへと襲い掛かる。シュバルツやメアリーを無視してだ。まずは確実にひとりを倒すという戦術を取ってきた。


「カイルをやらせはしない! 虹の柱よ! バニーを穿て!」


 部屋の天井から虹色の円柱が降りてくる。それがバニーの1体を包み込む。バニーは円柱に捕らわれ、そこで足踏みしてしまう。


 しかし、1体はカイルの下へとたどり着く。カイルの刀とバニーの爪が交差する。次の瞬間、カイルの首筋から赤い鮮血が噴き出る。


 カイルの表情が歪む。刀から手を離し、首に手を当てる。バニーは嬉しそうに飛び跳ねる。1歩づつゆっくりとカイルが後退していく。


「大丈夫か、カイル!」


「頸動脈をやられた……。すまない、傷を癒すことに専念する」


 シュバルツがカイルの状態を把握した。飛び跳ねるバニーへと肉薄する。バニーは一度、ぺろりと赤く染まった爪を舐める。


 これ以上、カイルに集中攻撃をされてはならないと皆が悟る。バニーたちがカイルを狙っていることは明白だ。


 カイルは腰袋から軟膏を取り出した。それをおおざっぱに首へとこすりつけていた。そのカイルを守るようにシュバルツとメアリーがバニーたちと相対する。


 しかし、シュバルツたちは目を回すことになる。バニーたちが8畳間の部屋を縦横無尽に跳ね回ったのだ。先ほど、壁にぶつけられたバニーも参戦している。


 石壁をハイヒールで蹴る。勢いを増して、天井へと張り付く。そうしたかと思った瞬間にはその天井を蹴り飛ばしている。そして、着地するや否や、真横へと飛び跳ねた。


 三位一体の動きとはまさにバニーたちにふさわしい。クォーツのスピード・ダウンを喰らっているのに、目で追うのがやっとの状態だ。


「クォーツ!」


「えっ!?」


 シュバルツはすでに目で追っていなかった。肌で敏感に気配を察知していた。バニーたちの動きを。バニーたちが次に狙う人物を。それがクォーツであることを。


 クォーツの瞳にはバニーたちの鋭い爪が映った。10本以上の刃が一斉にクォーツへと迫っていた。だが、バニーたちの爪はクォーツには届かなかった。


「シュバルツ、なんで!」


「身体が勝手に動いた。無事か?」


「無事も何も! なんで、私をかばったの!」


 クォーツの目には大きな背中が見えた。その背中から3本の爪が突き出ていた。


 真っ赤に染まる爪と大量に流れる血。クォーツは呼吸が急に浅くなるのを感じる。シュバルツがクォーツの盾となったのだ。


「クォーツをやらせはせんぞぉ! ぐはぁぁぁ!」


 シュバルツが盛大に口から吐血する。クォーツに危険が及ばぬようにと筋肉でバニーたちの爪を締めあげた。


 バニーたちは筋肉に捕らわれた爪を抜こうとする。ぐりぐりと手をねじることで爪を動かそうとする。それにより、シュバルツの傷口が広がる。さらに血が流れ出る。


 鮮血が飛び散る。彼の血が青ざめたクォーツの顔にビシャビシャと音を立てて降り注がれる。


「やだ……。私の代わりになろうとしないで!」


「安心しろ。拙者は死なぬ……。金剛の術!」


 ニンジャ・マスクの奥にあるシュバルツの目が光る。シュバルツが忍術で自分の筋肉を鋼の固さに変えた。筋肉とバニーの爪が同時に悲鳴をあげる。


 固くなった筋肉の鎧と鋭い金属が軋みを上げる。シュバルツの背中から噴き出る血の量が一気に減る。


「拙者はシュバルツ! 仲間をもうやらせはせんっ!」


 シュバルツはさらに忍術力を高めた。彼の身体から黄金こがね色の光が溢れでる。その身にバニーの爪が刺さったままだというのに、上半身の筋肉をこれでもかと固めあげた。


 バニーの顔は明らかに動揺していた。獲物を前に舌なめずりするという余裕は吹き飛んでいた。必死な形相でシュバルツから爪を引き抜こうとしていた。


 シュバルツは左手でバニーの右腕を掴む。力いっぱいに握り込む。さらに空いた右手で九字護身法くじごしんほうの印を結ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 金縛りの術!」


「うががががが!」


「今だ、カイル!」


 シュバルツは口の周りを真っ赤に染めながらも、カイルを呼んだ。カイルはシュバルツの声に応える。


「示現流……。一の太刀!」


 カイルが身動きとれぬバニーへ刀を叩きつける。バニーの身体が斜めに斬り裂かれる。それを見ていた他のバニー2体が一斉にカイルへと襲い掛かる。


 カイルはその場で身体を半回転させる。


「示現流……。返しの太刀!」


 カキーーーンッ! という金属が寸断される音が響く。バニーの3本の爪が天井へと飛ぶ。刃が3連続で刺さった。ガスガスガス! と音が鳴る。


「示現流……。ツバメ返し!」


 カイルはそこで動きを止めない。2連撃を終えたばかりだというのに、流れる水のように身体を動かした。


 カイルの黒金剛石ブラック・ダイヤのような輝きを放つ長い髪が身体に連動する。黒い一陣の風が吹く。白刃がその風すらも切り裂く。


 バニーの上半身が宙を舞う。鮮血と内臓が散らばる。バニーの腹が横薙ぎに両断された。


 残るバニーはあと1体となっていた。それでもひとりは道連れにしてやろうという意思をその身に宿していた。


「ギギギ! キエエエエエ!」


 その場から後ろへと跳躍する。壁を蹴る。天井へと飛び上がる。その身をひねらせる。天井に両足を添える。そして、赤いヒールでその天井を蹴っ飛ばす。


 執拗にクォーツを狙ってくる。クォーツは負けてなるものかと両手をバニーへと向けた。だが、今度は違う背中がクォーツの視界を防いだ。


「無理なさらずに。わらわがあなたを守りますわよ」


「メアリー、あなたまで!?」


「大丈夫ですわ。裸のニンジャと違いますの」


 メアリーが盾を構え、クォーツとバニーの間に割って入る。


「メアリー、ごめんなさい! 虹の柱よ、穿て!」


 クォーツはメアリーの背中に鎧の上から手を添える。発動しようとしていた魔法をメアリーにぶち当てる。


 虹色の円柱がクォーツの手から放たれる。それがメアリーを勢いよく押し出す。


 メアリーが浮力と推進力を同時に得る。ロケットのように打ち出される。彼女が構えた盾と天井がバニーを挟み撃ちにする。


バニーの身体から骨が何本も折れる音が鳴り響く。ぼきぼき、べきっ! と耳を塞ぎたくなるような音が8畳間に響き渡る。


 それでもクォーツの魔法は止まらない。ゴリゴリとバニーを押しつぶしていく。


「ぶべぼあああ!」


 メアリーの顔はバニーの口から吐き出された血で真っ赤に染め上がる……。

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