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第19話:サムライの背中

 鉄製の扉を開けるたびに魔物が待ち構えていた。


 クォーツたちは力を合わせ、魔物たちを撃退した。宝箱を蹴り飛ばして開ける。カイルが罠の被害を喰らう。それを6度繰り返した。


 同じような8畳間の部屋が続く。


「そろそろ、この階層の中心部よね?」


「うむ。あと1~2部屋といったところであろう」


 クォーツとシュバルツがロビンが手にしている地図を見る。シュバルツの予想通り、連なる部屋が中心に向かって渦を作っている。


 クォーツがちらりと次の部屋に続く扉を見る。相変わらず鉄製の扉だ。変り映えのしない風景が続いてきた。


 だが、それもここで終わりだと思えた。


「私にも魔物の気配がわかるわ。この扉の向こうにこのダンジョンのボスがいる……と思う」


 扉の隙間から、冷たい空気がこちら側に流れ込んできていた。その冷気がクォーツの足に触れる。彼女はじりじりとあとずさりした。


「そんなに恐れることはない。拙者たちがいるのだ」


 クォーツの隣に立つシュバルツが右手の親指で後ろを指し示す。クォーツたちの後ろにはフラッシュの罠で目を回しているカイルがいた。


 彼は今、石畳みの上で大の字になっている。放っておいても1分後くらいには起き上がるであろう。


 彼の脇には膝を曲げたメアリーがいる。彼女はカイルの脇腹をつんつんと指でつついている。そのたびにカイルがビクン! と身体を震わせていた。


 彼女の表情はうっとりとしていた。


(いいなー。私もカイルにいたずらしたい)


 いやダメだとばかりに首を振る。そんなキャラじゃない。あれは自由奔放でありながらも優雅さと気品を兼ね備えているメアリーだからこそ、出来ることだ。


(シュバルツならつま先で蹴りを入れるよね。じゃあ、私ならどうするのがいいんだろう? 薬品をかける? うーん。違う気がする……)


 カイルは男前だというのに、シュバルツとメアリーのおもちゃとなっていた。宝箱の罠にひっかかるたびにカイルは今まで見せたことをない反応をする。


 クォーツは「ひぃ!」と可愛らしい悲鳴をあげるだけだ。だが、カイルは違う。大道芸人のように大げさに飛び跳ねてみせる。


 そのたびにシュバルツとメアリーが満足そうにニッコリと微笑んでいる。そして、その様子をメモ帳に走り書きしているロビン。


(きっと、円形闘技場ではカイルの滑稽な様子で盛り上がっているでしょうね)


 パーティの様子はロビンが手に持つ撮影用の魔導器によって、逐一、円形闘技場のスクリーンに送られている。カイルが石畳の上で目を回している姿もばっちり送られている。


(もしかして、カイルがどんな風に驚くのかも賭けの対象になってたり?)


◆ ◆ ◆


 しかしながら、クォーツは知らなかった。ロビンがクォーツが主役になるようにパーティの撮影をしていることなど。


 カイルがシュバルツたちのおもちゃにされている一方、円形闘技場ではクォーツが観客たちの目を楽しませていた。


 王都にある円形闘技場では、クォーツがカイルにどう反応するかにオッズが展開されていた……。


「うーん。今回は、カイルに大丈夫!? って健気に駆けつけると思ったのだが」


「安定の『ひぃ!』でしたなっ」


「もっとこう、こちらがむずがゆくなるような青春をしてほしいのぉ……」


「周りは何をしているのだ。もっとカイルとクォーツがひっつくように演出せぬか!」


 円形闘技場のスクリーンに映し出されたクォーツの反応に一喜一憂する観客たちであった。


 クォーツの情報は観客たちに共有されている。恋ごころに似た感情をクォーツがカイルに抱いていることは観客たちにも周知されている。


 それゆえに、クォーツがカイルに対して、どういう行動を取るのかに観客は注目した。


 そもそも、クォーツたちのメンバーはニンジャ・マスター、ロード・マスター、錬金術師マスター、そしてサムライのカイルだ。


 よっぽどの魔物でなければ、クォーツたちを全滅に追い込むことなど無いと言えた。


「さて、次の賭けはクォーツがそれとなくカイルに身を寄せる。大胆にカイルに抱き着く。ハプニング・イベントでカイルが引っぱたかれる……ですか」


「私はそれとなくに賭けますわ」


「ふむ。ここは穴狙いでハプニング・イベントに賭けよう」


 観客たちは各々、好き勝手にクォーツの未来における行動を予想していた……。


◆ ◆ ◆


 話をクォーツたちに戻そう。正常な状態に戻ったカイルにシュバルツが手を差し伸べる。カイルが苦々しい表情になっている。


 しかしシュバルツはそんなカイルを無視している。カイルが「チッ!」と舌打ちする。手を借りて、その場から立ち上がる。シュバルツがカイルに肩を寄せた。


「良い画が撮れていると思ってくれ」


「わかってるよ。俺の無様な姿が収入に繋がるってのはな。俺はクォーツに10億ゴリアテの借金があるんだ」


 クォーツは気にしなくていいのにと思ってしまう。カイルに負い目を与えるためにやったことではなかった。


「うむ。その通りだ! しっかり観客たちの道化師ピエロになってくれたまえ」


「ああ。ついでにトラウマも克服してみせるさ」


 カイルのたくましさに鼓動が高鳴ってしまう。その心音が聞こえぬようにと注意を払っているというのに、カイルがクォーツの隣に歩いてきた。


(もう! カイル、わざとやってる!?)


 カイルがクォーツの肩に軽く手を乗せる。その後、何も言わずにクォーツの前へと進みでた。


 カイルの背中は大きく見える。流れる黒髪が美しい。1枚絵として、部屋に飾っておきたくなる。


 そんなカイルの隣に気品あふれるエルフの少女が並び立つ。とても16歳の少女が放つオーラではない。


 カイルとメアリーは2人でひとつという雰囲気を醸し出している。


(うーーー。カイルの役に立ちたいな……)


 クォーツは嫉妬心を覚えた。それを自覚したのか、クォーツは頭を左右に強く振る。邪念だと思えた。


 今、メアリーへの嫉妬心はいらない。それよりもまずはパーティに貢献すること。それが1番大事だと、こころに念じた。


「カイルも復活した。よし、扉を開けるぞ」


 冷気が漏れ出す鉄製の扉のノブにシュバルツが手をかける。次の瞬間、シュバルツがその扉から思い切り、距離を開けた。


 クォーツは思わず、身体を強張らせた。シュバルツは感覚を研ぎ澄ませるためにかえでの葉1枚の姿だ。


 その彼が危険を察知した。扉から3ミャートルも距離を開けなければいけないほどに警戒心を強めたのだ。


「なに!? かなりヤバイのが待ち構えているってこと!?」


「ああ! 各々、気を引き締めろっ! くるぞ!」


 シュバルツはすでに身構えている。カイルが腰に佩いた刀を鞘から抜く。メアリーが左手に盾を構える。


 緊張がパーティに走る。それと同時に勝手に扉が開く。大量の冷気が向こう側からこちらに流れ込んでくる。


 クォーツは眉間に皺を寄せた。濃厚な白いもやが開いたドアの向こう側に見える。そのもやの向こう側に黒いシルエットが見えた。


「何がやってくるの?」


「わからぬ! 相手の出方を待つしかあるまい!」


 戦闘の主導権は向こうの部屋にいる魔物に握られていた。正体不明の相手にこちらから突っ込むことは自殺行為だ。


 黒いシルエットの目の部分が赤い光を放つ。白いもやの中からじっくりとクォーツたちを見定めている。


 奴の視線がクォーツたちに刺さる。クォーツたちが一歩、後ずさりした。それと同時に白いもやの向こう側から魔物が飛び出してくる。


 クォーツは驚きのあまり、目が丸くなった。


「バニーのお姉さんが3体も!?」


「くっ! 皆、首を守れ! 持っていかれるぞ!」


 バニーのお姉さんは黒タイツに赤いヒールを履いていた。上半身は赤いレオタード。


 手にはふかふかの獣の手を模した手袋を着けている。さらにはうさ耳が頭頂部から生えている。


 そんな愛くるしさとは対照的に、ふかふかの手袋からは鋭すぎる刃が3本、飛び出していた。


 バニーのお姉さんが赤い舌でベロリとその刃を舐める。勢いに飲まれたクォーツたちがさらに一歩、後退する。


 死の恐怖がクォーツのこころを支配する。一手間違えれば、首を飛ばされる。怖気がクォーツのこころを握りつぶしていく……。


 だが、あまりの恐怖が逆にクォーツのこころを麻痺させた。クォーツはこの時、頭の中がとてつもなくクリアになっていた。


 バニーの動きのひとつひとつがクォーツの目にはっきりと見えた……。

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