「さてと……。オーク・リーダーだけ残ったのだが、皆どうする?」
「ひとおもいに
「優雅にタコ殴りがよろしいかと」
「酸でじっくり煮る」
クォーツは自分で言ってることが物騒だとわかっていても、口を止められなかった。オーク・リーダーは石畳に地面をこすりつけて、慈悲を乞うている真っ最中だ。
慈悲を与えるとなれば、シュバルツの提案が正しい。だが、感情としてはメアリーに同意したい。
いくらなんでも酸でじっくり煮るというクォーツの発言は彼女自身もやりすぎだと自覚があった。
結局、いたずらに命をもてあそぶなというカイルの意見により、シュバルツの案が採用される。
「ありがたきシアワセ!」
「ふんっ!」
シュバルツの右手が光の曲線を産み出す。音も無く、オーク・リーダーの
カイルはサムライらしく、オーク・リーダーの遺体に合掌した。それにつられるようにクォーツたちも手を合わせた。
(思うことはあるけど、戦いが終われば別よね)
クォーツはオークたちに辱めを受けた。しかし、オークたちはその罪を死で償った。いくら魔物相手といえども、そのラインを越えてはいけないとカイルが再認識させてくれる。
「さてと……。魔物を討伐したらお宝箱タイムだが……」
カイルがシュバルツをジト目で見ている。クォーツはつい噴き出しそうになる。
「わかってると思うが、ちゃんと罠を解除してくれよ?」
「うむ。なるべくそうしよう」
本当にわかっているのか? という表情がありありとカイルの顔に映っている。クォーツは可笑しくてしょうがない。だが、笑い声を出さないように必死に抑えた。
「シュバルツさん。罠はメイジ・ブラスターですわ。被害はカイルのみが受けましてよ」
「おお、そうか。ならば蹴っ飛ばして開けて良いな!」
「てめー! ひとの話を聞いてなかったのか!?」
――メイジ・ブラスター。黒魔法を使うことができる職業だけが被害を喰らう罠だ。
クォーツたちの中で黒魔法を使えるのはサムライのカイルだけだ。だから、被害はカイルひとりで済む。
この罠はそれほど恐れるものではない。魔力が1割程度、没収される。もしくは麻痺を喰らう程度だ。
「ちょっと待て! 蹴っ飛ばそうとするんじゃねえよ!」
「何故、止める!? ここにはメイドもいるのだぞ!?」
「テレポートの罠でトラウマになってんだよ!」
「だからこそ、それを克服する良い機会だと思わないのか!」
シュバルツの発言になるほどと納得するクォーツとメアリーだった。カイルは自分の味方がいないのかという表情になる。
「いや、お嬢様方? そんな顔されても?」
「決まったな……。どりゃあああ!」
カイルがシュバルツを静止する前に、彼はおもいっきり宝箱を蹴っ飛ばす。
「うがあああ! シュバルツ、この野郎!」
無理やり開かれた宝箱の蓋の裏側には宝石が取り付けられていた。そこから稲妻が飛び出す。
見事、カイルにだけそれが当たる。カイルは立ったまま、ガクガクブルブルと身体を震わせる。
メアリーがその場で動けなくなっているカイルの側に立つ。右手をカイルの脇腹へと当てる。詠唱を開始すると、彼女の右手がほんのりと光り出す。
「麻痺解除ですわ!」
メアリーの回復魔法によって、カイルは麻痺状態から解き放たれる。カイルはぜえぜえと荒い呼吸を繰り返している。クォーツはカイルの下へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「ああ、今すぐにでもシュバルツをぶん殴りたいくらいには大丈夫……だ!」
クォーツは苦笑してしまう。カイルが苦々しい表情になっている。カイルに申し訳ないのだが、この一連の流れが鉄板すぎる。クォーツは苦笑でなんとかごまかした。
カイルとクォーツを置いて、他の3人はさっそく宝箱の中身を調べていた。カイルがあいつら! という視線を飛ばしている。クォーツはどうどう……とカイルを宥める。
「ふむ。よくわからない防具が数点。あとは布? これも防具か?」
「
シュバルツとメアリーが解を求めようと、ロビンのほうへ顔を向ける。だが、そのロビンも首を左右に振るのみだ。
街に戻った時に司祭に鑑定してもらおうということで決着をつける。
ロビンは手渡されたお宝を空間の向こう側へとポイポイと投げ入れていく。
(ロビンさんってメイドの割りにはお宝をぞんざいに扱うわよね)
クォーツの視線に気づいたのか、ロビンが手で眼鏡を直す。眼鏡のレンズがキラリと光った。クォーツは思わず、後ずさりする。
「片付けの基本です。鑑定前の物をこちらで選別できない以上、ささっとまとめてしまうのが良いかと。お掃除でもそうです。思い悩む暇があるならば」
「そ、そうね。その通りね。片付かないひとって、その辺の切替が上手じゃないものね」
「わかってもらえてよかったです」
ロビンがクォーツに一礼してくる。それにつられてクォーツもお辞儀して返す。
クォーツは新鮮な空気を感じた。カイルと組んでいた前のパーティはサムライ・戦士・盗賊・僧侶というオーソドックスなパーティであった。
今はサムライ・ニンジャ・ロード・錬金術師とバラエティに溢れている。それを額縁のように支えるのがメイドのロビンだ。誰も彼もが一癖も二癖もある。
(私は恵まれてるのかもしれない)
未だに戦闘のたびに足が震える。手汗でびっしょりとなる。それなのに喉がカラカラになる。
もっとうまく身体が動いてくれれば、オークなんぞに胸を揉まれることもなかったはずだ。
(私、急ぎすぎないようにしよう。焦るともっとダメな気がするもん)
クォーツはシュバルツたちの下へとゆっくり歩いて近づいていく。彼らはすでに次の鉄の扉の前へと移動していた。
「てやんでえ! ここから先は魔物だらけの部屋が続くと予想しますぜ!」
「コッシローがそう言うのであればそうなのだろう。この部屋に入ってきてから、魔物の気配がより一層濃くなっているな。まるで渦を描くようにだ」
「それってどういう意味?」
「先ほど、地図で確認したように渦を巻くように中心へと向かっていくだろうと予測を立てたであろう」
シュバルツが人差し指をゆっくりと動かす。それは円を描くように動き、どんどん、その円を小さくしていく。そして、ついには指を止める。
「この部屋の広さと同じ部屋がこの先、続いていくであろう。そして、そのたびに魔物と相対することになる。覚悟はいいか?」
シュバルツの問いに一同がコクリと頷く。しかし、クォーツだけは眉を下げている。彼女の肩に皆が次々と手を置く。
「大丈夫だ。俺がついてる」
「うむ。拙者もだ」
「弱き者を守るのはロードの務めですわ」
「わたくしは撮影係で直接、手を出せませんが、クォーツさんのことは応援しております」
クォーツは知らずと涙が溢れてくる。自分がどれほど良いひとたちに囲まれているかを実感する。
「ありがとう。みんな。あたし、出来るだけがんばるね」
「がんばりすぎるなよ」
カイルがフード越しに優しくクォーツの頭を撫でてくる。クォーツは白衣の裾で涙を拭う。それでもカイルは頭を撫でるのをやめてくれない。
「恥ずかしいよ」
「悪い。妹がしょげてる時はいつもこうしてるからさ」
「私はカイルの妹じゃないよ」
そこでクォーツは言葉を止めてしまう。クォーツはカイルの何なのかと自問した。
(わかんない。私はカイルにどうしてほしいのか。そして、私はカイルに何をしてあげたいのか。でも、妹の代わりは嫌)
何かを伝えたい。でも、それがはっきりとした言葉で出てこない。
そうしてこまねいているうちに、カイルの手が頭から離れていってしまう。カイルは扉の方へと身体を向けてしまった。
(私はまだ答えがみつからない。だから、今はこれでいいんだ……)
この距離間をクォーツは好んだ。自然とカイルの背中を追いかけてしまう。そして、その様子をしっかりロビンがメモ帳に走り書きしていた。
クォーツはカイルを見ている。ロビンは2人の甘酸っぱさをこれでもかとメモ帳に殴り書きしている。
奇妙なパーティであった。だが、クォーツはこのパーティにいられることが幸せだと感じた。
そして、シュバルツの掛け声と共に、次の部屋へと駆け込む。そこには当然のように魔物が待ち構えていた。
クォーツは出来る限りのことをしようと決意した。
それでも、また足が震えだした。手汗がじっとりと浮かび上がる。喉が渇いて仕方がない。
それでも、また一歩、前進できたのだと、クォーツは自分で自分を褒める……。