通路に戻ったクォーツたちはシュバルツを先頭に、通路の奥へと進む。今まではワープの仕掛けに引っかかって、入り口付近にまで戻されていた。
しかし、その通路の奥へと先に進めるようになっていた。L字を道なりに右へと進む。すると今度はT字路へと到達する。
T字路の右側は奈落の底へ続く穴がぽっかりと地面に開いていた。とてもジャンプして向こう岸に届きそうもない距離である。
さらにはこの通路だけあからさまに天井が低く、ジャンプすること自体を拒否していた。
続いて、T字路の左側を見た。
「えっと、これ。シュバルツが調べるまでも無いわよね?」
「そうだな。古典的な罠だ」
「重くて丸い物体がこの坂を転げ落ちてきて、んで、逆の通路にある穴に落ちるってことよね」
「その通りだ。しっかし、古典的だからこそ、効果的とも言えよう」
T字路の左側は緩やかな上り坂になっている。その奥にまではランタンの光が届かない。だが、左側の通路の天井には大きな穴が開いているのは容易に想像できた。
「シュバルツ。どうやって突破する?」
「うーーーむ。力づくで行くには戦士が必要だな」
戦士ともなればその屈強な身体で大岩を受け止め、さらには大槌で破壊できる。
この坂を転がってくるであろうなにかしらの球体をその筋肉で受け止められるであろう。
しかし、クォーツたちのパーティにはその戦士が存在しない。
サムライのカイル。ニンジャのシュバルツ。ロードのメアリー。そして、非力な錬金術師とメイドと続く。
「まあ考えたって仕方ないんじゃないか。こういうのって、仕掛けを止めるスイッチがどこかにあるもんだろ? ちがうか?」
古典的な仕掛けだからこそ、古典的な止め方というものがしっかりと存在する。サムライのカイルでも簡単に想像できた。
「問題は仕掛けを止めるスイッチがどこにあるかだな」
「シュバルツとしてはどこにスイッチがあると思ってるんだ?」
シュバルツがクイッと顎を左側の通路の奥へと動かす。それに誘導されるようにクォーツたちの視線も通路の奥へと向けられる。
「まあ、そうよね。シュバルツ。いつものようにパパっと行って、スイッチを押してきてくれる?」
「ふっ。簡単に言ってくれるな、クォーツ」
「はいはい。文句はあとよ。いつものアイテムを渡すからお願いね」
クォーツはそう言うと何もない空間へと両手を突っ込む。その空間の先にある場所をまさぐる。
何かをがっしりと両手で掴み、それを一気にこちら側へと引き出す。
彼女の手に握られているのは茶色のフード付きマントだった。盗賊が闇に紛れるために好んで着込むマントである。
「説明は一応しとくね。このマントを被れば、シュバルツなら完全に羽のような軽さで動けるわ」
「そうか。さらに改良を加えていたのか」
シュバルツが何かを思い出して懐かしむ顔となっている。クォーツは彼の雰囲気につられた。シュバルツとの過去を少しだけ思い出す。
――シュバルツにこのマントを手渡した過去を。そのマント越しに彼の背中に『好き』と指で書いたのを。
その途端、クォーツは自分の若さゆえの過ちで耳がほんのり赤くなった。
クォーツは自分の甘ーーーい過去を頭を左右に振ることで、無理やり脳内から追い出す。
「んもう! 変なこと思い出したじゃない。ほら、さっさと行ってきなさい!」
「ははは。それはすまないことをした。過去は過去だ。過ぎ去ったものは戻らない」
シュバルツはクォーツからフード付きのマントを手渡される。それを着こむ。変態っぽさがさらにあがった気がするが、それを口にしないクォーツ。
彼はひとり上り坂を登っていく。クォーツの説明通り、シュバルツの足音が完全に消えていた。ランタンの光だけがそこに存在するようでもあった。
彼が手に持つランタンを目で追いかけるクォーツたち。その時であった。ガコン! という音がしたのは。クォーツは思わず「へ?」とマヌケな声をあげてしまう。
「ちょっと! なんで仕掛けが発動してるのよ!」
「わからん! シュバルツ、大丈夫か!? って、うおっと!!」
クォーツたちが見ていた方向からゴロゴロと何かが転がってくる音が聞こえる。両側の壁にぶつかる音もセットでだ。
それはとっても大きな岩であった。戦士でも止められるのか? というような重厚さをもった球体がクォーツの方へと勢いよく向かってくる。
クォーツたちは急いでその場から3歩ほど後退した。自分たちのすぐ近くを大岩が通過していく。その大岩が反対側の通路にある穴へと勢いよく落ちていく……。
クォーツとカイルはゴクリと喉を鳴らした。こういう単純な仕掛けは単純がゆえにシンプルな恐怖を冒険者たちに植え付ける……。
◆ ◆ ◆
「すまんすまん! 必ず1個は大岩が降ってくる仕掛けだったようだな!」
「なにがすまんよ! こっちは死にかけたわよ!」
仕掛けを止めるスイッチを押し終えたシュバルツが急いで戻ってきていた。そのシュバルツに対して、クォーツは怒鳴る。
クォーツは無理やりにその怒りを引っ込める。そして、シュバルツに仕掛けについての説明を求めた。
「二手に別れてのことも考慮されていたのだろうな! いやあ、さすがは悪名高いシスター・フッドの修道院だ!」
「元盗賊なんだから、しっかりしてよ!」
クォーツはなるべく声色が荒れないように注意した。しかし、彼のことを心配したのも事実だ。クォーツは自分が気づかないうちに眉を下げてしまう。
そんな彼女に対して、シュバルツがポンポンとクォーツの頭に手を乗せる。
「拙者は大丈夫だ。それよりも怪我はなかったか?」
「そこは安心して。万が一ってことがあるから、ここで待機してたし」
「さすがだな。心配かけてすまぬ」
「最初から素直に謝っておきなさいよ」
クォーツはまたしても自分で気づかぬうちにアヒルのように口をとがらせていた。
シュバルツが苦笑している雰囲気を見て、ようやくクォーツは自分の表情に気づく。
クォーツは両手でゆっくりと表情筋をマッサージする。ともかくとして、シュバルツは仕掛けを止めてくれた。これで安心して上り坂を登っていける。
カイルがクォーツの肩に軽く手を乗せてきた。
「行こうか」
「うん。でも、一応注意してね。さっきのこともあるし」
「もう1度、大岩が転がってきたら、俺が受け止めてやるさ」
「本当? 押しつぶされるわよ?」
「こう見えてもワットソンの次には力持ちだったんだぜ?」
カイルは言い終わると、クォーツの肩から手を離す。そして、クォーツに背中を見せて、先を進んでいってしまう。彼の大きな背中につい見入ってしまう。
「青春ですわね」
「はい。メアリー様。しっかりとメモしておきます」
◆ ◆ ◆
シュバルツたちはU字に凹んだ上り坂を登り切った。そうすると次は普通すぎる通路がしばらく続いた。
まるで自分たちを歓迎してくれているかのように通路の壁には火のついた松明が飾られていた。
その光源がたっぷりと用意されている通路をさっさと抜けてしまう。
つぎは大きな空間が広がる場所へと出る。先ほどの通路に比べて、この場所を通過するには幅が狭すぎる石橋が手前から奥へと続いている。
大人がひとり通れるくらいの幅の石橋だ。石橋の両脇は真っ暗な闇が広がっている。
さらには天井から巨大な金属の鎌が鎖に繋がってぶら下がっている。
鎌の振り子がぶらんぶらんと左右に大きく揺れ動いている。石橋の上を擦りながらだ。
その鎌の振り子は全部で5つもあった。とでもではないが、鎌を躱しながら向こうへと渡ることは出来なさそうだ。
「まーーーた古典的な仕掛けだなあ……」
「まあそう言うな。こういうのはシンプルであればあれば良い」
「んで、これも向こう岸に行って、振り子を止めればいいやつか?」
「さすがにそこまで単純ではないだろう。ほれ、あそこを見るがよい」
シュバルツがこの広間のある一点を指さす。そこには光が差し込んでいた。その一条の光が鏡に当たって反射している。反射した光は石壁を照らしていた。
「なーるほどな。さすがに同じってわけじゃないか」
「そうだな。鏡が置かれている台座を回転させるスイッチが、こちらだ」
シュバルツは次にこの大広間の入り口の付近にある壁を指さす。
そこには壁から木の棒が3本飛び出しており、それを上下に移動させる類であることがひと目でわかった。
だが問題がひとつある。
「不自然にレバーが3つしかないな」
「うむ。これはレバーとなる差し棒が1本足らぬところがミソだな」
「そんなものあったか? ここに来る道中」
「この不自然さで閃いたさ」
シュバルツはそう言うと、今来た道をひとり戻っていく。そして、ガコンという何かを外す音が先ほど通ってきた通路から聞こえる。
「何やってんだ?」
「ここに来る途中で松明があっただろ?」
シュバルツが手に持っているのは壁に掲げられていた松明であった。
カイルはやっと『俺にもわかった!』という顔になっている。そんなカイルにシュバルツがニッコリと微笑んだ。
「ずっと真っ暗だったというのに、わざわざ案内のために松明が置いてあった。それが答えだ」
シュバルツはそう言うと松明を手刀で半分に叩き折る。乾いた音が大広間に響く。松明の火がついた先っぽは真っ暗な穴へと落ちていく……。