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第15話:トラウマ

「この部屋で当たりだったようだ」


「おれっちの示した通りだったろ?」


「よくやった、コッシロー。さて、ここの壁を押せばよかろう」


 シュバルツがそう言うと、何もない殺風景な石壁に手を当てる。すると、ガコンという何か機械的な動きが玄室に響く。


 ゴゴゴゴと地の奥底から重低音が響く。そして、ガッコン! とひときわ大きい音が玄室の外で鳴った。


「うむ。上手く行ったようだ」


 クォーツは何度もシュバルツのこういった光景を目にしているが、それでも驚きの表情を浮かべた。


(慣れているつもりでも、慣れないのよね。いちいち、身体がビクッて跳ね上がっちゃう)


 クォーツは自分の今の所作がカイルに見られていないかを確認した。


 カイルはクォーツのほうを見ていない。彼女はホッと安堵する。


 カイルは不思議そうな顔つきだ。そして、玄室の中で変わったことが起きていないかを目視でチェックしている。


「ははは。変化したのは玄室のほうではなく、通路のほうだと思うぞ、カイル」


「そうなのか? よくわかるもんだな?」


「伊達に裸では無いということだよ!」


 かえでの葉1枚で股間を隠したシュバルツが腰に手を当てて、ご満悦である。クォーツは感心しつつも半ば呆れていた。


(いくら感覚を研ぎ澄ませるためといえども、もう少し隠したほうが良いと思うけど)


 ここには女性が3人いる。クォーツ、メアリー、そしてメイドのロビンだ。女性の割合のほうが多いのだ、今のパーティは。


(いや、ちょっと待って。私。これで男だらけのところにシュバルツがいたほうが……。いえ、シュバルツはそっちの気が無いんだから、変な想像をやめとこう)


 クォーツは変なことを想像したせいで、自分が今、色眼鏡でシュバルツとカイルを見ていてしまっている。


 彼らが仲睦まじく肩を抱き合っている。その周囲には煌めく星々と赤い薔薇が咲き誇っている。


(いや、だから! 変な妄想をしない、私! あと、ロビンさん、何をうっとりした顔でメモ帳に走り書きしているの!?)


 クォーツが向けている視線の先で、ロビンがメモ帳とペンを持っていた。メモ帳にガリガリと音を立て続けている。


 そして、満足したのか、ふぅ……と吐息を吐いている。


 そのメモ帳に何が書かれているかは想像に難くない。


(聞くのは怖いけど、どんな妄想を膨らましたか、あとでメモ帳を見せてもらおうかな?)


 せっかくパーティを組んでいるのだ。仲間たちのことをもっと知るのは良いことだ。


 クォーツの顔は戦闘中とは違い、明らかに血色が良くなっていた。


◆ ◆ ◆


 次にクォーツはコボルトたちが残した宝箱へと目を移す。


 そこには魔法で罠の種類を鑑定し終えたメアリーがシュバルツを呼んでいた。シュバルツは首を傾げている。


 クォーツはどうしたんだろうと2人のことを注視していた。


「うーむ。毒針か……。コボルト如きが残した宝箱をわざわざ罠解除の苦労をしてまで開けたくないのだが」


「何を言ってますの! 冒険と言えば戦闘。戦闘と言えば報酬。その報酬が入っている宝箱をみすみす残していきますの!?」


「まあ、落ち着け。気持ちはわかるが労力に見合わんと言いたいだけだ」


「では、このまま開けずに放置していきますの?」


「まあ、見ておけ。メアリーのご期待に応えてやろうではないか!」


 シュバルツはいきなり宝箱を蹴っ飛ばした。罠を解除しないままでだ。宝箱が開くと同時に、その中に仕込まれていた機構が作動する。


 クォーツは思わず叫びそうになる。しかし、その思いが声になる前にシュバルツは動いた。


 左腕を自分の左胸あたりにへと持っていき、飛んできた毒針をその左腕で受ける。


「ぐっ! 毒の治療を頼む!」


 シュバルツが毒針を右手で引っこ抜く。そこから紫色の液体が赤い血と共に流れ出る。シュバルツの肌がその怪我を中心として紫色へと変化していく。


「あなた、アホですの!? 神よ! このドアホの身体から毒を抜いてほしいのですわ!」


 そこへとメアリーが急いで両手をかざした。


 彼女の手のひらの先に光体が現れる。それはゆっくりとシュバルツの左腕へと吸い込まれていく。


 紫色と化していく肌がいつもの肌色へと戻っていく。苦痛に歪んでいたシュバルツの雰囲気が柔らかなものへと変わる。


「さすがはロード・マスター。毒針を喰らう前よりも身体が軽い」


「ふん! お世辞を言ってもダメですわ。わらわをドキドキさせた罪はしっかり償ってもらいますわよ!」


 2人の行動を見せられて、クォーツはいまだに心臓がばくばくと跳ね上がっていた。


 心音が耳に直接的に突き刺さる。シュバルツを今すぐにでもぶん殴ってやろうとさえ思えてくる。


 だが、身体が硬直して、なかなかにその一歩を踏み出せない。それはクォーツだけでなく、カイルも同様のようだった。


 クォーツから見たカイルは頬をぴくぴくと引きつらせていた。


(カイルも災難よね……。宝箱に仕掛けられた二重の罠でパーティが全滅したってのに)


 そんなカイルの状態も確認せずにシュバルツとメアリーが宝箱の中を漁っていた。


 短剣のようなものや、長剣のようなもの、さらには護符のようなものを取り出していく。


 そして、それが何かをじっくりと見ないままに、近くに立つ撮影係兼荷物持ちのロビンに次々と渡していく。


 ロビンは手渡された物をひょいひょいと空間の向こう側へと放り投げていく。


(ロビンはロビンで図太いわね。メアリーに付いてるだけはあるわ……)


 クォーツは3人を放っておいて、未だに呼吸を落ち着かせようとしているカイルの方へと近づいていく。


 カイルの顔色が悪い。額から鈍い汗を流している。クォーツは白衣のポケットからハンカチを取り出し、カイルの顔に優しく当てる。


「す、すまない。つい、アレがフラッシュバックした」


「うん。シュバルツをあとでみっちり叱っておくね?」


「いや。シュバルツはわざとああしたんだと思う。俺を成長させるためにだ」


 カイルの言葉を受けて、クォーツはさすがに苦笑してしまう。


 荒療治すぎる。それがクォーツの率直な感想だ。しかしながら、クォーツはホッと安堵した。


(カイルって、とっくの昔にテレポートの罠のことを乗り越えられたんだと勘違いしてた。カイルのニンゲンらしさが見えて、ちょっと安心しちゃった)


 クォーツは丁寧にカイルの額や頬を伝う汗をハンカチで拭った。


 カイルは未だに真っ青な顔をしている。でも、それが逆にクォーツへ安心感を覚えさせる。


「ありがとう。ようやく落ち着いてきたよ」


「ううん。良いの。私でも何かカイルに出来ることがあって嬉しいって思う」


「それってどういう意味だ?」


「どういうことだろ? よくわかんない!」


 クォーツはそう言うと、カイルから身を離す。そして、ハンカチを白衣のポケットへとしまい込む。


(私は勘違いしてた。そうよ。過去がトラウマになっているのは私だけじゃない)


 クォーツは未だに宝箱を漁っているシュバルツたちの下へと急ぎ足で近づいていく。


(カイルも今まさに乗り越えようとしてるんだ。私も一緒に乗り越えていこう)


 シュバルツたちと合流したクォーツは「良いものあった?」と笑顔で彼らに聞いた。彼らは鑑定眼を持っていない。だから、正確なことはわからない。


「武器が3本。護符が2個。あの酒豪の女司祭に鑑定してもらないとなんとも言えんが……。コボルト相手なら、まずまずの戦果だと期待できよう」


「ほら、開けて良かったでしょ。やっぱり冒険と言えば、宝箱をそのままにしておくわけにはいけませんのよ」


「そうだな。なるべく宝箱を開けてまわろう。危険すぎる罠では無い限りなっ」


「罠鑑定はわらわにお任せくださいまし」


「でも、蹴っ飛ばして開けるのはやめてよ? ほら、カイルの方を見てよ。またびくびくしはじめちゃってる」


 クォーツは皆の視線をカイルの方へと誘導した。シュバルツはカイルのほうへとすまんすまんという意思を手の動きで示す。


 メアリーはいつものように踏ん反り返っている。彼女らしい態度だ。


 そして、ロビンはカイルから目を離した隙に何があったのだろう? と考えているようだ。


 しかし、それでもメモ帳とペンを取り出し、何かを走り書きし始めている。


「んじゃ、通路の方に向かいましょ」


「そうだな、クォーツ。きっと、何か変化があるはずだ」


 クォーツとシュバルツが肩を並べて、玄室にある木製の扉へと向かう。その後を他の3人が続く……。

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