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第13話:階段の先

 魔術灯マジック・ライトで暗闇を照らしながら、クォーツたちはどんどん石造りの階段を降りていく。その途上でメアリーが口を開く。


「錬金術師お手製のランタンは便利ですわね。魔力を使わなくて済みますもの」


「誉め言葉として素直に受け取っていいのかしら?」


「そうよ。褒めていますの。これでもわらわは素直なのよ?」


 本当かしら? というのがクォーツの本音であった。


 メアリーの雰囲気からは噛みついているというのは感じない。だが、どこか嫌味や皮肉が隠されているとも思える。


わらわの言い方が気に喰わないって雰囲気を背中に感じますわよ」


「いえ。別にそんなつもりじゃ」


「王宮で暮らしていると、こういう癖がついちゃうのよ。これでも注意を払って発言してますわよ」


「なるほどね。わかった気がする。ありがとうございます、メアリー様」


「メアリーと呼び捨てで構いませんわ。だって、わらわたちは命を預け合うパーティですもの」


「うん。私もメアリー様のこと誤解してた。メアリーって気軽に呼ばせてもらうね」


 クォーツの言葉を受けて、満足げに頷くメアリー。クォーツはパーティを組んでいれば、当たり前に思う感情を失念していた。


(メアリーには教えられるわ。私、パーティの基本すら忘れちゃってたのね……)


 胸にあるしこりがひとつだけ取れた気がした。クォーツはしっかりと前を向き、皆に遅れないようにとついていく。


 やがて階段の終わりへと到着した。そこにはいっそう、乾いた死臭の匂いが漂っていた。クォーツは思わず眉をひそめた。


 大の大人が6人は横に並べるほどの石作りの通路が奥の方へと続いている。その通路の壁には点々と木製の扉がある。


 その木製の扉の向こうに玄室があることは容易に想像できた。メアリーが言っていたようにまさにダンジョンらしいダンジョンの姿がクォーツの目に映る。


「ここが目的のものがある階層かはわからぬ。用心しながら先に進もう」


「わかった。方位磁石と妖精の呼び鈴を出すわね」


――妖精の呼び鈴。その名前の通り妖精を召喚できる。トンボのような半透明の羽をもつ小人だ。


 クォーツは何もない空間へと両手を突っ込み、その空間の向こう側からふたつのアイテムを取り出した。


 方位磁石は地図作製マッピングおこなってくれている最後尾のロビンに手渡す。


 呼び鈴はカイルに手渡した。カイルはその呼び鈴を軽く振る。チリリンという音が静かすぎる石造りの通路へと響き渡る。


 その音が跳ね返ってこないところを見ると、この通路はだいぶ向こう側にまで続いていることがわかる。


「てやんでぃ! カイルの旦那。お呼びですかい!?」


 呼び出された風の精霊シルフが甲高い声でカイルに質問する。


「ああ。来たことないダンジョンだから、コッシローに助けてもらおうと思ってな」


「ふむ。あっしに頼るたあ、珍しい。いつもはポマードがそういうの全部やってくれるじゃないですかい」


「ポマードはテレポートの罠で石化してしまってな……。今はそこのシュバルツっていうニンジャが代わりをしてくれてるんだ」


「そう……すか。じゃあ、おれっちがサポートしますわ!」


 暗くなりそうだった雰囲気を持ち前の明るさで打ち消すコッシローであった。風の精霊シルフは風のように自由奔放な性格をしている。


 羽が生えた小人のコッシローはシュバルツの頭にちょこんと乗る。シュバルツはなんだかくすぐったい雰囲気を身体から発していた。


「頼りにしているぞ。敵の気配は敏感に感じることができるが、仕掛けとなると盗賊よりは鼻が利かんからな」


「おうよ! 素っ裸の変態さんよ! このコッシロー様に任せときなっ!」


「ははは! 変態とは失礼だな! これはニンジャ・マスターの正装なのだよ!」


「おう、これは失礼した。ニンジャ・マスター殿。さあ、ガンガン、奥に進みましょうや!」


 良いコンビだなと素直に感じるクォーツであった。


 シュバルツは前のパーティが解散になった後、その責任をひとりで背負っているような悲しい雰囲気を出している。


 気付かれぬようにしているつもりなのだろうが、パーティを組んでいたクォーツにだけはわかる。


 彼は以前、もっとお調子者だった。盗賊上がりらしいニンジャであったのに、その雰囲気は今は削がれている。


(シュバルツは背負いすぎよ。私にだって責任があるはずなのに)


 シュバルツは肌で感じ取れる感覚をさらに鋭敏にするためにと、股間をかえでの葉1枚で隠すだけの姿になった。


 以前のパーティのうち、三人もロストするような事件が起きた。それがなかったら、シュバルツは普通のニンジャをやっていただろう。


 シュバルツの裸を見ても何も感じないのは、あの事件も関係しているかもしれない。


(きっと、私は自分の気持ちに蓋をしちゃったんだ)


 クォーツは自然と眉が下がってしまう。しかし、暗くなりかけた彼女に対して、カイルが優しく語り掛けてくる。


「良いコンビになりそうだな。コッシローとシュバルツって」


「そ、そうね! 風の精霊シルフって自由奔放だから、言いたいことそのまま口に出しちゃう悪い癖があるけど」


「うん。シュバルツを素っ裸の変態だと指摘した時には、冷や汗が噴き出したけどなっ」


 カイルがはにかむ。それにつられてクォーツもはにかむ。クォーツの顔から憂いが取れたのを見たカイルは優しく彼女の頭をフード越しに撫でる。


「過去に何があったのかは今は聞かない。でも、いつか話せる時がきたら話してくれ。俺はこのパーティのリーダーだからさ」


「うん、わかった。話せるようになるまで待ってね。まだ時間がかかりそうだから」


「おう。それじゃ、シュバルツたちに置いて行かれないようにしようか」


◆ ◆ ◆


 カイルとクォーツのほほえましい光景を見て、メアリーは満足げな表情となっている。彼らはシュバルツの後を早足で追いかけている。


(きっとメアリー様はあのお二人で楽しむおつもりですね)


 彼らに気づかれぬようにメアリーは少し後ろでついてきているロビンと並んでくる。


「なかなかに面白そうなので、2人のことをしっかりメモしておきなさいよ?」


「はい、わかりました。撮影や地図作製マッピングだけでなく、2人の初々しいところもメモっておきます」


「頼んだわよ。適度に装飾しておいていいからね? その方があとで読んだ時にキュンキュンできますから」


「意地悪ですね、メアリー様は」


 ロビンは機械的に雑務をこなしていたが、この時ばかりは微笑んでいた。仕えるメアリーが喜ぶような物語を綴ろうと思ってしまう。


◆ ◆ ◆


 通路はずっと殺風景な景色が続いていた。この通路をどこまで進んでも、同じ景色がずっと続いていた。


 曲がり角すら無いのだ。ただただまっすぐに通路が奥へと続いている。


 それの不可解さにシュバルツだけでなく、風の精霊シルフのコッシローも気付いていた。


 それゆえに変化を求めた2人であった。


「シュバルツの旦那。この扉の奥から魔物が待ち構えてる気配がぷんぷんしますぜ!」


「ということは、この扉の向こう側に何か大事なものがある。そうだな?」


「定番っちゃ定番ですな! いっちょ、魔物をしばいたりましょうや!」


 シュバルツはこの通路の壁に一定間隔で設置してある扉を気にしていた。道すがら、彼は魔物の気配を扉を介して感じ取っている。


 だが、その扉を開けて向こうから仕掛けてくる気配は感じなかった。


 ただ、じっと、扉を開けるのを待ち構えている様子である。


 シュバルツはこのパーティのリーダーであるカイルに許可を求めた。


「虎を得るには虎穴に飛び込めというわけか?」


「その通りだ。拙者とコッシローの意見を合わせた感じ、この通路にはワープが仕掛けられている」


「なるほどな。無限に通路が続いているわけではなくて、俺たちは入り口へと気づかずに戻されていたわけか」


「ニンジャ・マスターの拙者ですら、気付かなかったのだ。コッシローがいなかったら、もうしばらく、気付くのに時間がかかっていただろう」


「わかった。じゃあ、扉の向こうで待っているモンスターにご挨拶と行こう。みんな、準備はいいか?」


 カイルが後ろに控えるクォーツとメアリーに聞く。彼女たちはコクリと頷いてくれた。


 カイルとシュバルツは目配せをする。それを合図にシュバルツは木製の扉を蹴飛ばした。


 それと同時にシュバルツが勢いよく中へと飛び込む。遅れてカイルが続いた。


 さらにメアリー、クォーツ、さらには撮影係のロビンが扉の向こうへとなだれ込む。


犬ニンゲンコボルトかっ! 拙者が右から崩す!」


 シュバルツがコボルトの群れへと走り出す。


――コボルト。犬の顔と体毛を持ちながら2本の足で立ち、ニンゲンのような手で武器を持つ。


 コボルトたちは左手に丸盾、右手に三日月刀シミターを持っていた。そして、ヒトのように革製の防具を身に着けている。


 まさに準備を整えて待ち構えていたのがありありとわかる。


 だが、シュバルツはまったく怯むことなく、コボルトの群れの、向かって一番右側の奴へと突っ込んでいく。


 シュバルツの手には何も握られていなかった。彼の手が空間を切り裂く。白い曲線が空間に浮かぶ。シャキーンという切れ味鋭い音が玄室に響く。


次の瞬間、コボルトの首級くびが宙を舞った……。

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