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第12話:修道院

 クォーツが転移門を抜けると、そこには壁のあちこちが崩れ落ちた古びた修道院が見えた。


 空には何重にも重なった雲。そこからはゴロゴロと猫が喉を鳴らすような音が聞こえてくる。今にも空からは大粒の雨が降り出しそうであった。


「いくぞ……」


 カイルを先頭に修道院の入り口へと進む。ニンジャのシュバルツが辺りを警戒しながら忍び足で歩く。


 金髪碧眼縦髪ロールのメアリーは胸を反らしながら堂々と歩いてる。


 クォーツはその3人のすぐあとに続く。


 シュバルツが警戒してくれているため、何かあれば彼がパーティに知らせてくれる。しかしそれでもクォーツはおっかなびっくりと言った感じで歩いた。


(何も出ないわよね? 幽霊とか……)


 パーティの最後尾にはメイドのロビンが続く。彼女の手の上には撮影用の魔導器があった。


 パーティの様子を映像として円形闘技場のスクリーンに送るための魔導器だ。


「入り口の扉か。前来たときよりも壊れそうになってるな」


 カイルが修道院の扉に手をかけようとした。


「待て。一応だが、拙者が開けよう」


 シュバルツが横から手で静止する。ここはニンジャの役目だとばかりにだ。


「任せた。シュバルツ」


 カイルがシュバルツに頷いている。シュバルツは頷き返した。クォーツはゴクリと息を飲む。


 パーティに緊張感が走る。さすがのメアリーもシュバルツから物理的に距離を空けている。


「1分ほどもらうぞ」


淑女レディをあまり待たせないでくださいね」


「ふっ。メアリー。すぐに片づけよう」


 シュバルツは右手の人差し指を自分の額の前へと持ってくる。そして小声でぶつぶつと独り言をつぶやく。


「よし、入り口の扉には何もしかけられていないようだ。開けるぞ」


 シュバルツが今までの緊張を吹き飛ばすように修道院の扉を勢いよく開けた。


 あまりにもの大きな音を立てたため、クォーツは思わず「ひぃ!」と可愛らしい悲鳴をあげる。


「あら。まさか幽霊が扉の向こうから飛び出してくると思ったの?」


「う、うるさいわね! メアリー様はロードだから霊の類はへっちゃらかもだけど、錬金術師は対抗策が無いの!」


「そうでしたわね。それは気が回らなくて、申し訳ございませんでしたわ」


 メアリーは優雅なたたずまいを忘れずに、クォーツへと会釈してくる。クォーツは面白くないといった表情で返してしまう。


 シュバルツを先頭に修道院へと全員が中へ入る。クォーツの鼻をカビの匂いと乾いた死臭が刺激した。彼女は思わず鼻を白衣の裾で抑えた。


「ひどい匂い。前回、カイルたちと来た時はここまでひどくなかったわよ」


「そうだな。俺たちよりも先にここにやってきた冒険者がいたのかもしれないな」


 修道院の入り口をくぐると、そこは礼拝堂であった。壊れたピアノ。倒れた燭台。斜めに崩れ落ちた説法台。足が取れた長椅子。右腕が取れた女神像。


 かつての栄華はどこにも見ることはできなかった。それゆえにクォーツの顔には疑問の色が濃くなっていた。


「でも、いったい何の目的で来たのかしら、そのパーティ」


「このシスター・フッドの修道院にはお宝が眠っているって噂だからな。俺たち以外の冒険者が居てもなんら不思議じゃない」


「それもそうね」


 ダンジョンは数多ある。しかしながらそれらは人気・不人気がはっきりと分かれていた。


 シスター・フッドの修道院は罠が多数、仕掛けられているため、冒険者からの人気はいまいちだ。


(いくらハイリターンを見込めそうだからって、好き好んで、このダンジョンを踏破しようなんてのはいないわよね)


 クォーツはシュバルツの作業を見ながらそう思う。今、彼は礼拝堂に隠されている地下への階段を探していた。


 ブラザー・フッドの修道院は地面から上が3階建てだ。礼拝堂を中心として、コの字に施設が建てられている。


 食堂や学習室、図書室、音楽室、宿舎など多彩な施設がある。


 今回、クォーツたちの目的地は地下にあった。


 礼拝堂の地下にはダンジョンの名にふさわしい空間が広がっている。その情報はメアリーからもたらされた。


「ねえ、メアリー様。本当に地下に続く階段があるの?」


「疑ってますの? 王宮の調査を」


「いえ、そんなことは。ただ単に今までよく他の冒険者が気づかなかったなって」


「そうですわね、貴女が疑うのは当然のことですわ。本当にここ最近見つかったらしいの。それも偶然の出来事で」


 メアリーはそう言うと、礼拝堂にある壊れたピアノを指さした。その指に導かれるようにクォーツがそちらに顔を向けた。


 そのピアノの側にはシュバルツが立っている。シュバルツは「うーーーむ」と唸っていた。


「よくわからんな。でたらめにピアノを弾いていいのか?」


「ニンジャに仕掛けがわからんと言われちゃ、俺たちがお手上げだ」


「うむ。そうだな。もう少し時間をくれ」


 かえでの葉1枚で股間を隠しているシュバルツがああでもないこうでもないとピアノに仕掛けられているであろう秘密を暴こうとしている。


 クォーツはそんな彼の背中を離れた位置で見る。


(シュバルツの裸にはドキドキなんてしないのよね。なんでかしら)


 冒険そっちのけなことを考えつつ、クォーツはピアノ以外の物に目を移した。割れたステンドグラスの隙間からは鈍重で厚い雲が見え隠れしている。


 さらに視線を動かし、壊れた説法台を見る。


(ピアノを鳴らすとあの説法台が動いたりして……)


 クォーツはそんな素人の考えた通りのことなど起きるわけが無いだろうと、自分の思考からその考えを追い出す。


「うむ。なんとなくわかった。皆、こころの準備だけはしておいてくれ」


 シュバルツの声を聞き、皆がシュバルツの方へと一斉に身体を向けた。シュバルツの一挙一動に注目する。


 シュバルツがゆっくりとピアノの鍵盤の方へと移動する。


 そして、何を思ったのか、右手を握りしめた。さらには右腕を大きく振りかぶる。


「チェストォォォ!」


 シュバルツが掛け声と共に右のこぶしをピアノの鍵盤へと叩きつけた。


 すると、壊れているはずのピアノから落雷のような音が発生する。クォーツたちは思わず手で耳を抑えた。


「うわあ。びっくりした! ちょっと、シュバルツ! あなた、ピアノを壊す気?」


「元々壊れているだろうが。それなのに音を出すとなれば、ぶっ叩くしかあるまいて」


「確かにそうね……。私のほうが見当違いなこと言ってた?」


「いや。クォーツだけじゃない。俺も目から鱗が落ちたっていう感情に包まれてる」


 クォーツは少しばかり安心感を覚える。それと同時に胸へと温かい気持ちがのぼってくる。カイルと同じ気持ちであったことが嬉しくなる。


「さてと。ピアノの音を鳴らすのは成功した。この礼拝堂に変化が起きるはずだ」


 シュバルツはあたりを見回す。礼拝堂には変わった様子はなかった。


 しかし、彼がおこなったことは無駄ではなかったかのように礼拝堂にある女神の像に変化が起きた。


 クォーツは思わず腰が抜けそうになった。女神の像の目から赤い液体が流れ始めたからだ。それは赤い涙のようにも見えた。


 女神像は赤い涙を流しながら静かに泣いた。女神像が口を開く。そこからは怨嗟に似た歌声が流れてくる。この世界を呪っているようでもあった。


 クォーツは胸が詰まる。女神像を見ていると悲しみの感情に包まれそうであった。


「なんて悲しい歌。この世の全てが憎いかのよう」


「おもしろい感想ですこと。錬金術師から詩人に転職してはいかが?」


◆ ◆ ◆


 やがて、女神像は泣くのを止める。歌声も止める。女神像が乗っている木製の台座が上へと移動していく。


 女神像があわや礼拝堂の天井へと頭をぶつけそうになっていた。台座の動きがそこで止まる。


 その縦に長すぎる台座には大人が通れる穴が開いていた。そこへ向かってシュバルツとカイルが近づいていく。


 穴の向こう側へとシュバルツが頭を突っ込む。クォーツは大丈夫なのかしら? と心配顔となってしまう。


「うむ。階段が見えるな。クォーツ。灯りを用意してもらえるか?」


「わ、わかった! 今、取り出すからちょっと待っててね」


 クォーツはそう言うと何も無い空間へと両手を突っ込む。空間の向こう側をまさぐる。すると、お目当ての物に指先が触れる。


 クォーツはそれを一気にこちら側へと引っ張り出す。彼女の手に握られていたのは携帯型の魔術灯マジック・ライトであった。


 錬金術師のクォーツお手製の暗闇を照らすランタンだ。彼女はそのランタンの頭についている厚みのある蓋をグリッと右方向に回す。


 その途端、ランタンから柔らかな灯りがあふれ出す。それをシュバルツに渡す。


 シュバルツはランタン片手に石作りの階段を降りていく。それに追従するように、カイル、メアリー、クォーツが続いた。


 最後に撮影係のメイドのロビンが台座に空いた穴の向こう側へと進む。


 礼拝堂には静けさが戻る。まるで、そこには元々、誰も居なかったようにだ……。

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