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朝食を取り終えたクォーツとカイル、そしてシュバルツはボルドーの街の中央にある噴水広場へとやってくる。今の時間は午前8時を少し過ぎた頃であった。
この朝の時間帯だというのに、この噴水広場で待ち合わせしている冒険者たちはかなりの数がいた。
耳がとがって、彫刻のような白い肌が特徴なエルフ。ずんぐりもっくりな体型であるにも関わらず筋肉質でさらには顎髭をはやしたドワーフ。
警戒心を露わにしている小人のホビット。その傍らには敬虔な雰囲気をその身体から発する毛むくじゃらのノーム。
数多くの種族がこの噴水広場に集まっていた。
その中でも悪目立ちしていた者がいた。
噴水広場の一角でテーブル席を作っている。そこだけは、冒険者が醸し出す特有の荒々しい雰囲気とは別次元だった。
優雅で華麗。その言葉が似合う。その人物はメイド服を身に着けたメイドにお世話されている真っ最中であった。
金髪碧眼縦髪ロールのエルフは、白い陶磁器のカップを手に持ち、その中にたゆたう紅茶を優雅に飲んでいる。
「おい。あれに声かけなきゃならんのか?」
「カイルと同じく。私も声、かけにくい」
「では、拙者が声をかけにいこう」
クォーツ一行は噴水広場でメアリー皇女を待つつもりであった。しかし、向こうが先に到着し、優雅にティータイムを楽しんでいた。
クォーツとカイルは怪訝な表情となる。しかし、ニンジャ・マスクで顔を隠しているシュバルツは、今、どんな表情となっているかはクォーツからは確認できない。
クォーツがシュバルツを静止させる前に、シュバルツはメアリーのティータイムの邪魔をしにいった。何やら話し込んでいるようにも見える。
数十秒ほど、シュバルツとメアリーが会話を楽しんでいた。メアリーが微笑むと、シュバルツは意味ありげに苦笑している。
(何、話してるんだろ? こっちにまで声が聞こえないのが残念ね)
談笑を終えたシュバルツがクォーツたちのほうへサムズアップしてくる。
クォーツたちはやれやれ……と嘆息した。シュバルツに遅れて、メアリーの下へと歩いていく。
その間にもメアリーは椅子から立ち上がる。微笑みを浮かべて、クォーツたちへと柔らかに手を振ってくる。
「ご機嫌麗しゅう。我が下僕たち。昨夜はよく眠れまして?」
「いや、いつ俺たちがあんたの家臣になったかは知らん」
「そうよ。なんで勝手に下僕呼ばわりしてんのよ」
「あーら嫌だ。
高笑いしているメアリーに対して、クォーツは頬が引きつってしまう。
カイルの表情からは、このパーティでやっていけるのか? という疑問の色がありありと浮かんでいる。
(朝の挨拶でいきなり下僕たちですもんね。一般人の感性からかけ離れているのがよーーーくわかったわ)
クォーツは警戒心を露わにしながら、メアリーと対峙する。メアリーはふくよかな胸を踏ん反り返ることでことさらに強調してきていた。
まるで、あなたとは格も器も胸の大きさも違うと言いたげだ。
メアリーの胸がパイナップルならば、クォーツの胸は例えようもないほど貧相だ。メアリーを見ているだけでクォーツは腹立たしい気持ちになってくる。
(鷲掴みにしてひっぱってやろうかしら。もしかしたら盛ってるだけかもしれないし)
クォーツのこころは警戒心から敵愾心に移っていきそうであった。だが、落ち着けとばかりにクォーツの肩にシュバルツが手を置いてきた。
クォーツは不平不満を表すかのように口をアヒルのように尖らせる。
(やっぱり、でっかいとなにかと有利よね)
クォーツはふんっ! と鼻を鳴らして、メアリーから顔を背けてしまった。そのクォーツを面白そうに見てくる、メアリーは。
そして、メアリーはわざわざ身体を軽く揺らしながら、カイルの方へと近づいていく。そうすることで、自分の胸にある豊かなふたつの果実を服の上から見せつけた。
「いや、見せつけてくんな」
「あら。もしかして、こういうのに慣れてませんの?」
メアリーは今年で16歳だというのに、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
同じような背丈のクォーツはなんでこんなに纏う雰囲気に差が産まれるのだろうと不思議でたまらなかった。
(もっと胸が育てばいいのかな?)
クォーツは自分の胸を白衣の上からジッと見る。しかし、自分の胸が大きくなってくる様子を見つけることはできなかった。
そうこうしているうちに、カイルがメアリーを手で押しのけていた。
「そうじゃない。はしたないと思わないのか?」
「おーほっほっほ! 良いお返事ですこと。そうですわね。淑女らしく振舞いますわ」
メアリーはそう言うと、後ろに控えているメイドに顔を向けた。それを合図にメイドは軽く会釈する。
このメイドの名はロビン・ブルースト。メアリーよりも気品に溢れている。その彼女が何もない空間に手を突っ込む。
その空間の向こう側からロード専用のきらびやかな装飾がほどこされた防具を取り出す。メアリーはマネキンのように突っ立つ。
その美しいエルフのマネキンをロビンがコーディネートし始めた。あれよあれよという間にメアリーは麗しき
そして、身体の隅々から気品をあふれ出す。クォーツだけでなく、カイルまでもがあとずさりしてしまうほどであった。
「ありがとう、ロビン。下がっていいわよ」
「はい」
ロビンはまたしてもメアリーの後ろの位置へと戻る。あくまでも主役は自分の
ロビンが花瓶であるなら、メアリーはその花瓶の美しさも消し去ってしまうほどの美貌であった。
どうやれば16歳の小娘エルフがそのようなたたずまいが出来るのかと、クォーツは不思議でならなかった。
(なんだか、あたしだけ浮いてる感じがする……)
クォーツはまたしても不満げな表情である。自分はフード付きの白衣。
対して、メアリーは皇女らしさを全面に押し出した美麗な
メアリーのやや前方に立っているカイルはサムライの鎧を着こんでいる。さらに腰まである流れるような黒髪が朝日によって輝いている。
美男美女とはまさにカイルとメアリーのためにあるような言葉だ。
それに対して、自分は彼らを引き立たせるためだけの薄汚れた年代ものの額縁のように感じてしまう。
クォーツは再び腹の奥からふつふつと怒りが湧いてくる。その怒りが足音にも伝染してしまった。
「行きましょ! いつまでもこんなところに突っ立っていられないわ!」
「ああ、そうだな。てか、本当にあの修道院に行かなきゃならんのか?」
「
「いや、そうじゃない。あの修道院にはいろいろと仕掛けが施されているって噂だ」
カイルが言っている寺院とは『シスター・フッド修道院』のことである。
――シスターフッド修道院。ミッドランド王国の中で1番に歴史がある修道院だ。
しかし、今や廃墟となっている。廃墟になった理由は数多く語られているが、どれも信憑性が高いものはなかった。
だがひとつだけ言える。そこには修道院が貯め込んだ財宝が眠っていると。
そして、数多の冒険者たちがシスター・フッド修道院の攻略を
さらには財宝を盗賊たちから守るための罠や仕掛けがたくさん準備されている。
要は死地だ。そんなダンジョンに好き好んでいく者などいるわけがない。
(カイルは渋っているけど、私たちはそこに行かなきゃいけないわ。だって、そこにアビス・ゲートへ行くための鍵が眠っているとの情報をメアリーが掴んだんだから)
◆ ◆ ◆
パーティの先頭を行くクォーツ。その後につづく他のメンバー。噴水広場を抜け、古さと新しさが混じる街並みを歩く。
その先にはセントラル・センターがある。そこに入っているとある施設へと向かう。
石造りの施設の入り口には看板が立てかけられていた。『
――
この施設の入り口を通り、さらに施設の奥へと向かう。石造りの狭い通路を通り抜けると、ホールのような広さがある空間へとたどり着く。
そこには
彼らが世界の四大元素の象徴だということは見るだけで明らかであった。
クォーツたちは魔法陣の手前、3ミャートルの地点で横並びになる。その列の真ん中にいるカイルが赤の神官に告げる。
「シスター・フッド修道院に繋げてください」
「ほう……?」
クォーツは見逃さなかった。目を閉じて、こちらを見ようともしない赤の神官の眉がぴくりと動いたのを。
それを見て、メアリーが掴んだ情報が正しいという確信を得た。
「いいでしょう。シスター・フッド修道院への道を開きましょう」
赤の神官がそう言うと、他の3人がこくりと頷いた。そして、ゆっくりと
するとだ。魔法陣に4人の神官たちの魔力が注がれていく。魔法陣を描く線は白一色であったのに、その色が赤と黒に明滅しはじめる。
数分もしないうちに魔法陣から転移門が生えてくる。そう表現するのが正しい現れ方であった。
「では、良い旅を」
赤の神官は丁寧にカイルへとお辞儀をする。カイルは頷きで返す。カイルを先頭に一行は転移門を潜り抜けていく。
クォーツはその転移門を前にして、一度、足を止めた。彼女にはこの先には必ず何かが待っているという予感があった。
(私は取り戻したい。かつての私を。今日をその第1歩にするんだ)
意を決したクォーツは転移門に向かって歩き出す。
光り輝くその門をくぐり抜けた先に、自分の新しい未来が待っているとでも言いたげな表情であった……。