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第10話:昨夜はお楽しみでしたね?

 クォーツの身体は寝汗でびっしょりとなっていた。突然、襲いかかってきた悪夢により、眠るのが怖くなっている。


 もし、自分の隣に誰かが寝てくれているなら、抱き枕のように抱き着いていたかもしれない。


(どうしよう。寝れなくなっちゃった……。お湯で汗を流してこようかな)


 夜明けまでにはまだ少し時間があった。時間にして午前4時頃だろう。もう1時間もすれば朝市の準備の音が遠くから聞こえてくるだろう。


 クォーツは毛布の中から足を出す。ひんやりとしすぎた朝方の空気がクォーツの足を撫でる。


(うう。だいぶ朝が冷えるようになってきた。やっぱり、無理にでも寝ておこうかな)


 クォーツは足を毛布の中へと引っ込める。そして、身体を横に倒して、目を閉じる。そうしたものの頭は覚醒したままだ。


 クォーツは同じ寝室にいるカイルのことを思う。夢の中の出来事を振り払うためだ。


(私ってカイルのこと、どう思ってるんだろう)


 カイルに対して、好意を持っている。だが、それは恋愛感情にまでは発展していないだろうとも思えた。


 魔物との戦闘で、クォーツは夢の中で見た光景のように身体が固まってしまうようになった。


 クォーツが組んでいた以前のパーティ仲間の内、三人もロストした。


 それがトラウマとなって、クォーツのこころと身体を縛り付ける。クォーツはベッドに頭を預けたまま、その頭を軽く振る。


(いい加減、乗り越えなきゃダメなのに、まだダメみたい)


 クォーツは寝返りをうつ。ソファーで眠るカイルのほうへと身体を向ける。


(カイルは妹さんたちが石化しても、決してこころは折れないって感じ)


 ロストと石化はまったくもって違う。だが、カイルの妹は神の背骨と呼ばれる石柱に取り込まれてしまった。救出は困難を極める。


(私、カイルのためになら戦えるって思えるようになってた。でも、その自信がさっきの夢で壊れちゃった)


 クォーツは悲しげな表情となった。寝ているカイルを見ていても、自分のこころが満たされない。


 クォーツはもう一度、寝返りをうつ。今度はカイルに背中を向けた。ゆっくりとではあるが、まぶたが重くなる。


(私、カイルのように強くなれるのかな。カイルのために戦えるようになりたい)


 色んな感情が入り混じるこころに鈍重な幕が降りてくる。クォーツは眠りたくないと思いながらも、こころと身体が重くなる。


 それに逆らう力が足りない。やがて、クォーツは再び、眠りに落ちていく。


◆ ◆ ◆


「おい、朝だぞ、クォーツ」


 カイルがクォーツの身体を毛布越しに揺らす。


「まだ眠いよぉ」


「まったく……。俺は先に朝食を食べにいくぞ?」


「ええ? ひとりで食べるのは嫌。さびしい」


 毛布を頭まで被っているクォーツに対して、やれやれ……とカイルは嘆息した。部屋干ししておいた服はすっかり乾いている。カイルは寝巻からいつもの一張羅へと着替えた。


 カイルは着替え終わった後、ベッドの横に椅子を持っていく。その椅子の上にクォーツがいつも着ている白衣を畳んで置いた。


 そうこうしているうちにクォーツがゆっくりと覚醒する。眠たそうに目をこすりながら、身体に巻き付いた毛布をゆっくりと剥す。カイルは途端にクォーツから目を離した。


(妹もそうだったが、なんで女性ってのは寝起きには寝巻がはだけてるんだろうな? 特に胸の部分)


 カイルは妹のミゲルのことを思い出した。カイルの妹はそこまで寝相は悪くない。それでも朝起きたときは寝巻の前がはだけ、健やかに実った胸がその美しさを存分に発揮してくる。


 カイルは間違いを起こさないようにと念じながら、妹のはだけた寝巻の前を直す。それが朝の習慣であった。


 だが、今、寝室を共にしているのはまったく別の女性だ。


 彼女の名はクォーツ・カプリコーン。ひとりの女性としてまったく意識していないが、それでも彼女は女性だ。


 妹と同じような態度を取るわけにはいかない。そう感じたカイルはクォーツに恥をかかせないようにした。


「俺は部屋の外で待ってる。着替えが終わったら、一緒に朝食を取りに行こう」


「うん、わかったーーー。って、私、なんで寝巻がはだけてるの!?」


「いやまあ、女性ってそういうもんなんだなって認識してる。ただまあ……。胸のサイズって関係ないんだなって」


「うるさい! 小さくて悪かったわね!」


 カイルは女性に対して、大変、失礼なことを言った。それに対しての罰だといわんばかりの勢いで枕を背中に当てられてしまう。


「すまん。つい口を滑らした」


「ふんっ! 私はまだまだ成長期なの! これからどんどん大きくなるんだから!」


「はいはい。じゃあ、しっかり朝食を取ろうな」


 カイルはそう言って、寝室のドアを開けて、そこから出る。ドアを閉め、そのドアのすぐ隣の壁に背中を預ける。


 するとだ、狙いすましたかのように朝から股間をかえでの葉1枚で隠したニンジャが、こちらに向かって、手を振ってくる。


 そのニンジャは足音をわざわざと普通に立てて、カイルのほうへと近づいてくる。


「昨晩はお楽しみでしたね?」


「バカじゃねーのか。それをわざざわざ言うためだけに気配を消さずに近づいたのか?」


 シュバルツはニンジャだ。ニンジャと言えば隠密行動だ。そのニンジャがわざわざ足音が聞こえるように歩いてきたのだ。


 自分は決してあなたの敵ではありませんという意思表示である。


「まあまあ。定番のジョークじゃないか」


「そりゃそうだが……。何か釈然としないな」


 カイルは何か裏がありそうだと感じた。クォーツとシュバルツは元は同じパーティであった。


 それなら昔のよしみで、昨夜、クォーツを介抱するのはシュバルツで良かったはずだ。


 だが、シュバルツはその役目をカイルに押し付けてきた。


 カイルが怪訝な表情を浮かべる。それを受けて、シュバルツが目を細める。さらには意味ありげに「ふっ……」と軽く息を吐いてきた。


「昔にいろいろあったのだよ。拙者とクォーツは」


「お付き合いしていた仲だったのか?」


 カイルの直球すぎる質問にシュバルツが眉を下げた。ニンジャマスクをしている割りにはシュバルツの顔からは表情が読みやすい。


「そういう関係になったこともある。だが、お付き合いはしたが、裸のお突き合いまでには発展しなかった」


「なるほどな。初々しいカップルだったが、お互いのことを知るほどに、これ、何か違うなってやつか?」


「そうではない。クォーツと拙者がパーティを組んでいた時のことだ。その時、とある魔物に出くわした。そして、パーティは壊滅したのだ」


 シュバルツがカイルから視線を外してきた。そして、何とも言いにくそうな雰囲気をその身体から溢れさせる。


 カイルはそれ以上のことを聞いていいのだろうかと悩んでしまう。


「詳しいことはクォーツからは聞いていないのか?」


 再び視線を合わせてきたシュバルツに逆に質問された。カイルはそう言えばという感じでクォーツとのことを思い返す。


「いや。前のパーティのことを詮索するのは何だか申し訳ない気になって。ずっと、聞きそびれている」


「そうか……。1年経ったと言えども、クォーツはまだあの時のことが呪縛になっているのだろう」


 シュバルツはそう言ったあと、カイルの肩にポンと軽く手を置く。カイルはその所作から、シュバルツが何かを託してきたような感じを受ける。


(シュバルツは俺に何かしてほしいのか?)


 カイルはその考えを口には出せなかった。シュバルツの醸し出す寂しげな雰囲気におされてしまったのだ。


 シュバルツはカイルの肩から手を離し、ひとり廊下を歩いていってしまう。


 カイルはシュバルツを呼び止めようとした。


 しかし、そうする前に寝室のドアが開かれる。


 寝室から白衣に身を包んだ女性、いや、伸長や胸のサイズから見れば女子と言ったほうが正しいであろうクォーツが廊下へと出てきた。


「誰かとしゃべってた?」


「お、おう。シュバルツが偶然、通りかかってな?」


「いつも通り、かえでの葉1枚だった?」


「う、うむ。見てるこっちが寒そうな恰好だった」


「そうね……。シュバルツが今、あんな恰好になっているのは、きっと私のせいだと思う」


「そう……なのか?」


「きっとそうだと感じるだけ。本当のところはわからないけど」


 クォーツはそう言うとカイルの前を歩く。カイルは先ほどのシュバルツの言葉を思い出しながら、クォーツの後を追うように歩き出す。


(2人の関係は気になる。だが、そこに俺が介在していいのだろうか?)


 カイルはシュバルツのみを相手にしている時に、もっとつっこんだことを聞いておけばよかったとさえ、今は思えてしまう。


(俺はどうすればいい? もっと2人の過去に足を踏み入れていいのか?)


 しかしだ。色んな思惑を持って、カイルをリーダーとして新しいパーティが結成された。


(俺は皆にリーダーを任された。それにはきっと理由があるはずだ)


 カイルはクォーツと共に食堂へと向かう。クォーツの背中を追いかけながらも、けっして、彼女に並ばないように注意して歩いた。


 カイルは今はまだ、彼女の隣に立ち、同じ歩幅で歩く自信が無かったとも言えた……。


 誰しもが誰しもを気遣うことで起きた、悲しいすれ違いとも言えた……。

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