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第8話:新パーティ

「私はメアリー様が加入するのに賛成」


 静寂に包まれた酒場で1番に口を開いたのはクォーツ・カプリコーンであった。彼女は今のパーティ状況を最も把握していたからだ。


 サムライのカイル。ニンジャのシュバルツ。そして錬金術師の自分だ。


 火力に特化している。いや特化しすぎていると言っても良いだろう。


 アタッカー2枚。支援を中心に攻撃魔法もおこなう錬金術師。クォーツは中衛の立ち位置だ。


(回復役がいない。ロードであろうメアリー様はうってつきけだわ)


――ロード。戦士をより強固にした盾役だ。さらに回復役もこなす。肉の身をもたない霊属性相手に火力底上げも期待できる。


 どのパーティにも回復役は絶対に必要だ。


 戦闘に参加できるのは4人まで。支援役兼撮影役は戦闘中には介入しない。


 それがどのダンジョンでも適用される。この世界を創った神が定めた共通のルールだからだ。


 まさにロードは万能職と言えた。唯一の弱点と言えば、装備品がロード専用の物となる。


 メアリー皇女は聞かなくても職業がロードだということは一目瞭然であった。


(にくったらしいくらいロードらしいわ)


 たたずまい、優雅さ。そして、不遜さ。全てがロードのためにあるような彼女である。


 さらにはメアリー皇女は自分たちのことをしっかり調べ上げている。ロードが必要だからこそ、このパーティに加入させてほしいと願い出ているのだ。


「うむ。旅は道連れ……か。拙者もクォーツ同様、メアリー様の加入を歓迎しよう」


 シュバルツはクォーツの意見に同意する。残すはカイルのみであった。


 皆の視線はカイルに集中する。カイルは未だにうーーーんと唸っている。


(カイルは何を悩んでいるのかしら?)


 クォーツは眉をへの字にしながらカイルを見る。彼は首を上下左右に振り、なかなか決めきれないといった様子だ。


 そんなカイルにメアリーが新たな提案をする。


「戦闘に参加しないサポート役兼撮影係はこちらで用意しますわ。メイドのロビン・ウィル。いかがです?」


「待ってくれ。そうじゃない! 俺が逃げれないように準備を整えすぎだ! 俺は今日、パーティを全滅に追いやった人物だぞ!」


 カイルの悩みとはまさに全滅に追いやった責任感から来るものであった。


(そうよね。急すぎるよね)


 あれよあれよとカイルの外堀を埋められていく。


(まるでカイルの事情なんて知ったこっちゃないって感じだもん)


 カイルはわなわなと身体を震わせている。そんなカイルを見ていると、クォーツはなんだか悲しい気持ちになってきた。


(そうだよね。やっぱり気持ちの整理をきちんとつけたいよね)


 カイルは神の背骨に最愛の妹が捕らえられた。


(でも、カイル。あなたは間違っている)


 今は石化しているだけの状態で済んでいるといえども、いつかは完全に神の御許へと魂が旅立ってしまうだろう。それがいつになるかはわからない。


(1年後? 2年後? はたまた1週間後? それがわからないのよ)


 クォーツの目から見ても、カイルがいたずらに時間をかけていいわけではないことは確かであった。


 天井に顔を向けていたカイルは、ついに折れたとばかりに顔を床の方へと向ける。頭をあげぬままに彼は言う。


「わかった……。でも、エクスカリバーが手に入る保証はしないぞ」


 その言葉を聞いて、メアリーはにんまりと微笑む。勝ったと言わんばかりの威風を酒場内にこれでもかと放出する。


(結局、断るには理由も動機も足りないよね)


 クォーツは身体の緊張を解く。こうなったのも仕方ないとばかりにカイルに向かって苦笑する。カイルはそうだな……と雰囲気で肩をすくめた。


 そんなカイルの気持ちなど知ったことではないとばかりにメアリー皇女が動きを見せた。


「では……。店員さん、わたくしにも生チュウひとつ、頼みますわ!」


「は、はい! お口に合うかはわかりませんがっ!」


 店員はぺこぺことバッタのようにお辞儀する。そして、急いでカウンターの奥へと注文の声を届ける。


「生チュウはいりましたー!」


「あいよーーー!」


 カウンターの奥にある厨房はいつも以上に慌ただしくなる。そうしたという人物は平然とした顔つきで、カイルたちのいるテーブルへ椅子ごと身体を近づける。


 クォーツはあからさまに嫌な顔をしてしまった。しかし、メアリー皇女はニッコリと強者の余裕をその顔に表す。


◆ ◆ ◆


 店員が恐る恐る麦酒ビールが入った木製のジョッキを置く。


 少しでも粗相をすれば、テーブルに自分の首級くびが飾られるとでも言いたげであった。


 そんな恐怖に震える店員に対して、金髪碧眼縦髪ロールの邪神がこれでもかと言わんばかりにニッコリと微笑む。


「ご、ごゆっくり!」


 店員は引きつった笑いをする。さらにはあとずさりしながら、このテーブルから逃げるように離れていく。


「あら。他にも注文しようとしましたのに」


 さも残念といった表情のメアリー皇女に対して、やれやれ……と肩をすくめるシュバルツである。


 シュバルツは自分もジョッキを手に持つ。それに合わせてカイルとクォーツ、そして女司祭のミサ・キックスがジョッキを手に持つ。


 シュバルツは皆の準備が終わると共に、隣に座るカイルにウインクする。カイルは俺かよ……という心底、諦めの表情となる。


「では、なんか俺がリーダーに選抜されたってことで……」


「いよぉ! 景気良く頼むぞ!」


「うん。しみったれたのは嫌ね」


 カイルは観念した。これも運命なのだろうとメアリー皇女を受け入れる方向に気持ちを取り直す。


「ふふふ。せっかくこんな奇妙なパーティを結成出来ましたもの。リーダーとして一発ぶちかましてくださいな」


「おまえらなあ! ああもう!」


 シュバルツはうんうんと納得した感じをマスクの奥から出している。


 クォーツはなるようにしかならないと言った感じを出してみせる。


 金髪碧眼縦髪ロールのメアリー皇女は胸を張って意気揚々としている。


 そして、それを他人事のようにニヤニヤとした顔つきで見てくる女司祭のミサ・キックス。


 どうにでもなっちまえとやけっぱちになりながら立ち上がるカイル。


 クォーツは「ふふっ」と自分でも気づかずに笑みを零した。


「あーーー、では。新パーティ結成記念として、乾杯の音頭を取らせていただきます。アビス・ゲートに向かって、かんぱーーーい!」


「かんぱーい!」


 カイルの乾杯の合図と共に、ジョッキに入っている麦酒ビールをグビグビと飲んでいく4人。


 カイルは着席し、ちびちびと麦酒ビールを飲んでいる。何、しみったれてんだとばかりにバンバンと肩を強く叩いてくるシュバルツ。


 若鹿のから揚げが冷めてしまってはもったいないとリスのようにほっぺたを膨らませているクォーツ。


 もうすでにジョッキの中身をからにしてしまったので、「おかわりをもらいますわよ!」と皇女台無しになっているメアリー。


「お、ようやく笑えたじゃねえか」


 そう言いながら、カイルの頬っぺたをつんつんと意地悪そうにつついてくるのはミサ・キックスだ。


 カイルの目からしても彼女は本当に嬉しそうだ。ガキが少しは成長したもんだと言わんばかりの母親のような態度を示している。


「うるせえ……。こちとら、傷心中だっての」


 カイルはそうはいうが顔に喜色が走り始めていた。


(今日、たくさんのものを一度に無くしたはずなのに)


 カイルにとってそれはとても大切なものだ。


(ロストじゃないことが唯一の救いだな……。妹は石化しただけだ……)


 このパーティは複雑な利害関係が絡み合っている。カイル自身も複雑化させている要因のひとつだ。


 しかし、カイルは今、少しだけだが笑えている。


 カイルの笑みには寂しさが見え隠れしている。


 最愛の妹であるミゲル。


 共に背中を預け合った戦士のワットソン。


 いっしょにバカやって笑い合った盗賊のポマード。


 カイルはそれらすべてを飲み込むようにジョッキの中にたゆたう金色の麦酒ビールに口をつける……。


◆ ◆ ◆


(カイル。今、皆のこと、思い出してそう)


 カイルの心情を思うと、クォーツは罪悪感で胸の奥がズキッと痛む。しかし、今、テーブルを囲んでいるメンバーがカイルの傷を癒してくれると思える。


「仲間ってのはありがたいな」


「そう思うなら、私にもその感謝を分けてよね」


「うん? 俺、何かしたっけ?」


「別にー。何もしてないわよ。でも、何もしてくれないじゃない」


 クォーツは思わず、カイルに絡んでしまった。


 彼女の頬は麦酒ビールのせいで赤く染まっている。いつもは寡黙であるというのに、今は妙に舌がなめらかになっている。


 クォーツはカイルをなじるのを止められない。


「あーあ。なんだって、私はあんたを神の蒼き血エリクサーまで使って助けたんだろ」


「そりゃ、仲間だからほうっておけなかったんじゃないのか?」


「そうかもねー。でも、なんか今更にして、なんだかなーって感じ」


 クォーツはさも面白くないと言った感じで運ばれてきた麦酒ビールのジョッキを次々とからにしていく。


 普段のクォーツであれば、生チュウ2杯でアルコール類を飲むのをやめていた。そんな彼女が今は5杯以上、飲んでいる。


 そのことに自分で気づけないクォーツだ。


「酔ってるのか?」


「酔ってませーん。全然、酔ってませーん。すいません、おかわりおねがいしまーす!」


「なあ、それくらいで」


「だいじょうぶ。今夜はもっと飲めそうな気がするから」


 はぁ……とため息をつくしかないカイルであった。


◆ ◆ ◆


 そして、案の定、クォーツは酔いつぶれた。その間にもパーティ結成の宴は続く。その終わりを迎える頃、彼女を背中にしょって、酒場をあとにするカイル。


「うーーー。気持ち悪い……」


「だから言ったのに」


 カイルはクォーツを背負ったまま、宿屋へと向かう。


(心だけじゃなく、身体も癒してもらおうかと思ってたけど、これじゃ娼館には立ち寄れないな)


 カイルはようやく観念した。妹似のあの娘がいる娼館で慰めてもらうことを。


(まあ、そんなことしなくても俺には今は新しい仲間がいる)


 カイルはクォーツを背負いながら、夜空に瞬く空を見る。


 眠らない街ボルドー。そのせいで空に瞬く星々はその威を大きく主張できないでいた。しかし、その中にあっても月だけはその存在感を露わにしていた。


 その月に向かって、静かにカイルは宣言する。


「待ってろよ、俺の愛しい妹。絶対に神の背骨からお前を救い出してやる」


 しかしながら、カイルの宣言は街の雑踏の賑やかさにかき消されてしまう。


 まるで自分の願いなど叶わないと言われているようでもあった……。

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