馬鹿貴族の酒場の中に流れる楽しげな音楽をぶち壊す人物がやってくる。
店の入り口の扉を破壊する勢いで
「なんだ、なんだ!?」
「兵士たちが何故、ここに!?」
客たちはなんだなんだと驚きの表情になり、テーブル席から一斉に壁のほうへと避難する。しかしながら、とあるテーブルではそのような動きを一切見せない。
というよりかは全身鎧の兵士たちに周りを囲まれてしまったせいだ。動きが取れなくなったカイルたち。
「ふん。無粋な連中だな。カイル、やれるか?」
「いや、酒が入っててまともには動けん」
そんなカイルたちを放っておいて、兵士たちはとある人物を酒場の中に入れる道を作る。
その兵士が作った道を威厳たっぷりに歩いてくる金髪碧眼縦髪ロールの少女。
その身を今からどこぞの舞踏会にでも出席するのか? と聞きたくなってしまうようなドレス。
ひと目で王族だとわかるいで立ち。
その少女はひとりの女性を自分の近くに侍らせていた。
こちらも彼女付きの使用人とひと目でわかるメイド服を着ている。少女を守る騎士のように毅然とした風体。
「いったい、何!?」
「待て! クォーツ!」
クォーツは立ち上がり、喧嘩口調で出迎えてやろうとしたが、隣に座る股間を
そのニンジャは椅子に座ったまま、身体の向きを少女へと向ける。
「何用か、聞かせてもらおうか!」
本来なら土下座で迎えなければならない高貴な存在であった。しかし、ほぼ全裸のニンジャの身体からは「酒場では身分など無意味」といったオーラを放っていた。
少女は「ふふっ」と軽く微笑む。そうした後、兵士たちに向かって「下がりなさい」と命じた。
兵士たちは「しかし!」と言う。
その途端、少女の身からはその美貌とは似つかわしくないドス黒いオーラがあふれ出す。兵士たちは腰砕けになりながら「失礼しました!」と急いで酒場の外に出る。
「お騒がせてしまって申し訳ございませんでしたわ」
「わかればいい! で? メアリー・フランダール皇女がなぜこんな場末の酒場においでになったのか?」
ほぼ全裸のニンジャに自分の素性を当てられたことで、にんまりと邪悪な笑みをその顔に浮かべる少女であった。
少女は面白いといった雰囲気をその小さな身からあふれ出させる。
メアリー・フランダールは側付きの使用人のひとりに視線を軽く向ける。
視線を向けられた使用人は
「ありがとう、ロビン」
「いえ、皇女様。当然のことをしたまでです」
「では、わたくしが手を出していいというまでそこで待機してなさい」
ロビンと呼ばれた使用人はメアリー・フランダールに一礼した後、彼女の後ろへと下がる。
シュバルツから見て、今、自分たちを囲んでいる者たちの中で、庶民の常識が通用しそうなのはメイドひとりだけだと察する。
元盗賊上がりのニンジャなだけはあり、察する力がカイルたちの中で一番に高い。
「裸の殿方にそんなにじっくり見られると、気持ちが昂ってしまいますわ。ニンジャ・マスターのシュバルツ・バルトさん」
「ふんっ。こちらのことはすでに把握済みか! しかし、貴殿は知らぬ……」
シュバルツは挑発ともとれる発言をしてみせる。
その様は貴様たちの情報は全部把握しているとでも言いたげであった。しかし、シュバルツの次の発言でメアリーは目を皿のように大きく見開くことになる。
「聞いて驚くな! クォーツはカイルにホの字だ!」
「ちょっとあんた、何言ってんの! わ、私はカイルのことなんか!」
「それは本当……なの? わたくしの、いえ、王宮のちからを注いだ捜査ではそんな情報はなかったわよ。ねえ、ロビン?」
「はい、皇女様。自分も把握しておりません。何やら秘めた恋心のようです」
シュバルツには全てを把握していると勘違いしている者を大きく動揺させる必要があった。
彼女らがまったくもって知らない、さらには予想外すぎる事実を教えることが1番だ。
シュバルツは椅子の上から倒れそうになるくらいに腕組みしながら踏ん反り返っている。
そのシュバルツの頭を真っ赤にしながら木製の皿でバンバンと勢いよく叩くクォーツであった……。
◆ ◆ ◆
荒れた場を改めるようにわざとらしく皇女殿下が大きく「ごほん……」と咳をする。
注目を自分に集め直した彼女はカイルの方へと視線を向ける。その視線に誘導されるようにテーブルの席につく3人がカイルのほうへと同じように顔を向ける。
「俺に何か用ですか?」
今まで黙ってことの成り行きを見ていただけのカイルがようやく口を開いた。
――サムライ。強きをくじき、弱きを助ける。
それこそがサムライの矜持だ。
その矜持があってこその今のカイルであった。そんなカイルに対して、優越感に浸った表情でメアリーが一方的な質問をする。
「あなた。最愛の……いえ、抱きたいと思っているほどに愛している妹を救おうとしている。そのために伝説のムラマサを手に入れるのご予定ですわよね?」
「抱きたいとは失礼な言い方だ。いいか? よく聞け。俺は法が許すなら妹と結婚したいと思っている!」
カイルの言葉には力がこもっていた。この想いを誰にも邪魔させはしないという力強さであった。
メアリーの身体には鈍い汗がにじみ出る。触れてはいけない魔物に出くわしたとでも言いたげに身体が危険を感じていた。
「なぜ、俺はミゲルと血の繋がった兄妹なんだ!? 俺には神のご意思がわからん!」
カイルからの身体からは劣情からではなく純愛だとでも言いたげな誇らしさをもったオーラが放たれている。
「待つんだ、俺。きっと神は俺たちを試しているんだ……。真実の愛は困難な壁を乗り越えた先にあるのだと!」
メアリーは思わず、ごくりと息を飲む。このような堂々とした殿方は今まで出くわしたことなど一度たりとてない。
「だから俺はムラマサを手に入れる……」
父であるシヴァ・フランダール帝ですら、自分にどこか及び腰である。そうさせているのは自分の罪とも言えるような美貌にあると思っていた。
だが、目の前にいるカイル・ジェミニという男は違う。
「さすがですわね。神の背骨が崩れ落ちる時、世界も同じく崩れ落ちると言われていますわ。でも、貴方はその神の背骨を叩き斬れる可能性に賭けている」
「そうだ。俺は世界と妹のどちらかを選べと言われれば、間違いなく妹を選ぶ。妹と共に生きていけないこの世界こそが間違っている」
メアリーはまたしても驚かされてしまう。普通なら狂っていると嘲笑されてもおかしくない発言だ。
だが、彼の言葉のひとつひとつに妹に対する愛をひしひしと感じてしまう。
(こいつ……。本気で世界がどうなろうが知ったこっちゃないと思わせるだけの威風を放っていますわ……)
メアリーは次に放つ言葉を間違えないようにしなければならなかった。
緊張感によって、背中にじっとりと鈍い汗が浮き出ている。その汗が集い、背中を通じてお尻の割れ目へと流れてくる。
さらにはその汗の塊がドレスに染みを作る。そこに至るまでの時間、彼女は必死に考えた。
(どうすれば、自分が主導となって、アビス・ゲートへと目指すパーティを結成できるかしら?)
――アビス・ゲート。魔神が住むと言われている地獄。
そこはダンジョンをいくつも越えた先にある深奥のダンジョンだ。金で雇われたような奴らでは決して辿りつけはしない。
カイルのような世界を滅ぼしても構わないという狂人のような精神力の持ち主ではないといけない。
「今までの無礼。謝ります。どうか、わたくしめをカイルさんのパーティに加入させていただきたく思います」
メアリーは今までの高圧的な態度を一変させた。メアリーもカオス・ゲートに赴いて、手に入れなければならないものがあった。
(ここは頭を下げてやるのですわ。そうするだけの価値がエクスカリバーにはありますの)
それを為すためならば一時の屈辱を受け入れるのは何の恥にもならないと、彼女は短い時間の間でそう結論づけた。
「俺たちと同じく、姫様もアビス・ゲートに行きたいわけか。理由を聞いてもいいか?」
「はい。わたくしは次期光帝になりたいのです。そうするには、あの地でしか手に入らないと言われているエクスカリバーが必要なのですわ」
――
それは伝説のムラマサと匹敵するほどの武器であった。
山すらも両断するのがムラマサ。海を割るのがエクスカリバー。
そして、彼女の目的地はカイルと同じく悪魔の本拠地と呼ばれているアビス・ゲート。
両者の思惑が交差する。
「あなたの力を貸していただきたくて、ここに来ましたの」
メアリー・フランダール皇女はどちらにも利があると言いたげな態度を取る。
最愛の妹を助けたいカイル・ジェミニ。彼の表情には悩みの色が広がっていく……。
お互いに無言の静寂が生まれる……。