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第5話:ゴリアテ

 バカには付き合っていられないわとばかりの態度を示すクォーツ。


 彼女は何もない空間へと手を突っ込む。そして、慣れた手つきで空間の向こう側を探り、そこからピンク色のスリッパを3足取り出した。


「はい。幸運のスリッパ。1足1万ゴリアテね。ちゃんと代金、払ってね」


「うむ。こんな殺風景な場所で立ち話も何だからな。そろそろ街へ戻ろうではないか」


 クォーツが白い箱をシュバルツたちに向ける。シュバルツがその箱の上に空いている穴に銀貨を10枚入れる。


 カイルも続けてガマ口財布から銀貨を10枚取り出し、同じように箱へと納める。


 クォーツは撮影係兼荷物持ちのサポートメンバーだ。


 カイルのパーティ構成は戦闘に参加するのが4人。そしてそこにサポートとしてクォーツが入る。全員で5人という構成だ。


 クォーツはカイルのパーティに金で雇われるアルバイトのポジションであった。


 カイルは銀貨を10枚入れたところで怪訝な表情となる。クォーツはカイルを見て、首を傾げた。


「えっと……。俺の石化解除の分は払わなくていいのか?」


「払えるものならば払ってもらうけど……」


 クォーツは言っていいものか悩む。カイルを石化から救うために使ったのは『神の蒼き血エリクサー』だ。


――神の蒼き血エリクサー。どんな状態異常も治してしまう薬だ。


 さらには魂が失われてなければ、灰になった死体でも復元できる。そんなとんでもスペシャル・アイテムだ。


 カイルのような中堅パーティが代金を支払えることなど、到底不可能である。


「んーーー。一応だけど、値段、聞いとく?」


「うん。貸しを作りっぱなしなのは悪いからな」


「じゃあ……。10億ゴリアテってところ」


「じゅ、10億!? 城ひとつ、余裕で買えるじゃねえか! なんでそんなもん、俺のために使ったんだ!?」


「う、うるさい……。私が使おうって決めたんだから、私の勝手。だから、代金は気にしなくていい」


「そんなこと言っても……」


 クォーツとカイルの間には微妙な空気が流れていた。しかし、その空気を吹き飛ばす男が発言する。


 もちろん、股間をかえでの葉1枚で隠しているシュバルツだ。


「では、こうしよう。カイルにはクォーツの世話をしてもらおう」


「世話?」


「うむ。クォーツは臆病になった。昔、パーティ仲間をロストしてな」


「それはなんとなく察してる。んで? 俺はどんな世話をすればいい?」


「クォーツが再び、まともな冒険者としてひとり立ちできるようにだ」


「ちょっと待ってよ! 私は……そんなこと、望んでいない」


 クォーツの表情が明らかに曇った。クォーツの脳内に昔に組んでいたパーティとの思い出が蘇る。


 クォーツの胸が締め上げられる。クォーツは目をギュッと閉じる。自然と両手で薄い胸を抑えた。


「わかった……。そういや、もともとクォーツがひとり寂しく酒場で飲んでいたところを俺が誘ったんだ」


「カイル……。私はもう十分にカイルにお世話になったよ?」


 カイルは「ふっ」と優しげに息を吐く。クォーツは余計に悲しげな表情となった。


 カイルはそんなクォーツの頭をフードの上から優しく手で撫でる。まるで幼子をあやしているかのようであった。クォーツは頭を自然と下げていく。


(カイルはずるい。1番大事なのは妹のミゲルのくせに)


 クォーツはなんだか納得いかないという表情になる。


 カイルとその妹のミゲルは両親の反対を押し切って、冒険者になった。半分、勘当された身となった二人は普通の兄妹よりも絆を深めた。


 頼るのはお互いだけの身だ。2人がそういう仲になって当然だとクォーツには思えた。


(私はカイルたちのために出来ることをしたいと思ってる。でも、カイルは妹のことが1番大切なの……)


 複雑な思いがクォーツのこころをよぎる。だが、クォーツの気持ちを察することもなく、カイルがクォーツの手を両手で包み込んだ。


「俺に出来ることなら、なんでも相談してくれ」


 カイルの言葉だけでなく優しげな目がそう訴えてくる。


(ずるいよ、カイル。そんな風に言われたら、断れないじゃない)


 クォーツは観念した。旅は道連れという言葉が頭の中によぎる。クォーツは前向きにとらえることにした。


「うん。カイル。10億ゴリアテ分、私に世話を焼いてね?」


「おう、任せろ。クォーツがまた普通の冒険者に戻れるように尽力する」


「ゆびきりげんまん」


「ん?」


「空手形じゃいやだから」


「わかった」


 クォーツはカイルに右手を差し出す。そして小指をそっと伸ばす。カイルがそれにあわせて右手の小指を伸ばす。2人の小指が絡む。


「ゆびきりげんまん。嘘ついたら爆弾の罠を喰らわす」


「ぶっそうだな……。ゆびきった」


 シュバルツはクォーツたちのことを覆面の奥からニヤニヤ見ていた。クォーツはシュバルツの視線に気づく。そして彼を睨みつけた。


 だが、シュバルツはサムズアップしてくるのみであった。


(ほんと、お節介焼きなのは相変わらずね、シュバルツ)


 話がついたクォーツたちはピンク色のスリッパに足を通す。そして、その場でしゃがみ込み、ピンク色のスリッパについている宝石をグリっと時計回りに回す。


 その途端、彼らの身体をまばゆい円柱の光が包み込む。その数秒後、彼らの姿はこの場から消えてしまう……。


◆ ◆ ◆


 クォーツが目を開ける。そこはボルドーの街の入り口であった。先ほどまでの殺風景な平原とは違い、人々がけたたましい音を立てながら、往来を行き来していた。


 大勢の靴が地面を鳴らす音。ひとびとの呼び合う声。どこかで瓶が盛大に割れる音。祭りと喧嘩はボルドーの華と言わんばかりの賑やかさ。


 夕暮れ時だというのに屋台が街の通りに並んでいた。そろそろ店じまいの時間であるというのに、食材を求めて、ひとびとがそれぞれ屋台の前を占拠していた。


 それだけではなかった。屋台通りを過ぎると、そこには眠らぬ街ボルドーを象徴する繁華街があった。


 陽が傾き、夕暮れとなっている。だというのに繁華街は魔術灯によって、きやびらかに装飾されていた。


 キャバクラ・バクフとでかでかと書かれた看板が掲げられた酒場が目に見えた。魔術灯のいかがわしいピンクの色がその酒場をいっそう色鮮やかに目立たせていた。


 その中に「いらっしゃい! うちには良い娘そろえてますよ!」と客引きの声が怒声のように響く。繁華街に流れる音楽に彼の声も付け加えられた。


「帰ってこれたんだな」


「ああ。ロストと隣り合わせの乾いたダンジョンとは違い、ひとびとが行き交うこの街へ。無事に生還できたという安堵が一気に押し寄せてくる!」


「私、あんまり好きじゃないのよね、この雰囲気。ダンジョンよりかは遥かにマシだけど」


 クォーツが戻ってきた場所はボルドーの街であった。華やかな王都の近くにある冒険者たちが利用する街だ。


 冒険者というのはとにかく荒事に携わっている人物たちだ。その冒険者たちが多く集うだけあって、このボルドーの街は騒がしくてたまらない。


 だが、この騒がしさがいいのだと言わんばかりの雰囲気を身体から醸し出すカイルとシュバルツであった。


「では、セントラル・センターに行くか? それとも冒険者らしく酒場に行くか?」


「私は先にセントラル・センターに行きたい。全滅したけど、配信でのお金が振り込まれてるはずだし」


「そうかそうか。では先にセントラル・センターに行こう! カイルもそれでいいな?」


「異論は無い……かな。妹たちの遺品……も預けておかなきゃならな……いし」


 カイルが暗い表情になった。カイルは妹たちのことを思うと胸が締め付けられるような思いだった。それにつられてクォーツも悲しげな表情となる。


 それに対して、やれやれと肩をすくめるシュバルツであった。ダンジョンに潜るということは死やロストと隣合わせなのだ。


 いくら大切な仲間を失ったと言えども、今は生きて生還できたことをおおいに喜ぶべきだというのがシュバルツの持論であった。


 シュバルツはカイルの肩を抱く。そして、彼を元気づける言葉をささやく。カイルは「ふっ……」と静かに息を吐く。


「すまん。石化しただけだったな、妹たちは。蘇生不可のロストじゃない」


「うむ、その通りだ。悲しむのはロストした時だけにしたまえ。さあ行こうか!」


 カイルの妹のミゲルは存在が完全にこの世界から消え去ったわけではない。ただ単に神の背骨に捕らわれただけだとカイルは強くそう念じた。


 そして、その神の背骨から妹たちを救い出す方法もわかっている。落ち込んでどうするんだとカイルは両手でパンパンと強く頬を叩く。


 彼は明日を歩くための活力を今は補充しなければならないと気持ちを改めた。


(カイル。大丈夫そう。カイルは強い。妹さんがあんなことになったのに。私はカイルを見習わなきゃ)


 クォーツはつぶさにカイルを見ていた。カイルが落ち込みかけた時、カイルに声をかけそうになった。しかし、シュバルツがカイルを支えた。


 クォーツはどうしても1歩踏み込むことに恐れを感じてしまう。


(私は変われるんだろうか?)


 クォーツは憂鬱な表情になりながら、一路、セントラル・センターへと歩を進める。


◆ ◆ ◆


 気を取り直したカイルはシュバルツたちと共にセントラル・センターへ向かう。そこでは配信の人気度に応じて、配信料が支払われる施設があった。


 他には荷物を預かってくれる施設や、冒険者のパーティメンバーを登録する登録所もある。


 それと忘れてはいけないのはここにいは銀行バンクがあることだ。パーティが全滅した際にその時の全財産は死体漁りの夜盗に奪われることが多々ある。


(無一文のパーティを蘇生してくれる善人などいやしない)


 カイルはセントラル・センター内を歩きながらそう思った。


 すれ違う冒険者たち。喜びが満ち溢れる冒険者。それに対して、今でも倒れそうなほどに顔が青白くなっている冒険者。


 冒険者それぞれにいろいろな感情がその顔に色濃く映っていた。


(俺はクォーツに莫大な借りができた)


 蘇生の代金を代わりに支払ってくれるとなれば、何かしらの理由持ちがほとんどだ。


 その理由の大半はスカウト目当てだ。そういうのはパーティ解散の危機に繋がる。


 だからこそ、預けれる上限額は決まってはいるが、セントラル・センターの銀行に金を預けておくのだ。


(10億ゴリアテか……。返すあてなんかまったくないな)


 カイルは銀行の窓口で、自分の預金残高を参照していた。カイルの顔は渋面となっていた。そんなカイルに対して、銀行員がニッコリと微笑んでいる。


「ご融資もおこなっていますが。カイル様のパーティは中堅ですので、当銀行がそれなりにバックアップしますわよ」


「いや。それには及ばない」


 銀行員はあからさまに残念といった表情となっている。


 カイルは肩をすくめる。それに合わせて銀行員がカイルにお辞儀をする。


「またのご利用、お待ちしております」


「ああ。また来るよ」


 カイルは会釈をした後、銀行の出入り口に向かう。銀行の外に出ると、はぁ……と思いっ切りため息をついた。


 カイルがふと、銀行の横にある配信の配当が支払われる施設の方へと視線を向ける。ちょうどその施設から出てきたばかりのクォーツがいた。


 クォーツはカイルのため息が伝染したかのように、はぁ……と心底、残念そうなため息をついていた。


「おう。クォーツ。どうしたんだ? ため息をついて」


「うーん。思ってたより配当額が少なかったの」


 クォーツがそう言いながら、カイルに革袋を渡してくる。カイルは革袋の口を開き、その中を確認した。銀貨が二十数枚ほど入っていた。


 カイルは苦笑してしまう。


「他人の不幸は蜜の味っていう割には、投げ銭が少ないな」


「うん。不謹慎だけど、その通りね」


「俺たちのパーティがあそこで全滅なんて考えてもしてなかたんだろう。円形闘技場で俺たちに賭けてくれてたやつらは怒り心頭だったてことさ」


「それはそうだけど……」


「もらえるだけありがたいってもんだろうな」


 カイルはフードの上からクォーツの頭をぽんぽんと軽く撫でてみせる。クォーツが顔を真っ赤にし、さらには「うー」と唸りながら自分を睨みつけてくる。


(あれ? 俺、何かしちゃいましたかね?)


 カイルが首を傾げる。ちょうどその時、シュバルツがカイルと合流した。カイルはシュバルツの方へと顔を向ける。


 シュバルツはやれやれ……と肩をすくめている。カイルはもう1度、首を傾げた。


 カイルはクォーツが手渡してきた配当金にもう1度、目を向けた。


 確かに心もとない銀貨の枚数であった。これから酒場で飲む分には足りる。


 しかしだ。酒場から宿屋に戻る前に沈んだ気分を上げることができるアレなお店に寄れるような額ではなかった。


(妹似のあの娘がいる娼館には今夜はいけなさそうだな……。慰めてもらおうと思ったんだが……)


 カイルがさも残念という表情になる。そんなカイルに対して、クォーツは不満そうに唇をアヒルのようにとがらせている。


「カイル。顔に書いてある。スケベ」


「おい、ちょっと待ってくれ! これはそのあれだよ、あれ!」


「ハーハハハ! そう責めるなっ! 男なら誰しもがロストと隣り合わせのダンジョンから帰ってきたらそうなるものだ! 生きてるあかしとも言える」


「知らない! そんな男の事情なんて!」


 クォーツはおもしろくないといった表情でずかずかと足音を立てて、その場から立ち去っていく。


「わかるぞ、その気持ち」


 シュバルツがカイルの肩に手を置く。


「いやまあ、妹が石化したその日も変わらぬうちにってのもあるしなあ」


「それでもこころに空いた穴を埋める行為を拙者は否定せぬぞ?」


 シュバルツが豪快に笑っている。カイルはバツが悪そうな苦笑いでシュバルツに応じる……。

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