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第4話:皇女

 バスタブに張られた湯の中に肩までゆったりと浸かっている金髪碧眼縦髪ロールの少女がいた。


 彼女がいる空間は貴族でもトップクラスのたたずまいをもつバスルームであった。大理石を基礎とした造りだ。壁や天井には色とりどりのパネルがはめ込まれている。


 少女は花の香りがするバスタブの湯で身体をゆっくりと温める。彼女の周りには使用人と思わしき人物たちが静かに立っていた。


 そんな使用人たちの目を毛ほども気にせずに少女は気持ちよさそうに湯に浸かる。


 バスタブの中から足を延ばしながら、水面の上へと出す。自分のきめ細かい肌にうっとりとした表情になる。


「ふふっ。わらわは美しい。そして、冒険者たちの生き死にも美しいですわ」


 彼女は湯に浸かりながら、端正な顔の横のスクリーンに目を移す。バスタブに並行させるように展開させている小さめのスクリーンを見る。


 彼女の表情には恍惚とした色が浮かんでいた。


 そのスクリーンにはとある冒険者たちの姿が映っている。


「おもしろい方たちですこと。この世界を支えているという『神の背骨』を斬り倒そうだなんて……」


 少女はご満悦という表情でスクリーンの縁を濡れた指先でなぞる。彼女が特に注目したのは絶望に打ちひしがれるサムライであった。


 道化師ピエロとして楽しめる若者だと、自分の後ろ盾であるアンドレイ・ラプソティ公爵に教えてもらっていた。


「パーティが全滅したのは残念ですわ……。でも、彼はきっと今まで以上に道化師ピエロとして活躍してくださる……」


 少女の顔は恍惚といった表情からご満悦という表情へと移り変わっていく。シルクのような肌が紅潮していく。


 それは湯の温度のみが作用したわけではないことは見て取れる。少女はスクリーンに映るサムライにチュッと軽く口づけする。


 齢16だというのに、その姿は妖艶と言ってもよかった。


「さてと。これ以上はのぼせてしまいますわ」


 少女が小さ目のスクリーンの前に右手をかざす。その右手をさっと左から右へと軽く振る。


 その途端、展開していたスクリーンは消え失せてしまう。そうした後、バスタブから出て、その裸体を惜しみなく空気に触れさせる。


「メアリー・フランダール様……」


 使用人たちは急いでその手に持っていたバスタオルで少女の身体を包み込む。剥きたての茹でタマゴを扱うかのように。


 使用人たちは優しく彼女の身体にまとわりつく水滴を拭いていく。メアリー・フランダールと呼ばれた少女はまさに皇女であった。


 そのたたずまい、その威厳、その美しさ。神が意図してそう創ったかのような存在。


「ありがとう、皆の者」


 そうであったとしても、メアリーはそれを出し惜しみする気はなかった。皇女はこうあるべきとでもいいたげに下着を使用人に着させてもらう。


 下着姿のままでバスルームの向こう側にある自室へと向かう。


「皇女殿下。参上つかまりま……した!?」


 彼女の自室で待っていたアンドレイ・ラプソティ公爵は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔つきになっている。


 そんな彼を横目に「ふふっ」と軽く微笑んで見せるメアリー・フランダール。彼女は下着姿のまま、アンドレイ公爵にとあることを命ずる。


「気に入ったわ。カイルと言ったかしら。わらわはあの方と共にダンジョンへ向かいますわ」


「そ、それは……。もっと腕利きの者をご用意できますが!」


 アンドレイ公爵が慌てふためきながらメアリーにそう提案する。メアリーはそんな彼のことを構う素振りも見せはしなかった。


「さっそくですが、彼と会いたいの。セッティングしてもらえます?」


「そ、それは。数日、いただけませぬか」


「だーーーめ。わらわは今日中にあの殿方と会いたいの」


 アンドレイ公爵は目を剥いた。数日中ではなく、今すぐにでもカイルと顔合わせ出来るようにと命じてきた。


 驚き顔のアンドレイ公爵を見て、メアリーはにんまりと笑みを浮かべる。


「無茶苦茶すぎる……」


 アンドレイ公爵は消え入りそうな声で零す。アンドレイ公爵が次に何か言おうとした。しかし、メアリーはまたしても彼のことを気にせずに発言する。


「貴方がわらわの身を案じてくれるのはありがたいですのよ」


「もちろんです。だからこそ精査に精査を重ねてから!」


「そういうのいらないわ。自分の目で確かめますわ」


「しかし!」


 アンドレイ公爵は食い下がる。しかし、それをまたしてもメアリーは一笑に付す。


「誰がわらわの敵か、味方かはわらわのこの目で判断する。ちがう?」


「ぐぅ……」


 目の前のアンドレイ公爵はまさにぐぅの音しかだせないようであった。その姿に嗜虐心を抱いてしまうメアリー。彼女はさらにアンドレイ公爵に要求を叩きつける。


わらわ絶対王者の剣エクスカリバーが欲しい。そうこのわたくし自身の手で手に入れる」


「そうですな……」


 アンドレイ公爵の表情は諦めの色が強くなっていた。皇女殿下が光帝の地位に着くには絶対王者の剣エクスカリバーが必要だ。


 その難癖をつけてきたのがアンドレイ公爵の政敵であった。偉くなれば敵が増える。その通りの災難がアンドレイ公爵の身に降り注いだ。


「では、カイルとの面談の準備。しっかり整えておいてくださいまし」


「わかり……ました」


 アンドレイ公爵はそう言うとがっくりと肩を落とす。何を言っても聞いてもらえはしないだろうという雰囲気をその身体から溢れ出させている。


 アンドレイ公爵は不幸であった。メアリーに仕えていること自体がだ。


 メアリーは相手を屈服させるのが大好きだ。さすがは皇女といった態度である。しかも、彼女は従順すぎる犬はあまり好きではない。


 先ほど、バスルームで見ていたカイルの無様っぷりを堪能していたことを思い出す。


(ふふっ。カイル殿はわらわに反抗してくださることを期待していますわ)


 メアリーは良いおもちゃを見つけたとでも言いたげな表情を浮かべる。


(どう躾けてあげましょうか? 鞭? それともろうそく?)


 カイルのことを思うと、身体の尻側からゾクゾクとした快感が背骨を通って駆け上がってくる。彼のことを想像するだけで興奮を覚えてしまう。


 メアリーはうっとりとした表情になる。公爵とメアリー皇女の話が終わったことで、ようやく彼女に近づいていく使用人たち。


 使用人たちは彼女の美しい裸体をきらびやかな衣服で覆い隠す。


 着替えが終わったメアリーはふかふかのソファーにお尻をつける。とても16歳とは思えない妖艶なお尻だ。


 そうした後、右手を軽くかざし、右から左へと軽く振る。その途端、先ほどまで消えていた小さ目のスクリーンが彼女の前と姿を現す。


 お目当てのカイルを再び観察する時間が始まった……。


◆ ◆ ◆


 メアリー皇女からカイルたちへと場面は変わる。



 カイルの目の前には股間をかえでの葉1枚で隠しているニンジャが仁王立ちしていた。そのニンジャの名はシュバルツ・バルト。


 彼はカイルに神の背骨を叩き斬る方法を伝授している真っ最中であった。


「俺の次元斬と伝説の妖刀:ムラマサを重ね合わせる……だと?」


 カイルは怪訝な表情になっていた。そんな彼に対してシュバルツはこくりと首を縦に振ってくる。カイルの表情はますます曇っていく。


「伝説の通りならば、ムラマサで斬れぬものは無いと言われているが……。本当に出来るの……か?」


「おぬしのその技は未完成。そうだろう?」


「なぜ、それがわかる?」


「刀の悲鳴が聞こえた。かっこよく言えばそういうことになる」


 シュバルツはここで一度、言葉を切る。そして、カイルの手に持っている刀の柄を指さした。


「銘刀のようであったが……。いかんせん、その刀では次元斬の負荷に耐えられなかった……。拙者はそう推測した」


「すごいな……。ニンジャなのに刀のことがそこまでわかるなんて」


 カイルは素直に感心していた。シュバルツはニンジャである。


 ニンジャと言えば基本、徒手空拳だ。ニンジャ・マスターになれば防具すら身に着けない者もいると言われている。


 そして、今、自分の目の前に居るのはかえでの葉1枚で股間を隠すのみのシュバルツだ。


 シュバルツが相当な手練れであることは、カイルにも容易に想像できた。


 そしてシュバルツがニンジャ・マスターであるがゆえに、彼が言っていることの現実味が格段と増した。


「伝説のムラマサ……。そうか、それがあれば、俺の次元斬が完成する!」


 カイルの顔には少しだけだが希望の色が浮かび上がってきていた。シュバルツの言う通り、次元斬は未だ未完成の技であった。


 それは振るう刀がもたないという問題が1番大きい。師から教わった一子相伝の技であるが、師もまた次元斬は未完成だとおっしゃっていた。


 その意味はこの技を受け継いだカイル自身もわかっていた。カイルは砕け散った刀の柄を右手で拾い上げる。そして、それを天に向けて突き立てる。


「俺は新たな刀を手に入れる! そして、神の背骨を叩き斬る! それがこの世界を終焉に向かわせようとだ!」


「よく言った! それでこその我が相棒バディ! さあ共に歩もう! 神の背骨などこの世から消し去ってしまうのだ!」


 希望を取り戻したカイルは意気揚々と立ち上がる。そして、ほぼ全裸のシュバルツと肩を抱き合う。


 その姿を魔導器で撮影していたクォーツは「はぁぁぁ」と思いっ切りため息をついてる。カイルはそんな彼女を目の端でとらえ「ん?」と首を傾げる。


「俺、何かおかしなことを言ったか?」


「おかしくはなないわよ。でも、その話には続きがある」


「何か聞かなきゃならんことがあったっけ?」


 そんなカイルに対して、もう一度大きくため息をつくクォーツである。カイルはますます首を傾げてしまう。


 そんなカイルに対して、シュバルツは彼に体重を思いっ切り預ける。


「ムラマサが手に入る場所に問題があるのだよ」


「え? そういや、ムラマサってどこで手にはいるんだ? 浮かれて失念してたわ……」


「バッカじゃないの! あんた、浮かれすぎ! アビス・ゲートよ!」


 アビス・ゲートという言葉を耳にした瞬間、カイルは手に持っていた刀の柄をポトリと地面に落としてしまう。


――アビス・ゲート。そこは伝説の魔神たちが住むと言われている場所。


 そこはダンジョンをかき分け、さらにその先に進んだダンジョンの奥深くにあるといわれている最奥のダンジョンだ。


 それだけではない。アビス・ゲートには魔神たちの部下である大悪魔も多く存在すると言われている……。


 子供でも知っている伝説の地だ。


 カイルの顔は真っ青になっていく。それに対して、シュバルツは苦笑いしながら弁明しはじめた。


「あとそれにムラマサをさらに強化する必要がある。それも無ければ、神の背骨は切断できないだろう」


「てめえ……!」


 カイルの身体はわなわなと震えていた。怒りがふつふつと心の奥から湧き上がる。


「伝説のムラマサだけでも、とんでもないってのに、まだ何か必要なのか?」


「そうだ。カイル。冒険者ならわかるであろう?」


「なにをだ?」


 シュバルツはカイルと肩を組んだまま、薄汚れた白衣に身を包む女性を指さす。カイルはその女性を見て、はっ! と気づかされた顔になる。


「そうか。繋がった」


「そうだ。錬金術師にムラマサを強化してもらわなければならぬ」


「クォーツ。俺を助けてくれ!」


「ちょ、ちょっと!」


 カイルがシュバルツから身を離す。彼は次にクォーツのほうへと近寄る。クォーツの顔はどんどん赤くなる。


 だが、そんなクォーツの表情の変化に気づかぬまま、カイルは言う。


「俺と共にアビス・ゲートに行こう!」


「ええ!? 私、戦えないわよ!?」


 カイルはこの時、クォーツの事情を考慮せぬまま、アビス・ゲート行きを決意する。クォーツは困り顔であった。


 しかし、カイルとまだ冒険を続けられることに安心感を覚えたのも事実である。


 カイルに気づかれないようにシュバルツがクォーツに向かってウインクした。


◆ ◆ ◆


 シュバルツとカイルは意気揚々と「今から飲みにいこうか!」と肩を抱き合っている。


 しかし、クォーツは真っ赤な顔でシュバルツを睨んでいた……。


(もう! 変なお節介しないでよ!)

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