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第3話:神の背骨

 カイルはお椀の中のカボチャスープを全て飲み干す。そのあと、ベッドの上から周囲を見渡した。


 絶望感すら漂う広さであった。背の低い草花が咲いている平原だというのに、その風景からは温かみを感じることができない。


 ただただカイルの哀愁を反映してるかのように草花は静かに風に揺れていた。


 平原のど真ん中に天まで届く太すぎる柱が1本、立っていた。


 カイルはニンジャのシュバルツと錬金術師のクォーツに案内される。ベッドがあった場所から見て、石柱の裏側へとたどり着く。


「うわあああああああああああああああああ!」


 その柱の表面にはとある人物たちが浮き上がるように捕らわれている。


「ミゲル……。ワットソン……。ポマード……!」


 カイルは力なく両膝を地面につく。石柱に取り込まれた妹たちにすがりつく。


 石柱と同化してしまった妹たちを前にして過去の出来事を思い出していた。


 ワットソンとのコンビネーション攻撃。妹のミゲルとの優しい会話。ポマードとのいたずら合戦。


 どれもが、昨日のことのように鮮やかだった。しかし、それらの思い出は、今となっては手の届かない過去のものになってしまった。


「俺は何故あの時、油断したんだ!」


 自然と涙があふれだしてくる。カイルは絶望に包まれる。


 しかしそれを許さぬとばかりにカイルのパーティの今置かれている状況をひとつひとつ説明された、ニンジャのシュバルツに。


「おぬしだけが何故かはわからぬが完全に同化することを拒否されたのだ」


「それってどういう意味だ。俺に何かあるのか?」


「そこまでは拙者にはわからん。もしかすると、そなたは神に嫌われているのやもしれぬな」


――天空にまで届く石柱。『神の背骨』と呼ばれている。この石柱が崩れ落ちる時、この世界は崩壊すると言われている。


 だが、カイルはそんなことは知っちゃこったないとばかりにゾンビのようにゆっくりと立ち上がる。


 腰に佩いた刀を鞘から抜き出す。下腹部の丹田と呼ばれる場所に意識を集中させる。


「ミゲル。最愛の妹よ。今助ける!」


 丹田に意識を集中することで自分の下腹部から熱い熱が湧きだす。その熱は段々と身体全体へと広がっていく。


 それと共にカイルの身体の周りに陽炎がまとわりつく。さらにはカイルが手に持つ刀が軋みをあげた。


「カイル、あなた!」


「待て。好きなようにやらせておけ」


 クォーツがカイルの下へと駆け寄ろうとした。


 だが、彼女の肩をぐいっと手で掴むシュバルツ。あまりにもの怪力でクォーツはその場から動けなくなる。


 彼女たちがそうしている間にもカイルの気を練り続けた。その行為は終わりに近づく。


 研ぎ澄まされた感覚の中、カイルはイメージした。


(俺は神の背骨を切断できる! 絶対にだ!)


 カイルは神の背骨と呼ばれる太すぎる石柱を斬ろうとした。


 縦に両断するイメージを持った。そのイメージがはっきりと脳内に描かれる。それと同時にカイルは両目を見開く。


 怒りがこもったその瞳で神の背骨を睨む。呪い殺さんとばかりにだ。


「次元斬!」


 カイルが上から下へとまっすぐに刀を振り下ろす。その途端、何もない空間に切れ目が入る。


 次の瞬間には切れ目が内側からこじ開けられた。切れ目が広がりを見せる。


 爆音と爆風が発生する。平原に咲く草花がその爆風で横薙ぎに倒れていく。


 爆音と爆風が収まった。


 だが次の瞬間には空間に空いた縦長の穴が周囲の物を吸い込み始める。その勢いは止まらない。この地の全てを吸引せんと動き始める。


 宙に舞った草花が地面ごと空間に出来た縦長の穴へと吸い込まれていく。


「きゃああああ!」


 クォーツは仁王立ちしているシュバルツに必死にしがみつく。このとんでもない吸引力を持つ縦長の穴に吸い込まれてしまうというと感じたからだ。


 縦長の穴を中心として吸い込む方向の渦が出来ていた。ゆっくりと確実にこの地の全てを飲み込もうとしていく。


 だがそれは長くは続かなかった。


 空間に出来た穴は徐々にそのサイズを減らしていく。


 その穴が閉じ切ったと同時に黒い雷のような閃光が周囲へと走る。クォーツは思わず目をつむり、両手で耳を抑えた。


◆ ◆ ◆


 十数秒後、ようやく静寂が訪れる。クォーツは恐る恐る目を開く。その目に映ったのはだらりと肩を落としたカイルの姿であった。


 カイルは天を見上げ涙を流していた。


「カイル……」


 彼の姿を見ているだけで、自分まで悲しくなってくる。クォーツは胸の前に手をもってきて、その薄い胸を両手で抑えてしまう。


 その時であった。カイルの右手に持っていた刀に亀裂が入ったのは。まるでガラスが砕け散るような音が周囲へとこだましていく。


「あは、あはははは。あはははは……」


 それと共に絶望をはらんだ乾いた笑い声をあげるカイル。彼の絶望がクォーツにも届いてくる。


「俺は……なんて……無力……なんだ」


 カイルが砕け散った刀の柄だけを手に持ち、その場でへたり込む。クォーツはいたたまれなくなり、胸を抑える手に力がこもる。


「しっかりするがいい!」


 だが、それを許さぬとばかりに彼の背中に思いっ切り蹴りを入れる人物がいた。


 その人物は股間をかえでの葉1枚で隠し、ニンジャ・マスクで顔を覆っているニンジャであった。クォーツはギョッとするほかなかった。


 しかもニンジャは額に手を当てて、首を左右に振っている。なんとも嘆かわしいとでも言わん態度である。


「なんと情けない」


「なん……だと、てめぇ!」


「吼える、噛みつくだけがおぬしの特技か!」


 カイルは背中を蹴られる。無理やりに草地に倒される。だが、すぐさま飛び上がる。さらには自分を蹴り飛ばした相手に襲い掛かる。


「カイル! やめて!」


「俺はこいつが許せねえ!」


「笑止千万!」


 ニンジャは掛け声と共にカイルの胸元を掴む。次の瞬間にはカイルは宙高く放り投げられていた。クォーツの目はカイルを追いかける。


 カイルは空中で苦々しくほぼ全裸のニンジャを睨みつけている。


 自分に何もない空間を蹴り飛ばせるのであればと願っているようであった。


 宙を蹴り飛ばし、一直線にニンジャ野郎へ頭からつっこんでいきたいような表情に見えた。


 しかし、カイルは次の瞬間には驚きの表情を見せた。カイルが睨みつけていた相手がゆらりとゆっくりと動いた。


 動きを見せたと思った瞬間、ニンジャの姿は消えた。カイルとクォーツの目に見える範囲からニンジャの姿は完全に消えていた。


 しかし、次の瞬間、クォーツの目は捉えた、ニンジャの出現位置を。


 ニンジャが宙に舞うカイルの背中側に現れたのだ。クォーツの背中に嫌な予感がゾクリと走る。


「シュバルツ、やめて!」


「聞こえぬわ!」


 シュバルツが空中でカイルの両脇に両腕を突っ込んだ。彼はそのままカイルの身体を固定する。


 彼はカイルを抱えこんだまま、頭から地面へと落ちていく。しかもきりもみ状態でだ。


「秘技、百舌鳥もず落とし!」


 地上で2人の様子を見ていたクォーツは驚きの表情となる。


 このままではカイルの頭頂部が地面に突き刺さる。そんな目を覆いたくなる状況でもクォーツは目を閉じない。


 いや、閉じられなかったというのが正しい。彼女の目に映る光景はスローモーションになっていく。


 カイルとシュバルツがゆっくりと一直線に固い地面へと落ちていく。


 地面に激突するかいなかのところでシュバルツが拘束を解く。さらにはカイルを斜めにぶん投げる。


 カイルは頭頂部ではなく肩甲骨あたりを地面へと押し当てられた。カイルは固い地面を数度バウンドする。


「うごぁ!」


 シュバルツの体術の腕前はすさまじかった。カイルが倒れ伏している場所は今まで固唾を飲んで戦いを見ていたクォーツのすぐ目の前であった。


 クォーツは苦々しい表情でシュバルツを睨みつける。わざと自分の目の前にカイルをぶん投げたことをすぐに察したのだ。


「錬金術師だって万能じゃないのよ!」


「手間をかけて済まぬ」


 クォーツは不平不満を零しながら、急いでカイルの治療にあたる。何もない空間に手を突っ込み、そこから軟膏入りの瓶を取り出す。


 瓶の蓋を回して開けて、右手の指で軟膏をこれでもかとすくいとる。そして急いでカイルの首回りに軟膏をたっぷりと塗りたくる。


「いたたたたたた。首がもげるかと思った」


 クォーツの懸命の治療のおかげで、数分後には目を覚ますカイルであった。カイルが目を開けたことで「ほんとうにもう!」とクォーツはつい口から言葉が飛び出てしまう。


「いきなり動かないでね。頭を直に地面に叩きつけられなかったと言えども、首には相当なダメージがあるんだから」


「……すまない。次元斬でどうにか出来るとおもったんだ。でも、何もできなくて……。それでカッとなったところにこいつがまた……」


「しゃべるのもダメ!」


 クォーツはそう言うとカイルの首にこれでもかと包帯を巻きだす。あまりにも巻きすぎたためかカイルの首は固定されてしまう。


◆ ◆ ◆


 そんな彼女たちを見て、シュバルツは「ふふっ」と笑みを零す。


(さて、どうしたものか……。また大暴れでもされたらかなわん)


 シュバルツは優しげな目でカイルを見ている。だが、彼のこころの中は憂いに満ちていた。今は何も出来なかった「神の背骨」。


(カイル。キミなら神の背骨を切断できよう。今はまだ無理だとしても……な)


 神の背骨を斬り倒せる可能性を秘めたカイルに、その方法を教えるべきなのかとシュバルツは悩んだ。


(考えてもしかたあるまい。なすがままだ)


 シュバルツは決意する。彼はゆっくりと2人の下へと歩いていく……。

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