熱を失いかけていた観客たちは気持ちを切り替えて、早くもスクリーンの一部に映し出されているオッズに注目していた。そして各々に掛け金を支払い始めていた。
その様子を満足げに特等席から見ている男。アンドレイ・ラプソティ公爵だ。
彼が冒険者を見世物にして、さらには賭場とした理由。それはポメラニアン帝国の財政を潤わせることであった。その功績により、彼は侯爵から公爵へと出世した。
(ふふふ……。さあ、もっと観客たちを魅了するのだ、冒険者ども!)
アンドレイは公爵となった今の身分に十分な満足感に浸かっていた。シヴァ帝からは次期女帝の後見人になるようにとも仰せつかっている。
まさにこの世の春である。アンドレイ公爵の頭からはすでに先ほどテレポートの罠で全滅したカイルたちのことなど、すっかり頭の中から追い出されていた。
だが……。世の中には「因果は巡る」という言葉がある。
彼はのちに、思いもよらぬ事態に巻き込まれるなど、この時点では思いもよらなかった……。
§
ここからは話をパーティが全滅したカイルたちへと映す。
クォーツは呆けていた。クォーツ以外の者たちが天にまで届かんとする巨大な石柱に取り込まれた。
いや、正確にはテレポートの罠によって、この巨大な石柱の中へとクォーツ以外のメンバーが放り込まれた。
「嘘……。誰か嘘だと言って!」
クォーツはあまりにものショックで呼吸を満足にできなくなる。目の前が真っ暗になる。みるみるうちにカイルたちが石柱と同化していく。
胸のあたりまで飲み込まれていた。さらにはカイルたちの身体が硬化していく。肌の色が無機質な石の色へと変わっていく。
それを止める手立てはクォーツにはなかった。ただただ涙を流して、カイルたちが石柱に取り込まれていく姿を見ているしかなかった。
「そんな……。そんな……!」
クォーツは本当に自分が何もできないのかと、荷物袋の中をまさぐった。
「これでもない。これでもない!」
クォーツは荷物袋の中とカイルたちを交互に見る。クォーツの手にガラスの感触が伝わる。クォーツは瓶を手で掴む。
その瓶の中には蒼くてドロっとした液体がタプタプと音を立てながら揺れていた。クォーツは瓶ごと、石化していくカイルに投げようとした。
「え? なに……? なんで、カイルだけが吐き出されたの?」
クォーツは状況が飲み込めなかった。天まで届かんとする巨大な石柱が石化したカイルを吐き出した。
そう表現するしかなかった。クォーツの目の前で起きたこの事象を。
「カイル、待ってて! 今、助ける!」
石化したカイルの身体は無機質な色をしていた。
ぴくりとも動かぬ石化したカイル。カイルの身体にドロっとしたスライムのような粘り気のある蒼色の液体が惜しげもなく注ぐ。
その液体を両手で全身くまなく塗りたくる。クォーツは献身的に彼を介抱する。段々とカイルの石化は解けていく。
「いけそうか、クォーツ」
音もなくカイルの後ろに忽然と現れた男がいた。その男は顔をニンジャ・マスクで隠していた。
そして、男のシンボルを大きな
「シュバルツ!? なんで、あなたがここに!?」
クォーツは忽然と姿を現した男に驚きの表情を見せた。しかし男は「ふっ……」と優しげな声で答えるのみであった。
今、シュバルツに構っている余裕はない。クォーツは両手で餅をこねるように、カイルの固い身体を揉みほぐす。
「カイルには錬金術の過程で偶然出来上がった
「そうか……。クォーツ。神の蒼き血を使ったのか。それほどまでにこの男が大事か?」
「シュバルツ、それは今の私にはわからない。でも、カイルは私をパーティに入れてくれた。だから、貴重な神の蒼き血で復活出来るか試してるの!」
――
地上に生きる全ての生き物を創ったと言われる神々だ。その血は地上に生きる物たち全ての命を救うと言われている。
クォーツは錬金術師だ。賢者の石を作り出そうと実験している最中に偶然にも神の蒼き血を作り出した。
――賢者の石。クォーツ、いや、全ての錬金術師が欲する最高の錬金術の触媒。
錬金術師・マスターのクォーツはそれを作ろうとしていた。だが、実験は失敗に終わった。
いわゆる錬金爆発と呼ばれる現象だ。錬金術師は特殊な材料と材料を掛け合わせ、まったく違った物を作り出す職業だ。
実験自体は失敗したがその副産物として神の蒼き血を産み出したのだ彼女は。
「シュバルツ。なんで、あなたがここにいるかは今は問わない」
「ふっ。俺とお前の仲だ。遠慮なく聞いてくれていいのだぞ?」
「昔のことよ。今はカイルが優先なの。勘違いしないで」
懸命な蘇生処置を
それに合わせて、クォーツの身体がビクッと過剰に反応した。
(いける! 神の蒼き血なら、この石化を解除できる!)
クォーツはガラスの瓶からさらに神の蒼き血をカイルの身体に注ぐ。
石色だったカイルの身体がだんだんとヒトの肌の色へと戻っていく。石そのものの固さであった彼の身体はヒトの肌の柔らかさが戻ってくる。
右手から始まった石化解除が段々と身体全体へと広がっていく。胸、首、顔全体が元のヒトの状態に戻る。
その頃になってようやくカイルは大きく身体を跳ね上がらせた。
(さすがは神の蒼き血だ。それを作ったクォーツはやはり天才よ)
カイルの身体が空気を求めた。身体全体を陸の上にあがった魚のようにビチビチと跳ねまわさせる。
「仁王立ちしてないで、カイルの身体を抑えて!」
「すまぬ! クォーツの腕に見惚れていた!」
「そんなことは今、どうでもいい!」
カイルの動きを止めようとシュバルツがクォーツに手を貸す。
「がはっがはっ! げほっげほっ!」
「落ち着け! ゆっくりと呼吸をしろっ!」
シュバルツはカイルの身体を無理やりに抑えつける。しかし、空気を欲するカイルはシュバルツを無理やりに吹き飛ばそうとする。
シュバルツはこのままでは蘇生の邪魔をされると感じた。それゆえにシュバルツはクォーツが目を丸くして驚くのを承知の上で忍術を披露してみせる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 金縛りの術!」
シュバルツは右手で素早く
「シュバルツ、何やってるの!?」
クォーツが驚くのも無理はない。石化で固まっている身体をほぐしている真っ最中だ。それなのにその身体を縛り付ける忍術を発動した、シュバルツが。
「こう暴れられてはかなわんからなっ!」
慌てふためくクォーツを余所に股間を
「なんてバカなことを……」
クォーツが首を左右に振る。だが、暴れたままでは治療もままならないのは事実だ。
ぴくぴくと痙攣するカイルの身体に残りの神の蒼き血をまんべんなく塗りたくるクォーツであった……。
◆ ◆ ◆
クォーツが石化解除措置を
草地の上で安眠をむさぼるカイルの表情を見て、ホッと安堵するクォーツ。しかし、彼女の顔には憂いの表情が色濃く映っていた。
そう……。石化から助け出せたのはカイルひとりのみ。カイルのパーティ仲間である他の3人はまだ*石の中にいる!*状態だ。
(カイルが目覚めた時に、私はなんて声をかければいいの?)
殺風景な草原に秋の風が冷たく吹く。
カイルの身に降りかかる過酷な運命を冷酷にあざ笑っていた……。