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ロスト・クォーツ・ダンジョン
ももちく
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年10月21日
公開日
119,017文字
連載中
ロストと隣り合わせのWizライクなダンジョン。
錬金術師クォーツは全てをロストした。
仲間を、戦う意義を、愛と勇気をロストした。
彼女は自らの存在価値すらもロストした……。

だが、今のクォーツには新しい仲間がいる。
楓の葉1枚で股間を隠すニンジャ・マスター。
最愛の妹を助けるために戦うシスコン・サムライ。
エクスカリバーを欲する金髪碧眼縦髪ロールの女ロード。

Wizライクなダンジョンで送る、ロストと隣り合わせのラブコメファンタジー。
彼女はロストした全てを取り返しにいく……。

プロローグ

(いつからだろう。私がカイルのことを気にするようになったのは)


 フード付きの薄汚れた白衣に身を包む女性。名はクォーツ・カプリコーン。21歳。職業は錬金術師アルケミスト


 クォーツは今、自身のパーティが戦っている様子を撮影していた。


 彼女が手にしているのは円形闘技場コロッセウムのスクリーンに映像を送る魔導器だ。


 丸い魔導器には眼がある。その眼を通して、パーティの状況が逐一、円形闘技場に届いている。


(今頃、カイルたちの戦いに会場の観衆たちは熱をあげているんでしょうね)


 クォーツが所属するこのパーティはサムライのカイルをリーダーとした5人で構成されていた。


◆ ◆ ◆


「ふぅ……。今日の依頼で提示されてたヘルハウンドの群れの討伐は終わり。皆、よく頑張った」


 背中の中ほどまで黒髪をなびかせるカイル・ジェミニはその手に持つ刀を振って、そこに宿った魔力を振り払う。チンッという軽快な音を立てて刀を鞘に納める。


 サムライのカイル。24歳。彼は剣の腕前もさることながら黒魔法を刀に乗せて戦うことが出来る魔法剣士だ。


――ヘルハウンド:ドーベルマンを凶悪にした魔犬。その口から火を噴く。彼らは魔犬の群れに急襲されたが、あぶなげなく撃退に成功した。


「お兄ちゃんこそ、お疲れ様! さっすが私のお兄ちゃん! 私のお兄ちゃんは世界一! 大好き!」


 僧侶服を短めのスカートに改良したものを着ている栗毛のミゲル・ジェミニはそう言いながら愛しの兄の腕へと自分の両腕を絡ませる。


 カイルの妹で僧侶のミゲル。16歳。彼女は白魔法で仲間の傷を癒すだけでなく、攻撃のサポートもこなす。彼女はこのパーティの支柱ともいえる存在だ。


 ミゲルは実兄のカイルを溺愛している。カイルも妹を愛している。兄妹の垣根を飛び越えんほどだ。


「おいおい、ミゲル。俺様のことを忘れてないか!? 俺様もカイルと一緒に前線張ってたんだぜ!?」


 ミゲルの様子を肩をすくめさせながら短髪のゴリラのような屈強な戦士のワットソン・ワットが思わず文句を垂れる。


 パーティの肉壁こと戦士のワットソン。25歳。カイルと共にこのパーティの前衛を担っている。


「いつものことじゃん、ワットソン。ミゲル嬢が大大大好きカイルお兄ちゃんのことしか目にはいらないってのは。それよりもカイルの旦那。見てくれよ! 宝箱だぜ!」


 ワットソンに同調するこれぞ盗賊というファッションに身を包む優男のポマード・ボイル。


 盗賊職のポマード。19歳。戦闘時には弓矢や短剣ダガーで牽制的な動きしかできない。


 しかし、彼の視線はすぐに違う方を向いていた。彼はヘルハウンドのむくろの奥から宝箱を目ざとく見つけた。


 盗賊職の仕事は戦闘後の宝箱を安全に開けることだ。


◆ ◆ ◆


 冒険者と言えばダンジョン攻略。ダンジョンと言えば魑魅魍魎ちみもうりょうが跋扈する危険な場所。


 魔物たちを倒せば、お宝が手に入る。そのお宝で日々の暮らしが豪勢になる。


 ダンジョンのより深き場所に潜り、そこで魔物を倒し、宝箱から価値ある物を手に入れる。それが冒険者だ。


◆ ◆ ◆


(私はなんで何もしてないんだろう。カイルの情けでこのパーティに入れてもらってるだけ)


 クォーツの顔は曇る。ヘルハウンドを駆逐して、お宝を前にして喜々としているカイルたちを余所に。


(私はもっとカイルの役に立ちたい。でも、身体が言うことを聞かない)


 クォーツは今のこのパーティに少しでも役に立ちたいと願う。そう願えば、あの時の恐怖が蘇る。心も体も動かない。足が鉛のように重くて動けない


 今のクォーツは壊れた時計のようだった。


 彼女は1年前のことを思い出していた……。


 あの頃の記憶がフラッシュバックするように蘇る……。


 クォーツはカイルのパーティに誘われる前は別のパーティに所属していた。


 しかし、凶悪な悪魔の姿をした魔物に奇襲され、自分だけが生き残ってしまった。


 さらに運が悪いことに5人のパーティメンバーのうち、3人までもが蘇生に失敗して、ロストした。


――ロスト。それは魂までもが消失してしまうこと。この世界では魂こそが生命のあるじだ。


 肉体の損壊が灰レベルになろうが、魂さえ存在すれば、灰状態からも復活できる。


 だが、蘇生事故により、クォーツの仲間は3人もロストした。クォーツはその蘇生事故がトラウマとなった。


「もう、私、戦えない……」


「なん……だと!? 錬金術師としてマスターレベルまで到達したというのに!」


 当時の仲間の中で、ひとりだけ蘇生に成功した者がいた。ニンジャ・マスターのシュバルツ・バルトだ。


 クォーツと同じく21歳の彼はいつも彼女のことを心配してくれた。恋人であるがゆえに。


「私のことは放っておいて!」


「クォーツ!」


 シュバルツが新しいパーティを結成しようとクォーツに言ってくれた。


(でも、私はもう戦えなかった。魔物を前にすると、どうしても身体が固まる)


 ニンジャ・マスターのシュバルツは己の無力さを嘆いていた。クォーツ並びに仲間を失ったのは自分自身の弱さにあると言っていた。


(違う。シュバルツは何も悪くない。皆でもっと警戒していれば防げてたかもしれないもの)


 あの頃のシュバルツはもういない……。


 責任の全て背負い、変わってしまった、彼は……。


 彼との関係はロストした……。


 そして、クォーツの他の仲間はロストした……。


 全てをロストした……。


 クォーツはいっそ、冒険者を引退してしまおうと思っていた。酒場でひとり寂しく飲んでいた。


 酒場の浮かれた冒険者たちは一人呑みの自分にはやかましい。でも、その騒がしさがクォーツのこころに空いた穴を少しだけ埋めてくれる。


(このままでいいや。このまま流されるように生きて行けばいい)


 クォーツはこの日、3杯目となる麦酒ビールに口をつけた。


(田舎に帰って、お見合いをする。好きでもないけど嫌いでもないひと)


 麦酒ビールを一気に飲み干す。


(そのひとと仮初でもいいから幸せだと思える家庭を築こう)


 空いた木製のジョッキを静かにテーブルに置く。


(田舎に帰ろう、明日)


 クォーツはそう思った。


 だが、そんなクォーツの前にサムライのカイルが現れた。髪と同じく黒金剛石ブラック・ダイヤのような瞳。その瞳は柔らかな光を持っていた。


「そこのお嬢さん。ハンカチを落としましたよ」


 カイルからお誘いを受けた。彼は今時のナンパ師でも使わないような台詞でクォーツを口説いてくる。


 だから、余計にクォーツのこころにその時の情景が色濃く残っていた。


「撮影係でいいからさ。俺のパーティに入らないか?」


「お兄ちゃん。浮気はダメだよ? 私っていう可愛い妹がいるんだから!」


「ミゲル、わかってる。俺の一番大切なひとはおまえだ。我が可愛い妹よ。でも、放っておけないんだよ」


「俺はかわまないぜ。錬金術師がサポート役なら、色々と便利だからよ」


「ワットの旦那は現金すぎるな。そんなんだからモテないんだよ」


「う、うるせー! ポマード。俺はだなあ!」


「はいはい。これからよろしくな! クォーツさん!」


「う、うん。撮影係兼サポートしか出来ないと思うけど……」


 クォーツは半ば強引にカイルのパーティに入れられた。


 それから1年経った。クォーツはかつての仲間をロストしたトラウマを克服できていない。


 今でも、直接、戦闘に参加することはできない身体であった……。


 しかし、彼女の心の中では、もっと強くなりたい、もう一度仲間のために戦いたいという思いがくすぶっていた。


◆ ◆ ◆


「おい。クォーツ。聞いてるか?」


「え? なに?」


 クォーツはカイルによって、現実へと引き戻された。身体がうつむき加減になっていた。それを心配してカイルがクォーツに声をかけた。


「しっかり頼むぜ。俺たちの活躍がしっかり撮れれば、その分も俺たちの収入になるんだからなっ」


 カイルがクォーツの肩を手でぽんぽんとやさしく叩いてくる。そして、何を思ったのかフードの上から頭を優しく撫でてくれる。


(もう。そういうところだよ、カイル)


 クォーツは顔を赤らめた。その顔をカイルに見られたくなくて、フードを余計に目深にかぶってしまう。


「おーい。クォーツのほうは大丈夫だ。ポマード。罠の解除を始めてくれ」


「合点承知! さあて、宝箱ちゃん。今から罠を外してあげるねーーー」


 宝箱には『呼び鈴』という罠が仕掛けられていた。


――呼び鈴。周辺の魔物を呼び寄せる。名前そのままの罠である。


 カイルたちはヘルハウンドの群れを駆逐したことで疲弊はしていた。


 それでも、もう1~2戦くらいどうってことはないとパーティのリーダーであるカイルはそう判断したようだ。


◆ ◆ ◆


 ポマードは腰に結わえた袋から仕事道具を取り出す。ニッパーとペンチ。さらにはピンセットだ。


「どれくらいかかりそうだ?」


「うーん。5分くらいかな」


 ポマードはピンセットをまず宝箱の隙間から差し込む。ピンセットの先が宝箱の中に張り巡る鋼鉄の糸と触れ合う。


 チン……と静かな金属と金属が擦れる音が静寂なダンジョン内に響く。


(この音がたまんないんだよねえ。盗賊やってないと味わえない感覚だぜ)


 ポマードは緊張によって指先が震える。罠が発動しないようにと細心の注意を払えば払うほど、額から流れる汗の量が増える。


 ピンセットと自分の指の感覚が同化する。震える鋼線の波が指先から腕先、さらには二の腕、肩、首、最後に脳へと到達する。


 ポマードはこの瞬間が一番好きだと言えた。


(当たりはついた……。やっぱオレの予想通り、呼び鈴でちがいねえ。じゃあこのパターンはここの鋼線を切れば……)


 ポマードはピンセットを左手に持ち替える。空いた右手でペンチを取る。


 ペンチを宝箱の隙間へと差し込み、ペンチの先で邪魔な鋼線を移動させて、そこで固定する。


 目当ての鋼線への道を作ったポマードはニッパーを次に差し込む。


「ふぅぅぅ。あとはニッパーに力をこめるだけだ」


「大丈夫……だよな?」


 緊張していたのはポマードだけではなかった。


 このパーティのリーダーであるカイル。彼の隣に立つワットソン。屈強な彼らを盾にしながらおそるおそるのぞき込んでいるミゲル。


 そして、この状況をつぶさに円形闘技場に映像として送っているクォーツ。


 4人がポマードに注目していた。ポマードは彼らのほうへと振り向き、コクリとひとつ頷く。それを合図に4人はゴクリと喉を鳴らす。


 ダンジョン内にキン! という細長い金属が切れる音が響く。


「ふーーー。解除完了……っと。開けても大丈夫だぞ」


「よくやった。ポマード」


 カイルはよくやったとばかりにポマードの肩に手を置く。ポマードは汗だらけの顔に笑みを浮かべて、さらには右手でサムズアップしてみせる。


「いつ見ててもひやひやしちゃうー。もう戦闘よりも緊張しちゃうー」


「だなっ。しっかし、ポマード様々だ。これで夕飯のおかずが1品増える」


 ミゲルとワットソンの顔からも緊張が解けているのがわかる。


 ミゲルは緊張しすぎたのか、しおれた花のようにその場で両膝を地面につけていた。


 そんな可愛い妹に紳士らしく手を差し出すカイルだ。


 ポマードは満足げな表情をする。仲間たちが安堵している。一気に緊張感が抜けていくのがわかる。


 そんな彼らに向かってポマードは自信たっぷりに言う。


「ポマード様の腕を信じろって」


「だな。んじゃ、さっそく宝箱を開けますかい!」


 ワットソンがポマードの横にくる。ポマードは疲れ切っていた。それゆえにワットソンに宝箱の蓋を開けるのを譲る。


「うおおお……!?」


「やべえ! 二重罠だ!」


 ポマードとワットが宝箱を開けた瞬間、宝箱の中から光が飛び出した。辺り一面を光が包み込む。


 光はまずポマードとワットソンを飲み込んだ。しかし、そこで発光は止まらない。辺りのものを次々と光で飲み込んでいく。


 まばゆい光はこの階層全体にまで広がっていくかのようにも感じた。


 カイルは危険を感じ、ミゲルを抱きしめようとする。


「ミゲルーーー!」


「お兄ちゃんーーー!」


 カイルが伸ばした手はミゲルに届きはしなかった……。


◆ ◆ ◆


 カイルたちの状況が映像として届けられていた円形闘技場にも当然、その光も届いていた。


 円形闘技場の中央にあるスクリーンは真っ白に染まり、さらには円形闘技場の一角を光の束が貫く。


 何が起きたのかは誰にもわからなかった……。


 光を失い、真っ黒になったスクリーンにはただひとつ、白色のメッセージが写されていた。


 そのメッセージは義務的に淡々とカイルのパーティの状況を示していた。


*石の中にいる!*


*パーティは全滅した!*


 一瞬、何のことか理解できない観衆たちであった。


 だが、その観衆の中でひとりの男が立ち上がる。そして半狂乱になってこう宣言した。


「俺は大穴を当てたぞ! あいつら、テレポートの罠にひっかかりやがった! ざまあねええええええええええ!」


 男の高笑いが静まり返った円形闘技場に甲高く響く。


 それに異見を唱えるかのようにカイルのパーティを推していた観客たちからはため息が一斉に漏れる。興が醒めるとでも言わんばかりだ。


 熱を失っていく円形闘技場の状況を肌で感じたこの賭場の支配者:アンドレイ・ラプソティ公爵が特待席の場から、観客たちへと宣言する。


「これがダンジョン。これが冒険者の生き様よ! 彼らは今日、全滅の憂き目にあったが、いつの日かまた私たちを楽しませてくれる……。さあ、皆、彼らが紡ぐ新たな伝説に期待しようではないか!」

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